第三話 心晶石 前編
最初はユキのことを遠巻きに見ていたシンファ見習いたちも、ジョハナを先輩と呼び親しくしている姿や、シンの強さとその扱いの上手さを見て、一人二人と話しかけてくるようになった。そして、月の兵舎に入って一週間も経つころには、ユキはもう同期の子たちと馴染み、一緒に昼食を食べたり遊んだりするほどになっていた。
また、ジョハナは自尊心が高く、たびたび人を見下すような発言をするため、実はシンファ見習いの子たちから避けられていたのだが、ユキのような感じで話しかければいいのだとみんな気付き、仲良くやっているようだった。
月の学舎ではユキたちは主にナユタに教えられているが、心晶石や心具などの授業ではアンウィルという七十は優に超えているであろう高齢の男性が教えに来ることがあった。アンウィルはシン・アティアたちの間ではとても有名な人なのだとハオはユキに教えていた。なんでも心晶石の加工方法において画期的な手法を発見した人らしいのだが、正直ユキにはよく分からなかった。確かにアンウィルはとても穏やかで優しく、どこか聡明な面影を残す人だとユキは思ったが、口をもごもごさせてしゃべるのでたまに何を言っているのか分からないことにユキは困っていた。
今日の授業も午前中はアンウィルの心具の授業であったが、シンファ見習いたちは眠気を誘うアンウィルの言葉と格闘しながら授業を受けていた。ユキも眠気をまぎらわすため、机の上に置いてある心具の見本を手でもてあそんでいた。今日の授業の最初にシンファ見習いたちに配られたものだ。見本なのでシンを込めても何も発動しない。
心具を使ったことのないユキにとって、心晶石や心具の使い方を教えてくれるこの授業はおもしろかった。兄からクイージェナの人々は心晶石を加工して色々なものに利用していると教えられていたが、こんなにも種類があるとは知らなかった。しかも、そのどれもがユキの想像を超えていて、どうしてこんなことができるのかとただただ不思議に思うしかない。これをうまく使いこなせたら楽しいんだろうなと、ユキは手に持った心具を見ながら思っていた。
心具は同じ種類のものでも加工方法によって形状を変えることができるので、用途や使う人、作る人の好みにより形状は多種にわたる。閃や爆などは年々小型になっており、盾など身に着けるものは指輪や腕輪にして使いやすくしている。陽炎は構造が複雑なため小型化が難しく、大抵の人は大きめの腕輪として身に着けるため、陽炎を持っている人は一目で分かってしまう。自分が何の心具を持っているか相手に悟らせないように、心具の形状を考えるのは戦略を練る上でとても大事なことだと、アンウィルは見習いたちに教えていた。
「みなさんも知っての通り、この月の国の北にある山々では、心晶石がたくさん採れます。心晶石は他の国と交易を行う上でとても重要なこの国の資源です。しかし、心晶石は無限にあるわけではありません。そのため、毎年採る量は決められていますが、それでも年々減ってきています。心晶石が減ってきている理由として、我々の信仰心が薄れているからだと提唱する人がいます。心晶石は山や海などの自然に満ちている精気を受けた鉱物が長い時間を経て変化したものだと考えられおり、その精気は昔このクイージェナの地を創造した神が我々に授けてくれたものだと伝えられています。しかし、我々の神に対する信仰心が薄れ、平然と山に入り木を伐採し土地を広げたため、神は怒りこの地に精気を分け与えることを止めたのだと言われているのです」
アンウィルはゆっくりと丁寧に説明していく。神への信仰心が薄れているというところは、ユキもなんとなく感じていた。なぜなら、この国に来て数週間経つが、生活のどこにも神への信仰を感じることはなかったのだ。唯一わずかに神を感じるところと言えば、五神を祭るために行われる『五神祭』であるが、神を祭るよりもシンファたちの戦いを見ることが主になっているような気がする。まぁ、仕方のないことなのかなと、ユキは心の中で思っていた。
「しかし、我々が神への信仰心を取り戻したからといって、心晶石が採れるようになるかどうかは分かりません。仮定には、それを裏付ける理論がなければ、どのようなことを言ってもそれはただの机上の空論なのです。ですが、心晶石が採れなくなると、非常に困ったことになります。シンファたちの武器はもちろん、日常生活にも心晶石は使われていますからね。そこで、最近は人工的に心晶石を作る試みが各地で積極的に行われています」
ユキは思わず「え」ともらす。
隣の席のジョアナは訝しげにユキの方を見たが、アンウィルには聞こえていなかったようで何事もなく授業を続けている。
ユキはまだ驚いた表情でアンウィルを見つめている。
心晶石を人工で作り出すなど、考えてもみなかったことだからだ。
心晶石は神々の精気を受けた鉱物が変化したものだと考えられているということはユキも知っていた。
それは、これまでも、これからも変わらないことだと思っていた。
しかし、まさか人間が作り出すなど、そんな神の業にも似たことができるのかと、ユキは信じられない気持ちでいっぱいだった。
授業はいつの間にか心晶石の歴史についての話となっていたが、ユキの耳には届いていなかった。
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午後の実技の授業はいつもより早く終わり、ユキは学舎を出た後すぐにハオを探して回った。人工的に心晶石を作り出す方法を知りたかったのだ。アンウィルに聞いてもいいのだが、二日前心具の仕組みについて聞きに行ったところ、よく分からない心晶石の反応機構や加工方法を聞かされ、気付いたら日が落ちてしまっていたため、できることなら彼に聞きに行きたくないのが正直なところだった。
しばらく歩いていると、リユーファの訓練場近くでレイと話しているハオを見つけた。
ユキが話しかけようと近付くと、ハオがユキに気付き先に声をかけてきた。
「あらユキちゃん。もう授業終わったの?」
「うん。ナユタ先生がこの後用事あるみたいで、いつもよりも早く終わった」
「そうなんだ。今日はなんの授業だったの? 前みたいに的をふっとばした?」
レイは嫌味なく聞いてくるが、ユキは思わずギクリとする。ユキが授業初日に的を木端微塵に吹き飛ばしたことは、いつの間にか月の兵舎中に広まっており、あの日兵舎に戻ってくるなりユキはみんなからそのことでからかわれたのだ。シノに至っては、「お前やっぱ最高だわ!」となぜか手を叩いて喜んでいた。
「いや、的は壊してないよ......。今日は剣を使う授業だったから......。でも、シンを込めすぎて鞘に埋め込まれた心晶石が弾け飛んじゃった......」
ユキがうつむきがちに言うと、ハオは「あら~」と苦笑し、レイはおかしそうに笑った。
「大丈夫よ、ユキちゃん。学舎にある武器はシンファ見習いたちが間違って壊してもいいように、安い心晶石が使われているから」
「そうだよ、毎年何個かは練習中に壊れるしね。ハクだって、最初剣の扱い方がわからなくて心晶石にひび入れてたし」
ユキは二人の話を聞いて少しほっとする。兄も壊したことがあるのだと思うと、なんだか安心できた。
「てことは、もうどの武器が自分に合うかの適性を見る段階に入ってるんだね。まぁ、ユキは確実にリーヤだろうけど。ユキのシンに耐えられる心具がなさそうだ」
レイの言葉に、「そうね」とハオは相槌を入れる。ユキもリーヤ以外になる気はないので、「私、武器は向いてないみたい」と正直に言った。剣や弓を持っている自分を想像してみるが、似合いそうになくてすぐに想像をやめる。
「......ねぇハオ、聞きたいことがあるんだけど」
ユキがそう言うと、「あら、何?」とユキは微笑んでユキの方を向いた。
ユキは少しドキドキしながら口を開く。
「心晶石って、人工的に作ることができるの?」
「え、心晶石の話? そうよ、人工的に作ることができるわ。まだ実用化には遠いけどね。今日の授業で習ったの?」
ハオがそう問いかけると、ユキは「うん」と軽く頷く。
「どうやって作るのか分かる?」
「えぇ。神獣や、神獣の眷属となる動物の体の一部を使って作られるのよ。角や牙、鱗なんかを使ってね。心晶石って、神様の精気を受けた鉱物が変化したものって言われてるでしょ? だから、その神様の化身と言われている神獣や、その眷属にも心晶石と同じ成分が混ざっているんじゃないかって話になったの。そしたら、本当に心晶石と似た反応を示すものがあって、それを加工して人工的な心晶石を作り出すことに成功したのよ。加工方法はその動物の体の一部と、精霊樹とか月追蓮とかから抽出した液体を高熱で反応させて、触媒として吸収石と集積石を使うの。触媒として使用する心晶石は反応の前後で変化しないから、再利用できて便利なのよ」
ハオはきっとだいぶ簡潔にして教えてくれているのだろうが、ユキはただ「そうなんだ」となんとなく頷くしかできなかった。とにかく、神獣や神獣の眷属の体の一部を使って作られているというところだけは理解した。
「この詳しい反応機構とかはシン・アティアを目指す子たちの授業でしか習わないから、ユキちゃんは覚えなくて大丈夫よ。でも、興味はあるのね」
ハオは難しそうな顔をしたユキを見て苦笑する。
「俺も心晶石が人工的に出来るって聞いた時は驚いたもんな。ついにシン・アティアたちの技術もここまできたのかと思った。加工方法とかはまったく分からなかったけどね」
そう言ってレイも苦笑した。レイが分からないなら、私が分からなくても仕方ないとユキは一人納得する。
「......でも、神獣やその眷属の動物の一部を使うなんて怒られないの?」
ユキは先月ルカやレイが行っていた獅子王退治のことを思い出す。野生の獅子王をできれば退治したいのだが、太陽の国の神獣であるために下手に危害を加えられないと言っていたのに、その神獣たちの体の一部を使うなんて反対する人がいてもおかしくないような気がしたのだ。
「もちろん反対する人はたくさんいるわ。神官たちなんかみんな躍起になって反対してるわよ。神獣たちの体を使うなんて、神に対する侮辱だってね。それに、神獣たちの密猟が行われるんじゃないかって不安がる人もいるわ。だから、神獣たちの体の一部を使わなくてもいいように、心晶石の構成物質の分析や、他に代替できる材料がないかシン・アティアたちと賢者たちが協力して研究しているのよ」
「へぇ......やっぱり、大変なんだね」
「そうよ、だから実用化はまだまだ先になると思うわ。色々規則とかも国々の間で取り決めなきゃいけなくなるしね」
「そっか......」
ユキはまた難しい顔をして考え込む。実用化はまだだといっても、人工的に心晶石を作れる段階にまできているのだ。なんだか恐ろしいと思う気持ちが心の中から湧き上がってくる。