第四話 神話 前編
新緑月も終わりに差し掛かり、いよいよ五神祭が目前に迫ってきていた。町のあちこちで祭りの準備が行われ、人々の口からでる話題は大抵が五神祭の本選に出場したシンファたちの話である。しかも、二年ぶりの五神祭であるため、いつも以上に人々の熱気は高まっているように思われた。今年注目の選手は誰か、銀狼隊は決勝まで残れそうか、決勝で当たる隊はどこになりそうかなど、みな楽しそうな表情で話合っている。
今年の五神祭の本選まで勝ち進んだ銀狼隊も、ここ数日はジュンギ以外みな緊張した面持ちをしていた(ジュンギだけはいつもと変わらず無表情である)。食堂で銀狼隊が食事をしているところを見かけても、みな必要以上に話しかけないようにして、銀狼隊に負担をかけさせないようにしているようだった。
月の兵舎でも、ほとんどのシンファたちは五神祭の本選を見に太陽の国へ行くようで、その話題でもちきりである。五神祭の期間中は学舎も休みで、先生たちやユキの同期たちの何人かも五神祭を見に太陽の国へ行くらしい。しかし、月の国から太陽の国までは、徒歩と馬車の乗り継ぎで最短でも四日はかかる。それに、五神祭前後はどこの馬車や宿屋も予約でいっぱいになるので、五神祭を見に行きたいなら早い段階から準備しておかないといけない。
元々月虹隊は五神祭を見に行く予定ではなかったが、ユキに五神祭の空気を感じさせてやりたいというルカの意見に賛成して、ジェクロや周りのシンファたちにも相談してなんとか太陽の国に行く段取りをつけることができた。まぁ、一泊しかできないけどな、とルカは自分の部屋に集まった月虹隊の隊員たちを見つめて言った。
「ただ、結局五神祭の試合の席はどこも完売で手に入らなかったから、俺たちは会場近くを外から見るだけだ」
ルカは少し申し訳なさそうにそう言うが、ユキはそれでも充分有り難くて、思わず「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
「一泊だけでも充分だぜ、ルカ。五神祭の試合は見られねぇけど、選手入場するところぐらいは見れるだろ?」
「あぁ、見られるとしたらそれぐらいだな。それ以外は祭りの雰囲気だけ堪能して帰ろう。そんなに時間ないけどな」
ルカはシノに向かってそう返した。
ユキにとっては初めての旅行なので、先ほどからずっと胸が高鳴っている。太陽の国とはどんなところなのだろうかと、考えるだけで楽しみで仕方がない。
「二年ぶりか......楽しみだな。今年はどこが優勝すっかなぁ」
皆が太陽の国へ向かう準備についての話をしている後ろで、シノは両手を頭の後ろにやり、天井を見上げてそうつぶやいた。
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次の日ユキが学舎に行くと、同期の子たちもみな目前に迫った五神祭の話をしていた。五神祭を見に行く子もいれば、見に行けなくても長い休暇中家族でどこかに行く子がほとんどのようだ。
「なんだ、お前も五神祭を見に行くのか」
ジョハナはユキに向かって少し嬉しそうに言う。実技の授業が始まる前の運動場で、ユキはジョハナと五神祭について話し合っていた。
「はい、一日だけですけど。先輩も行くんですよね」
「あぁ、俺は準決勝も決勝も見に行くんだ。銀狼隊の勇姿をこの目で見れるんだぞ!」
ジョハナは誇らしげにユキに言う。「いいですね」と、ユキは羨ましように言った。
「銀狼隊の人たちの試合って、私はまだ見たことがないんですよ。きっとすごいんでしょうね」
ユキは月虹隊のみんなと試合を見に行ったり、月虹隊の試合を応援しにいったりしていたが、銀狼隊の試合を見ることがなかった。
「すごいなんてもんじゃないぞ! とにかくお前も一回見てみたらいい。シンファを目指すものにとって、彼ら以上に心を鼓舞させるものはないぞ!」
ジョハナは輝いた目でユキを見上げる。「そうなんですか」と、ユキは笑って言った。ジョハナが銀狼隊が大好きだということは、ユキは彼と話す中ですぐに分かった。
「......あ、でも、月虹隊もすごいと思うぞ。ルカさんは強いし、レイさんは命中率高いし、シノさんは罠仕掛けるの上手いし、ハオさんも心具の加工得意だし......」
ジョハナは気を遣ってかそう言った。別に気を遣わなくてもいいのにと、ユキは少し微笑ましくなる。
「......お前はハクさんの後......月虹隊のリーヤを目指してるんだろ? 俺は銀狼隊のザンファになるのが夢なんだ。お互い頑張ろうな」
ジョハナが強くそう言うので、ユキも「はい」と強く返事をした。
その後、授業の準備ができたらしく、ナユタはシンファ見習いたちに向かって「じゃぁ、始めるぞ」と声をかける。みなしゃべるのを止め静かにナユタに注目する。
「今日もシンを放出する練習だ。みんな最初に比べるとだいぶうまくなったな。今回は放出する量を調整する練習しよう。じゃぁ、的の前に整列!」
ナユタがそう掛け声を上げると、みんな「はい!」と元気よく返事をして整列し始める。ユキも並ぼうと歩き出すが、「待て」とナユタに声を掛けられる。
「ユキ、君だけは別の訓練だ」
ナユタにそう言われ、「え」とユキは声をもらす。
ナユタに手招きされるがまま、的の前に並んで練習しているシンファ見習いと少し離れた場所に連れていかれる。
「ユキ、君は『飛翔』という技を知っているか?」
「はい」
何が始まるのだろうかと思いながら、ユキは緊張して返事をする。
「確か、足の裏からシンを放出して高く飛ぶ技ですよね」
「そうだ。言葉で言うのは簡単だが、自分の体を高く浮かせるほどのシンを足の裏から放出し、なおかつ体勢を崩さずに飛ぶというのは至難の業だ。そして飛んだ後、地面に激突しないようシンを調整しながら落下速度を緩めなければならない。高く飛ぼうと思えば思うほど、多量のシンが必要となる。だから、この技を自在に使用できるのはシンを多く所持している者......リーヤだけだ。そのためこの技は『リーヤの特権』とも呼ばれている」
『リーヤの特権』という言葉が、ユキの自分の心の中に響いてくる。空を自由に飛び回るリーヤのことを、昔羨望の目で見た人々が付けた名称なのだろう。
「この技をうまく扱えるのはこの五国を探しても数えるほどしかいない。この国では銀狼隊のジュンギぐらいだな。......そして君の兄、ハクもとてもうまかった。彼はこの学舎に来て間もない頃、何も教えていないにも関わらずすでに飛翔を心得ていて、みなを驚愕させたものだ。......君はどうだ」
ナユタは口調こそ穏やかであるが、強い眼差しでユキのことを見つめていた。兄を目指すのならば、これぐらいこなしてみろと言われているような気持ちになる。
「できます」と、ユキははっきりとした声で返事をした。
ユキはナユタから少し間を置いて、静かに息をはく。軽くその場で何度か飛び跳ねると、意を決して思いきり跳んだ。
ユキの足元が真っ白に輝くと同時に、パァンと心地よい音が運動場に響き渡る。
ナユタの身長より高い位置にくると、もう一度ユキは飛翔した。
先ほどまで立っていた地面が、あっという間に離れていく。
体がフワリと浮く感覚が、ユキの全身を包んでいく。
なんて気持ちが良いのだろう。
ユキが空を見上げると、雲一つない空だけが見える。
遮るものなど何一つない。
もっといける、そう思うと、ユキはすぐさま空中で飛翔を繰り出した。
さらに地上が遠くなり、ユキは調子に乗ってまた何度も飛翔を繰り返す。
地上にいるシンファ見習いたちは、空高く舞い上がったユキを見て悲鳴のような歓声を上げている。ナユタも唖然としているような、何か懐かしいものを見ているような目でユキを見つめている。
「兵舎よりも高く飛んでいるんじゃないか?」と、ジョハナは驚きながらつぶやいた。
一回の飛翔で、ユキは自分の身長の倍以上の高さを飛んでいた。普通のシンファならば、それぐらいの飛翔ならば連続して三、四回ほどしかできないだろう。それをユキは十回以上連続して行っているのだ。これほど高く飛ぶのも驚きだが、問題はここからどうやって着地するかだ。
「......待て、どうやって降りてくるんだ......?」
「そうだよ、あそこから落ちたら、間違いなく死ぬぞ!」
「ユキー! 死ぬなーー!!」
シンファ見習いたちはユキに向けて叫び出す。
「......大丈夫だろ、あいつは歴代一のリーヤの妹だぞ」
一人、ジョハナは毅然とした態度でつぶやいた。
上空にいるユキにも、地上のシンファたちの声はかすかに届いていた。きっとみんな驚いているんだろうなと、ユキは楽しくて仕方なくなる。
ユキは飛翔を止めると、真っ逆さまに落ちていく。
地上からの悲鳴も大きくなっていった。
ユキは落ちる感覚を楽しみながら、地面に向けてシンを放出する。
その反動で落下速度が遅くなり、ユキは体勢を整えながら事細かにシンを放出し調整する。
周りから見れば、ユキはゆっくりと優雅に落下してきているように見える。
ユキが何事もなく両足を地面に着け元の場所に戻ると、周りからは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「さすがだ......。俺の記憶違いじゃなければ、もしかしたら君はハクよりも高く飛んでいたかもしれない」
ナユタが驚きを隠せない声でそう言うと、ユキはにっこりと笑って「はい!」と返事をした。
「私、飛翔だけは誰よりも得意なんです」
ユキは清々しい顔でそう言う。
久しぶりに空を飛ぶことができたの、とても気分が晴れやかだ。
「ナユタせんせー!! 俺も空飛びたい!!」
シンファ見習いたちが口々に叫び出し、飛翔する真似をしだす。
「こら! お前たちにはまだ早い!!」と、ナユタは叱りながら見習いたちを制止に行った。