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第五話 月の王への謁見 前編

「ハオ、ところでその荷物の中、全部服が入ってるのか?」

 ルカは先ほどから気になっていた、ハオの目の前に置かれている大きめの包みを指差して言った。

「えぇそうよ。正装の他に、日常で着る服とかも持ってきたのよ。ユキちゃん、明日は私が着付けをしてあげるわね。......そうなると、今日もまたシノちゃんの部屋に泊まることになるわね」

 ハオは思い出したようにそう言い、シノの方を見る。

「えぇ!? 今日もかよ!! いいよもう、着付けくらい俺がすっからさ!」

 シノは本気で嫌そうな顔をしてハオの方を見る。「あらそう?」とハオはどこか不満げだ。

「......いや、でも明日は早朝から王宮に向かわなければいけないってジェクロさんに言われたんだ。遅くとも四ノ刻には兵舎を出ないといけないらしい。ハオも家からここまで来るのは大変だろうし、泊まっていった方がいいんじゃないか?」

 ルカの提案に、ハオは「ほら!」と目を輝かせ、シノは「え゛ぇ......」と低く濁った声を出した。

「じゃぁ、四ノ刻前にはもう準備が終わってないといけないのか......。ずいぶん早いね、朝ごはん食べる暇もなさそうだ」

 レイの言葉に、ユキは「え......」と明らかに残念そうな顔になった。きっと朝ごはん抜きなのが嫌なのだろう。正直なやつだな、とルカは心の中でつぶやく。

「ジェクロさんと話してたんだけど、明日の四ノ刻に兵舎の玄関前でジェクロさんと待ち合わせてから王宮に向かうことにした。それまでには各自準備しておいてほしい。時間は厳守だ。......まぁ準備と言っても持っていくものもないし、シンファの記章を胸に付けておけば大丈夫だろう。ユキ、王宮には特別な理由がある以外、武器を持ち込んではいけないんだ。もちろん心具もだ。大丈夫だろうけど、絶対に持ち込まないようにな」

 ルカはユキに念を押して言った。ユキはまっすぐな瞳で「はい」と返事をする。王宮に入るとまず兵士たちから身体検査を受ける。シンファであればユキが最初王宮に来たときのように身ぐるみを剥がされることはないのだが、体中触られるので女子にしたら不快だろう。持ち込む物も発光石や吸収石など他人に危害を加えないものならばまず大丈夫なのだが、兵士の中にはなにかとつけて難癖をつけてくるやつもいるので、何も持っていかない方が安全だ。

「四ノ刻か......じゃぁ三ノ刻半前には起きてないとね。......シノちゃん、あんたちゃんと正装は持ってるのよね?」

 ハオは不安そうな顔でシノに言う。

「さすがに持ってるって! あー、明日の朝までお前に小言を言われまくるのかよ......」

 シノはわざとっぽく大きなため息をはき、その直後ハオに脇腹を小突かれていた。
 ルカはその様子を見ながら、自分の正装も準備しておかないといけないなと心の中で独り言ちた。

 
 月の王へ謁見する日の早朝、ユキは静かに目を覚ました。窓の方を見れば、窓にかけられた薄茶色の布がほのかに光っている。ちょうど朝日が昇ったところのようだ。時刻にすればちょうど三ノ刻半ぐらいだろう。今日もちゃんと起きれたな、と目をこすりながらユキは安堵する。
 ユキは昔から、よほど疲れていない限り思った通りの時間に起きることができた。そのおかげで、今まで朝寝坊をしたことがないのがユキの自慢だ。
 ユキは上体を起こし、大きなあくびをして背を伸ばす。今日は月の王へ謁見する日だと、ユキはまだ覚めたばかりの頭で再確認する。

「......お、お前も起きたか」

 上から身じろぎする音が聞こえたかと思うと、シノの声が降ってきた。

「うん、おはようシノ」

「あぁ、おはよう......。お前早いよな。おい、ハオ、朝だぞ」

 上から人を軽く叩くような音が鳴ると、「ん~?」と眠たそうなハオの声が聞こえてきた。

「......もう朝? 早いわねぇ......」

 ハオの寝ぼけたような声が聞こえた後に、シノがはしごから下りてきた。はしごの合間からシノの顔を見ると、起きたばかりのようで何回もまばたきをしている。

「さぁ、さっさと準備しようぜ。まずユキから着付けするか?」

「うん、お願い」

 ユキは寝台から下りて背伸びをする。まだ少し頭が重く、もうちょっと眠っていたい気分だ。

「あら、ユキちゃんも起きてたのね。おはよう」

 ハオは上の寝台から顔を覗かせてユキに笑いかけた。まだ髪がバサバサのままのハオに、ユキも「おはよう」と笑い返す。
 シノが窓かけを開くと、外は太陽が昇ったばかりでまだ薄暗かった。空は朝焼けで淡い紅黄色に染まっており、まだ人の生活音も鳥の鳴き声もせず、辺りは朝の静寂に包まれている。
 
 
「さて、準備しましょうか。......ユキちゃん、服出してくれる?」

「うん」

 ハオにそう言われる前に、ユキはすでに箪笥に手をかけ服を取り出そうとしていた。昨晩、寝る前に準備をしておいたので、どの服を着ればいいのかユキはちゃんと分かっている。また、ハオからもらった服も箪笥を整理して何とか中に全て収めることができた。そのため中に入っていたシノの道具や心具のような何かは全て取り出され、ひとまず机の上に乱雑に積まれている。
ユキは手間取ることなく箪笥から白を基調とした正装を取り出す。この月の国の正装は黒と白を基調としており、男性が黒色、女性が白色の服を着るのが慣習だと昨日ハオに教えてもらった。他の国に行くとまた変わってくるらしい。

「男のはただ着ればいいだけだけど、女のは腰ひも結ばなきゃならないから、初めてだと分かりにくいのよね。ユキちゃん、私たち後ろ向いてるから、ひとまずこの服着てみて。まず下からはいて、上は羽織る感じで着ればいいから」

 寝台から下りてきたハオは、白の正装を手に取ってユキに着せるような動作をしながら説明する。
 
「いや、口で説明するだけじゃ分からねぇだろ......。俺が着せてやるよ。別にいいだろ?」

 シノは大きなあくびをしながらユキに言う。自分だけで着るのは難しそうだと思ったユキは、「うん、お願い」とシノに返事をした。

「じゃぁ、決まりな。ハオ、お前だけ後ろ向いてろよ」

 シノが意地悪っぽくにそう言い、ハオは「はいはい......」とため息交じりに後ろを向いた。
 ユキは服を脱ぎシノになされるがままに白い正装を着る。純白のそれにはところどころ黒色の模様があしらってあった。丸や五光星のような図形で描かれた模様は、月の国を象徴する月や星を表しているらしい。黒の正装の模様は白の正装とは対照的に、白色で月や星の模様が描かれている。「ちょっときつく締めるぞ」と言ってシノは腰ひもをギュッと縛り上げる。ユキが「うっ」と思わず声を出すと、シノはニヤリと笑ってユキの顔を上目で見た。その後シノは慣れた手つきで腰ひもを綺麗に結び、「よし」と言って服から手を離した。
 服を立派なものに変えただけで自分まで立派そうな外見になり、ユキは「おぉ」と声をもらす。

「完成だ。こんなもんでいいだろ。ハオ、もうこっち向いていいぞ」

「あら、早いわね」
 
 窓の外を眺めていたハオはユキの方を向き直し、そしてすぐに目を輝かせた。

「やだ、ユキちゃん、とっても綺麗よ! やっぱりシノの変な服より、ちゃんとした服着た方がいいわ! ほんと、可愛いわねぇ」

 ハオは感嘆と声を出しユキの方に近付いてくる。「丈もちょうどいいみたいね、よかったわ」と、ユキの服を確認しながら満足そうに言った。「お前今俺の服にケチ付けなかったか?」とシノは不服そうにハオを見る。

「着付けも大丈夫ね。あんた女の服着付けられるのねぇ。意外だわ」

「あぁ、風の国に居た時に着たことあったからな。......いや待て、お前こそなんで着付けられるんだよ」

「なんでって、母さんや姉さんたちの着付けをよく手伝ってたからよ。......何よその目。別に私自身着たことはないからね!」

 ハオはシノにそう反論したが、シノはまだ疑っていそうな目でハオを見て「へぇ......」とつぶやく。その様子のシノに、ハオはわき腹を狙って肘を突いた。

「じゃぁ、次は私たちね。ユキちゃん申し訳ないけど、ちょっと壁の方向いててくれる?」

「うん、分かった」

「ありがとう。ほら、あんたもうずくまってないでさっさと服用意してちょうだい!」

「いや、ちょっと待て、お前の肘ちょうどあばら骨に強打したんだって......」

 ハオの肘で突かれた部分を押さえてうずくまっているシノは苦しそうに声を出した。「自業自得でしょ!」とハオが容赦なく言うのを見て、ユキは笑いをこらえながら壁の方を向く。

 しばらく二人は言い合っていたが、やがて「ユキちゃん、もういいわよ」とハオに言われたため、ユキはわくわくしながら二人の方を振り向いた。

「わ、すごい! かっこいい!」

 ユキは二人の姿を見て思わずそう言った。二人とも黒の正装に身を包んでいて、その色のせいかいつもよりすらりとしていてかっこよく見える。ハオは背丈もあるので正装がよく似合っていて、いつにも増して上品な雰囲気だ。シノに至っては、髪をいつもの二つ縛りではなく後ろで一つに束ねており、それだけでどこか凛とした雰囲気をまとっていた。なぜかいつもとは違って男のように見えることにユキは驚きを隠せなかった。

「そうでしょ。服を変えるだけで印象もがらりと変わるものね。シノもまともに見えるでしょう?」

「まともって......お前も人のこと言えねぇからな」

 シノは不満げにハオに言う。その低い声がさらに目の前の人物を男らしく見せた。

「......シノ、今日は一つ縛りなんだね」

 いつも二つ縛りなのだろうと勝手に思っていたユキは、不思議そうにシノに言った。

「あぁ。なんか偉い人に会う時とか、式典に出る時とか、つまり正装着なきゃいけない時は一つ縛りにしろってドドリゴに言われてんだよ。なんか二つ縛りだとふざけてる風に見えるとか言われてさ。本当、意味分かんねぇよあいつ」

 シノは眉をしかめながら束ねた髪をもてあそんで言う。

「ふざけてるって言うか、子供っぽくは見えるわよね。私たちはもう慣れちゃったけど。まぁ一つ縛りの方がきちんとして見えていいんじゃない?」

 ハオがそう言っても、シノは「そうかぁ?」と不満げである。ユキもハオの言葉に心の中で頷いた。

「さて、服も着たことだし行きましょうか。ルカたちと合流しましょう」

「そうだな......あーねみぃ」

 シノがそう言ってあくびをすると、ユキもつられてあくびをしてしまう。
 窓の外ではいつの間にか鳥の声が聞こえ始めていた。

 月の兵舎の玄関を出たら、すでにルカとレイが正装で待っていた。

「あ、おはよう。ユキ似合うねその服」

 玄関から出てきた三人の方を振り向いたレイは、ユキを見てそう言った。ユキは思わず照れ笑いをしてしまう。ルカもレイも黒の正装に身を包んでいて、いつもと違う雰囲気をまとっている。

「そうでしょう。もとがいいから何でも似合うのよね。ルカとレイだって似合ってるわよ。二人とも髪の色が明るいから、黒い服でその色が更に目立っていいのよね」

 ハオの言う通り、ルカは金色でレイは銀色の髪なものだから、黒い服にその色が映えてよりきれいに見えた。

「お前ら早いな。ジェクロさんはまだ来てねぇのか?」

 シノはルカとレイに向かって聞く。

「いや、ちょっと前に来てたんだ。今は王宮からの迎えの馬車を誘導してるところだよ。......あ、ほら、ちょうど来たみたいだ」

 レイは正門の方を指差して言う。ユキも正門の方を見てみると、馬車を正門の前まで誘導しているジェクロの姿が見えた。彼も黒い正装を身に着けているため、遠目に見れば全身真っ黒な人のようだ。馬車の誘導を終え、ジェクロは兵舎の方へと戻ってくる。そして、月虹隊が全員集合しているのを見ると、笑顔で手を上げながら歩いてきた。

「おはよう。五人ともそろったようだね。ユキくんもその服、とても似合っているじゃないか。......ところで、その手に持っている小包みには何が入ってるんだい?」

 ジェクロは五人の目の前で立ち止まると、ユキが右手に持っている布で包まれた包みに視線を移して言った。

「おはようございます。この包みには、先日王宮に連れて来られた時に侍女の方に貸して頂いた服が入っています。今日行く時に返そうと思って......」

 ユキは包みを自分の胸の前まで持ってきてジェクロに見せる。心具じゃなければいいと思ったが、やはり何も持って行ってはいけなかったろうかとユキは不安になってくる。

「そうか、借りた服か。それなら王宮に入ってすぐに侍女の誰かに渡せば大丈夫だろう。その他には何も入ってないんだね?」

 ジェクロはユキの微笑みかけながら聞く。ユキはほっとしながら「はい」と答えた。

「なら大丈夫だ。さて、馬車も着いたことだし早速行こうか。王宮のだから大きくて乗り心地もいいぞ」

 ジェクロはにっこりと笑って馬車の方へと歩き出した。ユキたちもジェクロに続いて歩き出す。皆が王に謁見する緊張と、昨日のジェクロの言動に対する疑問を感じている中で、ユキだけは初めて馬車に乗ることに対し、胸を高鳴らせ目を楽しそうに金色に輝かせていた。
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禁断の白作者:御米田よね
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第五話 月の王への謁見 前編

「ハオ、ところでその荷物の中、全部服が入ってるのか?」

 ルカは先ほどから気になっていた、ハオの目の前に置かれている大きめの包みを指差して言った。

「えぇそうよ。正装の他に、日常で着る服とかも持ってきたのよ。ユキちゃん、明日は私が着付けをしてあげるわね。......そうなると、今日もまたシノちゃんの部屋に泊まることになるわね」

 ハオは思い出したようにそう言い、シノの方を見る。

「えぇ!? 今日もかよ!! いいよもう、着付けくらい俺がすっからさ!」

 シノは本気で嫌そうな顔をしてハオの方を見る。「あらそう?」とハオはどこか不満げだ。

「......いや、でも明日は早朝から王宮に向かわなければいけないってジェクロさんに言われたんだ。遅くとも四ノ刻には兵舎を出ないといけないらしい。ハオも家からここまで来るのは大変だろうし、泊まっていった方がいいんじゃないか?」

 ルカの提案に、ハオは「ほら!」と目を輝かせ、シノは「え゛ぇ......」と低く濁った声を出した。

「じゃぁ、四ノ刻前にはもう準備が終わってないといけないのか......。ずいぶん早いね、朝ごはん食べる暇もなさそうだ」

 レイの言葉に、ユキは「え......」と明らかに残念そうな顔になった。きっと朝ごはん抜きなのが嫌なのだろう。正直なやつだな、とルカは心の中でつぶやく。

「ジェクロさんと話してたんだけど、明日の四ノ刻に兵舎の玄関前でジェクロさんと待ち合わせてから王宮に向かうことにした。それまでには各自準備しておいてほしい。時間は厳守だ。......まぁ準備と言っても持っていくものもないし、シンファの記章を胸に付けておけば大丈夫だろう。ユキ、王宮には特別な理由がある以外、武器を持ち込んではいけないんだ。もちろん心具もだ。大丈夫だろうけど、絶対に持ち込まないようにな」

 ルカはユキに念を押して言った。ユキはまっすぐな瞳で「はい」と返事をする。王宮に入るとまず兵士たちから身体検査を受ける。シンファであればユキが最初王宮に来たときのように身ぐるみを剥がされることはないのだが、体中触られるので女子にしたら不快だろう。持ち込む物も発光石や吸収石など他人に危害を加えないものならばまず大丈夫なのだが、兵士の中にはなにかとつけて難癖をつけてくるやつもいるので、何も持っていかない方が安全だ。

「四ノ刻か......じゃぁ三ノ刻半前には起きてないとね。......シノちゃん、あんたちゃんと正装は持ってるのよね?」

 ハオは不安そうな顔でシノに言う。

「さすがに持ってるって! あー、明日の朝までお前に小言を言われまくるのかよ......」

 シノはわざとっぽく大きなため息をはき、その直後ハオに脇腹を小突かれていた。
 ルカはその様子を見ながら、自分の正装も準備しておかないといけないなと心の中で独り言ちた。

 
 月の王へ謁見する日の早朝、ユキは静かに目を覚ました。窓の方を見れば、窓にかけられた薄茶色の布がほのかに光っている。ちょうど朝日が昇ったところのようだ。時刻にすればちょうど三ノ刻半ぐらいだろう。今日もちゃんと起きれたな、と目をこすりながらユキは安堵する。
 ユキは昔から、よほど疲れていない限り思った通りの時間に起きることができた。そのおかげで、今まで朝寝坊をしたことがないのがユキの自慢だ。
 ユキは上体を起こし、大きなあくびをして背を伸ばす。今日は月の王へ謁見する日だと、ユキはまだ覚めたばかりの頭で再確認する。

「......お、お前も起きたか」

 上から身じろぎする音が聞こえたかと思うと、シノの声が降ってきた。

「うん、おはようシノ」

「あぁ、おはよう......。お前早いよな。おい、ハオ、朝だぞ」

 上から人を軽く叩くような音が鳴ると、「ん~?」と眠たそうなハオの声が聞こえてきた。

「......もう朝? 早いわねぇ......」

 ハオの寝ぼけたような声が聞こえた後に、シノがはしごから下りてきた。はしごの合間からシノの顔を見ると、起きたばかりのようで何回もまばたきをしている。

「さぁ、さっさと準備しようぜ。まずユキから着付けするか?」

「うん、お願い」

 ユキは寝台から下りて背伸びをする。まだ少し頭が重く、もうちょっと眠っていたい気分だ。

「あら、ユキちゃんも起きてたのね。おはよう」

 ハオは上の寝台から顔を覗かせてユキに笑いかけた。まだ髪がバサバサのままのハオに、ユキも「おはよう」と笑い返す。
 シノが窓かけを開くと、外は太陽が昇ったばかりでまだ薄暗かった。空は朝焼けで淡い紅黄色に染まっており、まだ人の生活音も鳥の鳴き声もせず、辺りは朝の静寂に包まれている。
 
 
「さて、準備しましょうか。......ユキちゃん、服出してくれる?」

「うん」

 ハオにそう言われる前に、ユキはすでに箪笥に手をかけ服を取り出そうとしていた。昨晩、寝る前に準備をしておいたので、どの服を着ればいいのかユキはちゃんと分かっている。また、ハオからもらった服も箪笥を整理して何とか中に全て収めることができた。そのため中に入っていたシノの道具や心具のような何かは全て取り出され、ひとまず机の上に乱雑に積まれている。
ユキは手間取ることなく箪笥から白を基調とした正装を取り出す。この月の国の正装は黒と白を基調としており、男性が黒色、女性が白色の服を着るのが慣習だと昨日ハオに教えてもらった。他の国に行くとまた変わってくるらしい。

「男のはただ着ればいいだけだけど、女のは腰ひも結ばなきゃならないから、初めてだと分かりにくいのよね。ユキちゃん、私たち後ろ向いてるから、ひとまずこの服着てみて。まず下からはいて、上は羽織る感じで着ればいいから」

 寝台から下りてきたハオは、白の正装を手に取ってユキに着せるような動作をしながら説明する。
 
「いや、口で説明するだけじゃ分からねぇだろ......。俺が着せてやるよ。別にいいだろ?」

 シノは大きなあくびをしながらユキに言う。自分だけで着るのは難しそうだと思ったユキは、「うん、お願い」とシノに返事をした。

「じゃぁ、決まりな。ハオ、お前だけ後ろ向いてろよ」

 シノが意地悪っぽくにそう言い、ハオは「はいはい......」とため息交じりに後ろを向いた。
 ユキは服を脱ぎシノになされるがままに白い正装を着る。純白のそれにはところどころ黒色の模様があしらってあった。丸や五光星のような図形で描かれた模様は、月の国を象徴する月や星を表しているらしい。黒の正装の模様は白の正装とは対照的に、白色で月や星の模様が描かれている。「ちょっときつく締めるぞ」と言ってシノは腰ひもをギュッと縛り上げる。ユキが「うっ」と思わず声を出すと、シノはニヤリと笑ってユキの顔を上目で見た。その後シノは慣れた手つきで腰ひもを綺麗に結び、「よし」と言って服から手を離した。
 服を立派なものに変えただけで自分まで立派そうな外見になり、ユキは「おぉ」と声をもらす。

「完成だ。こんなもんでいいだろ。ハオ、もうこっち向いていいぞ」

「あら、早いわね」
 
 窓の外を眺めていたハオはユキの方を向き直し、そしてすぐに目を輝かせた。

「やだ、ユキちゃん、とっても綺麗よ! やっぱりシノの変な服より、ちゃんとした服着た方がいいわ! ほんと、可愛いわねぇ」

 ハオは感嘆と声を出しユキの方に近付いてくる。「丈もちょうどいいみたいね、よかったわ」と、ユキの服を確認しながら満足そうに言った。「お前今俺の服にケチ付けなかったか?」とシノは不服そうにハオを見る。

「着付けも大丈夫ね。あんた女の服着付けられるのねぇ。意外だわ」

「あぁ、風の国に居た時に着たことあったからな。......いや待て、お前こそなんで着付けられるんだよ」

「なんでって、母さんや姉さんたちの着付けをよく手伝ってたからよ。......何よその目。別に私自身着たことはないからね!」

 ハオはシノにそう反論したが、シノはまだ疑っていそうな目でハオを見て「へぇ......」とつぶやく。その様子のシノに、ハオはわき腹を狙って肘を突いた。

「じゃぁ、次は私たちね。ユキちゃん申し訳ないけど、ちょっと壁の方向いててくれる?」

「うん、分かった」

「ありがとう。ほら、あんたもうずくまってないでさっさと服用意してちょうだい!」

「いや、ちょっと待て、お前の肘ちょうどあばら骨に強打したんだって......」

 ハオの肘で突かれた部分を押さえてうずくまっているシノは苦しそうに声を出した。「自業自得でしょ!」とハオが容赦なく言うのを見て、ユキは笑いをこらえながら壁の方を向く。

 しばらく二人は言い合っていたが、やがて「ユキちゃん、もういいわよ」とハオに言われたため、ユキはわくわくしながら二人の方を振り向いた。

「わ、すごい! かっこいい!」

 ユキは二人の姿を見て思わずそう言った。二人とも黒の正装に身を包んでいて、その色のせいかいつもよりすらりとしていてかっこよく見える。ハオは背丈もあるので正装がよく似合っていて、いつにも増して上品な雰囲気だ。シノに至っては、髪をいつもの二つ縛りではなく後ろで一つに束ねており、それだけでどこか凛とした雰囲気をまとっていた。なぜかいつもとは違って男のように見えることにユキは驚きを隠せなかった。

「そうでしょ。服を変えるだけで印象もがらりと変わるものね。シノもまともに見えるでしょう?」

「まともって......お前も人のこと言えねぇからな」

 シノは不満げにハオに言う。その低い声がさらに目の前の人物を男らしく見せた。

「......シノ、今日は一つ縛りなんだね」

 いつも二つ縛りなのだろうと勝手に思っていたユキは、不思議そうにシノに言った。

「あぁ。なんか偉い人に会う時とか、式典に出る時とか、つまり正装着なきゃいけない時は一つ縛りにしろってドドリゴに言われてんだよ。なんか二つ縛りだとふざけてる風に見えるとか言われてさ。本当、意味分かんねぇよあいつ」

 シノは眉をしかめながら束ねた髪をもてあそんで言う。

「ふざけてるって言うか、子供っぽくは見えるわよね。私たちはもう慣れちゃったけど。まぁ一つ縛りの方がきちんとして見えていいんじゃない?」

 ハオがそう言っても、シノは「そうかぁ?」と不満げである。ユキもハオの言葉に心の中で頷いた。

「さて、服も着たことだし行きましょうか。ルカたちと合流しましょう」

「そうだな......あーねみぃ」

 シノがそう言ってあくびをすると、ユキもつられてあくびをしてしまう。
 窓の外ではいつの間にか鳥の声が聞こえ始めていた。

 月の兵舎の玄関を出たら、すでにルカとレイが正装で待っていた。

「あ、おはよう。ユキ似合うねその服」

 玄関から出てきた三人の方を振り向いたレイは、ユキを見てそう言った。ユキは思わず照れ笑いをしてしまう。ルカもレイも黒の正装に身を包んでいて、いつもと違う雰囲気をまとっている。

「そうでしょう。もとがいいから何でも似合うのよね。ルカとレイだって似合ってるわよ。二人とも髪の色が明るいから、黒い服でその色が更に目立っていいのよね」

 ハオの言う通り、ルカは金色でレイは銀色の髪なものだから、黒い服にその色が映えてよりきれいに見えた。

「お前ら早いな。ジェクロさんはまだ来てねぇのか?」

 シノはルカとレイに向かって聞く。

「いや、ちょっと前に来てたんだ。今は王宮からの迎えの馬車を誘導してるところだよ。......あ、ほら、ちょうど来たみたいだ」

 レイは正門の方を指差して言う。ユキも正門の方を見てみると、馬車を正門の前まで誘導しているジェクロの姿が見えた。彼も黒い正装を身に着けているため、遠目に見れば全身真っ黒な人のようだ。馬車の誘導を終え、ジェクロは兵舎の方へと戻ってくる。そして、月虹隊が全員集合しているのを見ると、笑顔で手を上げながら歩いてきた。

「おはよう。五人ともそろったようだね。ユキくんもその服、とても似合っているじゃないか。......ところで、その手に持っている小包みには何が入ってるんだい?」

 ジェクロは五人の目の前で立ち止まると、ユキが右手に持っている布で包まれた包みに視線を移して言った。

「おはようございます。この包みには、先日王宮に連れて来られた時に侍女の方に貸して頂いた服が入っています。今日行く時に返そうと思って......」

 ユキは包みを自分の胸の前まで持ってきてジェクロに見せる。心具じゃなければいいと思ったが、やはり何も持って行ってはいけなかったろうかとユキは不安になってくる。

「そうか、借りた服か。それなら王宮に入ってすぐに侍女の誰かに渡せば大丈夫だろう。その他には何も入ってないんだね?」

 ジェクロはユキの微笑みかけながら聞く。ユキはほっとしながら「はい」と答えた。

「なら大丈夫だ。さて、馬車も着いたことだし早速行こうか。王宮のだから大きくて乗り心地もいいぞ」

 ジェクロはにっこりと笑って馬車の方へと歩き出した。ユキたちもジェクロに続いて歩き出す。皆が王に謁見する緊張と、昨日のジェクロの言動に対する疑問を感じている中で、ユキだけは初めて馬車に乗ることに対し、胸を高鳴らせ目を楽しそうに金色に輝かせていた。
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