第四話 月虹隊 後編
「誰だお前」
思いもよらぬ言葉に、全員の注目がそちらに集まった。
ホーマたちも笑うのを止めそちらを向く。
ルカでさえ信じられぬ思いで自分の隣を見た。
いつの間にかルカの隣に立っていたユキは、真っ赤に染まった瞳でホーマをにらんでいた。
ホーマと同じ赤い瞳であったが、明らかにユキのほうが燦然と輝いている。
ルカは今まで、こんなに乱暴な言葉を聞いたことがなかった。
いや、聞いたことはあるが、女子が男子に乱暴な言葉を投げかけるのを聞いたことがなかった。
それに兄のハクが乱暴な言葉を使ったことがなかったため、その差が余計にルカを困惑させた。
ホーマも自分よりも若い女子にいきなり「誰だお前」と言われたことが衝撃だったのか、ユキを見たまま固まってしまっている。
「あぁ、お前は知らなくて当然だよな......。
こいつ......この方は太陽の国の第三王子であるホーマ様だ」
ルカは我に返ってホーマの説明をする。
一応王子なので様はつけておいたが、今までの会話からユキがこいつのことを敬うことはないだろうと思う。
ユキはルカの言葉を聞いたとたん目の色をさらに深い赤色へと変え、爆発音とともに全身からシンをほとぼらせた。
王宮でやったように、強い殺気の混じったシンだ。
強いシンの波動はユキを中心に広がり、室内にあった全てのものを痺れさせた。
無論人にも当たり、周りで見ていたシンファたちからは悲鳴が上がり、ホーマは目を見開いてその場から動けないでいた。
「お前が......!!」
ユキから出たとは思えないほど低く、のどの奥からしぼり出すような声が響きわたる。
ユキの気迫に押され、ホーマはわずかに後ずさった。
まるで狼にでも睨まれたかのように、ユキの強い瞳に捕らえられたホーマは逃げることを許されず、ゴルと二ヴィもひるんで立ち尽くすばかりであった。
「落ち着け、ユキ!
ハクを殺したのはこいつの父親じゃない! 前王だ!
こいつはハクを殺した男の弟の息子だ!」
本気でホーマに手を出しそうな様子のユキに、ルカは慌てて叫んだ。
「え」と拍子抜けたユキの声とともに、この部屋を支配していた張り詰めた気が消えた。
ユキの視線から逃れたホーマは、乱れた呼吸を何とか整えていた。
「......でも、兄さんを殺したやつの血縁者であることは変わらないでしょう?」
ユキはなおも険しい瞳でルカを見る。
「そうだが、こいつはハクの死には何も関与していない。
頼むから落ち着いてくれ」
厳しい口調でルカが言うと、ユキはようやく自身のシンを落ち着かせた。
その様子を見て、ホーマは「化け物め......」と忌々しげにつぶやいた。
「......月虹隊はなんでこうも野蛮なやつらが集まるんだ。
お前も、そこの気持ちの悪い男も、本来は極刑に処されてもおかしくないはずなのに、たった一年の試合出場停止で許されている。本当に腹ただしいやつらだ......」
ホーマのその言葉に、シノは「あ゛ぁ゛!?」とどすのきいた声でホーマを威嚇した。
ホーマの言うお前と気持ちの悪い男というのが、自分とシノのことを指しているということにルカはすぐに気付いた。
「兄が兄なら、妹も妹だ。
今度はいったいどこの国を貶めるつもりだ?
あの男のように淫らな術を使って相手の懐に潜り込むのがお前らリン・シャロルの民のやり方なんだろう?
女のくせに男だけの宿舎に入るなど、濫りがわしいにもほどがある!」
先ほどの余裕もなく、ホーマはユキに向かって怒鳴りつける。
「兄さんを侮辱するな!」
と、ユキも怒りをむき出しにして叫んだ。
ユキまわりの空気がまたビリッと痺れる。
「嫌がる兄さんを無理やり奪い、殺した挙句、前王は自分で勝手に破滅したんだろう!?
それを兄さんのせいにするなんて見当違いだと思わないのか!!」
「黙れ化け物!!」
ホーマが怒鳴ると今度はホーマのまわりの空気が大きく痺れた。
ホーマもシンファであるため、シンを放出させることぐらい簡単にできた。
早くこいつらを止めなければ本当に傷害沙汰になるのではないかとルカに焦りが生まれる。
しかし、ホーマの取り巻きも、他のシンファたちも、ただ恐ろしそうに二人のやり取りを見つめているだけだった。
ホーマは怒りで体を震わせながらユキをにらみつける。
「伯父上は......前王はあいつのせいで狂ったんだ......!
前王は好色で欲の強い人ではあったが、男に入れ込むような人ではなかった。
あいつが前王を破滅させた......。
すべてあいつがこの国に来たことで起こった災いだ!!」
ホーマは胸の内にある怒りのすべてをユキにぶつけた。
その瞬間、またも部屋の空気が激しく痺れ、何かが砕け散る音が響いた。
体に今までよりも強い痺れを感じ、ルカはついにユキがホーマを攻撃してしまったことを悟る。
みな唖然としてホーマを見つめた。
ホーマも唖然として立ち尽くしていたが、やがて静かに自分の左耳に手を当て、そして足元へと視線を移した。
ホーマの足元には、砕けた赤い宝石の破片が散らばっていた。
「耳飾りだけを正確に狙ったのか......?」
誰かが感嘆としてつぶやき、その声は静かな部屋に驚くほど響いた。
ルカも驚きを隠せずにいた。
シンの放出はシンファならば誰でもできるが、放出したシンの波動を操るのは驚くほど難しい。
そして人体を傷をつけず、耳に飾ってあった宝石だけを砕くように調節するのは、訓練を受けたシンファでもできる者は少ないだろう。
こいつは本当にハクと同等のシンファになれるかもしれないと、ルカは自分の胸が高鳴るのを感じた。
ユキは荒く呼吸をしながら赤く染まった瞳でホーマをにらみつけている。
ホーマもユキの視線を戻し、忌々しげに口元を歪めた。
「......帰るぞ」
ホーマがそう言うと、ゴルと二ヴィははっとして「は、はい」と返事をした。
ホーマはギロリとルカをにらみつける。
「次会うときまでに自分の飼ってる犬のしつけぐらいしておけよ。
お前のとこの犬は粗暴すぎて嫌になる。
......もっとも、会う機会があるかどうか分からんがな」
そう言い残し、ホーマはゴルと二ヴィを連れ去っていった。
三人が談話室から出て行くのを見てから、「二度と来んなばーか!!」とシノは悪態をついた。
ルカはひとまずほっとしたが、太陽の国の連中にまた因縁をつけられそうだと嫌になってきた。
特にホーマとの因縁はハクが生きていたころからあるので、その根はかなり深い。
「......ひとまず行くか」
張り詰めた気が抜けたルカは、まわりのシンファたちの視線がわずらわしくなりとっととこの場を去りたかった。
今日は本当に色んなことが起きる日だ。
四人で足早に談話室の奥にある階段を上っていく。後ろから何やら騒がしいしゃべり声が聞こえるが、ルカは気にせず階段を上っていった。
「また無茶をしたな」
ルカは厳しい口調でユキに言った。
ユキは怒られることが分かっていたのか、「すみません」と申し訳なさそうにつぶやいた。
「太陽の国の王子に怪我を負わせていたら、どんな騒ぎになっていたか分かるか?」と続けざまに厳しく言うと、ユキは小さく「はい......」とつぶやいた。
「ありがとな」
ルカがさらりと言うと、ユキは「えっ」と驚いてルカを見る。
「あいつがお前にやられて尻尾巻いて逃げるの見て、すごいスカッとした」
ルカは驚いたままのユキに向かって笑いかける。
「そーだぜ、ユキ!
お前けっこう言うやつなんだなぁ。
それにシン使うのすげぇうまいな、びっくりしたぞ!!」
そう言ってシノは笑いながらユキの肩を組む。
「俺はさすがに肝が冷えたよ......」と、レイは苦笑しながらユキの頭をなでた。
月虹隊を始め、月のシンファたちはホーマのことを嫌っているものがほとんどであるので、先ほどの件でスカッとしたやつも多いだろうとルカは思う。
ホーマを始め、前王と親交のあったものは、前王が狂ったのは本当にハクのせいなのだと信じているようだった。
自分たちとは真逆の考えをもつホーマたちとは、この先ずっと分かり合うことはないだろうとルカは確信していた。
「......でも今後シンを使うのは訓練か試合の時だけにしてくれ。
俺の心臓が持たない」
ルカが疲れたようにそう言うと、「はい」とユキも苦笑してこたえた。
三階まで上るとルカたちはルカの部屋まで行き中へと入った。
シンファたちの部屋には二段になった寝台と机と椅子があるだけで、その他の日常品は自分でそろえることになっている。
シンファの中には部屋を個性的に飾っているものもいるが、ルカの部屋は必要最低限のものがあるだけなのでかなり質素であった。
「まぁ、適当に座ってくれ」
そう言ってルカはユキに椅子に座るように促したが、シノとレイが床に座るものだからユキも床に座ると言い出し、ルカはあきらめて自分も床に座った。
「さて、何を話そうか......」
ユキと面と向かって座ったルカは、改めてユキがこの国に来た理由について聞こうと口を開く。
しかし、勢いよく開かれた扉に全員の注目が集まった。
扉の向こうにいた人物は急いでここまで来たようで、額に汗を浮かべて荒い呼吸を繰り返している。
彼はユキと視線が合うと息をつめ、そしてみるみるうちに目に涙をためていった。
「......ハクちゃん!!!」
彼はそう叫ぶと部屋の中に入り思いっきりユキのことを抱きしめた。
突然のことにユキは驚いて身動きできないでいる。
「おい、ハオ。そいつはハクじゃなくてハクの妹のユキだよ」
シノがそう言うとハオは「分かってるわよぉ~」と泣きながらユキをはなした。
「ユキちゃんって言うの? かわいい名前ねぇ」と、ハオはユキの頭をなでる。
ユキは困惑しながらも間近にあるハオの顔を見つめた。
黒の髪に紫色の瞳、そして口の左下には目立つほくろが一つあった。
「ハオルドさん?」
ユキがおずおずとたずねると、「いやだ、ハオでいいのよユキちゃん!」とハオはユキの肩を優しくたたく。
「ねぇもっと顔をよく見せてちょうだい......。
あぁ、なんてそっくりなの。本当にハクちゃんが戻ってきたみたいだわ......」
ハオは両手をユキの顔に添えてじっくりとユキを見る。
ハオは嬉しそうに笑っていたが、目からは絶え間なく涙が流れ続けていた。
「ハオ、気持ちは分かるが、ひとまず落ち着いてくれ。
色々話すことがあるからさ」
ルカがそう言うと、「分かったわ」と涙をぬぐいながらユキから少しはなれた。
「ひとまず、月虹隊全員集合だな」
ルカは部屋にいる全員を見渡し、嬉しそうにつぶやいた。