第四話 月虹隊 前編
「失礼しました」と礼をして、ルカたち三人はシンファ長の部屋を後にした。
「よし、北棟にあるシンファたちの部屋に向かうか」
そうルカが言うとユキは目を輝かせて「はい!」と返事をした。
ユキは嬉しそうだが、彼女の部屋を決めるというのが一番やっかいだとルカは思う。
なんせ男しかいないこの兵舎で生活しなければならないのだ。
部屋は二人一部屋で使っていて、誰も使っていない部屋は今のところない。
つまり誰かと相部屋にならなければいけないので、どうすればいいかとルカは頭を悩ませる。
自分は今一人で部屋を使っているため別に自分がユキと相部屋になってもいいのだが、まわりに変な噂が立ちそうで嫌だし、ユキも気まずいだろうと思う。
「おーい、お前ら!!」
突然の男らしい大声に呼ばれ、三人は驚いて廊下の奥を見た。
そしてそこに立っている人物を見て、ユキはさらに目を丸くさせた。
そこには長い茶髪を二つにたばねた、かわいらしい顔をした少女が立っていた。少女は勢いよく走って三人のもとへとやってくる。
そしてユキの目の前で立ち止まったかと思うと、くっきりとした茶色の瞳を輝かせてユキの顔をのぞきこんだ。
「......おい、まじかよ......。なぁ、俺夢見てんじゃねぇよな?」
その可愛らしい顔に似合わぬ低い声に、ユキはさらに混乱したような表情になる。声の主は顔を上げ輝いた顔のままルカとレイを交互に見た。ルカは「夢じゃねえよ」と笑いながら言った。
そこでユキははっとしたような顔になる。
「シノさん......ですよね?」
ユキがそう言うと、シノは「ええ!?」と大げさに驚いた。
「何? もう俺のこと知ってんの?
なんだよ~自分から言おうと思ってたのにさ~」
落胆したようにシノがそう言う。
そのシノの様子に、ユキはおかしそうに微笑んだ。
「まぁいいや!
俺の名前はシノ、十六歳! 月虹隊に所属してて、隊での役職は心罠使い!
生まれは風の国で諸事情により月の国に移住!
好きな食べ物は鹿肉焼いたやつ!
よろしくな!!」
まくしたてるようにシノは言い、元気よくユキの手をにぎった。
ユキも「ユキです、よろしくお願いします」と笑ってシノの手をにぎり返した。
「......まて、シノ。もしかしてユキのこともう知ってるのか?」
ルカははっとしてシノに話かける。「あぁ」とシノはルカのほうを向いた。
「談話室に行くとさ、なんか周りのやつらがルカとレイが女と一緒にジェクロさんと歩いてたらしいって話してたんだ。
そんでそれがリン・シャロルの女だったとか、ハクっぽいやつだったとか、なんか色々言っててさ。
もしかしてと思って急いでここまで来たんだよ」
もう北棟にはそこまで噂が広まっているのかと思うと、ルカはそこに行く気が失せてきた。すでに面倒くさいことになっていそうだ。
「ハオはもう帰っちゃって兵舎にいないよね?」
レイがそう聞くと、「そーなんだよー」とシノは顔をしかめて言った。
「だからユキの噂聞いた時、即行でハオんとこにヒメリ飛ばしてきた!
『ハクの血縁者が来たかもしんない』って書いた手紙持たせてから、たぶんあいつ即来るぜ」
シノの行動の速さに「さすが」とルカは声を漏らした。
ヒメリはハオの家へと飛んで行く文書鳥だ。
ハオは兵舎で部屋を借りておらず、実家から通っているため夜にはもう家へと帰ってしまう。
「で、ユキは本当にハクの血縁者なのか?」
シノはまた輝いた目でユキの顔を覗き込む。
「はい、ハクは私の兄です」
ユキがそう言うとシノはまた一段と目を輝かせ「すげぇ......」とつぶやいた。
「どうしよう、俺感情が爆発しすぎて今頭ん中真っ白なんだけど」
シノがそう言うと「俺だってそうだよ」とルカは素直に返した。だいぶ落ち着いてはきたが、まだどこか信じられず夢ではないかと思っている自分がいた。
「で、今からどうすんの? もうシンファ見習いの記章はもらったんだろ?
今から北棟に向かうのか?」
「あぁ。でもどの部屋使わせてもらうか考えてるんだよ。
誰かと相部屋になるしかねぇけど、誰と相部屋にすればいいのか分からなくてさ」
ルカは困ったように言ったが、「なんだそんなことか」とシノはあっさりと言った。
「俺と相部屋にすればいいじゃん。ちょうど俺一人で部屋使ってるし、相部屋別に嫌じゃねぇけど」
「え」とシノ以外の三人が声を出す。
「大丈夫だって! 誰も俺のことまっとうな男だと思ってねぇから、変な噂も立たないって! たぶん!」
シノは大雑把にそう言って笑う。
「お前それでいいのかよ......」とルカはなかばあきれて言ったが、シノと相部屋なら安心できると思った。
シノは大雑把そうに見えるが、かなり細かいことにも気が利くやつだ。
そして周りの意見などまったく気にしない心臓に毛が生えているような人間であるため、噂など気にもとめないだろう。
「ユキは嫌か? 俺と相部屋になるの」
「いえ、よろしくお願いします!」
シノの問いかけをユキは即座に否定して、相部屋になることを喜んで承認した。
「いや、敬語じゃなくていいよ。俺苦手なんだよそういうの。
なんか背中がぞわぞわするって言うかさぁ。
俺そんなに偉い人間じゃないし、呼び捨てでいいよ」
シノがそう言うとユキはすこし戸惑ったような顔になった。
「は、はい、......じゃなかった、分かった!」
ユキが照れながらそう言うとシノは楽しそうに笑い、それにつられてルカとレイも笑ってしまった。
「じゃぁユキ、今日からよろしくな! 今晩いっぱいしゃべろうぜ!」
楽しそうにそう言うシノに、ユキは困ったように「え、うん」と返した。
「待ってよ、シノ。
俺たちだってユキとしゃべりたいこといっぱいあるけど、月虹隊のみんながそろうまで我慢してんだよ? 一人だけ抜け駆けはずるいよ」
不満そうに言うレイに、「分かってるよ」とシノは口をとがらせ言った。
「大事なことはハオもそろってから話すんだろ? 抜け駆けとか考えてないって!
......てか、いっそ今日みんなで寝るか?」
さも名案とばかり言うシノに、「いや、さすがに五人一部屋は狭くない?」とレイは真剣な顔で言った。
二人の会話をユキはどこかくすぐったそうに聞いていて、ルカも気づいたら笑いながら聞いていた。
「......まぁ、ひとまず行くか」
ルカはそう言って、四人はしゃべりながら北棟に向かって歩きだした。
南棟と北棟は一階の廊下でつながっており、北棟の一階には食堂や談話室などがある。
シンファたちの部屋は二階から四階にあり、ハオを除く月虹隊の部屋は三階にかたまっているので、そこまで行かなければならない。
面倒くさいのが一階から上へ行くための階段が談話室の奥にあるためそこを横切らなければいけず、嫌でもシンファたちの注目の的になりそうだった。
「月のシンファの現在の数は約百人、それで隊の数は二十隊ほど。
で、兵舎で暮らしているのは五十一......いや、お前を含めると五十二人か」
北棟まで向かう途中、ルカはユキに月のシンファの簡単な説明をしていた。
「シンファで現役の選手は十代から二十代のやつがほとんどだ。
選手を引退したシンファはそのあと兵士になったり、講師になったり、まったく別の職業についたり、色々だ。
ここのシンファたちはみないいやつらだが......まぁ、たまに気が合わないやつもいる」
ルカは言葉を濁しながら北棟へと足を踏み入れた。
談話室の前まで行くと、扉の向こうから幾分騒がしい声が聞こえてくる。
「......行くぞ」
ルカは覚悟を決め扉を開け中へ踏み込んだ。
ユキも息を飲み込んでルカの後を追って行く。
四人が談話室へ入った瞬間、案の定室内は静かになり全員の視線が四人に移った。
誰もが信じられないものを見るような目でユキのことを見ている。
いつものこの時間より多い人数がこの部屋に残っており、何のためにここにいるのか想像に難くなかった。
「まじか......」「ほんとに女だ」「いや、それよりハクの妹って本当か?」とひそひそ声が聞こえてくる。
しかし誰も話しかけてはこなかったので、さっさと通り抜けてしまおうとルカは速足で階段のほうへと向かう。
今ここで質問責めにあったら、きっと明日になるまで解放してくれないだろう。
他の三人も同じ考えであり、レイは視線からユキを隠すように横に並んで歩き、シノはいたずらっぽくユキに笑いかけながらルカを追って歩いた。
「待てよ、ルカ」
突然の威圧的な言葉に、ルカたちは立ち止まらざるをえなかった。
「まさか」とルカは額に冷や汗がつたうのを感じた。
なぜあいつがここにいるのか考える間もなく、ルカは声のほうへと向いた。
談話室の扉の前に、燃えるような赤髪の少年が立っていた。
いつも連れている二人の取り巻きを見て、やっぱりあいつかとルカは心の中で舌打ちをした。
シノは「げ」と嫌そうな顔を隠そうともせずつぶやく。
ユキは困惑してすぐ隣にいたレイを見上げると、「ちょっとやっかいなことになった」とレイは小さくささやいた。
「ホーマ......」
ルカは少年の名前を呼んだ。
「『様』をつけろよ」と、ホーマは余裕を持った顔でルカに近づいてくる。
他のシンファたちは何も言わず、黙ってホーマに道を開けている。
ホーマから見て一番後ろにいたルカは、すぐに前に出てホーマと向かい合った。
ホーマは大きな赤い瞳で愉快そうにルカのことを見る。
ホーマの取り巻きである無駄に体格だけはいいゴルと二ヴィも見下したように笑っていることが、ルカを余計に腹立たせた。
「なんで月の兵舎にいる?」
さっさと帰れという意図を隠しもせずルカはホーマに言った。
ルカのその様子をホーマは鼻で笑う。
「なんでって、来年の五神祭の打ち合わせでジェクロに会いに来ていたのさ。
今年は我が太陽の国が主催国で、来年はこの国だろう?
引継ぎやら、視察やらがあって、俺もなかなか忙しいのさ」
自分と同い年のくせにジェクロを呼び捨てにすることにルカは怒りを感じた。しかし、ここで怒ると相手の思うつぼだと言い聞かせルカは黙ってホーマをにらみつけた。
「夕刻にはもう仕事を終えて帰ろうとしていたら、急に月の王宮から使いの者が来たのさ。
祖国で何か起こったのかと思ったけど、内容を聞いて驚いたね。
ルカ、お前リン・シャロルの女を手に入れたそうじゃないか」
ホーマの視線はルカからそれ、ルカの後ろにいたユキへと移った。
好ましい相手ではないことを察したユキは、強い瞳でホーマを見つめ返した。
ユキの顔を見て、ホーマはまたルカのことを嘲笑った。
「あの男の妹というのは本当だったようだな、ルカ。
真っ黒な髪と目も、白い肌も、ほくろの位置まであいつとまったく一緒じゃないか!
あいつだけじゃ飽き足らず、シンファにしてまで女を宿舎に連れ込むとは本当に恐れ入ったよ」
嘲笑いながら言うホーマに、ルカは今度こそ堪忍袋の緒が切れそうだった。
どうやってこいつらをここから追い出すかをルカは考え始める。
黙ったままのルカを見て、ホーマは馬鹿にしたように言葉を続けた。
「お前の隊は本当に面白いな、ルカ。
隊員には奴隷と、男女に女男、挙句の果てに女を入れたときたものだ。
こんな月のシンファの恥さらしどもを受け入れているジェクロの気がしれんな」
その言葉に取り巻き二人が大きく笑い出したのを見て、ルカはもう限界だと考える。
自分だけ馬鹿にされるのはいくらでも耐えられるが、仲間を馬鹿にされるのだけは本当に耐えられなかった。
シノの堪忍袋の緒はとうの昔に切れており、後ろで暴言をはきそうになっているのをレイが何とか止めているのをルカは察していた。
このままホーマを無視して二階へ上がってしまおうかとも考えるが、尻尾を巻いて逃げたとホーマに嘲笑われそうで嫌だった。
さっさと飽きて帰ってくれと、ルカは心の中で強く祈る。