第五話 二年ぶりの五神祭 後編
月虹隊が月の国をたって四日後の夕暮れに、月虹隊を乗せた馬車は太陽の国にたどり着いた。予定では昼前には着いているはずだったが、今日中にたどり着いただけでも良かったとルカはつぶやいていた。出発初日から降っていた雨はというと、三日目にはピタリと止み、今はすっかり晴れていて雨の降る気配はない。夕暮れの穏やかな光が太陽の国の街を照らしている。
ユキたちは御者と別れた後、大通りを通って宿屋を探し歩き始めた。太陽の国は中心地の人口がただでさえ多い上に、さらに五神祭もあいまって人でごった返していた。気を付けないとはぐれてしまいそうなので、ユキはシノの腕をつかみながら必死でみんなに着いて行く。
太陽の国に着いてから、ユキは胸が高鳴って仕方がなかった。
色があふれているのだ。
五神祭だからということがあるだろうが、街のあちこちが鮮やかに飾りつけされている。道の脇には太陽の国の旗が立っていて、金色の旗には太陽が描かれているものと獅子王が描かれているものがあり、風に吹かれパタパタと揺れている。太陽の国の建物は高いものが多く、その建物と建物の間には紐のようなものがいくつもかけられていて、その紐には様々な飾りが付けられている。また、その紐には加工された発光石も吊るされており、色鮮やかに輝いていてとても華やかだ。道路には大道芸人も多くいて、至る所から楽しげな音楽が聞こえてくる。街を行く人々も色んな格好をしていて、中には獅子王のかぶりものをしている人もいた。初めて見るものが多すぎて、ユキは驚きが追い付かない。他にも色々あって目移りするが、ユキは立ち止まる暇もなく前を行くルカの後を追う。もっとゆっくりと観光してみたいが、その言葉をぐっとユキは飲み込んだ。
「......すごい人だね......」
ユキは圧倒されてつぶやく。五国から人が集まっているので多いだろうとは思っていたが、実際にこの目で見ると驚きが隠せなかった。
「あぁ、いつも以上に多いぜ。二年ぶりだからだろうな。はぐれねぇように気を付けろよ」
そう言ってシノはユキの腕を組む。ユキも「うん」と言ってシノの腕を組み返した。
「シノ、なんであの人たちあんなに大きな声が出せるの?」
ユキは道の脇の大道芸人や商売を行っている人の方を見て言う。こんなに人が多くて隣のシノの声すら聞こえにくいというのに、遠い位置にいるはずのあの人たちの声がなぜか聞こえてくるのだ。
「あぁ、拡声具って心具使ってんだろ。声をでかくできる心具だよ」
「......声を大きくできるの?」
ユキは驚いて聞き返す。「そうだぜ」と、シノはニヤリと笑った。
「なんでも、声にもわずかにシンが混じってるらしくてな、『拡声石』っていう心晶石に話しかけたらそのシンに反応して声がでかくなるんだよ。それを利用して作られたのが拡声具だ。あぁいう風に商人とか、演説とか、人に注目してほしい時に使うんだよ。シン・ルッカの審判とか、実況者とかも使ってるぜ」
「へぇ......、色々あるんだね」
ユキは目を金色に輝かせながら商人たちの方を見る。確かに彼らは手に何かを持って、それを口に近付けてしゃべっていた。授業でも心具について学んでいたが、それは試合に使うものがほとんどで、その他の日常生活で使うものはあまり知らなかった。そういえば、試合を見に行った時にやけに声の大きい審判の人がいるなと思ったが、拡声具を使っていたのかと納得する。
「そっか、お前試合で使う以外の心具あんま知んねぇのか。色々あるんだぜ。後で時間があったら街を巡ってみるか。太陽の国は他の四つの国に囲まれてっから、色んな情報とか物が入ってきて面白い心具もあるし、その他にも色々あるだろうしな。街ん中見て回るだけでも面白いぜ」
「うん!」
ユキは胸を踊らせながらシノに返事をする。はたしてこの後時間があるかは分からないが、少しだけでもこの国を見ておきたかった。この国は、月の国よりも色んな色であふれている。祭りで賑やかに飾り付けられた街を見上げながら、ユキは絶え間なく目を金色に輝かせて歩き続ける。
✻✻✻✻✻
五神祭の会場近くにある宿屋はどこも満室で、月虹隊は街はずれにある小さな宿屋に一泊することになった。辺りはもう暗くなっていて、街を彩る発光石の光が一層美しく輝いて見える。街はずれから中心地を見るとそこは明るく輝いていて、一体どれくらいの発光石とシンが使われているのだろうかとユキは驚きを隠せずにいた。
宿屋の近くには食事どころも多く、どこも賑わっているようだった。その中でも席の空いていた店にユキたちは入り、太陽の国にたどり着いて初めての食事をとることにした。店内はとても騒がしく、明日から始まる五神祭で、一体どの国の隊が優勝するかの話で盛り上がっているようだった。「今日は奮発して美味いもん食うぞ!」というルカの掛け声を皮切りに、月虹隊は各々普段あまり食べない料理を注文し始める。何にしようか悩んでいたユキは、「太陽の国に来たらとりあえず肉食っとけ!」と言ったシノの言葉を信じ、とりあえず牛肉の料理を頼んでみた。出てきた料理は挽いた肉を焼いた上にタレが大量にかかっているもので、肉の匂いよりもタレの匂いの方が強い。美味しそうな、とても食欲を刺激する匂いだ。焼きたてのようで、皿の上で白い煙を立てながらジュージューといい音を出している。火傷しそうなくらい熱いので、ユキはフーフーと息をかけ、少し冷ましてから口に入れた。
「美味しい!」
間を置かずユキは声を出す。
「美味しい!!」
もう一口食べ、ユキは隣にいるルカの顔を見上げて言った。「わかった、わかった」と、ルカは苦笑してユキに言う。
今まで肉団子は何度か食べたことがあったが、こんなに味が濃いタレのかかったものは食べたことがなかった。それに、噛むたびにこんなに肉汁が出るものも初めてだ。タレも、しょっぱい中に少し柑橘系の味もして、初めて食べる味だがとても美味しい。
夢中になって食べているユキを四人はおかしそうに見つめ、各々も頼んだ料理を食べ始めた。ユキは肉を食べ終わった後も、肉料理と一緒に頼んだバルで残ったタレを綺麗にすくいとって食べてしまった。「お前、洗い終わった後の皿みてぇだぞ」とシノに茶化されたが、それほど美味しかったのだ。ユキはその後頼んだトキリンゴの果汁水を味わいながら飲んでいく。ユキはこのクイージェナに来るまで、こんなに甘い飲み物を飲んだことがなかった。
店内は依然として騒がしく、いい感じに酒に酔った客たちが今年は大地が勝つだとか、いや太陽が勝つだとか元気に言い争いをし始めていた。この店では果汁酒も出しているらしく、ルカたちも頼んでいたが、酒の飲めないユキは果汁水だけを頼んでいた。こんなに賑やかな店に入るのは初めてなので、ユキは物珍しげに店内を見渡していた。天井からは綺麗に加工された発光石が吊るされていて、店内を暖かな橙色に照らしている。
「あ、ルカ。おぉ、全員いる!」
騒がしい声の中から、自分たちに向けてはっきりと声が聞こえてきたので、みなその声の方を振り向いた。
「アヌ!」
ルカも周りの騒音に消されないような大声で、すぐ後ろに立っていたその人物の名を呼んだ。
そこには、月の国の明星隊の隊長であるアヌが立っていた。ユキも何度か会ったことがあるので、彼に向かって会釈をした。アヌはそれに微笑んで返す。
「お前らもここで食べてたのか。俺たちは向こうの席だよ」
そう言ってアヌが顔を向けた先には、他の明星隊の隊員が食事をしている姿があった。彼らもユキたちに気付いたようで、何人かがこちらに向かって手を振っている。
「こんな街外れで会うなんて奇遇だな。お前たちもこの近くの宿にしたのか?」
「あぁ。五神祭会場近くはどこも満室で料金も高いから厳しいしな。......そうだ、お前ら明日の集合場所が変わったのは知ってるか?」
アヌは思い出したように言った。「いや、知らないな」と、ルカは少し困惑したように返した。
「やっぱりか。俺たちも今日聞いたんだけどさ、明日の選手入場の時の月のシンファたちの場所は『ダ・リル』っていう武器屋の前の道沿いに変更になったらしい。その店中々大きいし、店前にでかい鎧が二体飾ってあるから、行けばすぐ分かると思うぜ。会場近くの大通り沿いだよ」
「そうなのか......ありがとうアヌ。助かったよ」
「なに、いいよ。まぁ、場所変更っていってもそんなに変わってないし、その近くには月のシンファたちが山ほどいるはずだから迷わないと思うぜ。お前ら確か明日すぐ帰っちまうんだろ? 決勝の様子はちゃんと見て伝えるよ」
アヌはそう言って笑い、「三ノ刻半集合は変わりないから、気をつけろよ」とルカと言い合って明星隊のいる席に戻っていった。
明日の朝の集合場所とは、選手入場の行進を見るための場所のことだ。五神祭は、まず各国の王と、本選に出場するシンファ隊が会場である『神々の祭壇』に入場することから始まる。会場前の『天道通り』と呼ばれる大通りを行進しながら入場し、その行進を一目見ようと道沿いには多くの人が集まり列をなす。その数は相当なもので、治安部隊が毎年出動して列を整理しているほどだ。中には、何日も前から場所取りをしている人もいる。そのため、当日に来て選手入場を見ようとしても、人だかりが多すぎてよく見ることができない。しかし、現役のシンファたちには特別に各国専用の場所が用意されており、そこに行けばその行列を観覧することができる。ユキたちはそれを見ることを目的としてこの国に来たのだ。
食事を終え店を後にすると、どこからか祭囃子が聞こえてきた。もう十ノ刻半は過ぎているはずなのに、道には未だ多くの人が行きかっている。道沿いには屋台も出ていて、その明かりも相まって外は夜とは思えないほど賑やかで明るい。「あー夜風がきもちいー」と、赤らんだ顔を冷ましているシノたちをよそに、ユキが屋台に興味を持っていると、「ちょっと見てみるか?」とルカが言ってくれたので、屋台に近付いて何が並んでいるのか見てみることにした。
「いらっしゃい! 値段は全部八玉だよ」
屋台に座っていた男性はユキを見て愛想よく言った。屋台には各国の神獣をかたどった小さく透明な置物がいくつも置かれていたが、その中でも獅子王が他のものに比べて多く並べられている。
「これには発光石が使われていてね、持つとほら、こんな風に光るのさ」
男性は獅子王と銀狼の置物を手に取ると、獅子王は赤色に、銀狼は白色に淡く光り出した。「わぁ」と顔を明るくしたユキを見て、男性は「おもしろいだろう」とにっこりと笑った。
「そっちのお兄さんは十二玉だよ」
ユキの隣で、緑に光る風鳥の置き物を手に取って見ていたルカに向かって男性は言った。「高くないか?」と、ルカは不満そうに男性に言う。
「太陽の国以外の人には割高なのさ、お兄さん月の国の人だろう?」
「......そうだけど、何で俺が月の国出身だって分かったんだ?」
「後ろにいる人、ヤン族だろう? ヤン族が多くいるのは月の国だ。この国じゃ、ヤン族やイルーダ族の人はあんま見ないからね」
男性がルカの後ろにいるレイを見て言うのを聞き、ルカは納得したように「あぁ」とつぶやいた。
「こいつも月の国出身だぞ」
ルカがユキの頭に手を乗せて言う。
「なに、かわいい女の子にはまけてあげるのさ。月の国は色白の子が多いって聞くけど、本当なんだね」
そう言って笑う男性に、ユキは曖昧に笑って返した。ユキは銀狼の置き物を手に取って眺めてみる。細工はそれほど精巧ではなく、光も弱いが、部屋に置く程度にはよさそうだ。ひとつひとつ顔や毛並みが違うので、ユキがどの銀狼にしようかと悩んでいると、ルカはおもむろに財布を取り出し碧貨を一枚男性に差し出した。
「こいつの分だから八玉でいいだろ?」
「うーん、まぁいいか。ありがとね」
男性は碧貨を受け取り、灰貨を二枚ルカに渡しながら微笑んだ。ルカが「そろそろ宿に戻るぞ」と言って歩き出したので、ユキは選んだ銀狼を手に男性にお辞儀をしてルカたちの後を追った。
「ありがとうございます」とユキがルカに言うと「なに、いいよ」とルカはさらりと言った。
「それ買ったのか。俺の部屋にも風鳥の似たようなやつあるぜ」
シノはユキの手を覗き込んで言う。
「え、どこにあるの?」
ユキは驚いてシノに聞く。一か月以上シノと同じ部屋で暮らしていたが、風鳥の置き物など見たことがなかった。「あー......机のどっか」と、シノは曖昧に返事をした。
宿に戻る道中にも屋台がいくつも並んでおり、食べ物を売っている店もあったが、今は満腹なので興味はあるが食べたいとは思わなかった。
「......夜でもこんなに明るいんだね」
ユキは華やかな街並みを見渡していう。
「五神祭の時はいつもこんな風なのよ。とくに太陽の国が開催国の時はお金かかってるのよ。それにしても、すごい発光石の数よね......」
ハオも感嘆としてつぶやいた。
「明日から本格的に始まるから、もっと賑やかになるよ」
レイはそう言ってユキにささやく。ユキはこれ以上の賑やかさが想像できず、明日の選手入場はどんな風になるのだろうと、見るのが楽しみで仕方なかった。
ユキが空を見上げると、街の明かりが強すぎるからかいつもより見える星が少なかったが、月だけはいつもと分からずそこにあった。明日も晴れるな、と、ユキは雲一つない夜空を見つめながら思っていた。