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第四話 掟 前編

「書類はこれで全部だ。ユキくんに記入するように伝えてくれ。できれば、明後日までに僕に提出してくれたらありがたいな」

 ジェクロはルカに入寮や入学の手続き、また補助金を受け取るための書類をまとめて渡す。ルカは「はい」と言って受け取り、書類の中身を確認する。これくらいの量なら、明日には提出できそうだ。
 シンファ長の部屋には、今はジェクロとルカしかいない。ドドリゴはどこかにでかけているらしい。
 
「......ルカ、実は君に聞きたいことがあるんだ」

 ジェクロは神妙な顔をして、机越しに対面しているルカに語りかける。「......はい」と、ルカも真剣な表情で返事をした。二人きりで部屋に呼ばれた時から、何かあるのではないかとルカは思っていたので、あまり驚きはしなかった。

「......単刀直入に聞こう。ルカ、君はハクからリン・シャロルの民について何か聞いていないかい?」

「......え?」

 ルカは思わず呆けた声を出す。しかし、ジェクロの真剣なまなざしにとらえられ、ルカはしばし考えたあと口を開いた。

「......いえ、何も聞いていません。ハクはリン・シャロルの掟を決して破ろうとはしませんでした。他種族に自分たちの種族について語ることは禁忌とされているらしく、ハクはそのような禁忌を犯すようなやつではありません。ジェクロさんもそれは分かっているでしょう?」

 ルカは強い口調で言ってしまう。ジェクロは「......そうだな」と静かにつぶやいた。

「では、質問を変えよう。......ルカ、君自身リン・シャロルの民について何か知っていることはないか?」

「......俺自身、ですか?」

 ジェクロの質問の意図が分からずルカは困惑する。リン・シャロルの民についてなど、外見等の一般的に知られている特徴しか知らない。他にハクとユキの共通点を挙げるとすればシンが強いことぐらいだが、それは偶然あの兄妹が強いだけかもしれないので、リン・シャロル全体に言える特徴ではない。他に何かあるだろうかとルカは考えるが、昨晩のことしか思いつかなかった。

「そうですね......。挙げるとするなら、ユキはハクを自分の兄だって公言しているじゃないですか。でも、ハクは掟の関係で自分に妹がいることを誰にも言っていなかった。だから、ユキの行為は掟を破ってることになるんじゃないかって昨晩シノが言ったんです。でも、リン・シャロルの民が他種族に家族のことを話さないのは家族を守るためで、自分にはもう家族がいないから家族のことならいくらでも言えるんだってユキは言ってました。......あいつにとって、ハクは唯一の肉親だったみたいです」
 
 ルカは淡々と報告する。「そうか......」と、ジェクロつぶやくように言った。

「......なぜこのようなことをお聞きになるんですか?」

 ルカはできるだけ抑揚なく聞く。ジェクロに対して何か得体のしれない疑心を抱き始めていることを勘づかれるのが嫌だった。

「......いや、ちょっと気になることがあっただけさ。そんなにたいしたことじゃないよ」

 ジェクロはいつものように穏やかに笑う。「そうですか」と、ルカは静かに返した。

「もう行ってもいいよ。手伝ってくれてありがとう。......手間取らせて悪かったね」

 ユキくんによろしく、と、ジェクロは最後に付け加える。

「......分かりました。失礼します」

 ルカはいつものように礼をして部屋をあとにする。きっと自分が不審がっていることをジェクロは気付いているだろうが、それでもルカはそれを感情に出さぬように注意を払った。
 
 扉を閉め廊下に出たあと、ルカは静かにため息をはいた。どうしようもなく胸がざわついて仕方がない。なぜ急にリン・シャロルの民について聞かれたのか、ルカは見当もつかなかった。
 ルカはユキに渡す書類を握り締めながら、ジェクロがいったい何を考えているのかを自分の部屋に戻るまでずっと考えていた。

******


「あの髪の長い人がジュンギさん?」

 月の兵舎へと戻る道中、ユキは帽子を深くかぶったまま隣にいたシノに話しかける。
 ユキは自分のための服をハオにばかり持たせるのも気が引けたので、その服の入った包みを両手で持っている。さらにこの荷物で顔も隠せるの、中々都合がいい。
 時刻は昼を過ぎていて、道沿いにある食事どころや民家からはおいしそうな香りが風に乗ってただよってくる。

「あぁそうだ。今となっちゃ、あいつが月の国で一番のリーヤさ。あいつらは銀狼隊って言ってな、月の国では一番歴史のある隊なんだ。才能のあるシンファを見つけては自分たちの隊に引き入れて、優秀なシンファに育て上げていく。そうやってずっと月のシンファ隊の中で上位を維持してんのさ。あいつらの隊に入りたくてシンファを目指すやつも多いんだぜ。さっきのおっさんも言ってたけど、あいつら今年の五神祭の本選まで勝ち進んでるんだ。すげぇやつらだよ」

 シノはユキにそう説明する。やっぱりあの人がジュンギさんだったのかとユキは思う。

「......兄さんが言ってた。月の国にはジュンギっていうすごく強いリーヤがいて、シンを扱うのがものすごくうまいんだって。兄さんがすごく褒めてたから、どんな人なのか気になってたんだけど......なんだか話しづらそうな人だね」

 ユキは氷のような冷たさを持ったジュンギの姿を思い出す。兄は手紙にジュンギの性格まで詳しく書いていなかったので、あんなに冷たそうな人だとは思っていなかった。

「まじか、あいつジュンギのことそんなに褒めてたのか。まぁ確かにあいつはハクと互角に戦えるほど強いしな。個人戦で何回かハクに勝ったこともあるんだぜ。けど、ハクが勝った回数の方が多いけどな。話しかけづらいってのは俺も同感だ」

 シノは意外そうにユキに向かって言う。

「ユキがリーヤを目指すなら、まず最初の壁になるのがジュンギだろうね。昨日のジェクロさんの話を覚えてるかな? 月の国で共鳴石を紫色に輝かせることができるのは一人しかいないって言ってたけど、その一人っていうのがジュンギなんだ。彼は本当に強いよ」

 レイは穏やかながらも真剣なまなざしでユキに言った。兄に勝つほどの実力なのだと思うと、ユキはまたぞくりとするのを感じた。

「......ジュンギさんと兄さんって、仲が悪かったの?」

 ユキはまたシノに問いかける。

「え? ジュンギとハクか? どうだろ......あんま話してるとこ見たことねぇなぁ。そもそもジュンギがかなり無口なやつだから、銀狼隊以外のやつらと話してんのもあんま見ないからな。でも、仲悪かったってことはないんじゃねぇのか?」

 シノは首をかしげながらそう言う。

「どうだろう......。ジュンギはすごく優秀なリーヤだけど、ハクがいたからずっと二番手だって陰で言われてきたんだ。彼とハクは学舎への入舎も同時期で、しかも同い年だったから、その時からずっと言われてきた。......本人はどう思ってたか知らないけど、ハクみたいに桁外れの才能を持ったリーヤがずっとそばにいたら、辛いと思う時ぐらいあったと思うよ」

 レイは複雑そうな顔をしてそう言った。「そっか......」と、ユキは青い瞳をしてつぶやく。
 先ほど、ジュンギはじっと自分を睨みつけていたようにも思えて、ユキは彼が何を考えていたのだろうかと頭を悩ませた。思っていたよりも冷たそうな人だったので、ユキは少し落胆してしまう。

「......なんだ、ユキ。そんなにあいつのことが気になんのか? 確かにあいつ、見た目はいいもんな。なんでか知らねぇけど、結構女子から人気あんだよなぁ、あいつ」

 ジュンギのことで考えこんでいるユキに向かって、シノはいたずらっぽく笑いかける。「えっ?」と、ユキは思わず声を出す。なんだか変な誤解をされている気がする。

「そりゃぁ顔がよければ人気も出るわよ。それに、ああいう風に無口な感じの男が好きな女子って結構多いのよね。しかもリーヤとしての腕もいいし、人気があって当然でしょ。ユキちゃんもああいう感じが好きなの?」

 ハオもシノの話に乗って楽しそうに笑っているのを見て、ユキは思わず頬が熱くなってくる。この流れはまずいと思って、ユキは慌てて口を開く。


「いや、兄ちゃんの方が好きだよ!」


 言ったあとで、ユキはてんで的外れなことを言ってしまったことに気付く。
 固まるユキをよそに、三人は一瞬きょとんとしたあと、おかしそうに口を開けて笑った。今度はユキがきょとんとする番だ。


「そうだよな。お前にとっちゃ、兄ちゃんが一番だよな」


 シノはそう笑ってユキの頭をポンポンと叩く。レイもハオも笑ったまま頷くだけである。

 ユキはなんだか腑に落ちないまま、頬を赤くして月の兵舎への帰路を急いだ。
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第四話 掟 前編

「書類はこれで全部だ。ユキくんに記入するように伝えてくれ。できれば、明後日までに僕に提出してくれたらありがたいな」

 ジェクロはルカに入寮や入学の手続き、また補助金を受け取るための書類をまとめて渡す。ルカは「はい」と言って受け取り、書類の中身を確認する。これくらいの量なら、明日には提出できそうだ。
 シンファ長の部屋には、今はジェクロとルカしかいない。ドドリゴはどこかにでかけているらしい。
 
「......ルカ、実は君に聞きたいことがあるんだ」

 ジェクロは神妙な顔をして、机越しに対面しているルカに語りかける。「......はい」と、ルカも真剣な表情で返事をした。二人きりで部屋に呼ばれた時から、何かあるのではないかとルカは思っていたので、あまり驚きはしなかった。

「......単刀直入に聞こう。ルカ、君はハクからリン・シャロルの民について何か聞いていないかい?」

「......え?」

 ルカは思わず呆けた声を出す。しかし、ジェクロの真剣なまなざしにとらえられ、ルカはしばし考えたあと口を開いた。

「......いえ、何も聞いていません。ハクはリン・シャロルの掟を決して破ろうとはしませんでした。他種族に自分たちの種族について語ることは禁忌とされているらしく、ハクはそのような禁忌を犯すようなやつではありません。ジェクロさんもそれは分かっているでしょう?」

 ルカは強い口調で言ってしまう。ジェクロは「......そうだな」と静かにつぶやいた。

「では、質問を変えよう。......ルカ、君自身リン・シャロルの民について何か知っていることはないか?」

「......俺自身、ですか?」

 ジェクロの質問の意図が分からずルカは困惑する。リン・シャロルの民についてなど、外見等の一般的に知られている特徴しか知らない。他にハクとユキの共通点を挙げるとすればシンが強いことぐらいだが、それは偶然あの兄妹が強いだけかもしれないので、リン・シャロル全体に言える特徴ではない。他に何かあるだろうかとルカは考えるが、昨晩のことしか思いつかなかった。

「そうですね......。挙げるとするなら、ユキはハクを自分の兄だって公言しているじゃないですか。でも、ハクは掟の関係で自分に妹がいることを誰にも言っていなかった。だから、ユキの行為は掟を破ってることになるんじゃないかって昨晩シノが言ったんです。でも、リン・シャロルの民が他種族に家族のことを話さないのは家族を守るためで、自分にはもう家族がいないから家族のことならいくらでも言えるんだってユキは言ってました。......あいつにとって、ハクは唯一の肉親だったみたいです」
 
 ルカは淡々と報告する。「そうか......」と、ジェクロつぶやくように言った。

「......なぜこのようなことをお聞きになるんですか?」

 ルカはできるだけ抑揚なく聞く。ジェクロに対して何か得体のしれない疑心を抱き始めていることを勘づかれるのが嫌だった。

「......いや、ちょっと気になることがあっただけさ。そんなにたいしたことじゃないよ」

 ジェクロはいつものように穏やかに笑う。「そうですか」と、ルカは静かに返した。

「もう行ってもいいよ。手伝ってくれてありがとう。......手間取らせて悪かったね」

 ユキくんによろしく、と、ジェクロは最後に付け加える。

「......分かりました。失礼します」

 ルカはいつものように礼をして部屋をあとにする。きっと自分が不審がっていることをジェクロは気付いているだろうが、それでもルカはそれを感情に出さぬように注意を払った。
 
 扉を閉め廊下に出たあと、ルカは静かにため息をはいた。どうしようもなく胸がざわついて仕方がない。なぜ急にリン・シャロルの民について聞かれたのか、ルカは見当もつかなかった。
 ルカはユキに渡す書類を握り締めながら、ジェクロがいったい何を考えているのかを自分の部屋に戻るまでずっと考えていた。

******


「あの髪の長い人がジュンギさん?」

 月の兵舎へと戻る道中、ユキは帽子を深くかぶったまま隣にいたシノに話しかける。
 ユキは自分のための服をハオにばかり持たせるのも気が引けたので、その服の入った包みを両手で持っている。さらにこの荷物で顔も隠せるの、中々都合がいい。
 時刻は昼を過ぎていて、道沿いにある食事どころや民家からはおいしそうな香りが風に乗ってただよってくる。

「あぁそうだ。今となっちゃ、あいつが月の国で一番のリーヤさ。あいつらは銀狼隊って言ってな、月の国では一番歴史のある隊なんだ。才能のあるシンファを見つけては自分たちの隊に引き入れて、優秀なシンファに育て上げていく。そうやってずっと月のシンファ隊の中で上位を維持してんのさ。あいつらの隊に入りたくてシンファを目指すやつも多いんだぜ。さっきのおっさんも言ってたけど、あいつら今年の五神祭の本選まで勝ち進んでるんだ。すげぇやつらだよ」

 シノはユキにそう説明する。やっぱりあの人がジュンギさんだったのかとユキは思う。

「......兄さんが言ってた。月の国にはジュンギっていうすごく強いリーヤがいて、シンを扱うのがものすごくうまいんだって。兄さんがすごく褒めてたから、どんな人なのか気になってたんだけど......なんだか話しづらそうな人だね」

 ユキは氷のような冷たさを持ったジュンギの姿を思い出す。兄は手紙にジュンギの性格まで詳しく書いていなかったので、あんなに冷たそうな人だとは思っていなかった。

「まじか、あいつジュンギのことそんなに褒めてたのか。まぁ確かにあいつはハクと互角に戦えるほど強いしな。個人戦で何回かハクに勝ったこともあるんだぜ。けど、ハクが勝った回数の方が多いけどな。話しかけづらいってのは俺も同感だ」

 シノは意外そうにユキに向かって言う。

「ユキがリーヤを目指すなら、まず最初の壁になるのがジュンギだろうね。昨日のジェクロさんの話を覚えてるかな? 月の国で共鳴石を紫色に輝かせることができるのは一人しかいないって言ってたけど、その一人っていうのがジュンギなんだ。彼は本当に強いよ」

 レイは穏やかながらも真剣なまなざしでユキに言った。兄に勝つほどの実力なのだと思うと、ユキはまたぞくりとするのを感じた。

「......ジュンギさんと兄さんって、仲が悪かったの?」

 ユキはまたシノに問いかける。

「え? ジュンギとハクか? どうだろ......あんま話してるとこ見たことねぇなぁ。そもそもジュンギがかなり無口なやつだから、銀狼隊以外のやつらと話してんのもあんま見ないからな。でも、仲悪かったってことはないんじゃねぇのか?」

 シノは首をかしげながらそう言う。

「どうだろう......。ジュンギはすごく優秀なリーヤだけど、ハクがいたからずっと二番手だって陰で言われてきたんだ。彼とハクは学舎への入舎も同時期で、しかも同い年だったから、その時からずっと言われてきた。......本人はどう思ってたか知らないけど、ハクみたいに桁外れの才能を持ったリーヤがずっとそばにいたら、辛いと思う時ぐらいあったと思うよ」

 レイは複雑そうな顔をしてそう言った。「そっか......」と、ユキは青い瞳をしてつぶやく。
 先ほど、ジュンギはじっと自分を睨みつけていたようにも思えて、ユキは彼が何を考えていたのだろうかと頭を悩ませた。思っていたよりも冷たそうな人だったので、ユキは少し落胆してしまう。

「......なんだ、ユキ。そんなにあいつのことが気になんのか? 確かにあいつ、見た目はいいもんな。なんでか知らねぇけど、結構女子から人気あんだよなぁ、あいつ」

 ジュンギのことで考えこんでいるユキに向かって、シノはいたずらっぽく笑いかける。「えっ?」と、ユキは思わず声を出す。なんだか変な誤解をされている気がする。

「そりゃぁ顔がよければ人気も出るわよ。それに、ああいう風に無口な感じの男が好きな女子って結構多いのよね。しかもリーヤとしての腕もいいし、人気があって当然でしょ。ユキちゃんもああいう感じが好きなの?」

 ハオもシノの話に乗って楽しそうに笑っているのを見て、ユキは思わず頬が熱くなってくる。この流れはまずいと思って、ユキは慌てて口を開く。


「いや、兄ちゃんの方が好きだよ!」


 言ったあとで、ユキはてんで的外れなことを言ってしまったことに気付く。
 固まるユキをよそに、三人は一瞬きょとんとしたあと、おかしそうに口を開けて笑った。今度はユキがきょとんとする番だ。


「そうだよな。お前にとっちゃ、兄ちゃんが一番だよな」


 シノはそう笑ってユキの頭をポンポンと叩く。レイもハオも笑ったまま頷くだけである。

 ユキはなんだか腑に落ちないまま、頬を赤くして月の兵舎への帰路を急いだ。
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