余白
朝の五時、シテは目を覚ます。
すぐに歯を磨き、ワキの元へと向かう。
「おはよう!」
「おはよう。シテ」
そう言いながら、ワキはシテの朝ご飯を用意した。今日のご飯はおにぎりと卵焼きだった。
「いただきます」
背筋を伸ばし、丁寧に卵焼きを一口分に切って食べるシテを見て、ワキは嬉しそうに言う。
「シテはとても綺麗な食べ方をするね」
その言葉に、シテは卵焼きを飲み込んでから返した。
「生き物を貰うんだ。当然だろう?」
灰の眼が、ワキを捉えた。
「.........そうだね」
「ワキおじちゃんの作るご飯は美味しい。きっと、一つ一つに想いを乗せているのだろうな」
シテは温かい朝食を優しく見つめた。
「嬉しい褒め言葉だね」
「ワキおじちゃん、なんで俺の世話を毎日してくれるんだ?俺だけじゃない、他にもいる多くの死者を、何故こんなに懇切丁寧に扱ってくれるんだ」
その言葉に、ワキは少しだけ考えた。
ワキの白髪から黄金の眼が少しだけ見えた。
「巫様たちを、少しでも楽にさせたいだけさ」
その言葉に、シテは少しだけ様子を伺うように見つめる。ワキはシテの言葉を待つように見つめ返した。
「ワキおじちゃんは、基本的に嘘はつかない。その素直さが好きだ」
「そうかい」
然し、シテは少しだけ眼を細めた。
まるで、全てを知っているかのように。
「だが、今は少しだけ嘘をついたな」
箸を置きながら、シテはワキを見つめた。
その言葉に、ワキはゆっくりと卵焼きを一口分に割り、食べる。その後は箸を置き、意を決したかのように言う。
「シテ。私は、舞台の演奏者なんだよ」
その言葉に、シテは過去の舞台を思い出す。
「あの笛とかのか!」
「そう、我ら『奏』の一族の、役目なんだ」
ゆっくりと、語る。
「巫様をお側で支えているんだ」
「他にも演奏者はいるのか?」
「いない。私一人さ。他は見習いだ」
「舞台には何人もいたように見えた」
「あの子たちは見習いなんだ」
「名前は?」
ふとした質問だった。どんな人があの美しき旋律を奏でているのかと気になったのだ。しかし、ワキは首を傾げた。
「ないさ」
「.........え?」
「奏の一族は、巫様に認められた者だけ脇演を名乗ることができる」
「......」
「本来なら『脇役』と呼ばれるんだ、だが我々は違う。舞台の脇に立ち、演目を支える者」
ワキは一点の曇りもない眼でシテを見た。
「だから脇演と呼ぶ」
シテは静かにワキを見つめた。
舞台の脇に立つ者。
それでも、その音がなければ―――
誰一人として想いを語ることはできない。
とても、大切なのだ。
「ワキおじちゃん、普段は何を演奏するんだ?」
「笛だね。巫様の舞台で笛を吹けるのは、今は私だけなんだ」
「......そっか、凄いんだな、ワキおじちゃんは」
その言葉に、ワキは首を横に振る。
「凄いのは、君さ」
シテは首を傾げた。
「未知を知ろうとするその心は、素晴らしい」
「褒めてくれてるのか?」
「勿論」
「ありがとう、ワキおじちゃん」