第二話 ハオの家へ 後編
「俺はハオルドの父親のジオルドだ。さっきは醜態を見せて悪かったな」
ジオルドは豪快に笑いながらユキに手を差し出す。ユキはジオルドの表情の変わりっぷりに戸惑いながらも、微笑んでジオルドの大きな手を握り返した。ユキたちは店の奥にあった応接間に通され、円形の机を囲んで椅子に座っていた。
「親父さん、結構涙もろいんだよ。確か俺たちの最初の公式試合の時も泣いてたよなぁ。ハオが出場してるわけでもねぇのにさ」
シノは笑いながらユキに言う。
「仕方ないだろう、小さかったお前たちが立派に試合に出ているのを見ると感動してしまったんだよ」
と、ジオルドは頭をかきながら苦笑する。
「あの頃からハクくんはシンを使うのがうまかったよなぁ......。今でも彼を超える腕を持つリーヤはいないさ。......待て、ユキちゃん、君さっき月虹隊に入るとか言ってなかったか?」
ジオルドは思い出したようにユキに向かって言った。
「はい、そうです」と、ユキは平然を返す。それを聞いてジオルドは眉をひそめてしまう。
「はいって......女の子がシンファになる気かい? 危険だからやめておきなさい。すり傷どころじゃすまなくなるぞ」
ジオルドは心配そうにユキに言う。そう言われるとは思っていたが、ユキは思わず苦笑いになってしまう。
「大丈夫よ、父さん。ユキちゃんはハクちゃん並に強いもの。きっと優秀なリーヤになるわ」
お茶を淹れにいっていたハオが、盆に全員分のお茶を乗せて部屋へと入ってくる。ハオが目の前にお茶を置くと、ユキは「ありがとう」と言ってそれを受け取った。お茶の湯気からは花のような良い香りが漂ってくる。ユキはそれに驚いてゆっくり一口だけ飲むと、温かなお茶からはほのかに甘い花の味がして更に驚いた。花からできたお茶なのだろうかとユキは考える。
「いや、そうは言ってもなぁ。どれだけシンがあったって、まずシンファに認められないんじゃないか?」
そう言ってジオルドもハオからお茶を受け取り、それを静かに飲み始めた。
「いや、それがもう認められたんです。昨日シンファ見習いの記章ももらいましたよ」
レイがさらりとそう言うと、ジオルドはブッと飲んでたお茶を噴出した。「やだ、汚い!」と、ハオは怒りながら空になった盆でジオルドを叩いた。
「げぼ、げほ......ほ、本当か!?」
「はい、証拠がこれです」
ユキは外套を脱いで中に来ていた服を見せる。シノのおさがりであるくたびれたシンファ見習いの服の胸元には、シンファ見習いの記章が静かに輝いている。ジオルドは目を丸くしたまま記章を見つめ、やがて「あぁ......」と感嘆としてつぶやいた。
「まさか......、本当に女の子をシンファにすることを許したのか?」
「そうよ、信じられないでしょうけどね。ねぇ、ユキちゃん、この共鳴石に触れてみてくれないかしら」
呆然としているジオルドを押しのけて、ハオはどこからか共鳴石を取り出しユキの前に置いた。ハオの手に触れている時は淡い赤色に輝いていたが、手を離れた途端、また無色透明のまま静かになった。
「お、共鳴石か。俺、シンは弱くて黄色にしか光らねぇんだよなぁ」
シノが共鳴石に手を触れると、今度は黄色に輝き出す。「あら、でも赤色の私よりも強いじゃないの」と、ハオは口をとがらせる。
「俺は青色だよ。自分で言うのもなんだけど、結構強い方なんだよ」
シノ手を離すと、次はレイが共鳴石に手を触れる。すると、次は青色に輝き出した。
ユキは次々と共鳴石の色が変わるのが面白くて、思わず見入ってしまっていた。
「月虹隊の中で一番シンが強いのはレイなんだ。で、次が共鳴石を緑色に輝かすルカで、次が黄色の俺。最後が赤色のハオだ。......いや、次から一番強いのはユキになるんだよな」
シノは頬杖をして目を細めて笑いながらユキを見つめる。ハオもワクワクしているような顔でユキを見つめている。
「......本当に触れていいの?」
ユキは不安げに皆の顔を見る。これに触れるとどうなるのか、昨日のことを思い出して心配になる。
「大丈夫よ、早く見せてみて!」
ハオは急かすようにユキの目の前に共鳴石を差し出す。
「大丈夫だよ、ユキ。俺もう準備万端だから」
レイはすでに両目とも固く閉ざしており、共鳴石から顔を背けている。
「......分かった、じゃぁいくね」
そう言ってユキもシノのようにいたずらっぽく笑った。そして目を固く閉ざし、思い切って共鳴石に手を触れる。
すると、またも真っ白な光が部屋中を包む。
目を閉じているというのに目の前が真っ白になってしまうほどだ。
「えぇ!?」とジオルドの驚いた声が聞こえたので、ユキはすぐに手を離し、目を何回か瞬きさせた。
すると目の前に座っていたジオルドと目が合い、その驚愕したような表情にユキも驚いてしまう。
「すごい! すごいわユキちゃん!!」
目をパチパチさせているシノの横で、ハオは一人興奮した表情でユキを見つめている。
「本当に奇跡みたいよ......! こんなにも簡単に共鳴石を白く輝かせるなんて! どう、父さん、ユキちゃんの強さが分かったでしょう......、て、なんでまた泣いてんのよ!」
ハオは父親の肩を強めに叩く。
ジオルドはというと、また両目の涙を手で拭っている最中であった。
ユキもなぜジオルドが泣いているのか分からず困惑してしまう。
「そうか......兄ちゃんの代わりにシンファになりにきたのか......。なんて健気な子なんだろう......」
ジオルドは一人感動しているようで、涙声でそうつぶやいては頷いている。
「ユキちゃん、確かに君には並々ならぬ強いシンがある。きっとお兄さんに似て、シンファとしての才能もあるんだろう。でも、絶対に無理しちゃいけないぞ。
いいか、ハオルドにレイくん、シノくん。それにここにはいないルカくん。絶対にこの子を傷つけさせるんじゃないぞ。何があっても、お前たちで守るんだ。......ハクくんの二の舞にさせては絶対にいけない」
ジオルドは不意に顔を上げ、皆に向かって真剣な表情で語りかける。「分かってるわよ」と、ハオは呆れたように笑う。
「月虹隊はみんなそのつもりよ。......ユキちゃんのおかげで、みんなようやく前を向き始めたの。この五人で絶対に五神祭優勝して、ハクちゃんの無念を晴らしてみせるわ」
ハオも真剣な表情でジオルドを見つめ返す。それを見て、ジオルドはまた目に涙をためる。
「そうか......。お前も男らしくなったなぁ......。ようやく男子が生まれたってのに、姉さんたちの影響か女っぽくなっちまって、どうしようか悩んでだけどよぉ、本当に良かった......」
「ちょっと、急に何の話よ!! いいでしょこんな時に話さなくても!!」
ハオはまた怒ったように言い、お盆でジオルドの頭を叩いた。今度は強かったのか、ジオルドから「痛ぇ!」と声がもれた。その様子を見て、ユキは思わず笑みがこぼれてしまう。
「悪かったって、痛ぇなぁ......。......ところでお前ら、何しに来たんだ? ユキちゃんを俺に見せたかったのかい?」
「あ」と、ハオの口からもれる。そういえばここに来た目的を、まだジオルドに話してなかったことをユキは思い出す。
「そうだったわ。明日私たち王様に謁見しなきゃいけなくなったから、ユキちゃんに姉さんの服渡しにきたのよ。別にあげちゃってもいいわよね?」
「何? お前たち王様のとこ行くのか!? いったいなんでまた......」
「さぁ......、きっとユキちゃんのことでだと思うけど、詳しくは行ってみないと分からないわ。ジェクロさんとも一緒に行くから、そんな不安そうな顔しないでよ」
「そうか......。しかし、お前が王様に謁見するなんて、すごい身分になったもんだなぁ......。まぁ、そんな理由があるなら服くらい持っていっても大丈夫だろ。母さんは今買い物行ってていないが、後から俺も説明しといてやるよ」
ジオルドは不安そうな顔のままであった、服のことは快く了承してくれた。
「そう、ありがとう父さん」と、ハオもジオルドに向かって微笑む。
「さて、俺もそろそろ仕事に戻らなきゃいけない......。ユキちゃん、きっと君はこれから大変な目に遭うと思うが、月虹隊のみんなを頼って頑張るんだ。もちろん、俺のことも頼ってくれていいぞ。......君たち月虹隊が五神祭で優勝するためなら、俺はなんでも支援しよう」
そう言ってジオルドはユキに向かってにっこりと微笑んだ。
ユキも「ありがとうございます」と、ジオルドにつられてにこりと笑った。