Episode 15 NEGOTIATION
SERAPHの中心部から少し離れた場所。
クロス商会が所有するホテル。
白を基調とした外壁。
磨き上げられた硝子窓には、夕暮れの街が淡く映り込んでいる。
医療区画に並ぶ無機質な建造物とは違う。
どこか人の温度を感じさせる建物。
案内された客室へ入った瞬間。
「おりゃっ!!」
ノアは勢いよくベッドへ飛び込む。
――バフッ――
「ふかふかー!!」
身体が沈み、そのまま何度か弾む。
「靴」
レートが一言だけ言った。
「あ」
ノアは慌てて起き上がる。
靴を脱いでからもう一度倒れ込む。
「これでよし!」
「学習能力はあるらしいな」
「ひどくない?」
クランツは窓際へ歩き、街を見下ろした。
SERAPHは日が沈み始めても忙しく動いている。
高架通路を走る搬送車。
絶え間なく出入りする医療ドローン。
白い建物の灯りは、一つとして消えていない。
「命を止めない街か」
クランツが呟く。
レートも窓の外へ視線を向けた。
「クロスの言ってた通りだな」
ORPHANとは違う街。
「HOSTってさ?結局何だったんだろうね?」
「分からん」
レートは椅子へ腰掛ける。
「えぇ......」
ノアが肩を落とす。
「レート、そればっか」
「分からないもんは分からん」
「少なくとも――」
クランツが外を眺めたまま呟く。
「俺たちを殺す気はなかった」
「撃ってきたじゃん」
ノアが身体を起こす。
「あれは牽制だ。本気なら機会はあった」
「そうだな」
レートは頷きながら思い返す。
撃つことは出来た。
殺すことも出来た。
だが、最後までそうしなかった。
「じゃあ。何しに来たの?」
ノアが首を傾げる。
「俺たちを、見てた」
レートは短く答える。
「正確には、俺たちだけじゃない」
クランツが続けて答える。
「クロスさんも、だ」
レートがクランツを見る。
「HOSTは俺たちとクロスさんを、一つの盤面として見ていた」
「どういうこと?」
ノアが聞く。
「......まだ分からない」
クランツは首を横へ振った。
「だから気持ち悪い」
レートは腕を組む。
HOST。
ZIGZAG。
クロス。
どれも繋がっている。
だが、その繋がりが見えない。
「値踏み」
レートが呟いた。
「ああ」
クランツは少しだけ考え、頷いた
「俺たちは値踏みされた」
「何のため?」
ノアは難しい顔になる。
「そこが分からない」
クランツは苦笑した。
「クランツもレート化してるじゃん」
「レートはもっと雑だ」
「おい」
思わず三人が笑う。
「......まだ終わってない気がする」
レートの頭の中に過る違和感。
――コンコン――
レートが立ち上がり、扉を開く。
「お待たせいたしました」
クロスの執事が声をかける。
「夕食の準備が整いました」
穏やか。
丁寧。
「クロス様がお待ちです」
レートは男の顔を見る。
隙がない。
「......いかがなさいました?」
男が尋ねる。
「いや」
レートは短く答えた。
「行こう」
ホテル最上階。
窓一面にSERAPHの夜景が広がるレストラン。
長いテーブルには、温かな料理が並んでいる。
「お待ちしておりました」
クロスは席を立ち、三人を迎えた。
「待ってたなら先に食べればよかったのに」
ノアが言う。
クロスは優しく笑う。
「お客様より先にいただくわけには参りませんので」
「商人って大変だねー」
「信用も商品の一つですから」
「なるほどー」
ノアは頷きながら席へ着いた。
次々と料理が運ばれる。
「おいしー!!」
ノアは一口食べるなり目を輝かせた。
「口に物を入れて喋るな」
「だって!」
レートは呆れ、クランツは静かに紅茶を口へ運ぶ。
「改めまして。お礼を申し上げます」
クロスは三人を見て小さく笑った。
「仕事だ」
「それでもです」
クロスはレートの言葉に頭を下げた。
「皆さんのお陰で、無事に必要な物を届けることができました」
しばらく穏やかな食事が続く。
ノアはデザートまで綺麗に平らげ、満足そうに椅子へもたれ掛かった。
食器が下げられる。
――カチャ――
クロスはティーカップへ手を添え、静かにテーブルへ置いた。
「最後に一つだけ」
空気が変わる。
「商人として、お話ししたいことがあります」