5.書と玉と鏡
翌朝、花凛が目を覚ますと、窓から差し込む朝の光が、部屋の中を柔らかく照らしていた。
「......んー......」
まだ少し眠たい目を擦りながら、花凛はベッドから起き上がる。
昨日は街を歩き回ったうえに、初めて見るものばかりで、思っていた以上に疲れていたらしい。
けれど、今日は待ちに待ったダンジョンへ行く日だ。
「......そうだ、ダンジョン!」
その言葉を口にしただけで、眠気が一気に吹き飛んだような気がした。
――コンコン
その時、ノックの音が部屋に響いた。花凛は慌ててベッドから起き上がると、髪を手で撫で付ける。そして姿見で軽くチェックする。
「......どうぞ!」
「おはよう、花凛ちゃん。昨日の服が届いたから、とりあえず渡すね。準備が出来たら、居間に降りてきてくれる?」
「うん。ありがとう、リオン君」
リオンから服を受け取って、花凛は急いで身支度を整える。渡された紺色のワンピースと白いシャツとブラウンのズボンのセットからズボンの方を選んで裾を通す。鏡の前で髪を、もう一度整え、最後に首元にリオンから贈られたチョーカーを付ける。
「......これで良いかな?」
指先で宝石に触れる。淡い光を宿した宝石は、まるでリオンの瞳のようだった。肌身離さず付けて欲しいと言われているし、防御の術がついているのだから、ダンジョンへ行く時も身につけておいた方がいいだろう。
最後に、もう一度、自分の姿を確認してから、花凛は部屋を出て、階段を降りた。それから、廊下に面したドアを開けると、広い居間が現れた。キッチンとダイニング、リビングが一部屋になった、異世界と思えない現代的で広いリビングルームだ。
その部屋のリビング部分に備え付けられたソファにリオンは座っていた。
花凛が部屋に入ると、リオンが微笑んで......その視線が花凛の首元で止まる。
「......つけてくれたんだね」
「うん、寝てる時は、慣れなくて外してるけど......。防御の術がついてるんでしょう? 今日はダンジョンに行くから、ちゃんとつけておこうと思って」
「そっか。付けてくれて嬉しい」
その言葉に嘘はないのだろう。リオンは本当に嬉しそうに目を細めて笑った。そんな彼の首に、自分と同じ黒いチョーカーが揺れている。
(......お揃い!?)
花凛の視線に気づいたようにリオンが笑って、自分のチョーカーに触れる。
「......花凛ちゃんに贈った首巻きは、実は、俺の予備なんだ。......俺と、お揃いは嫌かな?」
少し寂しそうに言われて花凛は慌てて首を横に振った。
「そんなことないよ! ちょっと驚いただけで」
「そっか、良かった。......これなら、離れていてもお互いの神力を感じやすくなるし、防御神術も少し強くなるから」
「へぇ......便利だね」
嬉しそうに笑うリオンに釣られるように、花凛はチョーカーを見つめながら笑って頷く。
「そうだ、花凛ちゃんの魔道具箱も届いてるよ。俺に付けさせてくれる?」
「もちろん!」
リオンは立ち上がると、嬉しそうに花凛の左手を取った。そして、自分の目の前へ差し出すように持ち上げると、そっと手を離す。そのまま、彼は花凛の腕にアイテムボックスの腕輪を付けてくれた。腕に嵌るとピッタリと花凛のサイズに合うように縮んだ腕輪は、まるで付けてないように違和感がない。
花凛が不思議そうに、その腕輪を見つめるのを微笑みながらリオンは見守る。
「じゃあ、さっそく、道具を収納してみようか」
花凛はリオンに促されるようにして、今度はダイニングの机の前に立った。そこには食料に水、液体の入った薬瓶らしいものから、何に使うか分からない道具まで並べられていた。
「とりあえず、食料と水をアイテムボックスに入れよう。収納したいと望みながら左手で触れれば入るよ」
リオンが水筒に触れてアイテムを収納して見せる。それに倣って花凛も収納したいと望みながら水筒に触れる。すると目の前から水筒が消えた。
「わ......便利だね!」
「うん。出したい時は、腕輪の一番大きな石に触れながら出すんだ」
「へぇ......」
それだと、何を収納したか分からなくなるんじゃないかな?と思いながら左腕の腕輪に触れる。すると、目の前にホログラムでアイテムボックスの中身が見えた。
「え?」
「すごいよね。......ゲェムみたいでしょ?」
「うん」
ビックリして目を白黒させている花凛にリオンが悪戯が成功した、というように笑う。
「十三比良坂から回収される魔道具には、花凛ちゃんが言うようなゲームみたいな物が色々あるよ」
「そうなんだ?!」
「うん。じゃあ、後は道具を入れて、武器を選ぼうか」
「武器......!」
「うん。気に入るものがあるといいけど」
そう言いながら、リオンが目の前のテーブルに、いくつかの武器を並べていく。
「俺のオススメは短刀と書と玉と鏡。鏡は絶対持っていて欲しいかな」
「なるほど......?」
「短刀は、まぁ護身用だね。書と玉は神術を使うのに便利だよ。鏡は武器というより防具に近いかな? 敵からの攻撃を跳ね返すし、色々便利に使える」
「じゃあ、それにする。書と玉の使い方を教えてくれる?」
「もちろん。とはいえ、ここで万が一暴発したら危ないから十三比良坂に入ってからかな」
「うん!」
「じゃあ、行こうか」
リオンが差し出した手を、花凛は優しく握った。
「今日は、まず初心者向けの階層を見てみよう。危険だと思ったら、すぐに戻るからね」
「分かった!」
「それから、俺から離れないこと」
「うん!」
「魔物を見つけても、勝手に近づかないこと」
「......うん」
「神術を使うときは、俺の指示を聞くこと」
「分かったってば」
花凛が少し不服そうな声を出すと、リオンは、それすらも楽しそうに笑った。
「ごめんごめん。でも、初めてのダンジョンだからね」
「リオン君が一緒なら大丈夫だよ」
花凛が何気なくそう言うと、リオンの尻尾がゆらりと揺れた。
「......そう言ってもらえると、嬉しいな」
その声が少しだけ切なさを帯びていることに、花凛は気づかなかった。