第一話 朝ご飯 前編
朝を告げる鐘の音が月の兵舎に鳴り響き、兵舎にいるシンファたちは続々と起き始める。
深い眠りについていたユキもその音で目を覚まし、ガバリと跳ね起きた。そして周りを見渡してほっと一息つく。昨日は月の国にたどり着き、月虹隊の人たちと会って、シノの部屋で眠ったのだと、だんだんと覚めていく頭でユキは思い出していく。
「あーもう朝か」
上から眠そうなシノの声が聞こえてくる。
「そうみたいね......。おはようユキちゃん、よく眠れたかしら?」
そのすぐ後にハオの声も降ってきた。二人の声が聞こえてくると、ユキはなんだか嬉しい気持ちになる。
「おはよう。すごくよく眠れたよ。寝台ってこんなに気持ちいいんだね」
「あら、ユキちゃん寝台で寝たの初めてなの? でもこの布団も枕も安物よ? もっといいやつは柔らくて眠り心地がいいのよ」
「そうなんだ」とユキは声をもらす。柔らかかったら逆に眠りにくいんじゃないかとユキは思ってしまう。
「まぁ、初めて寝台で寝たら感動するよな。俺もそうだった」
そう言いながらシノは寝台の上から降り、それに続いてハオも降りてくる。ユキも寝台から降りて二人と向かい合った。
「今日もいい天気ねー。ほら、ユキちゃんの故郷もしっかり見えるわよ」
そう言ってハオは窓にかかった布を開いていく。一気に部屋が明るくなって、シノの部屋に舞うほこりがあらわになってしまう。窓の外の奥には森が見え、その更に奥に星降る山脈がそびえたっていた。はるか遠くにある山脈は群青色をしていて、山のてっぺんは真っ白に染まっている。
リン・シャロルはその名の通り星が降りそそぐ山脈とされている。流れ星がたどり着く最後の場所であり、砕けた星のかけらが山に散らばるため山頂が白く輝いているのだと言われている。
「ほんとだ! ここからだと山頂の雪もきれいに見えるね」
「え?」
二人が不思議そうな顔でユキを見た。ユキも思わず「え?」と返してしまう。
「え、何? お前今何が山頂に見えるって言った?」
「え? 何って、雪がきれいって......」
そこまで言って、ユキはハッとして口を閉じる。
「待って。この国だとあの山頂の白いのをなんていうの?」
ユキは山脈を指差して言う。
「え、何って、あれは星のかけらが積もったものじゃないの?」
ハオは驚いたようにユキの顔を見る。
クィージェナに住む者にとって、リン・シャロルは星が降りそそぐ場所であることは誰もが子供のころから聞かされている話であった。
「いや、確かリン・シャロルまで行こうとした冒険家の伝記か何かで読んだことあるぞ。リン・シャロルは登るにつれどんどん寒くなってって、信じられねぇことに雨粒まで凍って降ってきたって。で、その冒険家は途中で断念したんだけど、どっかの賢者がその話聞いて、リン・シャロルに降る白い星の正体はその凍った雨粒じゃないかって言ったことがあったっぽいぞ。神官たちに笑われて終わったっぽいけど」
シノは思い出したようにハオに向かって言った。
「そんな品のない名前で呼ばないで!」
雪が凍った雨粒と呼ばれていることになんだかユキは許せなかった。確かにその通りだけれど、雪はもっと美しいもので、様々な名前があることを教えたかったが、ユキはぐっと言葉を飲み込んだ。
そんなユキの様子を見て、シノはニヤリと口角を上げる。
「へぇ、あの白いのは雪って言うのか。いいこと聞いちまったなぁ」
ニヤニヤと笑うシノに、しまったとユキは思う。
「ちょっと、ユキちゃんをからかうのはやめなさいよ。でもユキちゃん、あなたハクちゃんに比べて口をすべらせやすいわねぇ。私たちのいないところで言っちゃわないように気を付けなさいね」
ハオは笑いながら言う。「うん......」と、ユキは恥ずかしげに返事をした。昔兄からの手紙で、クィージェナの人々は山頂の雪を降りそそいだ星のかけらだと信じていると教えてもらっていたのに、なんて失態だろうとユキは恥ずかしくなる。
「......シノ、絶対に口外しないでね」
「大丈夫、しねぇよ。俺結構口固いんだぜ?」
シノはいたずらっぽく笑って言う。寝起きのシノは髪を縛っておらず、腰までありそうな長い髪も楽しそうに揺れていた。
「もう、早く行きましょう! ルカたちに遅れちゃうわ! シノちゃん、あんたユキちゃんも着れるような普通の服持ってないの?」
「普通って......、あーシンファ見習いん時の服あったかもしんね」
そう言いながら二人は箪笥の中を探していく。
「今からどこに行くの?」
今日何をすべきか全く分かっていないユキは、少し不安そうに二人に問いかける。
「どこって、まず朝ごはん食べなきゃだめでしょ? 早く行かないと食堂混んじゃうのよねぇ」
朝ごはん、という言葉を聞いた途端、ユキは急にお腹が空いてきた。思えば、ユキは昨日の朝から何も食べていないのだ。きっと昨日から空腹であったはずだが、色々なことが起こりすぎて興奮のあまり感じていなかったのであろう。
「今日は俺たち全員休みの日だよな。ルカもレイも獅子王退治は昨日で終わったはずだろ。ユキに色んなこと教えられるな」
シノは箪笥の奥をあさりながら楽しそうに言う。この箪笥は本来服を入れるはずのものなのに、なぜか箪笥をあさればあさるほど様々な道具が中から出てきている。
「獅子王退治?」
ユキは思わず聞き返す。
「獅子王って、たしか太陽の国の神獣じゃなかったっけ」
神獣とは、国を守る神の化身とされる獣であり、国それぞれに存在する。獅子王は太陽の国の神獣であり、すべての獣の頂点に立つと存在とされる。また、真に王の資質を持つ者にしか敬意を示さないとされ、太陽の国の王宮で好んで飼育されている。そんな獅子王を退治するとはどういうことかとユキは不思議に思う。
「それがねぇ、最近野生の獅子王が増えてきたのよ。でも本当に退治するんじゃなくて、追い返しているだけよ。獅子王って元々野生の数がすごく少なくて、太陽の王宮で飼育されているのがほとんどなの。それなのに近頃太陽の国と月の国の国境にも現れるもんだから、ドゥーアン様がシンファたちに命令して追い返してるのよ。野生の獅子王ってすごく凶暴だから、本当は退治した方がいいんでしょうけど、太陽の神獣だから変に手を出せないのよねぇ」
「本当に困ったもんだ......。お、あった、これだ!」
シノは箪笥の奥からグイっと服を引っ張る。シノが手に取っているものは白い無地の質素な服だった。
「ちょっとにおわない......?」と、ハオは眉をひそめる。
「仕方ない。俺の服の中ではまともなほうだ。ほらユキ、これ着とけ。胸元に昨日もらった記章を付けとくといいぞ」
「分かった」
ユキはシノから服を受け取り、昨日枕元に置いて寝た記章を手に取った。
「付け方分かる? 裏にあるここを外してこうやって付けるのよ」
ハオはユキの手を取り、記章の裏にある金具を器用に取って、慣れた手つきで服に記章を付けた。質素な服に記章を付けただけで、シンファだけが着れる特別な服になったみたいでユキは胸が躍るのを感じた。
「さぁユキちゃん、私たち後ろ向いてるから早く着替えてみせて」
そう言ってハオはユキ背を向ける。
「え、俺も後ろ向くの?」
「あたり前でしょ! あんた半分男なんだから」
「へーへー」
シノは面倒くさそうに返事をし、自分の髪を結びながらユキに背を向けた。
「別に気にしないよ。ルカさんとレイさんにも裸見られたし」
ユキは昨日の王宮での出来事を思い出しながら着替える。もう月虹隊の人たちになら裸ぐらい見られても平気かもしれないとユキは考える。
「......待って、それどういうことよ! あの二人ユキちゃんに何したの!?」
「あ~、奴隷とか献女は王宮に入る時まず身ぐるみはがされるから、その時見たんじゃね?」
「え、じゃぁ王宮のやつらも見たってわけ!? 何それ信じらんない!」
「しゃあねぇよ。献女の裸見たさに奴隷見に行くやつも結構いるしな」
二人はユキから背を向けながら言い合っている。「もう着替えたよ」とユキが言い、二人が振り向いても、ハオは怒ったような顔のままだった。
「もう、男って変態ばっかよねぇ」
「お前も人のこと言えねぇだろ......。さぁ行こうぜ。あいつら待ってるかも」
髪を綺麗に二つ結びにしたシノが扉を開ける。
すると、扉の前には見覚えのある銀髪の少年が立っていた。
「あ、出てきた。おはようシノ」
「おう、おはよーレイ。あ、ルカもいる」
レイの横にはルカもいて、「おはよう」と部屋から出てきたシノに向かって挨拶をした。
三人が部屋から出てくると、扉の前で月虹隊が全員揃う形になった。廊下には他のシンファたちも何人か歩いていて、月虹隊を奇異の目で見ながら横を通り過ぎていく。そのたびにユキは少し緊張してしまう。
「悪いな、待ったか?」
「いや、俺もレイも今出てきたとこだ。......それ、シンファ見習いの時にもらった服か、懐かしいな」
「おう、俺の持ってる服の中で普通の方の服だ」
そんなことを話しながら、五人は食堂に向かって歩き始める。
「ルカにレイちゃん、昨日王宮に行ってユキちゃんを助けたのはすごいけど、どうしてユキちゃんが王宮に来てるって分かったの? まさか、裸の女性目当てに行ったら偶然発見したんじゃないでしょうね」
ハオは怒ったような顔でルカとレイを見る。
「違うって。昨日獅子王退治の報告を王宮にした帰り、偶然高官たちがリン・シャロルの女が来たって話してるのを聞いたんだよ。気になって行ったらユキがいたってわけだ」
ルカは呆れたようにそう言い返したが、ハオは「へぇ」と疑っていそうな声を出した。
「ねぇ......」
ルカが話終わってから、ユキはおずおずと横にいたハオに話しかける。
「シンファって獅子王退治に行かなくちゃいけないの?」
「そうだけど、強制じゃないわよ。兵士だけじゃ手が足りない時に、王宮からこっちに要請が来て、行ける人が行くのよ。行ったら結構お金が貰えるから、試合のないシンファたちとか進んで行こうとするわ。特にうちの隊はルカとシノちゃんが一年間試合出場停止になっちゃったから、こういうのに参加してお金稼ぐしかないのよねぇ。さすがにレイちゃん一人で試合に挑むことできないもの」
「そうなんだ」
ハオの説明にユキは納得して頷く。
「私は戦えないから、実家の仕事手伝ってるのよ。シノちゃんも家で手伝ってくれてるしね」
「おう。ハオの実家は心晶石の加工をしてるとこなんだ。色々なもんあって楽しいぞ」
「へぇ」
心晶石の加工と聞いて、ユキは目を輝かせる。シノの部屋で見た、試合で使う様々な道具を思い出していた。
「あら、ユキちゃん目が金色になってるわよ。いつか私の実家に招待して、色々見せてあげるわね。その時にこの国の案内もしてあげるからね」
「え、やったぁ」
ユキは目を輝かせたまま素直に喜ぶ。心晶石やこの国のことをもっと知ることができると思うと嬉しかった。
「今日は何しようか。やらなきゃいけないこと色々あるはずだけど、ありすぎて何から始めていいのか分からないや。まずユキの入寮の手続きしないといけないよね。あ、あと学舎に入る手続きも必要か。今から大丈夫かな」
レイは四人に向かって話しかける。ユキも何をするべきか分からなかったので、真剣な顔で四人を見上げた。
「学舎なら多分まだ大丈夫だろ。......まぁ、まずは腹ごしらえだ」
一階の食堂まで着き、ルカはそう言いながら食堂の中に入っていく。何かの料理のいい匂いを嗅ぎながら、ユキは少し緊張した面持ちで食堂の中へ入っていった。