第一話 月の学舎 前編
季節は流れ、三ノ月である花咲月から四ノ月である新緑月へと移っていった。
新緑月の名の通り、月の国の木々は新緑に包まれ、しだいに暖かな風が流れこんでくる。
その他にも、一か月後に控えた五神祭の準備や、シンファを目指す者たちの学舎への入舎などで、どこの国のシンファたちも忙しくなり始める。
月の国での生活に慣れ始めたユキも、新緑月に入りいよいよ学舎へ入舎することになった。
緊張した面持ちで入舎式を迎えたユキは、まず月虹隊のみんなを責め立てたい気持ちになった。
今学期、月の学舎に入舎したシンファ見習いたちはユキを含めて十五人いたが、自分以外の全員が十歳以下の子たちであったのだ。自分くらいの歳の人もいるって言っていたのに、嘘じゃないかとユキは周りにいる子たちを見て思っていた。椅子に座っても、明らかに自分だけ頭一つ大きい。しかも、唯一の女であるため、周りの子たちは不思議そうな顔で自分の方をチラチラと見てくるが、決して話しかけようとはしてこなかった。
あぁ、これは馴染めそうにないな......と、ユキは心の中でため息をつく。同年代の話し相手ができるかもしれないと少し期待していたが、こんな状況ではこの先半年は孤独かもしれないと落胆してしまっていた。
ふと、ユキは兄が初めて学舎に入った時に寄越した手紙を思い出した。
それには、ルカという名の輝くような金色の髪と青色の瞳を持つ少年と友人になったと、嬉しそうな文字で書かれていた。
自分のまわりにいるこの子たちも、これから兄のように親友ができ、ともにシンファとして戦っていくことがあるのだろうかと思うと、どこか嬉しいような、切ないような気持ちになるのであった。
入舎式の後、ユキたちシンファ見習いはジェクロと教師たちの案内で月のシンファの訓練敷地内を見て回った。敷地内には兵舎と学舎の他にも、シンファたちの訓練施設や試合を行う競技場などが設けてあり、シンファたちは自由に使うことができる。
ユキはもうルカたちと一緒に見て回っていたので、目を輝かせている他のシンファ見習いの子たちより数歩後ろに下がって歩いていた。彼らの中にはもう仲良くなっている子たちもいるようで、小さく笑いあっては「そこ、うるさいぞ!」と教師に注意を受けている。時折ユキの方を振り向く子も何人かいたが、やはりユキに話しかけようとはしなかった。まだ入舎したばかりだというのに、ユキはどこか疎外感を感じて虚しくなってきていた。
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「そうか、全員十歳以下の子供ばっかだったのか」
シノは笑ってふてくされた顔のユキに話しかける。
夕飯の後、月虹隊の面々は談話室の端にある椅子に座り、ユキから今日の入舎式の話を聞いていた。
「まぁ、そんな年もあるよ。たしか三、四年前にも若い子しかいない時あったし。それに、年下しかいないってことは上位も取りやすいし、前向きに考えよう。話し相手になら俺たちがなるからさ」
レイは苦笑しながらユキに言った。
その言葉に、ユキも少しは気が楽になってくる。
「お、来たぞ、ちびたちだ。今期は一体何人残るかな」
シノはそう言って談話室の入り口を見やる。そこには、ジェクロに誘導されて兵舎内を見て回っている八人のシンファ見習いの子たちがいた。今日からこの兵舎で暮らす子だろう。
シンファ見習いとしてこの月の学舎に入る者は大半がシンファを目指す者たちだが、中には教養を受けるために入る子もいるらしい。月の学舎ではシンファになるための訓練の他に、文字の読み書きや国の歴史等も学べる。月の国には他にも様々な学舎があるが、身分や種族関係なく入れ、かつ普通の学舎よりも学費の少ない月の学舎は、裕福でない家庭にも人気らしい。
「私たちも最初はあんなに小さかったのよねぇ。懐かしいわ。入舎式の日は一日中、ずっと緊張してた記憶があるわ」
ハオは懐かしそうに目を細めながら言った。子供たちは談話室を簡単に見た後、ジェクロを先頭に奥の階段を上って二階へと向かっていく。
「どうだ、ユキ。おもしろそうなやつはいるか?」
ルカは二階に上がる子供たちの後ろ姿を目で追いながら問いかける。
ユキは同期生の顔を思い浮かべるが、「まだ分かりません」と素直に答えた。入舎式の後、一人ずつ簡単に自己紹介はしたけれど、際立って目につく立ち振る舞いをする子はおらず、みな年相応の少年たちに見えた。これからシンファとしての訓練が始まれば、誰が才能のある子か自ずと分かってくるだろう。
「ところでハオ、何持ってるの?」
ユキは先ほどから気になっていた、ハオの手元を指差して言う。ハオは手に淡い光を放つ心晶石をいくつか持ち、一つ一つ布で丁寧に磨いていた。
「これはね、ルカたちの心具よ。今月からルカとシノちゃんが試合に出れるようになるから、その準備をしてるのよ。この一年、みんなのためにずっと研究して研ぎ澄ましてきたの。ようやく日の目を見るわ」
ハオは嬉しそうに笑って言う。
「明日、俺たち早速試合があるんだよ。だから、明日のためにハオに心具の調整をしてもらうんだ」
ルカはそう言ってユキの方に向き直す。
「今年の五神祭が終われば、すぐに来年の五神祭に向けて予選が始まる......。ユキが正式にシンファになるまでの半年の間、俺たちは三人だけで予選を勝ち上がらなければならない」
ルカはみなを見渡して真剣な表情で言う。
「そうか......、冷静に考えるとかなり厳しいよな......」
シノは両手を頭の後ろで組んで天井を見上げる。
通常ならば四人で試合に挑むのに、三人だけとなるとそれだけで大分不利になる。
数いる強豪の中を半年もの間三人だけで勝ち上がらないといけないとなると、普通に考えて無理にも近い話だ。
「五神祭の規則では、試合に出る四人以外にも、補欠として二人登録できるの。だから、選手がケガとかで出られなくなって補欠の人が代わりに出ることはよくあるけど、最初から三人だけっていうのは今までの五神祭でもなかったと思うわ。ある意味、五神祭に新しい歴史を刻むわね」
ハオは笑いながらも不安そうな口調で言った。
「まぁ、どうにかなるよ。三人だろうが、四人だろうが、俺たちは今まで通り策を練って、全力で試合に挑むだけだよ」
レイが柔らかい口調でそう言うと、心なしかみなの不安げな表情がやわらいだ。
「お前って、そういうとこ肝が据わってるよな」と、シノは小さく笑った。
「なぁ、お前ら。ちょっと賭けをしないか」
不意にルカの後ろから一人の若いシンファが声をかけてきた。
「賭けって、なんのだ?」
ルカは少し驚いたように後ろを向いて問いかける。
「何って、毎年恒例どの隊が五神祭で優勝するかの賭けだ。まぁ、何も賭けるものはないし、ただ言い合って楽しむだけだけどな。お前らはどこだと思う?」
ルカは月虹隊の四人と顔を見合わせたあと、口元に笑みを浮かべてそのシンファの方を向き直した。
「なら、俺は銀狼隊に賭ける」
ルカが静かにそう言うと他の四人もみな「銀狼隊だ」と後を追って言った。
「なんだ、お前らもかよ」と、若いシンファはつまらなそうに顔をしかめる。
「だってそうだろう。自分たちの国を応援しないでどうするんだよ」
「まぁ、そうだよなぁ......。今まで聞いたやつらも全員銀狼隊って答えるんだ」
これだから毎年、賭けにならないんだよなぁと、そうつぶやいてそのシンファは月虹隊から離れていく。
ユキは去っていくその後ろ姿を見ながら、他国のシンファ隊を応援する人もいるんだろうな、と、頭の片隅で考えていた。
入舎式から一日経って今日、ついに月の学舎での授業が始まる。
ユキは誰よりも早く学舎の中に入り、教室の机に向かって姿勢良く座っていた。昨日もらったばかりの新品のシンファ見習いの服を着て、胸元にはシンファ見習いの記章を付けていた。机の上には必要最低限の筆記用具だけ置いてある。今日からどんなことを習うのだろうかと、ユキは楽しみな気持ちでいっぱいであった。空は快晴で、開けっ放しにしてある窓からは春の爽やかな風が吹き込んでくる。
時間が経つにつれ、教室には続々とシンファ見習いたちがやってきた。彼らはすでに席に着いているユキを見て驚いた顔をしながらも、「おはよう」と大きめの声であいさつをしてくれた。ユキも負けじと「おはよう」と大きな声で返していった。少しでも仲良くなれたらいいな、という期待を込めて。
授業は四ノ刻半から始まる。教室にはすでにほとんどのシンファ見習いたちが席に着いていて、各々が緊張しながらも近くの席の人と話しを始めている様子だった。一番後ろの席からその様子を見ていたユキは、なんだか羨ましい気持ちになってしまう。
自分も何か話しかけたほうがいいかな......と考えるが、ユキは実は自分より年下の人と話したことがなく、一体なんと話しかけたらいいのか分からない。
「お前」
ふと、鋭い声が左隣から聞こえた気がするが、ユキは気に留めず筆記用具の確認をしていく。
「おい、お前!」
先ほどよりも苛立った口調が聞こえ、何事かとユキは左を向いた。
すると、隣に座っている茶色い髪をした少年が、鋭い瞳で自分のことを見つめていた。
ユキはなぜこの少年に睨まれているか分からず、ぽかんとした表情で「何?」と言った。
「お前、なんでここにいる」
少年は依然としてとげのある声でユキに言う。
質問の意味分からず、ユキは思わず顔をしかめてしまう。
「なんでって......シンファになるためだけど」
ユキは冷静に言葉を続ける。気付けば教室の中は先ほどよりも静かになっており、みな自分この少年の言い合いに耳を傾けている様子であった。
「うそつけ! 女はシンが弱いから、シンファになれないんだぞ!」
少年は勝ち誇ったかのような顔でユキにそう言った。同じようなことを王宮で誰かに言われたことを思い出し、ユキは内心ムッとする。
「私、シン強いけど」
「は?」
予想外の言葉だったのか、少年は驚いたような声を出す。
「私、シン強いよ。だからシンファになれるよね」
ユキはそう言って、右の手のひらを少年の方に差し出し、右手にシンを込めた。すると、丸いシンの結晶がユキの手のひらに現れ、真っ白に輝き出した。そしてまたユキが力を込めると、シンの結晶はパァンと小気味良い音を出しながら弾けていった。教室に微弱なシンの波動が広がっていく。
突然のことに、教室にいた子たちは驚いて声を上げた。中には「すごい!」と思わず声を出す子や、目を輝かせてユキを見る子もいる。
今のは放出したシンを一点に集め、また弾けさせる技だ。
ユキは簡単そうにやってのけたが、普通のシンファならば習得するには一年以上かかる技である。また、シンの弱い者には決して習得できない技だ。
ユキの左隣にいる少年も驚いたように目を丸くさせたが、すぐにまたユキを睨みつけた。
どうしてこの少年にここまで嫌われてしまっているのかと、ユキは頭を悩ませる。
「......ぶ、無礼だぞ!」
少年はユキに向かってそう叫ぶ。ユキは更に訳が分からなくなって困ってしまう。
「何が無礼なの?」
「何って......こ、言葉遣いが無礼だ! 女のくせに生意気だ! 敬語を使え!」
少年はそう言うが、ユキは意味が分からず困った顔のまま首を傾げた。
「何? 女は男に敬語使わなきゃいけないの?」
「そ、そうだ」
「じゃぁ、あなたのお母さんもあなたに敬語使ってるの?」
「か、母さんは、と、年上だから別いいんだ......!」
「私も年上だよ」
淡々と返していくユキに、少年はユキをにらみながらうぐぐ......と低い声をだす。この少年は一体私にどうしてほしいのだろうかと、ユキは顔をしかめながら考える。
「お、俺の方が上だ!」
「......何が?」
「俺は、一年前から町の学舎で勉強をしてるんだ! だから俺の方がお前より上なんだ!」
少年はユキに向かってなんとか叫ぶ。
ユキは一瞬キョトンとしたが、そういえば月の学舎の他にも、様々な学舎が国にあると聞いていたことを思い出した。確かにそこで勉強したのなら、自分よりも一年上ということになる。
ということは、
「......先輩ってこと?」
ユキがそうつぶやくと、少年ははっとしたように目を輝かせて「そ、そうだ!」と叫ぶ。
「俺の方が先輩だ! だから俺を敬え!」
私に敬ってほしかったのかとユキは合点がいき、「分かりました、先輩」と頷いた。
それに少年は気をよくしたようで、初めてユキに笑顔をみせる。ユキたちを見ていた周りの子たちも、どこかほっとしたような表情になった。
「俺の名はジョハナだ。お前は?」
「ユキです」
「そうか、ユキか!」
ジョハナは満足そうにそう言う。
そしてちょうど鐘の音が鳴り響き、教師が教室に中に入ってきた、
騒がしかった室内も、教師が入ってきたことによって静まりかえる。みな嬉しそうな、緊張しているような顔で教師の方を向いた。
「おはよう、みんな。入舎おめでとう。俺は教師のナユタだ」
ナユタは穏やかに言う。シンファ見習いたちは、ナユタに向かって元気よく「おはようございます」と口々に言った。ナユタは四十代くらいよく日焼けをした男性で、こげ茶色の髪にはところどころ白髪が混じって見える。元々ザンファだったらしいナユタの腕には、うっすらと傷跡が浮かんでいた。