第六話 手紙 後編
「ただいまー」
「おう、お帰り。なんかあったか?」
ユキが部屋に戻ってくると、シノは寝台の上からユキにそう言った。
「うん。兄ちゃんの記章が残ってた。私がシンファになって、月虹隊に入る時にくれるって」
ユキは嬉しそうにシノに向かって言う。
「そうか、よかったな。ハクが使ってた記章をお前が付けるのか......。何か感慨深いなぁ」
シノもどこか明るい声でユキに言う。ユキも早く記章を付ける日が来るのが待ち遠しかった。
「そろそろ休むか? 俺、今日早かったから眠いんだよな......」
シノはあくびをしながら言う。ユキも「そうだね」と返事をした。確かにまだ十ノ刻半ぐらいだろうが、朝が早かったのでいつもより眠い。
「......そういえば、シノは風の国でもシンファをやってたの?」
ユキは食堂での会話を思い出して言う。風の国のシンファと面識があったとかどうとか話していたから、シノもかの国でシンファだったのだろうかと思ったのだ。
「いや、違ぇよ。俺は月の国に来てからシンファ見習いになったんだ。俺は元々遊牧民だよ。風の国は遊牧民が多くてさ、俺の家族もそうで草原を家畜と一緒に移動しながら暮らしてたんだ。でも、俺が八歳くらいん時に家畜が疫病で死んじまって、両親もその疫病に感染して亡くなった。で、俺だけ生き残っちまって、他に行く当てもなかったから、とにかくなんか食いもん探して風の国の都に向かったんだ。そしたら都に着いてすぐ風の兵舎にたどりついてさ、シンファ長が慈悲をかけてくれて、そこの下働きとして住み込みで雇われることになったんだ。だから何人かのシンファとは面識があんのさ。まぁ、向こうは覚えてねぇだろうけどな。なんせ向こうにいたころは俺一応女だったし」
シノは淡々と説明するが、結構壮絶な内容にユキは言葉を無くしてしまう。シノは家族を疫病で亡くし、苦労してここまやってきたのだ。
「ん? どした?」
黙りこくっているユキに、シノは不思議そうに問いかける。
「いや......、シノ、苦労してるんだね......」
ユキはなんとか言葉を続ける。すると、シノはおかしそうに笑い出した。
「そんな気落ちするなよ、気にしてねぇからさ。まぁ、確かに苦労したけど、それよりも楽しいことの方が多かったからいいんだよ。シンファになれたし、お前らに会えたし」
シノは笑いながら言った。「そっか......」と、ユキはどこか安心してつぶやいた。
「......風の国はな、草原がどこまでも続いてるんだ。いつも気持ちいい風が吹いてて、草原をサワサワと撫でて通り過ぎていく。そこに寝そべって、空を眺めるのが好きだった。呼吸するたびに草原の匂いで胸いっぱいなって、体中爽やかな風に包まれるんだ。目に映るものは青空と白い雲しかなくて、風の音しか聞こえない。それが最高に好きだった」
シノは目を閉じて、草原を思い出しているかのように心地よく言った。ユキはそんな大草原を見たことがないが、シノの話から爽やかな風に揺れる草と、どこまでも続く青空が目に浮かんでくるようだった。
「......風の国に残りたいと思わなかったの?」
シノは、本当に風の国が好きであるように思われた。それなのに、どうして月の国のシンファになったのだろうかとユキは純粋に思った。
「......あぁ。昨日も言ったけど、体が男っぽくなって女でいるのが厳しくなってきたから、誰も知らないとこで一から始めたかったんだ。別に風の国を離れたことに後悔してねぇよ。行こうと思えばいくらでも行けるしな」
「そっか......。じゃぁ、なんで月の国に来たの?」
ユキの純粋な質問に、シノはすぐには答えなかった。しばらくの沈黙の後、シノは静かに口を開いた。
「......ハクがいたからだよ」
「......え?」
予想外の言葉に、ユキは思わず聞き返す。すると、シノはまた静かに笑う。
「正直に言うとな、最初は珍しいもの見たさで月の国の兵舎に行ったんだ。伝説の種族、『リン・シャロルの民』見たさにな。でも、お前の兄ちゃんに会って、すぐにあいつのことが好きになったよ。性格もいいし、リーヤとしての腕前もいいし。こんな奇妙なかっこした俺にも普通に話しかけてくれてさ。気付いたら仲良くなって、月虹隊を結成したんだ。......月の国に来て、本当に良かったと思ってる」
シノは穏やかにそう言った。ユキも兄がシノに出会った時のことをつづった手紙を思い出していた。風の国から来たおもしろいシンファと友達になったと、兄は冒頭に書いていた気がする。
「......ユキ、お前の故郷はどんなだった?」
シノは冗談っぽくユキに問いかける。
ユキは少し悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「真っ白な雪がいっぱいあるの。それ以外は秘密」
ユキはそう言って冗談っぽく笑う。
シノは「そうか」と穏やかに笑った。
その後ユキは寝台に横になり、二人はおやすみと言って眠りにつく。
いつか、みんなに故郷のことを話すことができたらどれだけ幸せだろうかと、ユキはリン・シャロルに思いを馳せた。