第二話 肩慣らし 後編
やられた、とキカラは内心舌打ちをしながら障害物の陰に隠れつつ西を目指していく。
試合開始直後に隊を分断されるとは予想外だった。自隊からの脱落者はいないものの、レイの爆矢を避けるために全員がバラバラになってしまったのは中々痛い。こちらよりも人数が少ない月虹隊は、きっと隊をバラバラにさせて一人ずつ脱落させていく作戦なのだろう。
頭上ではアヌが何か叫んでいる気配がするが、拡声器での実況は正確には競技場内に聞こえてこないようになっている。しかし、ボアボアとした曖昧な音は聞こえてくるので少々耳障りである。
(レイがどこで俺らを狙っているのか分からない......。それに、シノの罠がどこかにあるかもしれない。まだ試合序盤だからここには仕掛けられていないだろうが、それでも用心が必要だ......)
キカラがそんなことを考えながら壁の陰から近くの様子を窺っていると、西側から爆発音が聞こえたと同時に砂煙が上がるのが見えた。
(!? 爆か!!)
キカラは壁に身を隠しながら音のした方向を窺う。
『爆』とは、シンを放出しながら爆発する心具のことだ。投げてから一定時間が経過すると発動するものと、何かに当たってから爆発するものがある。今回発動したものがどちらなのかは、キカラの位置からは確認できなかった。しかし、爆が使用されたということは、誰かがあそこで交戦しているということだ。
爆は相手に囲まれた時や、敵をまとめて倒したい時、また目くらましに使用し、使い勝手が良いため銀星隊の隊員も所持している。しかし相手に出会った時、ザンファやネファは爆以外に剣や籠手等の武器となる心具を所持しているので、切り札にもなりうる爆を序盤で使用することはあまりない。また、今爆発した場所は砂煙の様子からして地面に近い場所であるため、障害物の上や高い場所等に身を隠しているリユーファがわざわざ弓矢ではなく爆を使用することもないだろう。となれば、残るは爆しか攻撃手段のない者だ。となれば......。
(シノだな)
誰と誰が交戦しているかは分からないが、あの砂煙の上がっている場所にシノがいる確率が高い。それならば、なんとか隙をついてシノを倒してしまいたい。
(リユーファのレランがあそこにいる訳がない。隊員がバラバラになった際は、ネファのパクサは北から、ザンファのイアは南から月虹隊のいる西に向かう手はずになっている。爆が発動した場所は北に近いから、シノと交戦してるのはたぶんパクサだな)
キカラはあたりを見回す。この競技場は、月の国のシンファなら何回も試合で使用する場所だ。そのためシンファたちに慣れが生じ、試合形式や作戦が一様にならないよう、障害物の場所等は定期的に変わっている。それでも何年もこの場所で試合をしていれば、ある程度障害物の場所の予測をできるようになる。
(南から回り込むか)
キカラは障害物の陰に隠れながら素早く砂煙が立つ場所を目指す。すると、また爆発音とともに先ほどと近い場所から砂煙が上がる。まだ交戦中らしい。もしかしたらルカも近くにいるかもしれない。気を付けて進まなければ自分の居場所を察知される可能性がある。
周りの様子を窺い、左右を高い壁に挟まれた細い道を身を低くして走り出そうとしたキカラは、はっとしてすぐに足を止める。
進もうとした先には、よく目を凝らさなければ気付かないであろう、シンでできた細い糸がいくつも張られていた。このまま進んでいたら、間違いなくキカラは失格になっていただろう。
(閃か......。ってことは、シノはもうここに来たのか)
キカラは、自身の額に汗がにじむのを感じていた。閃の主な役割は相手が通るであろう道に仕掛け相手をひっかけることと、相手の足止めだ。仕掛けられた閃を無効化するには、心具自身を破壊してしまえばいいのでさほど難しいことではないが、それでも足止めの効果は大きい。また、一番の問題は、相手が自分がこの道を通ることを予測していたことだ。
(別の道を通るべきか......いや、引き返しても障害物の少ない場所に出るだけだ。そこでレイに狙われるかもしれない)
キカラは閃を静かに破壊しながらも嫌な予感を感じていた。相手の思うように自分が誘導されているのではないかという感覚だ。
(間違いなく、シノが近くにいるな)
閃を全て壊し、キカラは壁に身を隠す。キカラが所持している心具はまず剣一つに盾一つ、また爆一つに導一つだ。『導』は使用すると、一定の範囲内にいるシンファに向かって一直線に光を放つ心具だ。これは隠れている相手を見つけるには非常に便利な心具であるが、味方にも反応するため試合序盤で使用するには適さず、また光を放つので相手にも自分の位置が分かるので使いどころが中々難しい心具だ。
キカラは耳を澄ませて心を落ち着かせる。
(音が聞こえなくなったな......。どちらかがやられたか? それなら......)
俺のところに向かっているのか?
キカラがそう思った瞬間、頭上から殺気を感じ咄嗟にその場から離れる。途端、キカラがいた位置に斬撃が降ってくる。と同時に、頭上では観客の歓声がひと際大きくなった。
「......さすがに閃にはかからなかったか」
壁の上から斬りかかってきたルカの攻撃を盾で防御しながら、キカラは自身も剣にシンを込め刀身を出現させる。
「ルカか......。てっきりシノかと思った」
キカラは体勢を立て直してルカと対峙する。
「さっきの爆は確かにシノだ。あいつと俺でパクサを挟み撃ちにした後、あいつは罠を仕掛けに行ったよ。俺はここにお前がいると思って来たんだ」
ルカも剣を構えてキカラに向かう。キカラは剣を右手、盾を左手に持つ構えであるが、ルカは反った形状の剣を両手で持つ構え方をする。
パクサはもうやられたか、とキカラは心の中でつぶやく。シノはこの場にはいないとルカは言っているが、それが本当なのか分からないので気が抜けない。
しかもここは狭い通路だ。大きく振りかぶれないのでザンファには不利な状況だ。
(......なら)
キカラはルカに背を向け素早く壁を曲がる。壁を曲がった先は開けた場所であったが、キカラは逃げた訳ではなく、すぐさま壁の死角に爆を設置する。キカラの所持している爆は一定時間経過すると爆発するものだ。ルカが自分の後をすぐに追ってくるならば、この爆に巻き込まれるはずだ。
そして、すぐに爆は眩いシンを発しながら爆発する。さすがにこんな簡単な罠に引っかかるやつじゃないよな、とキカラは思うが、それでも多少の足止めにはなるはずだ。爆による煙が徐々に晴れていくが、思った通りルカの姿はない。
(来い、その壁から姿を見せた途端、すぐさま斬撃を飛ばしてやる)
キカラはルカが隠れているはずの壁に意識を集中させて剣を構える。今キカラが出てきた壁とは反対方向の場所から出てくる可能性もあるし、壁を乗り越えてやってくるかもしれない。奇襲をかけるなら先ほどのように壁を乗り越えてくるだろうが、今のようにどこに相手がいるのか分かっている状態ならそんな必要もない。それとも、このまま出てこないつもりか?
キカラが作戦を立てるため壁の隅々まで視線を送り、頭を巡らせていると、急に背中に痺れが走り、胸に付けた吸収石が弾けとんだ。突然のことに、キカラは驚いて後ろを振り返る。
「背中、がら空きだぜ」
そこには、キカラの背中に剣を突き出しているルカの姿があった。
「いつの間に......!」
キカラはいつルカが壁から出て自分の後ろに来たのか分からなかったが、ルカの右手の腕に付けた心具を見て理解する。
「『陽炎』か......」
キカラのため息のような声に、ルカは「あぁ」と返す。
『陽炎』は、使用すると一定時間自身の姿を周りの景色に同化させ、あたかも透明になったかのように見せる心具だ。しかし、完全に透明に見えるわけではなく、使用している時周辺の空気はまるで陽炎のようにゆらゆらと揺れて見えるため、陽炎と呼ばれている。そのため相手の近くで使用しても、不自然に空気が揺れて見えすぐに気付かれるためあまり効果がない。それなのに、こんな近距離で使用されても気付かなかった自分にキカラは落胆していた。
「爆は便利な心具だが、その反面音や振動が大きいこと、また光や煙が上がることが欠点だな。俺が爆に紛れて陽炎を使用し、お前に近付いても気付かなかったろ」
「......そうだな、俺の負けだ。それに、その陽炎ハオルドが調整したやつだろ? あいつのは精度がよすぎて、この距離でもよく見ないと分からねぇから、苦手だよ」
キカラは苦笑しながらそう答える。
「そうか、あいつに伝えとくよ」
ルカはそう言って笑い、キカラから剣を下ろした。
その後ルカは残りの銀星隊を探すため走り出して行き、キカラは大きなため息をついた後、場外へと歩いていく。
頭上では観客の声に混じって拍手が聞こえ、それに紛れてアヌの実況が競技場内に反響していた。
✻✻✻✻✻
『おーっと! レランがシノを射抜きました! ここでシノが脱落です! しかし、これで狙撃手のレランの居場所が月虹隊にばれてしまいました。さぁ、どうする......、あっと、すぐさまレイがレランを狙います! レラン逃げきれるか......いや、射抜かれました......! レラン脱落!! これで銀星隊は全員が脱落となったため、試合終了です! 月虹隊、見事に勝利!!』
アヌが高らかにそう告げると、観客席からは盛大な拍手が巻き起こり、隊員たちをたたえる声が至る所から飛んでくる。
西側の観客席の最前列に座っていたハオも、人一倍の拍手を月虹隊の三人に送っていた。
「あー! くっそ、最初に落ちた!!」
パクサは悔しそうに叫ぶ。
試合終了後すぐに月虹隊と銀星隊は競技場の外に集まり、互いの健闘とたたえあった。
試合は最後までルカとレイの二人が残るという、月虹隊の快勝で終了していた。
「ルカしかいねぇと思ったのに、岩の後ろにシノが隠れてて爆投げてきやがったんだよ! マジ気付かなかった......」
パクサは依然悔しそうに頭をかく。
「俺はその後すぐルカに会って、陽炎で回り込まれてやられたよ。イアとレランは?」
キカラも苦笑しながら二人に敗因を聞く。アヌの実況がつき、なおかつ競技場を上から見渡せる観客とは違い、試合中の隊員たちは各々の状況が分からないため、大抵試合終了後にはこうやってお互いに試合内容を確認しあうのだ。
「僕はその後シノに会ったけど、シノの罠から逃げてる内に誘導されて、レイに射抜かれました。あんな遠い位置から射てくるなんて思わなかったです」
イアも悔しそうに言う。
「俺は最後、シノに導を使われて居場所ばれたんだよな。なんとかシノは射ることができたんだけど、俺もレイにやられて終わったよ。お前ら本当に一年間試合してなかったんだよな?」
レランは疑っているような目を月虹隊に向ける。
「おうよ! でも腕の方は前より上がってるだろ?」
シノは笑いながらレランの背中を叩く。「痛ぇよ」と、レランはシノの手を払った。
「......お前たち、復活したんだな」
キカラは悔しそうな顔をしながらも、どこか嬉しそうな口調で言った。
「......あぁ、来年の五神祭に出場する予定だからな。いつまでも引きこもっていられないさ。あいつとの約束のためにもな」
ルカがキカラに向かって言う。
キカラは「そうか......」とつぶやくと、右手をルカに差し出した。
「お前らにハクの妹も加われば、本当に五神祭の決勝までいけるかもな......。応援してるぜ」
キカラが穏やかに笑ってそう言う。ルカも「ありがとう」と笑って返すと、キカラの差し出した右手を強く握った。