第四話 掟 後編
ルカが自分の部屋の机に座っていると、不意に扉が叩く音が聞こえ、「帰ったぞー」と聞き覚えのある低い声が響いてきた。
「入っていいぞ」
ルカがそう言うと、シノを筆頭にハオの家に行っていた面々が入ってきた。
扉が開かれると同時に、香ばしい香りが部屋に流れ込んでくる。
「お帰り......、なんだ、シノ。うまそうなもん抱えてるな」
ルカは立ち上がってシノが手に持っているものを見る。
「おう、お前の分も昼飯を買ってきたぞ。木の実入りのバルだ。ユキが食べたいっていうから買ってきたんだ。こいつ、もうバルのとりこになってるぞ」
シノは笑いながらルカにバルを渡す。「ありがとな」と、ルカはそれを受け取った。ちょうど小腹が空いていたのでありがたい。
「だって、おいしいんだもん。これ木の実の香りも混じってさらにおいしくなってるよ」
ユキは致し方ないといったふうにシノに向かって言った。彼女はまだ一人手にバルを持ってもぐもぐと味わっている。
「そうか。......ん、うまい」
ルカもバルを一口大にちぎってほおばった。木の実がふんだんに使われたバルは、確かに香ばしい香りがして、歯ごたえもあっておいしい。
「......ちょっと帰ってくるのが遅かったな。何かあったのか?」
ルカは四人を見渡して言う。四人は朝食が済んですぐに出かけたというのに、時刻はもう昼すぎだ。ジオルドさんと話でもしていたのだろうか。
「えぇ、あたしの家に行った帰りに、ちょっとシン・ルッカの試合を見に行ってたのよ。シンファになりたての子たちの試合で、そんなに上手な試合じゃなかったけど、ユキちゃんは満足したみたいよ」
ハオは手に持っていた大きめの包みを床に下ろしながら言う。その中全部に服が詰まっているのだろうかと、ルカはバルを食べながら考える。
「うん。実は試合を見るのは初めてだったから、すごく新鮮だった。あとハオの家にあった心具も見れたから満足だよ」
ユキはもごもごと口を動かしながら言った。
「そうか......。なら、うまいやつらの試合を見たらその差に驚くだろうな。特に、リーヤがいる隊の試合はおもしろいぞ。閃光が飛び散って、最初は動きを目で追うだけでいっぱいいっぱいになる」
ルカは最初にハクの技を見た時を思い出す。リーヤは己のシンを心晶石を使わずに具現化させ、それを自在に操ることができるため、上位のリーヤの攻撃範囲や速度はザンファやリユーファの比にならない。特にハクは並外れた腕前であったため、最初に見たときはその姿を目で捉えることもできなかった。
「へぇ......早く見てみたいです」
ユキは目を輝かせながらそう言って、バルの最後の一かけらをほおばった。
「ところでルカ、お前の方の用はもう終わったのか?」
シノは寝台のふちに腰かけて言う。
「あぁ、ちゃんと書類もらってきたぞ。ユキ、今日中にこれを書いちまおう。分からないところあったら教えるから」
ルカは机の上に置いておいた書類をユキに渡す。ユキは「はい」と言ってそれを受け取り、中身をパラパラと確認した。その表情はどこか嬉しそうだ。
「いや、それだけじゃねぇだろ? ジェクロさんと他にも何かあったんじゃねぇのか?」
シノは急かすように言う。「あぁ」とルカは返事をし、他の三人にも座るようにうながした。昨夜のように円になって座り、ルカは静かに話を切り出す。
「......ハクから、リン・シャロルの民について何か聞いてないかって聞かれたんだ」
「え?」
皆戸惑った顔でルカの方を見る。
「もちろん、何も聞いてないと答えた。でもその後、俺自身がリン・シャロルの民について何か知らないかと聞かれたんだ。......で、俺は昨日の夜のことを話した。リン・シャロルの民が家族のことを他種族に話さないのは自分の家族を守るためで、ユキがハクのことを兄だと公言してるのはもう守るべき家族がいないからだって。俺が話したのはそれだけだ」
ルカが正直にそう言うと、ユキがあからさまに表情を変えたのが分かった。まるで緊張しているかのように固まってしまっている。何かまずいことでも言ってしまったろうかと、ルカは頭を悩ませる。
「え、何でジェクロさんがそんなことを聞くんだよ?」
シノは眉間にしわを寄せながら言う。
「それは俺も分からない。ジェクロさんに理由を聞いても、ただ気になっただけだと言われた。......でも、何か理由があってそう聞いたんだと思うんだ。ドドリゴもいなかったし、きっと他人には聞かれたくない話だったんだろう」
ルカは先ほどのシンファ長の部屋での出来事を思い出す。世間話程度で聞いた可能性もあるが、それでもあのジェクロの真剣な表情には何かあるような気がして仕方がなかった。
「......リン・シャロルの民について何か聞きたかったってこと?」
レイはあごに指を当てて考え込む。
「たぶんそうだろうな......。でも、ハクが掟を破るようなやつじゃないってジェクロさんも知ってるだろ? ルカに聞いたってことは、ハクの身近にいたからこそ気付くリン・シャロルの民についての特徴を聞きたかったんじゃないか? ルカしか気付かないようなさ」
シノも腕組みをしながら言う。
「たぶんそうだろうな......。でも、どうしてそんなことを聞くのか分からないんだ。......ジェクロさんのことを疑っているわけじゃないけど、何か嫌な予感がするんだ」
ルカは胸がざわつくのを感じる。ジェクロの言葉の裏に、何かどうしようもなく大きなものが潜んでいるような気がして仕方がないのだ。
「......まぁ、なんにせよ、なんでそんなことを聞いたのか分からないってことだ。もしかしたら本当にただ気になって聞いただけかもしれねぇしな。......俺たちにできるのはジェクロさんを信じることぐらいだ」
シノは頭の後ろで手を組み直しため息をはいた。
「......そうね。ここで何も分からないまま話し合っていても仕方がないわ。シノちゃんの言う通り、ジェクロさんのこと信じましょう」
ハオはそう言いながらも、まだどこか不安そうな様子である。
「......ユキ」
ルカの呼びかけに、うつむいたまま黙り込んでいたユキははっとしたように顔を上げた。その瞳は紫色に濁っている。
「......お前が掟に従うために、誰にも言えない秘密を抱いていることは知っている。だから、知っていることを全部吐けとか、お前を苦しめるようなことを言うつもりはない。......でも、その秘密を一人で抱えきれなくなって、押しつぶされそうになるくらいなら、少しでいいから俺たちに話してくれ。俺たちは絶対に他言しないし......お前が苦しむのを見てられないんだ」
ユキがその小さな体に幾つもの秘密を抱えていることをルカは分かっていた。だからこそ、一人で抱え込んで欲しくはなかったのだ。
ルカの言葉を聞いて、ユキは紫の瞳を穏やかな橙色に変え、緊張が解けたような顔で微笑んだ。
「......ありがとうございます」
ユキはゆっくりとそう言った。
その顔は微笑んでこそいたが、まだどこか陰っているようにルカには感じられた。