第五話 月の王への謁見 後編
馬車に乗ると、歩くよりもはるかに早く王宮に着いた。馬車の窓から見える景色を夢中になって見ていたユキは、あまりにも早く着いたもので驚いてしまった。あともう少し乗っていたかったなと思いながら、ユキは名残惜しそうに馬車から降りる。
「......ユキ、お前ずっと窓の外見てたけど、ちゃんと俺たちの話聞いてたか?」
ルカは少し呆れたようにユキに向かって言った。
「大丈夫です、ちゃんと聞いてました!」
ユキは慌てて反論する。確かに窓の外を流れていく景色に夢中になって、大体の話は聞き流していたが、大事なところはちゃんと聞いていたつもりだ。
「そうか」と、ルカは苦笑しながら答える。
一昨日も来たはずの王宮は、今日はどうも神秘的に見えてくる。一昨日は緊張のあまりよく見ていなかったが、黒を基調とした外装には男性の正装と同じように月や星の模様が白色で描かれてあった。
王宮の正門からは兵士に付き添われ入り口に案内される。入り口ですぐに簡単な身体検査をされ、ユキの持っていた包みも中身を確認された。一昨日侍女に借りた服だと説明したら、兵士は怪訝そうな顔をしながらも侍女に渡しておくと言って包みを持っていってしまった。
その後、ユキたちは兵士に従いながら王宮の中を歩いていく。王宮の壁や床は黒ではなく落ち着いた白色であり、外装とはまた違った美しさだ。廊下を歩いている間、下人や位の高そうな服を着た人たちに奇異の目で見られ、ユキは背筋を伸ばし変に見られないよう気を付けて歩いて行った。小声で「リン・シャロルの民か?」とささやいているのが聞こえてきて、ユキは居心地が悪くなってくる。
兵士に誘導され、ユキたちはひと際大きな扉の前にたどり着いた。兵士が「お見えになりました!」と大声を出すと、中から「入れ!」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。ギールさんだなと、ユキは気付く。
兵士は大きな扉を開け、ユキたちに中に入るようにうながした。
ユキは謁見の間に入った途端、まずその広さに圧倒された。この部屋だけで月の兵舎の半分くらいの大きさがあるのではないかと思ってしまう。しかし、広い割には特に置物もなく、より部屋が広く見えてしまう。白い床や壁、天井に至るまで精密な模様が黒色で描かれており、どことなく月や星を表しているように感じられる。天井からは精巧に加工された大きな発光石が吊るされており、淡い黄色に輝いている。そして、部屋の一番奥は他の床よりも数段高くなっており、その中央に玉座が置かれてあった。玉座には豊かな黒髪をした五十代ぐらいの男性が座っており、遠目からみても威厳のある風貌をしている。紛れもなく、あの人物こそが月の王であるドゥーアンである。
王の左側にはギールが立っており、右側には玉座よりも一回り小さい椅子に若い男性が座っていた。
ユキは六人の中で一番後ろに控え、前にいるシノの後ろ姿を追いながらゆっくりと玉座へと近付いていく。やがて玉座のすぐ前にたどり着くと、馬車の中で伝えられた通りルカの右隣に行き、片膝をついて顔を伏せた。六人は皆横一列なって王の前に跪く。
「......顔を上げよ」
王はよく通る声で静かにそう言った。
ユキは隣にいたルカやジェクロが顔を上げたので、ユキもゆっくりと顔を上げる。
玉座のすぐ前にいたユキは、王と目が合ってドキリとする。
王の目はまるで満月が宿っているかのように金色の輝いていて、穏やかにユキのことを見据えていた。威圧されているわけでもないのに、見るだけで畏怖の念を抱かせるほどその満月は神々しく輝いている。
王を見上げると、王の右隣りに座っている男性の顔も目に入った。王と同じく黒い髪に、金色の瞳を有しており、どことなく王と顔立ちも似通っている。まだ二十代であろう男性は、どこか感動しているような表情でユキのことを見つめている。王子だろうかと、ユキは彼の顔を見てそう思う。
「......急に呼び出して悪かった。今日のこの朝早い時間しか私の体が空いていなかったのだ。......ユキと言ったな」
王に名前を呼ばれ、ユキは緊張した面持ちで「はい」と答える。
「......確かに、ハクと瓜二つだ。そなたはハクの妹で間違いないだろう。......兄を救えなくてすまなかった」
王は悲しげに目じりを下げて言う。その表情に、ユキの心臓がズキリと痛くなった。
「王!」と、ギールは焦ったような声を出す。
「あなた方がそう簡単に謝ってはなりませぬ!」
声を荒げてそう言うギールに、王は「ギールよ」と低い声で言った。
「簡単に言ってなどいない。......私はずっと謝罪をしたかったのだ」
王が静かにギールを見つめると、彼は口を紡ぎ静かに王の後ろに控えた。
「......ユキよ、そなたは何をしにこの国へと来たのだ?」
王はまたユキを見つめ直し、穏やかに問いかける。
「......シンファとなり、 五神祭で優勝するために参りました。全ては兄の無念を晴らし願いを叶えるためです」
ユキは真っ直ぐに王の目を見つめて言う。嘘など一つもない、真実の言葉であった。王はただ「そうか......」とつぶやき、ユキを静かに見据えている。その揺らがない黄金の瞳に、ユキは自分の心が見透かされているのではないかと思ってしまう。
「そなたはハクと同じく強大なシンを有していると聞く。クイージェナで初の女のシンファとなることができるだろう。この国のシン・ルッカの歴史に名を刻むような、素晴らしいシンファとなることを期待しておるぞ。ジェクロよ、この子を立派なシンファにしてやってくれ」
王は初めて穏やかに微笑んだ。その優しそうな表情に、ユキは王に対する緊張感がわずかに薄らいでいく。ジェクロはというと、王の言葉にただ静かに「はい」と頷いた。
「月虹隊も、確か来月からルカとシノが試合に出ることができるのであったな。そなたたちの活躍にも期待しておる。もう二度と、シンファたちを国同士の争い事に巻き込まぬと誓おう。......ハクの意思を継ぎ、五神祭での優勝を果たしてくれ」
王の優しくも、重みのある言葉に、月虹隊の面々は「はい」と力強く言った。
王はしばらく六人を見つめた後、「下がってよい」と静かに言った。六人はゆっくりと立ち上がり、兵士に連れられて部屋を後にした。
ユキは思いの他早く終わった謁見にほっとしながらも、王の強い光を宿した黄金の瞳が脳裏から離れなかった
「なんか、あっさりと終わったなぁ......」
王宮から出て馬車がある所まで歩いていると、シノは拍子抜けしたようにつぶやいた。
「そうだね。あんまり何も聞かれなかったね」
レイもシノに同調して頷く。
「マジでユキのこと見たかっただけかもなぁ。......あと、ハクのこと謝りたかったのかもな。王が悪いわけじゃねぇのによ」
シノはそう言葉を続ける。「かもな......」と、ルカは何かを考えるようにつぶやいた。ユキも急に王に呼ばれた理由が結局分からず、どこかモヤモヤとしていた。シノの言う通り純粋に私を見たかっただけかもしれないが、何か自分を見透かしているようなあの瞳がなぜか気になっていた。
「......私はそれより、ディーアン様がユキちゃんを見る目の方が気になったわ。あれ完全に一目惚れした顔をしてたわよ」
ハオは険しい口調でそう言った。ユキは何を言われたのか分からず一瞬きょとんとしたが、他の月虹隊の三人は「あー」と言って顔を見合わせた。
「確かに! あの王子ユキ見てあからさま顔色変えてたよな! もしかしてユキ来させたのって、王子の側室候補にするためとかじゃねぇのか?」
シノは珍しく真剣な口調で言う。「えっ」と、ユキは思わず声が出てしまう。ユキは王から目を離せずにいたので、隣にいた王子がどんな顔をして自分を見ていたかなど気付いてもいなかった。
「あら、でもディーアン王子って結構人気よ? かっこいいし、優しいし、確か昔はシンファを目指していた時期もあるのよ。女の子なら一度はお姫様になることを夢見るしねぇ。ユキちゃんはそういうの興味ないの?」
ハオはどこか冗談っぽく言うが、他の三人は「え゛」とそろって声を出した。
「嫌だ! 興味ない! 私シンファになるもん!!」
ユキは焦って反論する。王子の側室になるなど考えたこともないし、何があっても嫌だった。
「......こら、お前たち。王宮から出たとはいえ、まだ王宮の敷地内なんだ。そんなに大声でしゃべるものじゃないよ」
先ほどから先頭を歩いていたジェクロが振り向いて五人をたしなめた。五人は「すいません」と謝り静かに歩き出す。王子を拒否する発言をしてしまったユキは、周りに誰もいないことを確認してほっとする。兵士が近くにいたら面倒くさいことになっていたかもしれない。
「......安心しろユキ。たとえ王族がお前を寄越せと言ってきても、絶対に渡すつもりはない。......ハクと同じ目に遭わせてたまるか」
ルカはユキに向かって静かに言った。静かながらも、強い意志を持った言葉であった。思わずユキの心臓はドクリと脈打つ。
「そうよユキちゃん。......さっきは滅多なことを言ってごめんなさいね」
ハオは申し訳なさそうな顔をしてユキに言った。「別にいいよ」と、ユキは微笑んで言い返す。
そうこう言ううちに六人は馬車へとたどり着き、月の兵舎への帰路へついた。
六人を乗せた馬車が動き出してからも、ユキは遠ざかっていく王宮を窓から眺め、ディーアン王子はどんな顔だったろうかとらぼんやりと考えた。
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王宮の三階にある廊下の窓から、王は月虹隊が王宮から去っていく後ろ姿を見つめていた
「......あの娘を手元に置いておかなくてよかったのですか」
後ろからギールは王に話しかける。
「......あぁ。兵舎にはジェクロがいるし、月虹隊と一緒にいた方があの子にとって最善だろう。それに、お前があの子を王宮から追い出したというのに、今更返せと言うのも無理がある」
王は穏やかに言うが、ギールは何も言い返せず押し黙ってしまう。
「......ギールよ。あの子が『道』であると思うか」
王は金色の瞳を輝かせて言う。
「......私には分かりかねます」
ギールはこうべを垂れて静かに言った。
「そうか......」
王はそうつぶやいて窓から視線を外し、そのまま廊下を歩き始めた。ギールも窓の外を一瞥した後、王の後を追って歩き出す。
窓の外では、ユキたちを乗せた馬車が王宮から離れていくところであった。