ホーム面師
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面師

『アイ、新しい面だ』
 そう言いながら、イアはアイに紙切れを渡す。
 その紙に書かれた内容を見て、アイは思わず眉を下げた。
「......変わった面だな」
 その言葉に、イアは小さく微笑む。
 その『想い』を、隠すかのように。
 その『想い』を、代わりに現すかのように。

そうしたかったみたいだ』

「そうか......」
 そう呟きながら、アイは静かに目を閉じた。

「死者の心を、我が心へ」

 その瞬間、アイの元に淡い光が集まる。
「............」
 淡い光がアイの手元に静かに灯る。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 アイの手元に光が集まる。
 その瞬間、パンと音がした。
 まるで、世界が二つに割れたかのような音だ。
「っぐゔっ...」
『アイ!』
 イアはすぐにアイの元へと近寄る。
「あだ、まが...」
 頭を押さえながら、アイは地面に座り込む。
「ぅゔっ」
『無理をするな!』
 その瞬間、光が周囲に散らばる。
『アイ?アイ、アイ!』
 アイは気を失った。
 また、パンと音がした。
『...ゔっ』
 気がつけばイアも意識を手放していた。

「おーい、おーい!」
 何処かから声がした。
 重たげな瞼をゆっくりと開けると、そこに誰かが立っていた。
 最初に映ったのは、額に添えられた白い布だった。それを静かに取り替える手を、イアはぼーっと見つめた。
「起きたな、イア」
 白髪を揺らしながら、灰の眼を見せた。
 相変わらず、みどりの眼は、髪で隠されている。
 シテが居た。
『お前、何故!?』
 慌ててイアは起き上がる。
 辺り一面が、先ほど居た『鏡の間』ではなく、山の中だった。
 ―――シテの心の中か?
 一瞬、そう思った。しかし、同時に否と思う。

 ―――心の中に入るすべは、私しか知らぬ。

「気づいたら此処に居た。イアもアイも倒れてたから、湖で水を汲んで口を湿らせた。今は冷やしてる」
 淡々と言いながら、また新しい布を取り替えてアイの額にそっと置く。
 全てが手慣れているのは流れで分かる。
 ―――驚くほどの冷静さだ。
「イア、どうしたんだ」
 突然声を掛けられて、イアは『え?』と声を漏らした。桃花眼が微かに揺れた。
「かなり動揺しているな、気が動転してるのか」
『此処は何処だ!』
 イアの言葉に、シテはゆっくりと首を傾げた。
 その瞬間、隠れていた眼が見えた。
 ―――みどりの、美しい眼が煌びやかと。

「俺の心の中だ、前に案内してくれただろう」

『.........は?』
 本来、人の心へ踏み入ることはできない。
 無闇に迎え入れれば心は荒らされる。
 壁を築き続ければ、人との縁は失われる。

 その均衡を保つために在るのが、巫。

 心を懇切丁寧に扱い相手に迎え入れてもらう。
 それこそが、巫だけに許された術だった。
 ――なのに。
『何を、いって』
 心の中に入る方法は、とても簡単だった。
 だからこそ、難しかった。
「言った通りだよ」
 何の躊躇いもなく、シテは言う。

「俺の心の中」

 その瞬間、柔らかな風が二人の隙間を吹き抜けた。シテの持つ白髪が揺れた。
 その拍子に、また煌びやかとするみどりの眼が見えた。
 ふと、イアは思う。
 片方がみどり、片方が灰。

 まるで生者と死者の狭間に立っているかのよう

『...お前、片目か?』
「うん、片方は見えない」
『何故だ?』

「必要ないから」

 その言葉は、何処か不穏にも感じた。
 桃花眼とうかがんが、僅かに揺れた。
「それにさ」
『...なんだ』
「片目なのは、イアとアイもだろ」
 そう言いながら、シテはまた濡れた布を取り替えた。
『............なん、で』
 ―――なんでソレを知っている?
 そう言いたかったが、言葉に出てこない。
 喉元で言葉が転がるかのように。
「二人並んでわかった。微妙に色が違うな」
 シテはイアの方を見つめた。
「桃と、梅の花か」
 全てを見透かす鏡のように。
 あまりにも透き通った眼差しだった。

「二人は眼を取り替えたのか?」

『............お前、シテじゃないだろう』
「シテだよ」
『シテには見えん!』
「イアにとっての俺って、どんなのなの?」
 その言葉に、イアは頭に血が昇る。
『少なくとも、淡々と物事を語るような奴ではない!』
「わかった、ならそうする」
 その瞬間、みどりと灰の眼は閉ざされた。
「イア、これでどうだ?表情筋が豊かだろう!」
 そう言いながら、シテは微笑んだ。
 柔らかで、朗らかな微笑み。
 心の底から『幸福』だと言いたげな笑顔。
 なのに、何故なのだろうか。
『...っ...宣言!』

 何故こうも胸が締め付けられるのだろうか。

『巫イアの呼びかけに応えよ...狭間はざまよ!』

「俺の心の中で、イアの呼びかけは応えられないんじゃないか?ここの主は俺だぜ?」
 ―――だぜ?シテはそんな言葉使いだったか?
『それができるのが巫一族だ。舐めるな』
 その瞬間、パンと音がした。
 乾いた音が、場を制圧した。
 イアとアイの二人は、シテの元から消えるかのように逃げていった。
 対して、シテは驚くほど冷静だった。

「将軍、嫉妬に御用心」

「嫉妬とは、緑の眼を持つ怪物」

「深淵を覗く時」

「深淵もまた、覗き返す」

「こんな風にな」
 シテはそういいながら、パンと手を叩いた。
『っ!?』
 桃花眼が見開く。
 次の瞬間、鏡の間にシテは立っていた。
「おかえり、二人とも」
 アイを抱えたまま、イアは顔を歪ませた。
 ―――何故、此処にいるんだと。
『シテ...』
 桃花眼には、初めて畏れが宿っていた。
 その瞬間、アイは言う。
「眠れ、舞台人死者
 その一言で、シテは糸が切れたかのように眠りに落ちた。
「イア、を、たの、んだ」
 アイは再び気を失った。
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作者:結弦
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『アイ、新しい面だ』
 そう言いながら、イアはアイに紙切れを渡す。
 その紙に書かれた内容を見て、アイは思わず眉を下げた。
「......変わった面だな」
 その言葉に、イアは小さく微笑む。
 その『想い』を、隠すかのように。
 その『想い』を、代わりに現すかのように。

そうしたかったみたいだ』

「そうか......」
 そう呟きながら、アイは静かに目を閉じた。

「死者の心を、我が心へ」

 その瞬間、アイの元に淡い光が集まる。
「............」
 淡い光がアイの手元に静かに灯る。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 アイの手元に光が集まる。
 その瞬間、パンと音がした。
 まるで、世界が二つに割れたかのような音だ。
「っぐゔっ...」
『アイ!』
 イアはすぐにアイの元へと近寄る。
「あだ、まが...」
 頭を押さえながら、アイは地面に座り込む。
「ぅゔっ」
『無理をするな!』
 その瞬間、光が周囲に散らばる。
『アイ?アイ、アイ!』
 アイは気を失った。
 また、パンと音がした。
『...ゔっ』
 気がつけばイアも意識を手放していた。

「おーい、おーい!」
 何処かから声がした。
 重たげな瞼をゆっくりと開けると、そこに誰かが立っていた。
 最初に映ったのは、額に添えられた白い布だった。それを静かに取り替える手を、イアはぼーっと見つめた。
「起きたな、イア」
 白髪を揺らしながら、灰の眼を見せた。
 相変わらず、みどりの眼は、髪で隠されている。
 シテが居た。
『お前、何故!?』
 慌ててイアは起き上がる。
 辺り一面が、先ほど居た『鏡の間』ではなく、山の中だった。
 ―――シテの心の中か?
 一瞬、そう思った。しかし、同時に否と思う。

 ―――心の中に入るすべは、私しか知らぬ。

「気づいたら此処に居た。イアもアイも倒れてたから、湖で水を汲んで口を湿らせた。今は冷やしてる」
 淡々と言いながら、また新しい布を取り替えてアイの額にそっと置く。
 全てが手慣れているのは流れで分かる。
 ―――驚くほどの冷静さだ。
「イア、どうしたんだ」
 突然声を掛けられて、イアは『え?』と声を漏らした。桃花眼が微かに揺れた。
「かなり動揺しているな、気が動転してるのか」
『此処は何処だ!』
 イアの言葉に、シテはゆっくりと首を傾げた。
 その瞬間、隠れていた眼が見えた。
 ―――みどりの、美しい眼が煌びやかと。

「俺の心の中だ、前に案内してくれただろう」

『.........は?』
 本来、人の心へ踏み入ることはできない。
 無闇に迎え入れれば心は荒らされる。
 壁を築き続ければ、人との縁は失われる。

 その均衡を保つために在るのが、巫。

 心を懇切丁寧に扱い相手に迎え入れてもらう。
 それこそが、巫だけに許された術だった。
 ――なのに。
『何を、いって』
 心の中に入る方法は、とても簡単だった。
 だからこそ、難しかった。
「言った通りだよ」
 何の躊躇いもなく、シテは言う。

「俺の心の中」

 その瞬間、柔らかな風が二人の隙間を吹き抜けた。シテの持つ白髪が揺れた。
 その拍子に、また煌びやかとするみどりの眼が見えた。
 ふと、イアは思う。
 片方がみどり、片方が灰。

 まるで生者と死者の狭間に立っているかのよう

『...お前、片目か?』
「うん、片方は見えない」
『何故だ?』

「必要ないから」

 その言葉は、何処か不穏にも感じた。
 桃花眼とうかがんが、僅かに揺れた。
「それにさ」
『...なんだ』
「片目なのは、イアとアイもだろ」
 そう言いながら、シテはまた濡れた布を取り替えた。
『............なん、で』
 ―――なんでソレを知っている?
 そう言いたかったが、言葉に出てこない。
 喉元で言葉が転がるかのように。
「二人並んでわかった。微妙に色が違うな」
 シテはイアの方を見つめた。
「桃と、梅の花か」
 全てを見透かす鏡のように。
 あまりにも透き通った眼差しだった。

「二人は眼を取り替えたのか?」

『............お前、シテじゃないだろう』
「シテだよ」
『シテには見えん!』
「イアにとっての俺って、どんなのなの?」
 その言葉に、イアは頭に血が昇る。
『少なくとも、淡々と物事を語るような奴ではない!』
「わかった、ならそうする」
 その瞬間、みどりと灰の眼は閉ざされた。
「イア、これでどうだ?表情筋が豊かだろう!」
 そう言いながら、シテは微笑んだ。
 柔らかで、朗らかな微笑み。
 心の底から『幸福』だと言いたげな笑顔。
 なのに、何故なのだろうか。
『...っ...宣言!』

 何故こうも胸が締め付けられるのだろうか。

『巫イアの呼びかけに応えよ...狭間はざまよ!』

「俺の心の中で、イアの呼びかけは応えられないんじゃないか?ここの主は俺だぜ?」
 ―――だぜ?シテはそんな言葉使いだったか?
『それができるのが巫一族だ。舐めるな』
 その瞬間、パンと音がした。
 乾いた音が、場を制圧した。
 イアとアイの二人は、シテの元から消えるかのように逃げていった。
 対して、シテは驚くほど冷静だった。

「将軍、嫉妬に御用心」

「嫉妬とは、緑の眼を持つ怪物」

「深淵を覗く時」

「深淵もまた、覗き返す」

「こんな風にな」
 シテはそういいながら、パンと手を叩いた。
『っ!?』
 桃花眼が見開く。
 次の瞬間、鏡の間にシテは立っていた。
「おかえり、二人とも」
 アイを抱えたまま、イアは顔を歪ませた。
 ―――何故、此処にいるんだと。
『シテ...』
 桃花眼には、初めて畏れが宿っていた。
 その瞬間、アイは言う。
「眠れ、舞台人死者
 その一言で、シテは糸が切れたかのように眠りに落ちた。
「イア、を、たの、んだ」
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