第六話 手紙 前編
ユキたちが王宮から戻り、兵舎に着いた頃には五ノ刻を過ぎていた。
その後ユキは昨日記入した入寮や入学、補助金に関する書類をジェクロに提出し、寮や学舎についての説明を受けていると、もう夕方になっていた。学舎には四ノ月からの入学にぎりぎり間に合い、八日後にはもう入学式があるらしい。準備するものは特になく、シンファ見習いの服も当日に渡されるらしい。記章だけは忘れずに持ってくるようにとジェクロに言われている。本当はシンファ見習いの記章も入学式に服と一緒に渡されるらしいが、自分は兵舎に入るため特別に前もって渡されたようだ。
「そうか、あと八日後に入学式があるんだね。ユキもいよいよ学舎に入るのか」
レイはバルを食べながら隣に座っているユキに言った。ユキたちは食堂で夕飯の乗った机を囲みながら、これからのことを話し合っている最中であった。食堂には他のシンファ達も夕飯を食べに来ていたが、昨日よりも月虹隊への熱は収まったようでさほど注目はされていなかった。
「うん。四ノ月入学に間に合ってよかったよ」
ユキは焼いた川魚の身をほぐして食べながら答える。ユキの知らない油で焼かれていて、一口食べるごとにいい香りが鼻を抜けていく。
「頑張れよ、半年後にお前はシンファになってねぇとだめなんだからな。......まぁ、お前なら真面目にやってりゃ大丈夫だろ」
シノは大口を開けて川魚を頬張る。髪の毛は兵舎に着いてすぐ二つ縛りに戻したので、今はいつも通り中性的な雰囲気のシノだ。
「もう四ノ月か......早いな。こないだ年明けたばかりだと思ったのに。もうすぐ五神祭の準備も始まるな」
ルカ食べ物を飲み込んでそうつぶやいた。もうじき五神祭が始まるのかと思うと、ユキも楽しみな気持ちが強くなってくる。その大会に出場するためにこの国に来たので、早くこの目で見てみたくて仕方がない。
「今年の五神祭はどこの隊が出場するの?」
五神祭を目指す者ならば、誰もが知っておかなければならないであろうことをユキは聞いてみる。
「今年五神祭の本選まで勝ち残ったのはね、太陽の国の『金獅子隊』、風の国の『風彩隊』、大地の国の『王蛇隊』、そしてうち、月の国から『銀狼隊』だよ。風彩隊以外はどこも歴史ある隊で、五神祭本選の常連なんだ。すごいところばかりだよ」
レイはユキに丁寧に説明してくれる。ユキも兄からの手紙に書いてあった隊を思い出しながら、本選に残った隊を覚えていく。
「金獅子隊はあのホーマがいる隊だ。ヒリンと入れ替わる形で入ったんだ。腹立つけど、あいつのリーヤとしての腕前は本物だぜ」
「え、そうなの?」
シノの言葉に、ユキは意外そうな顔をする。一昨日対峙したホーマが、そんなに強いリーヤであるとは思えなかった。確かに、今思えばホーマの放出したシンは強い方な気がしたが、なんせ気が立っていたのであまり覚えていない。
「そうだぜ。まぁヒリンほどじゃねぇけどな。でもなめねぇほうがいいぜ。それ以外のことではなめてもいいけどな」
シノはそう言っていたずらに笑う。ユキも一昨日のホーマのことを思い出して、あの人にだけは負けたくないと強く思った。
「海の国からはどこも本選まで残らなかったんだね」
「そうなるな。でも海の国のシンファが弱いってことじゃないぞ。本選には四隊しか残らないから、必然的にどこかの国は本選まで残らないんだ。青海隊とかいいとこまでいったんだけどな、予選で金獅子隊と王蛇隊に当たって敗退したんだ。運が悪かったんだよ」
ルカはユキにそう説明する。青海隊も海の国では有名な隊であるとユキは兄の手紙で知っていた。その他、金獅子隊も王蛇隊も有名な隊であるらしい。風の国では歌鳥隊が歴史があり有名だと聞いていたが、今年は残らなかったみたいだ。
「今年は風彩隊が初めて本選まで残ったのよね。正直意外だったわ」
ハオは食べ終えた口を手拭でふきながら言った。
「そうでもないさ。風彩隊はここ数年でメキメキと実力を上げてきた隊だ。俺は本選まで残れると思ってた。それに風彩隊には『不落の楽鳥』がいる。確かあいつ、一次予選で相手の隊を一人で全滅させてたぞ」
「あぁ、あれはすごかったね。シノは風の国にいた時に彼と面識あったの?」
「リンドウか? まぁ少しはあったけど......、あの時は覇気も何もないやつだったんだけどなぁ」
「風彩隊もすごいけど、王蛇隊のザンファもすごい子がいたわよねぇ。ほら、最近入った子で、顔に入れ墨を入れた......」
「あぁ、知ってる。彼は確かイルーダ族の人で......」
四人はユキを置きざりにして、シンファ隊について熱く語り出す。シンファ隊の隊員についてあまり知らないユキは、ただもぐもぐとご飯を食べながら四人の語り合いを見つめていた。とにかく、今年の五神祭に残った四隊はとても強いということらしい。
ユキが全て食べ終わって、水をゆっくり飲みながら四人の話を聞いていると、ハオはその様子に気付いてユキの方を向いた。
「あら、ユキちゃん食べ終わったのね。ごめんね、私たちだけで熱くなっちゃって」
「ううん、いいよ。私も他の隊員について知りたかったし」
「お前は誰とも面識ねぇもんな。知りたかったら教えてやるよ。勝ちたいなら相手を知って作戦立てることが一番重要だからな」
シノも残った水を全部飲み干して言う。気付いたら五人はもうご飯を全て食べ終えていたので、席を立って盆を片付けてから食堂を後にする。
「じゃぁ、私はそろそろ帰るわね。明日もまた朝から来るわ。おやすみ、ユキちゃん。今日はゆっくり休んでね」
「うん。おやすみハオ。気を付けて帰ってね」
食堂を出て玄関へと向かうハオに、四人は手を振って別れる。
その後四人も明日の朝会う約束をして、各々の部屋に戻っていった。
「あー、やっと一人で寝られる」
部屋に戻ってすぐ、シノは寝台に寝そべって嬉しそうにそう言った。「よかったね」と、ユキは笑って返した。ユキも寝る準備をしようかと考えたが、ふとあることを思い出してシノに声をかける。
「シノ、私ルカさんの部屋に行ってくるね」
「え、今からか? 何で?」
急な言葉に、シノは不思議そうに聞き返す。
「兄ちゃんの物が何か残ってないか聞いてみたいんだ。それに、ちょっと話したいこともあるし」
「ふ~ん......。まぁ、行ってもいいぜ。他のやつらに見られたらめんどくさいから、早く行ってこいよ」
「うん、分かった」
確かに、夜中にルカさんの部屋に行くところを誰かに見られたら面倒くさいから、明日の日中に行ったほうがいいかもしれないと思ったが、もう言ってしまったことだ。それに、ルカさんに伝えたいことは、今言った方がいいだろうと思い、ユキは部屋を出た。
廊下は運良く誰もいなかったので、ユキはすぐにルカの部屋まで入って扉を叩く。
「誰だ?」と中からルカの声が聞こえたので、「ユキです」と返事をする。すると扉が開き、怪訝な顔をしたルカと目が合った。「入れ」とルカが静かに言ったので、ユキはサッとルカの部屋に入る。
「......どうした?」
部屋の扉を閉めてルカをユキに聞く。
「兄の物が何か残ってないかを思って......」
ユキがそう言うと、「あぁ」と納得したように顔をして机の方に歩き出した。ルカは二つある机の内、窓側にある机の前に立つ。ユキも隣に立って何も置かれていないその机を見た。きっとこの机が兄の机だったのだろう。誰も使っていないはずなのに、机にはほこり一つなく綺麗だった。ルカさんが掃除しているのだろうかとユキは思う。ルカが机の引き出しを開けると、そこには丸い記章が静かにしまわれていた。黒い記章には満月と、それに架かる淡い白色の月虹が描かれている。
「これは俺たち月虹隊の記章だ。試合にはこれをつけて挑むんだ。......これはハクの記章だ」
ルカの説明に、ユキは自分の心が熱くなったのを感じた。
兄の生きた証が目の前にあるのだ。
二年前まで、兄がこの記章を付けて試合に出ていたのだと思うと、兄がこの国で生きていたのだという実感が湧き上がってきた。その反面、自分はこの記章を付けた兄を見ることは一生叶わないのだと思うと、どうしようもなく切ない気持ちになるのだった。
「俺たちの隊......『月虹隊』の名前の由来を知っているか?」
ルカは静かに問いかける。
「はい......。みなさんが五人で隊を結成した時、夜空を見上げると満月に月虹が架かっていたからだと聞きました」
今から五年前、兄が手紙でシンファ隊を結成したのだと書いてきたことをユキは覚えていた。文字からでも分かるほど嬉しそうな気持があふれていて、読んでいたユキも心は躍ったほどだ。
「そうだ。ハクが気付いてな、『月虹だ』って指差して言ったんだ。あの時、ハク以外は月に虹が架かるのを見たことなくて、みんな思わず見惚れていたよ。それでハクが『月虹隊』っていう名前はどうだろうって提案して、みんな同意したんだ。ハクが名付け親なんだよ」
ルカは記章を見つめながら懐かしそうに語る。ユキもルカの話を聞いて、兄の笑顔が浮かんでくるようで温かい気持ちになった。月虹を隊の名前に付けるなんて、兄ちゃんらしいなとユキは思う。
「......半年後、お前が晴れてシンファになって月虹隊に入る時、この記章をお前に渡そう」
「......え」
ユキは思わず声を出す。
「いいんですか?」
「あぁ。ここでずっと眠らせておくよりも、妹のお前がこれを胸に付けて試合に出てくれる方がハクも喜ぶだろう。......他にも、あいつが使ってた心具とか服とか残してあるから、欲しかったら持っていってもいいぞ。あいつの物はこれぐらいしかないな。あいつあんまり物を持ってなかったからな」
ルカは机の他の引き出しを置けて中を見せる。中にはいくつかの心具が整然と並んでいた。しかし、どこか畏れ多くてユキは心具に触れる気が起きなかった。
「いえ......、結構です。シンファになった時、この記章だけをいただきます」
ユキは静かにルカに言った。ルカも「そうか」と頷く。ここにある兄の物を、ルカから取り上げるようなことはユキにはできなかった。
「......ルカさん、実はあなたに渡すものがあるんです」
ユキは真剣な口調でルカに言う。「なんだ?」と、ルカは不思議そうに聞き返した。
ユキはかくしから四つ折りにした紙を取り出し、ルカに差し出した。ルカは戸惑った顔のままその紙を受け取る。
「......これは、兄が私に託した手紙を書き写したものです」
ユキの言葉に、ルカは目を見開いてユキを見た。
一瞬の間の後、ルカはすぐに紙を開いて中身を見る。そして、紙につづられた文章を一文字ずつ丁寧に指でなぞっていった。
「......どうやって持ってきたんだ」
ルカは信じられないといった風に声をもらす。
「いえ、だから、昨日の内に私が書き写して......」
「嘘をつくな」
ルカはユキの言葉を遮って言う。
「......これはあいつの文字だ」
ルカは、どこか懐かしそうにつぶやいた。
あぁ、この人には何もごまかせないんだと、ユキは心の中で独りごちた。
ユキは何と返していいか分からず黙っていると、ルカは幾分穏やかな表情をして顔を上げた。
「......ありがとう。大切に読むよ」
ルカはその凛とした青い瞳を細めてユキに言った。
ユキはほっとしながら「はい」と言う。そして、長居は不要だと思い、ルカに礼を言って部屋を後にした。
ユキが去っていった後、ルカは寝台に腰かけてゆっくりと手紙を読んでいった。丁寧で少し右上がりの綺麗な文字は、まさにハクのそれであった。
ルカは口元に穏やかな笑みを浮かべて手紙を読んでいたが、その瞳は心なしか潤んでいるようにも感じられた。