序服 安赦帰堺(肆)
安赦されて堺に帰る
四郎左衛門に遅れること半月、京に戻った四郎右衛門は、利休の弟子であった古田織部助重然の京屋敷の門を叩いた。秀吉への赦免御礼を取り次いでもらうためである。古田織部は快諾し、即日謁見の手配を済ませた。当日は所用で同席できぬので、同門の細川越中守忠興が介添えするところまでの段取りをするほどの気配りである。
「古織様には、感謝の言葉もございませぬ」
深々と頭を下げる四郎右衛門に古田織部は苦笑いを浮かべていた。
「道庵殿、おやめ下され。某、利休さまのことは見送ることしかできませなんだ......これはせめてもの償いでござるよ」
淋しげに織部が笑う。四郎右衛門には、父が居ないことを深く哀しんでいるのが感じられた。
「謁見まではここを我が家と思うて遠慮のうお過ごしなされ」
「御厚意忝なく。京屋敷なども召し上げられたままにて、高山侯様の御屋敷へ伺おうかと思うておりました」
織部は笑顔を残して、退席した。
数日後、四郎右衛門は秀吉に謁見を許された。拝謁すれば父を殺した男としての憎しみを秀吉に感じるかと思っていた四郎右衛門であったが、実際に目通りが叶うと、そんなことは露程も感じることはなかった。
(小さくなられた......)
実際に秀吉は小さくなっていた訳ではない。巨きくみせていた覇気が萎んでおり、小兵のただの老人がそこにいた。秀吉が利休を懐かしんで、昔話に花が咲く。まるで自分が処刑したことを忘れているかのようだった。
「紹安よ、再び余に仕えい」
「太閤さま、その儀は何卒、御容赦願いたく」
四郎右衛門は平伏して懇願した。しかし、秀吉は四郎右衛門の話など聞かぬ。スッと立ち上がるとスタスタと歩き出した。呆気に取られて微動だにせぬ四郎右衛門を見て
「紹安、付いてくるがよい」
と言って再び歩き始める。
四郎右衛門は傍らに控えていた三斎を振り返ると、大きく肯き返され、戸惑いつつも、後を追った。
暫くすると、秀吉は狭い座敷へと入った。大広間などの広い場所で、華美な席を好んていた秀吉が、侘びた座敷――しかも、利休が好んだ二畳敷に、である。
四郎右衛門も腹を決め、中に入ると、秀吉は客座に坐っている。四郎右衛門に茶を点てよということであった。致し方なしと、勝手口へと下がり、水屋ヘ道具を取りに行く。水屋には整然と並べられた道具があり、茶堂らが滞りなく仕えていることが分かった。そこに並ぶ道具はかつての秀吉が好んだ綺羅びやかな名物ではなく、侘びた珠光好や利休好の道具であった。目を引いた黒茶盌は剽げた器で、噂に聞く古織――古田織部の好みであろう。四郎右衛門はこの織部黒で秀吉に茶を点てようと決めた。
「利休によう似とる......」
点前を見ながら、秀吉はそう呟いて、大きく頷いた。四郎右衛門は黙ったまま、ひたすらに茶筅を揮う。旨い茶を煉ること以外、頭の中から追い出すのだ。無我の境地とは「何も考えないこと」ではなく、ただ一つのことに集中することである。
その座敷にいたのは天下人・豊臣秀吉よしではなく、死出の旅に怯えて、残される子のために忙しなく動き回ろうとする老人だった。
「利休の遺品な......あれを、そちに返そう」
「......あれは太閤さまに献上した物でございます」
四郎右衛門は自分の胸を指して首を振る。
「そうか。......ならば、そちの義弟に息子がおったであろう」
「猪之吉のことでございますか?」
猪之吉とは四郎左衛門の長男で、喝食となっている修理のことで、猪之吉は喝食になる前の名前だ。のちに千宗旦を名乗る現在の千家の祖である。
「昔、利休があれを小坊主に使っておってな、愛らしゅうて小姓にしようとしたら、利休は喝食に入れてしもうての。そちが受け取らぬなら、あれに取らせよう」
四郎右衛門は深々と手をついて平伏した。
この辺りの感覚が、武家と商家の違いなのかもしれない。四郎右衛門にとって大事なのは鵆屋の家督と、独立独歩で確立できる茶風だった。