第七話 内緒話 後編
「それよりもあんた。もっと端に寄りなさいよ。私が入らないじゃない」
そう言いながらハオは寝台にかかったはしごを上っていく。
「げ、まじでお前俺と並んで寝る気かよ」
「それ以外どうしろって言うのよ。あ、ユキちゃん、私たちのことは気にしないで下の寝台で着替えててちょうだい。のぞき見なんてしないから」
「あ、うん」
そう言われてユキは素直に下段の寝台へ行き、先ほど渡された服に着替え始めた。
着替えている間にも、二人の言い争いが上から聞こえてくる。
「あ~もう、分かったよ! ここで寝てもいいから、その代わりお前は壁側で寝てくれ」
「あら、なんでよ」
「なんかあったら、すぐに逃げられるようするために決まってるだろ」
「何もするわけないでしょ!」
「いいか、ユキ! こいつは一見女っぽいけど中身は男だぞ! 話しかけやすいからってあんまり油断すんなよ!!」
「変なこと吹きこむんじゃない!!」
「いってぇ!!」
バシィン! とハオがシノの後頭部を殴るいい音が部屋に響きわたった。その様子にユキは思わず笑い出してしまう。こんなに賑やかなのは久しぶりで、ユキは楽しくて仕方がなかった。
「くっそ......、相変わらずいい一撃入れてきやがる......」
「まったく......余計なことばっかり言うんだから......。もう寝ましょう! ユキちゃん、明かりを消しても大丈夫かしら?」
「うん。大丈夫」
ユキはもう着替え終えており、いつでも眠れる状態であった。初めて寝台で寝るので、早く横たわってみたい気持ちでいっぱいである。
「じゃぁ消すわね。シノ、あんた消してちょうだい」
「へいへい......」
シノは身を乗り出して、天井の発光石から垂れていた紐を引っ張った。すると部屋の明かりは消え、一気に暗闇が訪れる。
あの紐が天井に備え付けられて発光石の明かりを点けたり消したりする装置なのだな、とユキはまた一つ知識を増やしていく。こうやってだんだん知らないことを知っていく感覚がユキは好きだった。
「そうだ、ユキ。寝る前に内緒話をしてやるよ」
唐突にシノはユキに向かって話しかけた。
「なによ......。それ今じゃなきゃだめなわけ?」
ハオは面倒くさそうに言う。
「あぁ、今じゃなきゃだめだ。超秘密の話だからな。月虹隊と一部の人間以外知らねぇ話さ。聞きたいだろ?」
「うん。聞きたい」
ユキは楽しそうに返事をした。
「なんでもいいから早く話してちょうだい。私もう限界だわ......」
ハオは今にも眠りにつきそうな声でシノを急かした。「分かったよ」とシノはハオに向かってつぶやく。
「聞いて驚くなよ、ユキ。
実はな、俺は男じゃねぇんだ」
「......え?」
予想外の言葉に、ユキの思考回路が少し固まった。
「あぁ。その話ね......」と、ハオはなおも眠たそうに言った。
「え、え? つまり、女性なの?」
ユキの目はだんだんと冴えていき、眠りから遠ざかっていく。確かに、シノはしゃべらずにじっとしていれば、どこからどう見ても女性である。たとえその声と言動を聞いていても、二、三割の人は女と信じたままかもしれない。
「いや、女でもないんだ」
「......え?」
さらに予想外の言葉に、ユキの頭はもっと困惑してしまう。
「いや、そういうと語弊があるか......。実はさ、俺、男でもあって女でもあるんだ。男の性と女の性を両方持ってんの。生まれたころはそれに気付かれなくて女として育てられたんだけどさ、なんか十歳ぐらいから......男の特徴が出てきて、声もだんだん低くなってったんだよ。逆に胸は全然でかくならなくてさ。仕方ねぇから男になって、シンファになることにしたんだ」
淡々と語るシノに、未だ理解が追い付かないユキは黙りこくってしまう。
「もう、もっと言葉選びなさいよ......。ユキちゃん固まっちゃったじゃない」
「あーまぁ、なんだ。俺は半分女だから、なんでも相談してくれよって言いたかったんだ。俺は別に男扱いされようが女扱いされようが別にどっちでもいいんだよ。ま、外では一応男扱いしといてくれ」
「あ、ちなみに私はしゃべり方とか思考は女っぽいって言われるけど、体は完全に男よ。でも、私にもなんでも相談していいからね」
ようやく頭が追い付いてきて、ユキはただ「うん......」とだけ言った。
兄からの手紙でも、そんなことは一つも書いてなかった。兄は秘密にしなければならない話なら、遠い地の妹に宛てる手紙にすら書くことはないのだろうとユキは思う。
「シノが風の国から月の国に来た理由もそれなの?」
「まーそうだな、それもある。誰も俺が女だって知らないとこで一から始めたかったからな。またいつか話すさ。話はこれで終わりにして、もう寝ようぜ。悪かったな、寝る前にこんな話して」
シノはそう言いながらあくびをする。
それにつられてユキも大きくあくびをした。体中疲れているので、今日はよく眠れそうだった。シノの話にまだ少し困惑しつつも、ユキはゆっくりと寝台に横たわる。床に布団を敷いて寝るのとはまた違った感覚だ。枕に頭を乗せた途端睡魔が襲ってきて、目を閉じたらすぐにでも眠れそうだった。
「ありがとな、ユキ」
「え」
突然シノにそう言われて、ユキは驚いて声を出す。
「ルカが笑ってんの、久しぶりに見たよ。
一年前ハクが死んでから、あいつ本当にどん底の中にいたんだ。見てるこっちが辛いくらいだった。......もちろん俺たちだって立ち直れなかった。実はな、俺たち月虹隊は解散の話も出ていたんだ」
「......そうなんだ」
ユキもここまで来る途中で、もしかしたら月虹隊はもう解散しているかもしれないと思ったことがあった。だからこそ一刻も早くルカたちに会わなければならないと、休むことなく歩き続けてきたのだ。
「さっき廊下でお前に会って、久しぶりに胸が躍ったよ。体中に鳥肌が立った。......みんなようやく前を向けそうだ」
シノの言葉に、ユキはまた自分の胸が温かくなっていくのが分かった。今日何度も感じた温もりだ。まさか自分がこの国に来ることで、こんなにも感謝されるとは思っていなかった。逆に拒絶されるのではないかと不安だったのだ。
「そうよー、みんな嬉しくて仕方ないの。今日は忘れられない日になるわ。......明日はきっと兵舎中大騒ぎよ」
ハオは眠りそうになりながらも、楽しそうに笑って言う。そう言われるとユキも嬉しくて、口元が自然にゆるんでしまう。
「私も、皆に会えて本当に嬉しい」
ユキは穏やかに言った。
そのあと「おやすみ」と静かに付け加えると、寝台の上から二人も「おやすみ」と言ってくれた。
ユキは布団に心地よく横たわりながら目を閉じる。ようやくここまで来たのだと、心の中で自分自身に語りかけた。故郷からここまでの長旅で、ユキは気力も体力もだいぶ消費していた。途中何度も不安に襲われたが、それでも自分を信じてここまでたどり着いたのだ。そのことがユキはとても誇らしかった。リン・シャロルの麓でわざとこの国の兵に捕まり、王宮でルカたちと会うまでは、生きた心地がまるでしなかった。それでも今こうやって月虹隊の仲間と出会い、安全な寝台の上で横になっているという事実が、ようやくユキを心の底から安心させていた。
兄ちゃん、どうか見守っていてね......。
ユキは心の中でそうつぶやく。
そして瞬く間に、穏やかな眠りについていった。