第一話 朝ご飯 後編
食堂には木でできた長机と椅子がいくつも置いてあり、すでに何人ものシンファたちが席に着いていた。食堂に入ってすぐ横にある料理場からはおいしそうな匂いが漂ってきて、料理人が列に並んだシンファたちに朝ごはんの乗った盆を渡していた。
月虹隊の五人が食堂に入った瞬間、部屋の空気が明らかに変わった。食堂に満ちていた話声はピタリと止み、全員が動きを止めて月虹隊の隊員たちを見つめた。こうなることを想像していたが、大勢の人に見つめられてユキは少し緊張してしまう。
何を言われるのだろうとユキは身構えたが、次の瞬間、思いもよらないことが起こった。
食堂にいたシンファたちが拍手をし、歓声を上げ始めたのだ。
「来たぞ、ハクの妹だ!」「すげぇ......本当にそっくりだ!」「昨日はよくホーマのやつを退けさせたなぁ」「ほんとだよ、あいつが焦って帰る姿、おもしろかったよな!」
食堂に歓声や笑い声が響きわたる。どうやら、昨晩ユキがホーマを退けたのがシンファたちの間で大きな話題となっているらしかった。
「よくやった」「さすがだ」と、色んな方向から誉め言葉飛んできて、ユキは少し気圧されてしまう。それほどまでにホーマは嫌われていたのかとユキは驚いた。
近くにいたシンファたちはユキに話かけようと近付いてきたが、他の四人がユキをかばうように歩いて空いている席へと向かっていく。
席へついても、あちらこちらから自分に視線が向かってきてユキは気恥ずかしくなる。
「ユキはここで待ってて。ユキの分も持ってくるから」
「そうね、ユキちゃんはここで席取りしててね」
レイとハオが列に並びに行き、後を追ってルカも歩いてく。
「俺はここでユキと待ってるよ」と言って、シノはユキと向かい合うように座った。
「思った通り、すごい騒ぎだな」
そう言ってシノはフーっとため息をはく。
「そうだね」
と、ユキも頷く。
周りの人が自分を見て自分の話をしているのが聞こえてくるので、複雑な気分である。
「なぁ、ハクの妹ちゃん、名前なんていうの?」
隣の席の人が身を乗り出してユキに問いかける。
「ユキです」
ユキは驚きながらも素直に答えた。
「ユキ? やっぱ珍しい名前だなぁ」
「ユキちゃん、あんた本当にシンファになるのか? 大丈夫か? そんな細い体で」
「大丈夫だろ、ホーマよりシン強かったし。それにあのハクの妹だぜ」
「ユキちゃん何歳? どっから来たの?」
「いやぁ、かわいいなぁ」
「あーうるさい、お前ら! ユキが困ってんだろ! 黙って食っとけ!!」
ワラワラと群がってきた人々に対し、シノはうざったそうに怒鳴った。その声に皆しぶしぶ席に戻っていくが、依然として室内は騒がしいままである。
周りから奇異の目で見られて、ユキはなんだか恥ずかしくて目を伏せてしまう。
「なぁシノ、この子昨日どこに泊まったんだ?」
後ろの席にいた人が振り向いてシノに問いかけた。
「え、俺の部屋だけど」
「まじで? まさか兵舎で生活すんのか?」
「おう、お前ら手ぇ出すなよ。生きて帰さねぇからな」
「いや、お前こそ変な真似すんなよ。見た目女っぽいけど」
「誰がするか!」
「はいはい、ご飯持ってきたから静かにしてちょうだいね」
そう言ってハオはシノをたしなめ、シノの目の前に朝食が乗ったお盆を置いた。すぐ後ろにルカとレイもいて、レイはユキの分の朝食を持って来てくれていた。
「想像はしていたけど、やっぱりすごく注目されるね......」
レイは苦笑しながらユキの隣に座った。「そうだな」と、ルカも相槌を打ってレイの隣に座る。
「そうね......。列に並んでいるあいだももみくちゃにされかけたわ......」
ハオも疲れたような顔をしてシノの隣に座った。
五人が一つの机に着くと、周りからさらに視線が集まってくる。
四人が居心地が悪そうに朝食に手を付ける中で、ユキは自分の前に置かれた食べ物から目を離せないでいた。
どれも見たことがないものばかりだ。
中央に置かれた皿に乗っているのは炒り卵であろうが、その周りに添えられている野菜は初めて見る。それに、橙色をした汁物にも小さく切った野菜が入っていて、少し辛そうな香りがただよってくる。
そして、平たい皿に置かれた茶色い丸い食べ物は何かも分からないが、とても香ばしくておいしそうな香りがしている。
「ユキ、食べないの? これはバルだよ、小麦でできてる」
レイはユキの方を見ながら、バルと呼ばれた茶色い食べ物をちぎって口に入れた。
ユキもレイの真似をしてバルを一口大にちぎって口にほおばった。
すると、香ばしい香りが口いっぱいに広がっていった。
外は少し焦げていたが、中の生地はフワフワとしていてほのかに甘い。
今まで味わったことのないおいしさに、ユキの目はすぐさま金色に輝いていった。
「おいしい!」
ユキは笑顔でそう言って、またバルをちぎってほおばっていく。
「そうか、お前この国の食べ物は初めてなのか」
目を輝かせながら食べるユキを見て、ルカは思わず笑ってしまう。
「でも確かにここのご飯はおいしいわよね。下手な料理屋よりもよっぽど上よ」
ハオも笑ってバルをほおばっていく。
「これでもっと肉料理の割合多ければ文句ねぇんだけどな。ユキ、バルをこれにつけてもうめぇぞ」
シノはちぎったバルを汁物にひたしてそれを食べた。
ユキも真似して食べてみると、確かに辛い味と香りがついてこれもこれでおいしい。
このバルは他の色んな食べ物にも合うかもしれないなと思いながら、ユキは目を輝かせてパクパクと朝食を食べていく。
「本当においしそうに食べるわねぇ、ユキちゃん。見てるこっちもおいしくなってくるわ」
いい食べっぷりのユキをハオは楽しそうに見つめている。
「確かにな。......ハクのやつも最初のころはこんな感じだったな。食べるもの全部に目を輝かせてさ」
ルカも懐かしそうにユキを見る。「そうだったね」と、レイも笑って頷いた。
ユキは初めて食べる料理のおいしさと昨日からの空腹も相まって、しゃべることも忘れ一心に食べていく。バルと言う名の食べ物のことは、兄からの手紙に書いてあったのでユキは知っていた。しかし、想像していたものより実際に食べた方が何倍もおいしかった。
「ごちそうさま! おいしかった!」
そう言ってユキは笑顔で手を合わせる。
「おぉ、きれいに食べたな」
先に食べ終えていたシノも、残りかす一つなくきれいになったユキの皿を見て感心したようにつぶやいた。ユキは照れたように顔を赤らめた。
「本当だ、よほどお腹減ってたんだね。おかわり持ってこようか?」
レイはユキを気遣って言ったが、ユキは「大丈夫です」と慌てて言った。
「もうお腹いっぱいになりました。......それに、お金も払わなきゃいけないんじゃ......」
ユキはそのことに気付いて困ってしまう。この国のお金を一つも持っていないのだ。
「あぁ、いいよ、俺が代わりに出しといたから。おごってやるよ」
ルカがそう言うと、ユキはホッとして「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
「シノちゃんのは私が払っといたわよ。昨晩泊めてくれたから、そのお礼ね」
「まじか! 儲かった!」
ハオの言葉にシノは遠慮もなく嬉しそうに言った。
「そうだ、ユキ。金の話のついでに言っとかないといけないことがある。ハクから聞いてるかもしれないけど、月の兵舎の寮に入るにも、学舎に入るにも、金を払わないといけないんだよ。それで、シンファになりたいけど金を払えない人もいるから、そういう人のために国が補助金を出してくれる制度がある。ハクも利用してたし、お前も利用するだろ?」
ルカの説明にユキは「はい」と頷く。心配していたお金の面の話であるため、ユキは真剣な表情でルカの話を聞いた。
「もちろん、ただでこの制度を受けられる訳じゃないぞ。能力のあるシンファになる見込みのあるやつしか制度は受けられない。一学期に二人しか受けられないし、学舎でも常に上位五位以内に入ってないといけない。それに、補助金を受けられるのは学舎に入ってから半年までだ。それ以降は、何か特別な理由がない限り受けられなくなる。つまりお前は、学舎に入ってから半年後には必ずシンファになってないといけないんだ」
強い口調で言うルカに、ユキはまた真剣に「はい」と頷いた。
半年後にはシンファになり、月虹隊に入っていなければいけないということを、ユキは痛いほど分かっていた。
「まぁ、ユキなら余裕だろ。学舎に入ってくるのって大体十歳前後の子供ばっかで、ろくにシンを使ったことのないやつがほとんどだからな。逆に簡単すぎて浮くんじゃないか?」
シノに笑ってそう言われると、ユキの緊張も少しほどけてくる。
その反面、小さい子の中に自分一人だけだったら確かに浮くのではないかと別の不安が湧いてきた。
「やっぱり、それくらいの年齢の人しかいないんですか?」
「いや、ユキみたいに十四、十五歳くらいで入ってくる人もいるし、中には二十代、三十代くらいではいってくる人もいたよ。十四歳なら珍しくもないと思うけどな。まぁ、確かに内容が簡単すぎるかもしれないけどね」
レイの言葉に、ユキはほっとした表情になる。
まぁたとえ自分より年下しかいなくても、気にせず真面目に頑張ればいいだけだから大丈夫だろうとユキは思う。
「あ、でもシンの使い方は心配ないけど、ユキって文字とか大丈夫? ハクは最初この国の文字の読み書きを覚えるのに苦労してたけど、ユキはある程度できるの?」
レイは思い出したようにユキに問いかける。
「はい。兄に手紙で教えてもらってたので、簡単な読み書きならできます。」
「そっか、そういえばシンファ見習いの記章もらう時も自分の名前書いてたっけ。多少できるなら大丈夫だね。学舎でもまず文字の読み書きから習うから、心配しなくてもいいよ」
レイは穏やかに笑って言った。
「学舎への入舎時期は一年に二回あってね、前期と後期に分かれてるの。前期は四ノ月からで、後期は十ノ月からよ。今は三ノ月だから、今から手続きするとユキちゃんは四ノ月入舎になるけど......。待って、それまであと十日もないじゃない! 急がないと間に合わなくなるわよ」
ハオは入学までの日数を指折り数えながら焦ったように言った。
「そうだな、四ノ月入舎に間に合わないと、次まで半年間待たなきゃいけなくなる。今日はその手続きからしに行くか」
ルカにそう言われて、ユキは内心焦り始める。シンファになるのが半年も先送りになるなんて、是が非でも嫌だった。今すぐにでもその手続きをしに行きたい気持ちでいっぱいである。
そんなことを考えていると、不意に食堂の入り口の方が騒がしくなった。
誰か来たのだろうかとユキが入り口の方を見ると、そこにはシンファたちの注目を浴びて立っているシンファ長のジェクロがいた。
「ジェクロさん、おはようございます!」と、シンファたちは口々に活きのいい声でジェクロに挨拶をしている。ジェクロも「おはよう」と穏やかに返事を返しながら、食堂の中を歩いてくる。
ユキはジェクロが朝ごはんを食べに来たのだと思ったが、料理場の列を無視してこちらに歩いてくるのを見て、まさかと思い月虹隊の面々に向き直る。
ルカもジェクロがこちらに向かってくるのに気付いたようで、立ち上がろうと腰を浮かせかけていた。
「大丈夫、座ったままでいいよ」
ジェクロは立ち上がろうとしている月虹隊を穏やかに制した。
「ジェクロさん、おはようございます」
ルカは浮かせた腰を下ろしながら挨拶をする。それに続いて他の四人も挨拶をした。
「あぁ、おはよう。みんなそろっているみたいだね」
ジェクロはそう言って微笑んだ。何を言いに来たのだろうかと、ユキは思わず緊張してしまう。
月虹隊の元にジェクロが来たことによって、周りからのざわめきも再び大きくなってくる。
「朝食中に急に来て悪いね。ユキくん、昨晩はちゃんと眠れたかい?」
ジェクロの穏やかに笑いかけてきたので、ユキも「はい」とつられて笑った。
「そうか、それは良かった。
......実は、月虹隊に急用があって来たんだよ。
本当に急なんだけど、明日月虹隊には僕と一緒に月の王に謁見してもらう」
「えぇ!!」
本当に急な用件に、月虹隊の全員が驚いて声を出す。
「え、明日ですか?」
ルカは思わず聞き返す。
「そうだ、明日だ。今朝、月の王の使いから直々に伝達が来てね、明日じゃないとダメらしいんだよ。
それで、本当に急で悪いんだけど、王に謁見するため明日までにユキくんに服を準備してくれないか? 女子用の服はこの兵舎にないし、買う必要があるなら僕がお金を出すからさ」
ジェクロは申し訳なさそうに月虹隊に言う。月の王への謁見という言葉が周りにも聞こえたらしく、シンファたちのざわめきも更に大きくなってくる。
「あ、それなら私の家に姉たちの服が残ってるはずだから、それをユキちゃんに渡します。今日は町に出てユキちゃんの服を選ぼうと思ってたところだから、ちょうどいいわ」
ハオの言葉に、ジェクロは「それならよかった」と微笑んだ。
ユキは今日町に行けると聞いて胸が高鳴ったが、その反面、王が私たちに何の用だろうかを不安が募っていた。
「......王は俺たちに何の用があるのでしょうか?」
ルカは静かにジェクロに問う。
「......ハクの妹であるユキくんに興味があるらしくてね、純粋に会いたいだけみたいだよ。......まぁ、なぜこの国に来たのかも聞かれると思うから、考えておいてくれ。昨日ドドリゴに言ったようことを素直に言えば大丈夫だ」
ジェクロは穏やかに言ったが、何か裏があるのではないかとユキは勘ぐってしまう。他の四人も同じ考えのようで、月虹隊の間に張り詰めた空気が流れ始める。
その空気を察したように、ジェクロは困ったように笑った。
「......それほど構えなくても、王はユキくんを悪いようにはしないさ。だから、ユキくんだけでなく、月虹隊全員で来いとおっしゃられたんだろう。
僕からの話はこれだけだ。......だけどルカ、君は今から僕の部屋に来てくれないかい?」
「え」とルカは驚いたような声を出し、ユキも思わずルカの方を見てしまう。
「なに、ユキくんの入寮の手続きや入舎の手続きをする書類を準備するのを手伝ってほしいんだ。あと、ルカとシノの一年間試合出場停止解除の手続きもあるしね。月虹隊の隊長として手伝ってほしい」
ルカは怪訝そうな顔をしたまま、静かに「はい」と答える。
ユキはなぜ自分の手続きにルカだけ呼ばれるのか分からなかったが、何も言わずにただルカの横顔を見つめた。
その疑問は、きっとルカも感じていると思ったのだ。