第六話 兄の最期 後編
「俺のせいだ......」
レイは独り言のようにつぶやいた。
目を伏せて、口元を苦しそうにゆがませていた。
自分がヤン族であったがために目を付けられ、犯人として疑われたことに対し、レイもまた深い傷を負っているようであった。
「お前のせいなわけあるかよ。例えお前がヤン族じゃなかったって、あの変態じじいはまた別の難癖つけてハクを奪おうとしたに決まってる。
......もういいぜルカ。しゃべり疲れただろ? 続きは俺が話す」
シノは辛そうなルカを気遣ってか、代わりに続きを話し始めた。
「で、ハクはキンジュアのとこに行っちまった。そっからのことは分からねぇ。結局予選は日を改めて行われたけど、月の国からはどの隊も出場しなかった。ヒリンが殺されたり、ハクが連れてかれたりで、そんな気力誰もなかったさ。
状況が変わったのは年が明けてすぐのことだ。
ハクが死んだって、急に太陽の国が発表しやがったんだ」
シノは腕を組んで淡々と話す。ユキはシノから目をそらさず、黙って話を聞き続けた。
「あまりにも急で、正直太陽のやつらが何言ってんのか分かんなかった。
そんでその発表の次の日、やつらはどうしてハクが死んだのかも詳細に話始めた。
......ハクはキンジュアに酷い辱めを受けた挙句死んだっていう、聞くに堪えねぇ話さ。
どうやら、キンジュアの横暴さは太陽の国の中でも良い印象はなかったらしく、さらにヒリンの一件もあって王族の中でも不信感が募ってたらしい。
挙句、ハクを殺したんだ。それが切り口になって、ついにキンジュアの弟のアージュアがキンジュアを裁き始めた。
弟に裏切られたのさ、あいつは」
シノは眉をひそめ、低い声を響かせる。
兄の死んだ理由を聞き、ユキは唇をかんで怒りを抑えているようだった。
「裁くと言っても、王が下人を一人殺したぐらいで普通は罪には問われない。
でも、その時は普通じゃなかった。
ハクが死んだ理由の一つに、王がマープを投与したってのがあったのさ」
「マープ?」
またも聞き慣れない単語にユキは聞き返す。
「知らない? 麻薬の一種よ。
......吸い込むと頭がぶっとんじゃうの」
ハオがユキに説明すると、ついにユキは堪えきれずわずかに空気を痺れさせた。
その赤い瞳は心なしか潤んでいるように見える。
あまりにも酷い兄の最期に、ユキは感情を抑えることができない様子だった。
「......今日はもう聞くのをやめるか」
ルカは静かにユキに言う。
「......いえ、最後までお願いします」
ユキはルカにそう言い切った。
「そうか」とルカは頷き、自分も覚悟を決めてシノに代わって話始める。
「......マープを始め、麻薬はどの国でも使用を強く禁止されている。
昔は神事などで使われていたらしいが、今では使用する他にも栽培したり、売買したりした者は最悪の場合極刑に処されることもある。
それを王が使用していて、その証拠に王の側近たちが王がハクに投与してことを告白した。王宮で奴隷たちにマープを栽培させていたことも分かった。......もう誰もキンジュアを擁護できなくなっていた。
そしてついに、キンジュアは裁判にかけられた。
......五国がクィージェナの地を統治してから初めて、王が王を裁く五神裁判が行われた」
王が謀反により王位を失脚させられ、処刑されることは歴史上何回かあったが、王が王を裁くことはハクの事件が初めてだった。
そしてその裁判では、驚くべき事実が次々と公に暴かれ始めた。
「裁判は月の国で行われ、前代未聞の出来事に他国から大勢の人間がやってきた。俺たち月虹隊はハクと深い関係があったため、王族に交じり裁判を傍聴席の最前列で聴くことを許された。......裁判では、キンジュアの側近など近しいものたちがキンジュアの悪行について次々と発表していった。
......そして、ヒリンを殺したのはキンジュアの命令を受けた者だと側近が告白した。
太陽の国の治安部隊の隊長も、キンジュアの命令により動いたこと、月の国に対し不利になるような証拠だけを公表するように言われたことを発表した。
......一番むごかったのは、金獅子隊のシンファ、ギナクの証言だ。
ギナクは、ヒリンが死ぬ前日、太陽の王の使いにヒリンを夜中に銀狼の森に呼び出すよう言われたと証言した。ギナクは不審に思ったが、王族間の話だと言われギナクはしぶしぶ承認してしまった。......まさか、殺されるなんて夢にも思っていなかったらしい」
裁判の様子をルカは思い出す。
あまりにも酷くて、正直思い出したくもなかった。
「ギナクは、自分がヒリンの殺害に加担してしまったことに気付いた。
しかし、言えなかった。なぜなら、銀狼の森に呼び出せと言われたことを誰かに言えば、他の金獅子隊の隊員の他に、家族にまで危害が及ぶことになると脅されたらしかった。
......ギナクは、親友を殺してしまったことに、何ヶ月も一人で苦しみ続けていたんだ。
泣きながらヒリンに謝っていたさ......あの気の強いギナクが泣くところを、その時俺は初めて見た」
キンジュアに殺されたハクとヒリンが最大の被害者であるが、ギナクもその被害者であるとルカは思う。ギナクは何も悪くないとしても、結果的にヒリンを殺すことになってしまい、挙句そのことを言えずどれだけ苦しかったろうと考えるだけで、ルカは胸の奥が苦しくなるのを感じた。
「そして裁判は、ハクにマープを使ったことについて言及していった。そのことについて、キンジュアは訳の分からないことを言い出した。キンジュアは、ハクの身体だけでなく、心まで全てが欲しかったのだと言い出したんだ。どうしても心を差し出さないハクに対し、マープを使って心を奪おうと考えたが、どれだけマープを投与し、意識を混沌させてもハクは屈しなかった。そして......」
ルカは言葉に詰まる。
声を出そうとして口を動かしても、喉元で詰まった言葉はどうしても口から出ようとはしなかった。あの時受けた冷たい衝撃が、また胸の奥から湧き上がってきそうだった。
「ハクは、ルカの名前を呼んだのさ」
シノが相変わらず低い声で淡々と言った。
「で、それを聞いてキンジュアはカッとなってハクを近くにあった小刀で刺し殺しちまったらしい。ほんと馬鹿な野郎だよ。
ちなみに、キンジュアがそう言った時に俺とルカは堪え切れずキンジュアに向かって暴言を吐きまくったのさ。まぁ、最初に『このくそじじい!!』っつって啖呵切ったのは俺だけどな。ルカもかなりやばいこと言ってたよなぁ。そのせいで俺たち月虹隊は傍聴席から追い出されて、俺とルカは一年間の試合出場停止になっちまったんだ。後悔はまったくしてねぇけどな」
シノはすっきりとした顔でユキに言った。
「後悔はいいけど、少しは反省してほしいわ......。あんたたち二人の暴走を止めるのがどんなに大変だったか分かる? ルカなんて、本気でキンジュアを刺し殺しに行く気だったじゃない。本当、私とレイちゃんに感謝してほしいわ」
ため息と供にハオは言う。
もちろん、冷静さを失っていた自分とシノを全力で抑えてくれた二人にはルカは感謝している。自分とシノだけでなく、レイとハオだって涙を流していた。二人だってキンジュアに対し言ってやりたいことは山ほどあっただろうに、それを堪えて止めてくれていたのだ。
「感謝してるよ。二人がいなかったら、俺とシノは出場停止じゃ済まなかったかもしれないからな。......反省してるさ。
話を戻すと、俺たちは裁判から追い出されたからその後のことは詳しく知らない。なんでも、その後すぐ裁判は一旦終了し、後日情報を整理して改めて裁判が開かれることになっていたらしい。でも結局、その裁判が行われることはなかった。なぜなら裁判が終わった次の日、監獄でキンジュアが死んでいるところが発見されたからだ」
「えぇ!?」
ユキは驚いたように大声を出し、瞳の色を紫に急変させた。ルカもまさかそんなに驚かれるとは思わず、同じく驚いた顔でユキを見つめ返した。他の三人も驚いてユキを見る。
「キンジュアって、もう亡くなってるんですか?」
驚きながら言うユキに、ルカは戸惑った声で「あぁ」と返した。
「待て、ユキ。お前一体ハクの死についてどこまで知ってんだ? てか、まさか本当はキンジュアに復讐するためにクィージェナに来たとか言うんじゃないだろうな?」
シノは怪訝そうにユキに言うと、ユキは大きく首を横に振った。
「いえ、復讐のためではありません! まぁ確かにキンジュアに会うことがあれば最大出力でシンをぶつけてやろうとは考えてましたけど、復讐しようとはほんの少ししか考えていませんでした! ......私は兄が太陽の王に殺されたとしか知らなくて、細かなことは何も知らないままここに来ました。でも、まさか亡くなっているなんて......」
ユキは困惑したように言葉を濁す。少しは復讐しようとしてるじゃないかと思いながら、なぜキンジュアの死にこれほど戸惑っているのだろうかとルカは頭を悩ませた。
「なんだ? キンジュアが死んで何か困ることでもあるのか?」
ルカがそうたずねると、ユキは「いえ、何もないです」と慌てて首を振った。
その様子を不審に思いながらも、ルカは話を元に戻ししゃべり始めた。
「......キンジュアは隠し持っていた毒を飲み死んだらしい。
キンジュアが死んだことで、事件は幕を閉じた。結局俺たちは、キンジュアがどうしてそこまでしてハクを手に入れたかったのか分からないまま終わってしまった。
残ったのは、やり場のない怒りと、やるせない虚無感だけだ。
五国はそれからしばらく混乱状態が続いて、その年の五神祭は見送られることになった。
そして一年経って今だ。
......ハクの死について、語れるのはこれくらいだ」
ルカは静かにそう言って話を終えた。
少しの間、部屋に静寂が訪れる。
ユキは何かを考えているかのように、ずっと押し黙ったままだった。
「......ユキ、お前がシンファになりにここに来たこと、正直俺はまだ信じられない。
ハクの妹が急に目の前に現れたんだ、本当に夢みたいで......嬉しくて仕方がないさ。
......だから、お前に約束したいことがあるんだ」
真剣な口調で語りかけるルカを、ユキは緊張した目で見つめ返した。
「お前を守る」
ルカは、真っ直ぐな瞳でユキを見据えた。
「何があっても、絶対にお前を手放さない。
......もう二度と、あんな思いをしてたまるか」
ルカの真剣な表情に、ユキは身動もせずじっとルカの目を見つめ返していた。
そんな二人の様子を見て、ハオは思わず吹き出してしまう。
「やだわぁルカ。
あんた今すごく情熱的な告白をしたわよ」
クスクスと笑うハオにルカは真顔で「そうか?」と言い、ユキもきょとんとした顔でハオの方を見た。
「俺もだよ、ユキ」
レイも微笑みながら静かに言った。
「俺も、何があってもユキのこと守るから」
レイは穏やかにそう言ったが、その金色の瞳は真っ直ぐにユキを見つめていた。
「もちろん、俺もだぜ、ユキ。
変な輩が近付いて来たら、速攻で撃退してやるからな」
「私だって、何があってもユキちゃんのこと守るわよ。
月虹隊は全員ユキちゃんの味方だから、安心して頂戴ね」
レイに続いてシノとハオもユキに向かって言った。
四人からの言葉に、ユキは照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも......」
ユキは頬を赤らめながらも言葉を続けた。
「私も、皆さんのことを守ります」
ユキははっきりとそう言い、四人のことを見渡した。
ルカは自分たちの力になるという意味でユキがそう言ったのだと思ったが、その言葉の本当の意味を知るのは、まだだいぶ先の話であった。