化け猫、おはぎ
おはぎ? あの、甘い和菓子、別名ぼたもち??
おはぎ? あの、甘い和菓子、別名ぼたもち??
「な、何言ってるの? 気でも触れたのかしら?」
男は、濡れた刃物のようなまなざしをこちらに向ける。
「寂しいものだな、忘れられるというのは。おはぎというのは......」
男が一瞬で距離を詰め、耳元でささやく。
「俺の名だ」
名前がおはぎ? 親が許しても役所が黙っていないわよ、このご時世!
私はとっさにとびのいて、反論する。
「残念、見当違いね。私にはおはぎなんて知り合い、いないもの」
「知り合いどころか......」
男はニヤリと笑って言った。
「お前が産まれる前から、俺はお前の家、北川家に住んでいたんだ」
「産まれる前から? ウチに住んでいた? そんなウソ、引っかかるとでも思ってるの?」
とにかく、コイツはヤバい。隙をみて逃げる? でも、自宅まで知られてる。やっぱり、ここでやっつけるしか......
男は、やれやれといった様子で、続けた。
「名で思い出せないのなら、これならどうかな?」
なにかするつもり? そうはいかない......わ?
男の頭部から、二つの三角がぴょこんと飛び出した。あれ、どうみても......耳!?
「さあ、これで思い出したろう。俺はお前の家族だ」
家族......耳......おはぎ......まさか。
「あなた、ウチの飼い猫だったおはぎ!?」
「最初からそう言っている」
「そんな、あの子私が三歳の頃死んだわよ!?」
「お前は幽霊が見えるのだろう? 俺は今ワザと見えやすくしているが、な」
「つまり、化け猫?」
「二十年生きたんだ、化け猫にもなる。近くを通ったから、あいさつに来たんだ」
目の前にいる化け猫の存在への疑問や恐怖より、自分がこれ以上おかしくなっていないことへの安心が勝った。そうよね、ワザと見えやすくしてなければスマホなしで化け物なんて見えるはずないわ。
「敵意は無いのね?」
「ああ。三歳の幼子がしでかしたいたずらなど、気に留めていない」
......根に持ってるんだ。
「ところで、ご主人はいつ頃戻られるのだ?」
「知らない」
「父親だろう、知らないと言うことはあるまい」
「顔、合わせないから。ママともね」
おはぎは、神妙な顔つきになって、「寂しくはないのか?」ときいた。
「アナタだって、猫なら分かるでしょ? ほっといてほしい時だってあるのよ」
それより。
「アナタ、どうやってパパやママに会うつもり? そのまま会ってもタダの不審者よ?」
おはぎは、何も考えていなかったらしく、困り果てた。
「あいさつしたいって、本当にそれだけ? 猫の気まぐれ?」
「いや、正直に言うとどうしても忘れられなくてな」
「何を?」
「その......ご主人の喉なでの技術だ」
「......は?」
「あの絶妙な力加減、緩急あるリズム、あれはほかのなににも替えがたいものだ」
私は、目の前の高校生くらいの男にしか見えないおはぎが、パパのヒザの上でゴロゴロ言っているところを想像した。気色悪!!
「良いわ、入りなさい」
「何?」
「ウチに入れって言ってるのよ、アナタみたいのがうろついてたら不審者じゃ済まないでしょ! それに......」
アナタは私の家族なんだから、というセリフを、私は結局飲み込んだ。