04『甘え』
空がオレンジに染まり、風は少し冷たかった。子供たちが元気よく走り回り、私はその様子を眺めていた。領地に帰ってきてすぐに、オークの木の下で全てを包み隠さず話した。お婆様は何とも読み取れない表情で空を眺めながら、淡々と聞いていた。
「私が今ここであなたに攻撃を仕掛けたら、どうなるかお分かりですか?」
お婆様はいつもと変わらない声で言った。誓約を課したことを怒っているのだろうか。しかし、あの状況では......
「抵抗もできずに命を落とすことでしょう」
『精神干渉』だけだったら何とかなるかもしれないが『空間干渉』で攻撃されたら終わりだ。
「何故、抵抗をしないのですか?」
抵抗したくても『神威』が使えない状況で何ができるというんだろうか。
「それは......しても無駄だからです。無駄に抵抗して苦しみたくはありません」
質問の意図が分からない。答えは明確なはずなのに、まるでそれが間違っていると言われているようだ。
「では、アイリス。当主とは何だと思いますか?」
「お婆様。申し訳ないですが、何を言いたいのかが分かりかねます」
それからお婆様は私を見つめたまま何も言わなかった。このままだと明日になっても話してくれなさそうだ。
「通常の当主と、グラネイアの当主では価値が違います。当家の決定には、国を左右するほどの影響力があります。大きな責任が伴うものだと認識しています」
お婆様は満足したかのように頷き、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「では、その当主が『神威』を使えない状況になったらどうなるかは......わかりますね?」
「死ぬか......利用されるかのどちらかだと思います」
......そうか。私は『自己誓約』の内容を間違えたのか。
「そうです。そして、どちらも絶対に回避しなければなりません。楽に死にたいなど言語道断。無様に抵抗し、惨めに逃げないといけません」
理解した途端にひどく自分が惨めに思えた。
「では、総括と行きましょう。婚姻の承認自体は問題ありません。家の決定を覆すことが出来なかった時点であの二人の運命は決まりました。他に怪しい点も見つかりませんでした」
「ありがとうございます」
いつの間にか、空が青紫色に染まっていた。子供たちは家に帰っており、元気な声が消えていた。
「ですが、ドレイクとレイラを失禁させ、大広間は荒れ放題。レイルとシークは平伏し、正気を保てず怯えていた。加えてあなたは神威さえも使えなくなり、従者を死なせる寸前でした。正直に言うと、落第です」
一瞬誰がこんな酷いことをしたのかと耳を疑った。
「百点満点で言うと五点です。いえ、零点でも高いと思える出来です。恥を知りなさい」
流したくもないものが頬を通り過ぎた。私はそれを拭い、お婆様をまっすぐ見つめた。
「私は......傲慢でした。簡単な仕事、面倒な対応と高を括っていました。相手の皮肉を真に受け、力を誇示しました。そして、場を支配し、誓約させました。独裁者と同じと言われても否定できません」
拭ったはずの雫はすぐに新たな道を作り、次々と零れた。
「あなたはテレイアに似ています。こんなことを言うと怒られるかもしれませんが。確かに、似ている」
確か、瞳の色が同じだったはずだ。それだけではなく、容姿そのものも。そのせいで本家分家問わず「人間の癖に神の真似事か」と陰口を言われ、ついには居場所を失った。
「外見の話ではありませんよ。考え方、性格、『神威』......あちらでは呼び方が違うようですが、力の使い方についてです」
何故そんなことが分かるのか。それに、それではまるで――
「伝承の類でしょうか。私はあまり読んだことはありませんが」
そんなものがあるとは聞いたことは無いが、当主になれば分かることもあるのかもしれない。
「そうですね。時が来れば、分かると思いますよ。さぁ、夕食の時間です。帰りましょう」
私たちは並んで歩き、街灯の下をゆっくりと歩いた。
「明日からは、もう甘えは許しません」
次は期待に応えなければ。もう失敗は許されない。
「まずはフルグラル家の三男とユーノ家の長女の婚姻の儀に同席してもらいます。フルグラル家は旧国主の一角。ユーノ家はレクマリノス家の有力貴族です。あなたがどこまでやれるかが今から楽しみですね」
まさか......私に任せるわけでは......
「大丈夫ですよ。私がサポートしますから。期待しています」
期待していただけるのなら、応えるしかあるまい。私は大きな声で「はい!」と返事をしながら、駆け出した。
――次は、絶対にうまくやってみせる。
そう心に誓い、お婆様の方へ笑顔を向けた。