第三話 心晶石 後編
「......どうしたの、ユキちゃん? 何かひっかかることでもあるの?」
ハオは心配そうにユキの顔を覗き込む。
「......うん。これから人工的に心晶石を作れるようになったら、自然にあるものより強力な心晶石を作ることができて、それを使った心具も大量に作られるようになるんじゃないかなって思って......」
ユキは不安そうにつぶやく。人工的に作ることができたなら、次に考えることはきっと従来のものよりも強力な心晶石を作ることになる。それを使って今よりも強力な武器を作ることができたなら、果たしてこのクィージェナの地に何が起こるのか考えるだけで不安だった。
「......それは俺も同感かな。例えば、俺たちシンファが試合中に使う『爆』っていう心具はさ、発動させたらシンを放ちながら爆発するけど、それに当たっても体が痺れるだけだから安全だ。でも、もしもっと強力な爆が出来て、発動すると周辺の岩とか壁を壊すまでの威力があるものが開発されたらって思うと......ちょっと怖くなるよね」
レイは苦笑しながら言う。
「そうね......そう考える人もたくさんいるわ。中には『また戦争が起きるんじゃないか』って、縁起でもないことを言う人もいるの。でも、このまま自然にある心晶石を使い続ければ、その内無くなってしまうことは目に見えているわ。心晶石が採れなくなった理由を探る研究も進められているけど、それと並行して人工的に心晶石を作り出すことは必要だと思うわ。色々問題はあるけどね。神官たちは、人工的に作り始めたら今よりもっと民の信仰心が無くなってしまうって、よく賢者たちと言い争って邪魔ばかりするのよ」
ハオはそう言って小さくため息をはく。賢者たちと神官たちは仲が悪いのか......と、ユキはよく分からないなりに学んでいく。でも、どっちの言い分も分かるので、ユキはモヤモヤとした気持ちになっていく。
「......難しいけど、とにかく神獣たち以外に使えるものを探して、ちゃんと人工の心晶石に関する規則を作っておかないと上手くいかないってことだよね」
「そうね、そういう認識でいいと思うわ。もっと詳しく聞きたいならアンウィル先生に聞いてみた方がいいんじゃない? 彼も確か人工的に心晶石を作る方法を研究なさっていたはずよ」
ハオの提案に「いや、大丈夫だよ」とユキは即座に返事をする。きっと丸一日聞いてもこれ以上理解することはできないだろうとユキは感じていた。
「......最後にもう一つだけ聞いていい?」
「えぇ、いくらでも聞いて大丈夫よ」
ハオは微笑んでユキに言う。ハオは心晶石に関することならばなんでも答えてくれた。嫌な顔をするどころか、目を輝かせて話してくれるのだ。本当に心晶石について勉強することが楽しいんだろうなと、ユキは少し羨ましくなる。
「その人工的に心晶石を作る研究って、いつから行われてたの?」
「いつからか......。そうね、古くは五百年以上前から行われていたと思うわよ。昔は鉱物にとにかくシンをぶつけてみたり、呪術を使って心晶石を作ろうとしていたりしたらしいわ。神獣たちを使った研究はここ十五、六年くらいから活発になって、成果が出たのは二年ぐらい前からよ。そこでこの研究が有名になって、最近騒がれてるの。......でもユキちゃん、やけにこの話に食いつくわね。何か理由でもがあるの?」
ハオは不思議そうな視線をユキに送る。レイも同じような目でユキの方を向いた。
「えっと......人工的に心晶石を作れるっていうのにびっくりして、聞いてみたくなっただけ」
ユキは曖昧に笑って返す。
「そうなの、確かに驚くわよね。私もそうだったわ」と、ハオはにこりと微笑んだ。
「おいユキ! こんなところにいたのか!」
聞き覚えのある声に呼ばれ、ユキは後ろを振り返る。見ると、ジョハナが何か包みを持ってこちらに向かって来ていた。何の用だろうかと、ユキはジョハナに向かって「先輩!」と返事をした。
ジョハナが近くまで来ると、彼は驚いたような表情に変わっていく。
「ユキ......と、月虹隊の方......」
ジョハナは急にかしこまってレイとハオに向かって礼をする。ユキもあのジョハナが緊張してるのところを見るのは初めてだ。
「先輩、私に何か用ですか?」
ユキがそう聞くと、ジョハナははっとしたようにユキの方を向いた。
「そ、そうだ、お前にこれをやろうと思ってな」
ジョハナはそう言って手に持った包みをユキに押し付けた。
「? これは何ですか?」
「陽だまりの実だ。お前好きだったろう? 母さんが家で栽培していて、今年はたくさん実ったから、お前にもわけてやる。月虹隊の皆様と食べてくれ」
そう言ってジョハナは小走りでその場を離れていく。途中、何か思い出したように立ち止まり、振り返って「包みは返せよ!」と叫ぶとまた走り出していった。終始緊張していた様子の彼に、ユキは彼らしくないなと思いながらその後ろ姿を見送った。「元気な子ねぇ」と、ハオは微笑んで言う。
「......待って、あの子ってもしかしてユキちゃんがよく言ってるジョハナって子?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり......思い出したわ、あの子確か『月の心晶石協会』の会長の息子よ」
「え」と、レイとユキが言ってハオの方を向く。
「......『月の心晶石協会』?」
ユキは首をかしげる。
「えぇ、心晶石の年間の採取量を取り決めたり、流通経路をまとめたり、色々なことをやっているところでね、影響力も大きいの。私の家もよくお世話になってるのよ。各国に似たような協会が存在してて、あの子は月の国の心晶石協会の会長の子だと思うわ。末っ子で生意気な性格だって聞いていたけど、案外礼儀正しい子ね」
ハオは驚いたように言う。ジョハナがやけに自尊心が高いのはそのせいだからかと、ユキは一人納得した。「ユキ、本当に彼のこと先輩って呼んでるんだね」と、レイは楽しそうにクスクス笑っている。
ユキはジョハナが渡してきた包みの結びを少しほどいて中を確認した。すると、たくさんの陽だまりの実が詰まっているのが見えた。数日前に昼食で出たものよりも小ぶりであるが、どれも赤々としていておいしそうだ。
「すごい、いっぱいあるよ!」
ユキは顔を上げて二人を見た。二人は輝いた目をしているユキを見て、おかしそうに笑い出した。「え、何」と、ユキは驚いて聞く。
「いや、ユキって、結構食いしん坊だなって思っただけ」
そう言ってレイはその金色の瞳を細めて笑った。
✻✻✻✻✻
「そうか、今日は剣の心晶石を弾け飛ばしたのか! でも、ユキの伝説の中に入れるには弱いなぁ」
そう言ってシノはケラケラ笑う。月虹隊の五人はいつものように食堂で夕飯を囲み、いつものようにそれぞれ今日あったことを話し合っていた。
「......何、伝説って?」
ユキは嫌な予感を感じながらシノにたずねる。
「お前が月の兵舎に来てから起こしてきたことだよ! まず、共鳴石を白く輝かせたことだろ。次にホーマの喧嘩を買ったことだろ。んで、学舎の的を木端微塵にしたことだ。続けざまにこんな色んなこと起こすやつ中々いないぜ」
シノは指折り数えながら言う。「そんなの作らなくいいよ......」と、ユキは恥ずかしそうにシノに言った。
「......いや、起こした事の大きさならお前も負けてないだろう、シノ」
ルカは呆れながらシノに言う。「なんだよ」と、シノはルカの方を向いた。
「まず、ここに来た日に、その見た目と声で兵舎中を混乱させたことだろ。そんでその日すぐに当時教師だったドドリゴにぶちぎれたことだろ。さらにその日の晩に部屋を抜け出して、ドドリゴの部屋の扉を開かないように細工したことだろ。他にも兵舎の敷地中に罠仕掛けまくったり、前太陽の王に啖呵切ったり、お前の方がやばいだろ」
ルカも指折り数えながら言うが、その指の折った数からして今言ったこと以上にあるようである。さすがにユキも呆れた顔でシノを見た。「いや違うって!」と、シノもすぐに反論する。
「だってあのドドリゴの野郎、本当に腹立つんだぜ!? 会ったその瞬間に睨みつけてきて『服変えろ』だの、『髪の毛切れ』だの色々言ってきてよ、挙句最後には『体型を男らしくしろ!』ってきれてきたんだぜ? 無茶言うなっての!!」
シノは声を張り上げて怒り出す。「あんたが変に反論して、火に油を注いだからでしょ......」と、ハオも呆れ気味にシノに言った。
「おいしいね、この陽だまりの実。俺も今期にはジョハナっていう町の学舎出身の生意気な子が入ってくるって噂を聞いてたけど、素直そうな子でよかったね」
未だ怒って何かを言っているシノをよそに、レイは陽だまりの実を食べながら隣にいるユキに話しかける。ジョハナがくれた陽だまりの実は十個で、ちょうど一人二個ずつ渡すことができた。ユキも甘い実を飲み込んでレイの方を向く。
「うん。みんな仲良くやっているよ」
ユキが笑ってそう言うと、「そうか、良かった」とレイも穏やかに笑った。
「未だにあいつ、廊下ですれ違いざまに俺のこと睨んでくるんだぜ......」と、シノはいらつきながら陽だまりの実を一つ丸ごと頬張った。