第三話 銀狼隊 後編
繁華街から少し離れ、南に向かって歩いていると、あまり建物もない開けた土地になっていく。
「このへん何もねぇから、シンファたちの練習場所になってるんだよ。ちゃんとシン・ルッカ用に会場もあるぜ。ほら、あそこ、人集まってるだろ」
シノは遠くの方を指差して言う。確かに人が集まっており、時折風に乗って歓声のようなものも聞こえてくる。どうやら試合が行われているようである。
近付くにつれて、人々の応援する声が鮮明に聞こえてくるようになる。
その試合場は簡素なもので、やや大きめの石で囲われた場内には、人一人を身を隠せそうな大岩が八つまばらに置かれているだけだ。そして、その中ではまだ幼さの残る少年たちが数人で試合を行っている最中であった。
初めてみるシン・ルッカに、ユキは思わず小走りになって試合場に向かって行く。もちろん、誰かに顔を見られないように外套の帽子を深くかぶっている。
「お、ちびたちが試合をしてるみたいだな。シンファになったばっかか?」
ユキの後ろから歩いてきたシノは試合場を覗き込む。「そうみたいだね」と、更に後ろからきたレイが言った。
「まだ慣れてない感じだね。ぎこちない感じが懐かしいな」
レイは穏やかに微笑む。
「そうね。......観客たちは親や家族かしら。和やかな雰囲気だわ」
大きな荷物を背負って、ハオが最後にやってくる。シン・ルッカの試合にしては、確かに和やかな雰囲気である。
場内に残っているシンファは見える限り二人だけで、失格になったのであろうシンファたちは場外に出ている。黒い服の隊と白い服の隊で分かれて戦っているようだ。場内に残っているシンファは二人ともザンファで、黒い服の方が白い服の方に切りかかっており、白い服の方は左手にシンでできた盾を持ち、斬撃を防いでいる。
「どうやら殲滅戦をやってるみたいだね。見た感じ、黒い服の方が優位そうだ」
レイはシノの横に立ち試合を見つめる。
「そうみてぇだな。......ユキ、あの白い方が今使ってる心具が『盾』だ。ああいう風にシンの盾を作って敵の攻撃から身を守る。でも、いくらでも持つわけじゃねぇ。あいつの盾、ひび入ってきてるだろ?」
シノの言う通り、白い服の子の盾に黒い服の子の剣が切りかかるたび、少しずつ盾にひびが入ってきている。
「ああいう風に攻撃を受け続ければそのうち盾も壊れちまうし、盾じゃ耐えきれねぇような強い攻撃を受けてもすぐ壊れちまう。まぁ、守ってばっかじゃ勝てねぇってことだ」
不利な状況にある白い服の子を応援してか、周りからは「反撃しろ!」だとか「がんばれ! 諦めるな!」だとか声援が上がっている。ユキも、あの子はこのまま負ける気だろうかと、焦れったい気持ちで試合を見つめた。
「試合は基本四人対四人だ。それで、試合に持っていくことができる心具は一人につき四つのみなんだ。ザンファやリユーファは剣と弓で心具の枠を一つ使うから、残り三つってことになる。リーヤは武器を持たないから、四つ自由に選べる。でも、ティッパーだけは特殊でね、心具を八つまで持っていいことになってる。その代わり剣とか弓は持っちゃだめなんだ」
レイはユキに丁寧に説明していき、ユキは頷きながら聞いていく。ユキはそれを聞きながら、兄の手紙に書いてあったシン・ルッカの説明を思い出していた。
「......あ、ユキ、今いいところだよ」
そう言ってレイはユキに試合を見るようにうながす。試合は白い服の子が場外ギリギリまで追い詰められていて、盾も壊れたため今は両者つばぜり合いの状態である。しかし、黒い服の方が白い服の方を場外へ押し出そうとしており、白い服の方はまさに崖っぷちの状態である。周りからの声援も一層大きくなっていく。
そして、白い服の方が場外に出て負けるか、と思ったところで、いきなり黒い服の方の胸元が弾けるように光った。吸収石が弾けたのだ。一瞬の間を置いて、周りからは大きな歓声と拍手が上がり始める。白い服の子は両こぶしを天に向かって突き上げて喜び、黒い服の子は悔しそうに何か叫んでいる。
ユキも感心したように拍手を送った。
「ユキ、今何が起こったか分かった?」
レイも拍手をしながらユキに話しかける。
「はい。あの大きい岩の陰に隠れていた白い服の方のリユーファが、自分の射程圏内に入った黒い方のザンファを射抜いていました。あの白い服のザンファが、仲間のリユーファに狙わせるためにあそこまで誘導してたんだと思います」
ユキは白い服のリユーファが隠れていた大岩を指差して言う。「その通り」と、レイは微笑んで言った。
「リユーファっていうのは、基本ああいう風に物陰に潜んで、射抜く機会を狙うんだ。敵のシンファにばれないように潜んで、敵が気付かずに射程圏内に入ったら、そこをすかさず射る。そういう戦法が多いかな。だから、リユーファは最初に敵を狙える位置取りをすることが重要だし、逆に敵のリユーファがどこにいるのかを予測してシンファたちは行動しなくちゃいけない。結構重要だろ?」
レイが冗談っぽく言うので、ユキも「はい」と笑って言った。
「あとユキ、別に俺に敬語使わなくていいんだよ。俺もシノと一緒で、敬語で話されるの苦手なんだよね。もう仲間なんだから、変に気をつかわなくていいよ」
レイはそう言って穏やかに笑う。仲間だと言われたのが嬉しくて、ユキは「うん」と言って微笑み返した。
「あれ、お前ら月虹隊か?」
突然誰かに呼ばれ、四人は声のした方向を見た。左の方から三人の男性がこちらに向かって歩いてきている。それを見て、ユキは思わず帽子を深くかぶり直した。
「おぉ、銀狼隊か!」
シノは相手に向かってそう言った。
「やっぱりお前らか。ルカはいないのか?」
三人の内、先頭にいた男性がシノに話しかけた。自分よりも一回りは年上そうな人だな、とユキは男性を見て思う。黒髪に茶色の瞳の、穏やかそうな顔の人だ。
「あぁ、あいつは用事があっていないんだ。あんたたちも三人だけか」
「あぁ、同じく用事があってな。......そこの帽子かぶってる子は......」
そこまで言って、男性は言葉を詰めた。きっと、昨晩から月の兵舎を騒がせていたハクの妹だと気付いたのだろう。ユキは思わずうつむいて、レイとハオの間に身を隠した。
「......お前らもこんな小さい試合見にくるんだな。ちょっと意外だ」
シノは話をそらすように男性に話しかける。
「......まぁな。次代を担う優秀なシンファを発掘するためさ。才能のある子は早めに目を付けて、うちの隊に引き抜きたいんだよ」
男性はユキから目を離し、シノの方に向き直した。
「引き抜きって......。なんだサクショウさん、あんた引退でもする気か? まだまだ現役だろ」
シノの言葉に、サクショウと呼ばれた男性は困ったように笑った。
「......俺ももう二十八歳だよ」
サクショウは静かに言う。ユキは彼がそんなに年上だと思わず、彼の顔を再び見てしまう。その横顔はどこか悲しげである。
「なに、俺もすぐには引退しないさ。......でも、体やシンの衰えは嫌でも感じてきてるんだ。お前ら月虹隊みたいな若いやつらもこれからどんどん出てくるし、そろそろ潮時を考え始めてんのさ。銀狼隊は歴史のある隊だ。この伝統を途絶えさせないために、優秀な若いやつを見つけ出して育て上げるのが、俺の使命だと思ってる」
サクショウは微笑んで言う。
「......潮時とか言わないでくださいよ、隊長。まだまだ現役でいけるでしょう。俺よりも強いくせして何言ってるんですか」
サクショウの隣に立っていた薄茶色の髪をした青年が嫌味っぽく言う。それを聞いて、サクショウはおかしそうに笑った。
「お前こそ何言ってるんだ、ホロゥ。そんなこと言ってるようじゃ、いつまで経っても俺に勝てないままだぞ。俺が抜けても大丈夫だって言えるようになってもらわねぇと、俺だって辞めたくても辞められねぇよ。それに、アダンとジュンギもいるんだ。お前たちは俺がいなくても充分やってけるさ」
サクショウはそう言って笑うが、ホロゥと呼ばれた青年は不満げに顔をしかめてしまう。
三人の内、黙ったままでいる人の名がジュンギだろうかと、ユキは少し顔を上に向けサクショウの後ろいる人の顔を見る。すると、その人も自分の方を見ており目が合ってしまった。
そして、ユキの背中にぞくりと悪寒にも似た衝撃が走った。
目をそらそうかと思ったが、その感情の読めない黒い切れ長の目からはなぜか逃げることができなかった。黒く、腰までありそうな彼の一つ縛りの髪が、風に当たって静かに揺れている。端正は顔立ちをしていたが、どこか氷のような冷たさを感じさせる少年だ。
この人がジュンギだと、ユキは確信を持つ。
当のジュンギはと言うと、涼しい顔でユキのことを静かに見据えているだけである。
「あ、銀狼隊だ!」
「本当だ! 月虹隊もいるぞ!」
不意にどこかから子供たちの声が上がる。その声をきっかけに、周りの人々も自分たちの方を振り向き声を上げ始める
「やぁ、銀狼隊じゃないか。いつも応援してるよ」
近くにいた初老の男性が嬉しそうに声をかける。サクショウは「ありがとうございます」と微笑んで返事をした。
「五神祭の本選出場おめでとう! 俺は予選を見に行ったんだが、いやぁおもしろかったねぇ。さすがジュンギくん、見事なリーヤとしての腕前だったよ」
別の男性も笑いながら銀狼隊に話しかけてくる。そこで初めてジュンギはユキから目をそらし、その男性に向かって軽く礼をした。ユキは思わずほっとして息をはく。
「月虹隊ももちろん応援してるよ。君たちはおもしろい戦い方をするからね。......でも、今はレイくんしか試合に出れないから大変だろう」
最初に話しかけてきた男性が、言いにくそうにそうシノに言う。フンと、シノは鼻を鳴らす。
「俺とルカも来月になりゃぁ試合に出れるようになるから大丈夫だ。それに、とんでもねぇ新人を見つけてきたからな。半年後楽しみにしてるといいぜ」
そう言ってシノはニヤリと笑う。男性たちは不思議そうな顔をしたが、「それは楽しみだ」と少し目を輝かせて言った。
「......ところで、そこにいるお嬢ちゃんは誰の恋人だい?」
男性の一人がユキの方を見て言う。ユキはドキリとして顔をうつむかせた。
「あぁ、俺のだよ」
シノは迷いもなくそう言った。よくそういくことが平然と言えるものだと、ユキは少し頬を赤らめながら感心する。「えぇ!」と、その場にいたほとんどの人が驚いて目を丸くさせる。サクショウとホロゥも驚いているようである。
「なんだよ! 俺だって彼女ぐらいいてもいいだろ!」
シノは怒ったように反論する。
「いや、どう考えても君じゃないだろう。せめてレイくんだろうと思ったもんでね」
初老の男性はなおも信じられないような顔をしてシノに言う。急に名前を出されたレイは困ったように笑った。
「ちょっと、せめてレイちゃんってどういうことよ! 私は選択肢にも入ってないってわけ!?」
なぜか横からハオが急に声を上げて男性を責め出す。「いや、そういうわけじゃ......」と、男性はハオの怒った顔を見てたじろいでしまう。「じゃぁ、どういうわけよ?」と、ハオはさらに男性に詰めよる。
「あぁ、もう行こうぜ! 俺たちも忙しいんだ!」
そう言ってシノはユキをかばうように歩き始める。ユキも顔をうつむけたままシノのあとを追う。ハオも機嫌が悪そうな顔のまま歩き出し、レイは「じゃぁね」と言って銀狼隊に向かって手を振り三人のあとを追った。サクショウとホロゥはそれに手を振ってこたえる。ジュンギはただ静かに四人の後ろ姿を見つめるだけである。
「相変わらずおもしれぇやつらだなぁ、月虹隊は」
男性の一人が笑いながら言う。「そうですね」と、サクショウも穏やかに笑って言った。
「......あんなことがあってから滅多に見かけなくなったが、ずいぶん明るくなっていてほっとしたよ。昔に戻ったみたいだ。......ところで、シノが言っていた新人って誰だろう? まさか月虹隊が人を入れるなんて思ってもみなかったなぁ。サクショウくん、誰か知ってるかい?」
初老の男性は不思議そうに話しかける。「さぁ......」と、サクショウは曖昧に返事をする。
「......結局、あの女の子は誰だったんだろうなぁ。ずいぶん肌の白い子だったけど......」
近くにいた男性が、独り言のようにつぶやいた。