第二話 ハオの家へ 前編
「ルカのやつ、なんでジェクロさんに呼ばれたんだろ? なんかやましいことでもあんのか?」
「まさか、あんたじゃあるまいし。きっと何か事情があるのよ」
ハオはシノをたしなめながら、シノの箪笥からユキ用の服を探していく。
「あった、これでいいわ。この帽子付きの外套にしましょう。ユキちゃん、外を歩くときはこの帽子をかぶって歩いてね。リン・シャロルの民がこの国に来たなんて知れたら、きっとすごい騒ぎになっちゃうもの。時がくるまでこの外套を着ていてね」
「うん、分かった」
ユキはハオから渡された薄茶色の外套を素直に受け取った。
「時が来るまでって、いったいいつになるんだよ」
シノはハオが箪笥から出した服やら道具やらを片付けながら、口をとがらせてハオに聞く。
「さぁ......それは分からないけど、ひとまず今日ではないでしょ。ハクちゃんの時だって、噂が国中に浸透していってからシン・ルッカの公式試合に出場して、その才能が認められてみんなに受け入れられたじゃない。きっとユキちゃんのことも、時間が経って試合に出場できるようになればみんな受け入れてくれるようになるわよ」
ハオは悩みながらシノに言い返す。
ユキも自分がこの国に受け入れられるのだろうかと不安は感じていたが、ハオの言葉を聞いて少し安堵する。「......ならいいけど」と、シノはつぶやいて持っていた道具をまた箪笥の中へと押し込んだ。
「さあ、さっそく私の家に行きましょうか。レイちゃんも外で待ちぼうけてるわ」
ハオはそう言ってにっこりと笑った。
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月の国の繁華街に入り、ユキの瞳は金色に輝きっぱなしである。
こんなに人が入り乱れている場所に来たのは初めてだ。絶えず活気のある声がそこら中から聞こえてくる。
町には所狭しと店が並んでおり、店によって食べ物やら何かの道具やら様々なものが置かれている。食事どころもあるらしく、数歩歩くごとにおいしそうな香りがどこからともなく鼻に届いてくる。
本当は足を止めてじっくりと見て回りたいが、ハオの家に行くことが最優先であるためそんな暇はない。しかも自分の顔が周りに見えないように帽子を目元までかぶっているため、景色を見たくても中々思うようにできないのがじれったかった。
「ユキ、そんなにキョロキョロしたら不審がられるよ」
レイは苦笑いをしながらユキに言う。
ユキははっとして前を歩くハオとシノの背中を見て歩くことに集中する。そんなにキョロキョロしていただろうかと恥ずかしくなってしまう。そんなユキの様子を見て、レイは楽しそうに笑った。
月の国の街路を歩いて分かったことは、月虹隊はこの国で有名な隊であるということだ。
何人かが振り向いて自分たちのことを見るし、中には「月虹隊だ」とつぶやく声も聞こえてきた。しかしその視線が、称賛や憧憬のものではなく、憐みや畏れが混じったものであることをユキは感じ取っていた。
レイを見る目に至っては、どこか嫌悪を抱いた表情で見る人もいて、ユキはどうも腹の奥が熱くなって仕方がなかった。レイが慣れた様子で平然と歩いているのを見て、ユキはなおさら熱くなる。
「月の国はね、心晶石がたくさんとれるから心晶石を加工する店も多いし、それに比例してシン・アティアの数も多いのよ。心晶石の研究は五国の中で一番進んでいるわ。私の実家も心晶石を加工するお店でね、結構長いことやってて腕もいいのよ」
ハオはユキの方を振り向き微笑んで言った。
「そうなんだ。......でも、いいの? ハオのお姉さんの服をもらっちゃって」
「大丈夫よ。私には姉が二人いるんだけど、二人ともお嫁に行っちゃって滅多に帰ってこないもの。それに物を中々捨てられない性格だから、子供の頃の服もとってあるのよ。どうせもう着ないものだから、ユキちゃんに渡しても大丈夫よ。何か言われたらうまく言っておくわ」
ハオが笑って言うのを聞いて、ユキもほっとして頬をほころばせる。
「......そう言えば、兄さんの服とかってまだ残ってるの?」
ユキは何気なく聞いたが、三人はきょとんとして顔を見合わせてしまう。
まずいことを聞いてしまったろうかと、ユキは不安になってくる。
「どうだったかしら......。葬式の時、ハクちゃんの物も全部一緒に燃やしたっけ?」
「いや......俺は花しか供えた記憶がないな......。なにせ、突然のことだったから、あんまり覚えてないんだ......」
「いや、何も燃やしてねぇよ。確かルカがハクの物を手放すことを頑なに拒んでたし、俺も拒んだもん。きっとまだ全部ルカとハクの部屋に残ってるぜ。兄ちゃんの物で欲しいのがあるならルカに聞いてみろよ。頑固なあいつでも、さすがに妹の言うことは聞くだろ」
「分かった、ありがとう」
あまり深い意味もなく聞いてみたのに、三人が真剣に考えてくれたのでユキは恐縮してしまう。でも、兄さんの物があるなら見てみたくはあるので、いつかルカさんに聞いてみようとユキは思う。
「もうすぐ私の家に着くわ。そこの道を右に曲がってすぐよ」
ハオの言う通り道を右に曲がると、大通りよりも幾分狭く静かな道に出た。それでも人の行き来はまったくないという訳ではなく、何人かが目的の店屋を探してか看板を見つめては道をゆっくりと歩いていた。
ハオの家は、民家と雑貨屋に挟まれたところにあった。民家よりもやや大きい二階建ての家だ。
一見薄暗く、看板もかかっていないので何の店なのか想像がつかない。
しかし、入り口の扉近くに心晶石の置物が飾られているので、心晶石に関連する店なのだろうかとかろうじて思う程度である。
ハオの家に着いたのだと思うと、ユキの胸の高鳴りは大きくなってきた。
「さぁ、入ってちょうだい。......ただいま! 父さん、今帰ったわ、月虹隊のみんなも一緒よ」
ハオがガラリと入り口の扉を開けると、扉に付いていた小さな心晶石がカラリと鳴った。
「おじゃまします」とユキたちは口々に言って家の中に入っていく。
家の中は様々な場所に発光石が飾られていて、その明りに照らされ外から見るよりも明るかった。
心晶石の店だけあって、店内には心晶石で加工した道具が並べられている。その他にも剣や弓等の武器も置かれていて、きっと心晶石が埋め込まれているものなのであろう。
「おおハオルド、帰ってきたか。昨日いきなり『急用ができた』って飛び出して行って、そのまま連絡もよこさないから心配したぞ」
店の奥からがっちりとした体格の男性がやってくる。使い古された作業着を着ているので、きっと仕事中だったのだろう。おそらくこの人がハオの父親だろうが、ハオにまったく似ていないのでユキは少し驚いた。最初男性はハオを見て心配そうな顔をしていたが、ハオの後ろにいる三人に目をやり穏やかに微笑んだ。
「あぁ、レイくんとシノくんも来たのかい。じゃぁ、後ろにいるのはルカくんかな?」
そう言われてユキはぎくりとする。はたして帽子を外していいものか、ユキは近くにいたシノを紫色の瞳で見上げた。シノはというと、そんなユキを見ていたずらっぽく笑っているだけである。
「違うのよ、父さん。ルカじゃないわ。......驚いて腰抜かさないでよね」
ハオはそう言ってユキの帽子を外すように手で合図を送る。それを見て、ユキはおずおずと帽子を外す。すると、隠れていた豊かな長い黒髪があらわになり、発光石に照らされて白い肌がかがやいた。
ようやく視界が明るくなり、ユキは黒い瞳でまっすぐにハオの父親を見据えた。
ユキを見て、ハオの父親の顔はみるみるうちにこわばっていき、よろけて後ろにあった机に手をついてしまう。ガチャリと机の上に置かれた道具が動く。
「ちょっと、大丈夫?」と、ハオは慌てて父親の体を支えにいく。
「ハ、ハクくんか......?」
彼は驚いて唇を震わせ、近付いてきたハオの腕をつかむ。
「どういうことだ、ハオルド! 彼はい、生きていたのか......!?」
「ちょ......落ち着いてよ、父さん! 話すと長いけど、この子はハクちゃんじゃないわ。妹のユキちゃんよ! よく見て、女の子でしょう?」
ハオは慌てて説明する。「そうです、妹なんです」と、レイも落ち着かせるように言った。ユキは戸惑ってまたシノを見上げるが、未だシノはおかしそうに笑っているだけである。
「い、妹?」
父親は驚いた表情のままユキに再び顔を向ける。彼は目を凝らしてユキをじっくりと見つめ、そして「あ、あぁ」と曖昧に返事をする。
「た、確かに女の子のようだ......。いや、でも、妹がいたなんて初耳だぞ......。今までどこにいたっていうんだ?」
彼は少し落ち着いたようで、静かにハオに問いかける。
「ずっとリン・シャロルにいたのよ。で、昨日この国に来たの。私が昨日慌てて飛び出して行ったのも、彼女が来たって連絡がきたからなのよ。私だって未だに夢見てるみたいだけど、本当にハクちゃんの妹なのよ」
ハオは微笑みながら父親に語りかける。
「そうか......そうなのか......」と、まだ彼は信じられないような顔をして、支えていたハオの手をほどき立ち直した。そして、またユキの顔をまじまじと見つめる。
「初めまして、ユキです。ハクの妹です。兄の代わりに月虹隊に入り、五神祭で優勝するためにこの国へと来ました」
ユキは少し緊張した面持ちでハオの父親に挨拶をする。すると、彼はみるみるうちに目に涙をためていった。
「......そうか、妹ちゃんがいたのか......。そうかそうか......」
彼は急に涙声になり、手の甲で涙をぬぐい出した。大の大人が目の前で泣いているところを見たことのないユキは、その様子を見て思わずびっくりしてしまう。
「ちょっと、みんなの前で泣かないでよ! ごめんねユキちゃん。うちのお父さん涙もろくてねぇ」
ハオは困ったような顔をして父親の肩を軽く叩いた。
そういうところはハオとそっくりなんだなと、ユキは心の中で独りごちた。
「ほら、こんなところで立ち話もなんだから、奥行って話しましょう。父さん先行って!」
ハオは父親の背中を叩いて急かしていく。「分かったっての......」と、彼はまだ涙声のまま店の奥へと歩いて行った。