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「だから『山』ということですか」
先生の言葉に、私は「はい」と頷きました。
「なるほど。確かに、万葉集には山を歌った詩歌が多くあります。それに、かの有名な持統天皇の歌も、夏の山ですね」
「『春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣ほしたり 天の香具山』ですか?」
「ええ」
先生は、納得したように頷くと「素敵ですね」と私を褒めてくれた。
「時代背景までキチンと考察出来ています。十年も待っていた甲斐がありました」
ご褒美シールのかわりに、先生は私にお菓子をくれました。
もういい大人なのに、先生の中での私はまだ小学校に上がったばかりの子どもなのでしょう。
先生の扱いが面映ゆく、同時に嬉しくなります。
私は頂いたものを食べてしまうのが勿体なくて、しばらくそれを眺めていました。
先生に「どうぞ」と促され、そっと口に含んだ甘いお菓子は、あっという間に溶けてしまいます。余韻を味わっている私に、先生はもう一つ質問をしました。
「雪月花に山を加えるなら。あなたなら、どこに足しますか?」
「私なら⋯⋯。雪の前に入れます」
先生は意外そうに眉を上げました。その仕草に私はドギマギしてしまいます。
何故なら先生は今や、大学で教鞭を執っている教授であり、詩歌、特に万葉集の研究では名前が広く知られている方なのですから。
「通常でしたら、月と花の間ではないですか? そうすれば、雪月山花となり、冬、秋、夏、春と逆順に並ぶでしょう」
先生は変わらず静かな口調で問いかけてくださいます。
その声に私は安堵しました。少しでも怒りの要素が見えたら、きっと萎縮して続きを口に出来なかったでしょうから。
「それよりも私はこちらの解釈の方が素敵だと思うのです。『山の雪 解けゆく姿 月照らし そっと一輪の 花が咲く』と。先生の採点は如何でしょうか?」
突然詠んだ私の拙い短歌に、先生は嬉しそうに笑いました。
「そうですね、百点。⋯⋯といいたいところですが、まだまだ伸びていってほしいので。六十点というところでしょうか」
先生の愛ある激励に、私も嬉しくなります。
「まだまだ精進します」
私は先生に向かって、頭を下げました。先生もまた微笑みながら、「期待しています」と頷いてくれました。
その姿は昔と全く同じでした。
私は懐かしさで胸がいっぱいになると同時に、やっと提出出来た宿題にホッと胸をなで下ろしたのでした。