第六話 選手入場ノ儀 前編
五神祭開催当日の朝、三ノ刻にすぐ宿屋を出たルカたちは天道通りを目指して歩き始めた。今日もみごとな快晴で、眩しいほどの太陽がこの国を照らしている。早朝だというのに、街にはすでに多くの人の姿があった。みな向かう方向は同じで、誰もが選手入場を見るために天道通りを目指しているようである。二年ぶりなだけあって、三年前に来た時よりも人が多いように感じられた。あの時はハクも一緒にいたが、今は隣にユキがいるということを改めて考えると不思議な気持ちだ。
天道通りの近くまで来ると、人だかりは更に多くなっていった。すでに天道通りの道沿いには人が山ほど並んでいて、治安部隊が人の整理を行っている。月のシンファたちの集合場所である『ダ・リル』という店を探しに行きたいところだが、この道沿いの人をかき分けて探すのは骨が折れそうだ。「別の道から行こう」と、他の四人に声をかけて道を引き返す。隣にいたユキは、あまりの人の多さに目を紫色にして固まっていたが、ルカの声に応じて歩き出した。
「どこからあんなに人が来るんだろ......」とユキはつぶやき、「そりゃ、俺たちと一緒で全国中からだよ」とシノは笑って言った。
ルカたちは過去にこの国に来た記憶を頼りに小道を進むと、ちょうど『ダ・リル』という店の近くに出ることができた。昨夜アヌが言った通り、店前には大きな鎧が二体飾られている。道沿いには確かに見覚えのあるシンファたちがたくさん固まって立っていた。
「お、来たか月虹隊!」
ルカたちが人だかりに近付いてくと、シンファたちが気付いて声をかけてくる。
「お前ら前に行っていいぞ。ユキの身長だと後ろから見えにくいだろ」
「そうか、ありがとうな。ユキ、前に出ていいぞ」
「え、ありがとうございます!」
ユキは嬉しそうに目を輝かせ、周りのシンファたちに礼を言って人だかりの一番前に出させてもらった。ルカたちもそのすぐ後ろに付いていく。天道通りは太陽の国では最も広く長い道で、道沿いには背の高い様々な建物が並んでいてとても栄えている。その建物の窓からは人が覗いていて、高見の見物をしているようである。今の時期、あの部屋の値段は跳ね上がってるんだろうなと、ルカは目の前にある宿屋の部屋の窓から自分たちを見下ろしている人々を見て思っていた。空は快晴で、風もほとんどない良い天気だ。たまに吹く風に揺れ、道沿いに飾られた太陽の国の旗がパタパタと気持ち良さそうになびいている。「絶好の開催日和だな」と、ルカは空を見上げてつぶやいた。
「でもここ、直射日光が当たってまぶしいわね......。日焼けしそうだわ。ユキちゃん大丈夫?」
ハオは眩しそうに目を細め、右手を目の上にかざして太陽を仰いだ。確かに、この位置は東から昇ってきた太陽の光が直接当たり、中々眩しい。「このぐらい大丈夫だよ」と、ユキはハオを見上げて微笑みかける。
「......いつごろ選手たちはここを通りますかね?」
ユキはワクワクした表情でルカを見上げた。
「そうだな......、行進はこの天道通りの南の端から四ノ刻は始まるけど、ここはその天道通りの北の端の方だから、五ノ刻ぐらいになるかもな。まず先頭は王様たちでその後選手たちがゆっくりとこの前を通っていくんだ。王様は豪華な輿に乗ってくるから、それを見るだけでも圧巻だぞ」
「輿ですか! 私、輿を見たことがないので楽しみです!」
ユキは目を金色に輝かせて笑った。
月のシンファたちの観覧場所の北側には太陽の国のシンファたちの場所があり、南側には海の国のシンファたちの場所である。道を挟んだ反対側の正面には大地の国シンファたちがいて、その南側には風の国のシンファたちがいるようだ。元々月のシンファたちの集合場所は、今大地のシンファたちがいる場所であった。天道通りを挟んで場所が入れ替わっただけのようであるが、なぜそんな細かい変更をしたのだろうかと、ルカはふと疑問に思う。
改めてこのような場所に来ると、全国にいるシンファたちの多さを実感する。そしてその中を勝ち抜いた四隊しかこの天道通りを歩くことができないと思うと、それがどれだけ難しく、そして光栄なことであるかを、ルカはこの選手入場を見るたびに身にしみて思うのだった。
行列が来るまで時間があるので、他のシンファたちと話したり、今回代表に選ばれたシンファ隊について話したりしながら行列を待った。
今回本選まで残ったのは、太陽の国から金獅子隊、月の国から銀狼隊、風の国から風彩隊、大地の国から王蛇隊だ。この四隊とは月虹隊の皆と面識があるが、ユキはホーマ以外ないので説明してやろうとルカは考える。
ふと南側からかすかに歓声が聞こえ始め、音楽聞こえてくるようである。ルカは南を見るが、まだ何も見えてこない。
「......あ、ようやく輿がやって来たね」
同じく南を見ていたレイが目を細めて言う。
「......え、見えるの?」
背伸びして南を見ていたユキは、驚いた顔をしてレイに言った。
「うん。俺結構視力良いんだよね」
レイは微笑んでユキに言う。「あ、そうか。ヤン族の人はすごく目が良いんだったね」と、ユキは納得してレイを見た。「いいよなー。お前は背も高いから、よく見えるだろ」と、シノも羨ましそうに言い目を凝らして南を見ている。ヤン族は身体能力が高く、非常に視力が良い種族だ。ルカも視力は良いほうだが、ここから輿が見えるとなれば、レイの見ている世界は自分のものよりもさぞ鮮明に見えているのだろう。
しばらくすると、南の方からの歓声と拍手も大きくなってくる。そして、ようやく輿の姿がルカにも見えるようになってきた。最初にやってきたのは太陽の国の王、アージュアを乗せた輿だ。金色で豪華に装飾された輿は、非常に大きく建物の二階近くまでありそうだ。屋根も柱も全て金色をしており、太陽光が反射してより一層輝いて見え、ずっと見ていたら目がやられてしまいそうになる。中には王らしい人影が見えるが、四方全てに簾がかかっているため顔までは見えない。周りには何十人もの従者がおり、中央には輿を担いでいる者と、その周りには護衛の者がおり、ゆっくりと太陽通りを行進している。
そして、輿の先頭には二頭の獅子王が先導して悠々と歩いており、周りの人々には目もくれず通りを闊歩している。獅子王には乗り手がおり、手綱を取って獅子王を誘導している。よほど訓練した獅子王でなければこんな人前に出ることはなく、この選手入場ノ儀に参加している獅子王とその乗り手はさぞ優秀なのであろう。
ルカも周りと同じく拍手をしながらこちらに向かってくる輿を見るが、ふとユキの方を見ると彼女は瞳の色を紫にし、呆然とした表情のまま輿を見つめていた。
「金色だ......」と、ユキはぽつりとつぶやいてぱちぱちとまばらに拍手をする。
「どうだ、驚いたろ」
ルカは目を丸くしたままのユキに向かって話しかける。「はい......」と、ユキはこくりと頷いた。
「こんなに大きくて金色のものは初めて見ました。......あんなに重そうな輿を持つ人は大変でしょうね。どおりで人が多いわけです」
ユキは紫色の瞳をだんだんと金色の変えながら言う。「そうだな」と、ルカも同感して頷いた。
「あそこに太陽の国の王......アージュア様がいるんですね......。本当にいるんでしょうか? 顔がよく見えないので分かりません」
ユキは不思議そうな顔をして輿を見上げている。
「さぁな......。もしかしたら影武者か何かかもしれないな。これほど人が多いところで、王がこんなに狙いやすい状態で出てくるなんて普通考えられないしな。影武者だとしても変じゃないさ」
ルカも近付いてきた輿に見える王の影を見ながら答えた。ルカも最初にこの行進を見た時から、あそこにいる王は本物ではないような気がしたものだ。輿はついに月のシンファたちのいる場所の目の前を通過しようとしていた。その前に二頭の獅子王が自分たちの目の前を通過していく。獅子王は非常にいかつい表情をしており、たてがみは燃えるような赤色で、それ以外の体毛は黄色で見ようによっては金色に見える。牙や爪は非常に鋭く、無防備な人間が襲われたらひとたまりもない。獅子王退治に何回か参加したことのあるルカはその恐ろしさをよく知っていた。実際に自分が襲われたことはないが、野生の獅子王は巨大で遠目から見ただけでも威圧感が凄まじく、いつも恐怖を感じている。
「意外と小さいな......」
ユキは目の前を横切る獅子王を見つめてぽつりとつぶやく。
「あぁ、あれは王宮で飼育されているやつだから、野生の獅子王よりも一回りは小さいんだ。牙も爪を野生のより小さいしな。でも、毛並みや色合いはこっちの方がいいはずだ。......というか、お前野生の獅子王見たことあるんだな」
ルカは説明しながらも意外そうに言う。輿を見た時のように、獅子王を見たらまたユキは目を金色にさせて驚くと思ったのに、予想以上に平然としていたからだ。ルカの質問に、ユキは「はい......まぁ......」と口を濁したので、ルカもそれ以上は聞かなかった。
太陽の国の次にやってきたのは、月の国の輿だ。輿は銀色の装飾が施されており、太陽の国のものと負けず劣らず眩しい。自分たちの前を横切る時には、周りからとても大きな拍手と歓声が上がり、ルカたちもより一層の拍手を送っていた。「ドゥーアン様!!」という声も周りから上がり始める。しかし、こちらの輿にも簾がかかっているので、中にいる人が本当にドゥーアン様であるか確認はできない。
月の国の輿が去り、次にやって来たのは風の国の輿だ。極彩色に彩られた輿は、どの国よりも鮮やかで目を引くものだ。目の前を通過する時、向こう側にいる風の国のシンファたちから大きな拍手と歓声が上がる。
「風の国の王はエルシードと言う方で、三十代後半で五国の王の中では二番目に若い。穏やかで民に優しい方だと聞いている。だよな、シノ」
ルカはユキに説明しながらシノに問いかける。「あぁそうだ。俺は会ったことねぇけどな」と、シノは適当に返した。
「ちなみに、ドゥーアン様もアージュア様も五十代で、確かドゥーアン様の方が二、三歳上だった気がする。それで、一番若いのは次に来る海の国の王だ」
ルカは次に南から来る美しい青色で装飾された輿を見つめて言う。海の国のシンファたちから、一層大きな歓声が上がっていた。
「海の国の王はナーワァルという方で、確かまだ二十四歳くらいだったと思う。二年前に王位継承したばかりだ。元は海の国のシンファだったんだ。どこの隊にも所属してなくて、シンファになったのは己を鍛えるためだったらしいが、とても活発で明快な方らしい。俺らも昔海の国に遠征に行った時一度遠目から見たことがある。よく日焼けした人だったな」
ルカは昔みたナーワァル王の姿を思い出しながら言った。「若いですね」と、ユキは目の前を通過した輿を見上げながら言う。
「それで、一番年上なのが、最後に来る大地の国の王だ」
海の国の輿が通過した後、最後に紫色を基調とした輿がやって来る。色のせいか他の国よりも落ち着いた雰囲気が漂っており、それでいて高貴な様を感じさせている。
「大地の国の王、レゴル様だ。確かもう、七十は優に超えてるんじゃなかったかな?」
ルカの言葉に、「七十歳ですか」とユキは驚いて言った。
「まじか、あの王まだ生きてんのかよ」
シノは輿を見上げながら低い声でつぶやく。
「そうらしいわねぇ。もういい加減王位継承すればいいのに......。よほど自分の弟に継がせたくないのかしら......」
ハオは周りに聞こえないような小さなこえでシノにささやく。
「あー、あの国、色々あっからなぁ......」とシノも小さくつぶやいた。二人の会話をユキは何やら気になっていそうだったが、特に何も聞かずに行進を向き直した。
「......さぁ、いよいよ選手たちが来るぞ」
ルカは輿が去っていった後も手を叩き続けながら、南から来るであろう選手たちを見据える。
だんだんと南からの歓声も大きくなってくる。もしかしたら輿が来た時よりも大きいかもしれない。
「来たぞ、金獅子隊だ」