08『祝福』
フルグラル家三男のエルディンとユーノ家長女フィリナ。家の格を除けば極めて普通の組み合わせであった。エルディンは物静かで、本当にあのセラティスの息子なのかと疑いたくなるほどの人物である。逆にフィリナは健気で明るく、周りをよく見ているタイプだと感じた。
待合室に着くと、此方から声を掛けるよりも早くフィリナが気付いたほどだった。彼女に案内され、私とお婆様は別室で並びあって座っていた。少し経つと、フィリナとエルディンが紅茶と菓子を持って部屋に入ってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。改めまして、私はフィリナ・ユーノと申します。この度は遠方からお越しいただきありがとうございました!」
フィリナが深く頭を下げ、エルディンがそれに続いた。
「この人は、エルディン・フルグラルと申します。......ほら、ご挨拶は?」
彼女はエルディンの膝をポンと軽く叩いた。その様子を見て、母と子みたいな夫婦になりそうだなと思った。
「あ......エルディン......です。いい天気ですね」
すかさずフィリナが「お見合いじゃないんだから!」と、ツッコミを入れていた。私はクスっと笑い、すぐに咳ばらいをした。
「仲が宜しいようで、微笑ましいですね」
私は思ったことをそのまま口にした。フィリナは顔を赤らめ、エルディンは俯いている。私はなにを見せられているのだろう。
「そ、そんなことないですよ! この人なんか全然お話ししてくれないんですよ? 目を見てさえくれないのですから」
顔を固定でもすればいいのではないかと言いかけたが、なんとなくやめた。
「恥ずかしいだけだと思いますよ。その内、心を開いていくことでしょう。遅れましたが、ご婚姻おめでとうございます。お似合いだと思います」
私は軽く頭を下げ、二人を祝った。フィリナは「えへへ」と恥ずかしそうに笑い、エルディンは引き攣った笑顔を向けていた。
「お忙しい中ご対応いただきありがとうございました。この後すぐに婚姻の儀を始めます」
お婆様が頭を下げ、少し話してから席を立った。私たちは二人に見送られながら、その場を後にした。
◇◇◇
グラネイア家待合室にて、私は儀式用の装束を身に纏い、お婆様を待っていた。『婚姻の儀』自体はお婆様が主導する。私はただお行儀よく座っていればいいだけだ。
数分後、白い装束を身に纏ったお婆様が部屋に入ってきた。ひらひらと風で揺れる袖は、まるで意思を持っているかのように感じた。
「準備はできていますか?」
お婆様が椅子に腰かけてから静かに言った。私は「はい」と返した。
「では、本番は任せてもいいですね?」
こうなる予感はしていた。私は再び「はい」と短く返した。
「念のため確認ですが、承認でよろしいですね?」
私が聞くと、お婆様が「その通り」と、返事をした。
「では、参りましょうか」
私を先頭に部屋を出た。フィリナとエルディンの顔を思い浮かべながら、顔が緩んでいたことはきっとお婆様にはバレていなかっただろう。身体を上下に揺らしながら、そう確信していた。
そして、私に変化が起きていたことは、自分自身も気付いていなかった。
◇◇◇
フルグラル家の大聖堂に入ると、意外にも落ち着いた造りをしていることに驚いた。祭壇の上部の壁には彼らの信仰する『ジュノス』のステンドグラスがあり、力強さを象徴するかのような印象だった。
私が祭壇の前で踵を返すと、右前方にエルディンが早足で移動し、左側にはフィリナがゆっくりと移動した。
「これより、我が神『テレイア』の権能において両名の婚姻の儀を執り行います。この婚姻を妨げる事項は無いと判断しております」
一つ深呼吸を挟み、エルディンの方へと少しだけ身体を向けた。
「新郎、エルディン・フルグラル。フィリナ・ユーノを妻とし、生涯を捧げることを誓いますか」
エルディンが、小さく頷いた。視線をキョロキョロとあちこちに向けており、微笑ましく思った。
「新婦、フィリナ・ユーノ。エルディン・フルグラルを夫とし、生涯を共にすることを誓いますか」
フィリナが胸に手を当て「我が神に誓います」と、返事をした。彼女の瞳が少しだけ潤んでいた。口角が上がっているところを見るに、悲しんでいるわけではないようで安心した。
「アイリス・グラネイアの名の下に、この度の婚姻を承認いたします」
私が手を組み、額に近づけると、祝福を受けたように聖堂内が煌めき、まるで星空が降りてきたかのように夜空が広がった。精霊のようなものが元気よく笑いながら飛び回り、小さい稲妻を奔らせ、宙に雪の結晶がキラキラと舞った。
そして、大聖堂に響いていた精霊の笑い声が賛歌に変わり、歌声が幾重にも重なった。
美しい旋律が終わると、二体の精霊がエルディンとフィリナの目の前に移動し、指輪へと形を変えた。二人の掌に指輪が落ちると、それぞれの薬指に指輪を通した。
「精霊が両名を守り、その契りは永遠のものになるでしょう」
星空が光に包まれ、精霊の声と共に消えていった。
「神の祝福がお二人の道を明るく照らすことを願います」
目を瞑り、心からの願いと共に頭を下げた。何故かは分からないが、目頭が熱くなったような気がした。きっとフィリナのものが移ったのだろう。そうして『婚姻の儀』は滞りなく終わった。
◇◇◇
「どうでしたか」
私は帰りの馬車に乗ったと同時にお婆様に問いかけた。
「良かったですよ。稲妻が奔った瞬間は驚きましたが。フルグラルらしい演出だと感じました」
精霊の『祝福』は私たちにも見通すことができない。私たちに害することはないが、少々驚くことをすることは多々ある。
「ただ、最後の一言はアドリブですね? 悪くはないですが、肩入れしているように見える可能性があります。気を付けた方がいいでしょう」
私は「はい」と少し迷いながら言った。何故なら、今回のあの二人は、本当に愛し合っているように見えた。それを祝福しないなんておかしいと思ったから。
「あの時、私はできるだけ明るい未来を歩んでほしいと思ったんです。変でしょうか」
未来は暗く、順風満帆な人生を送れる方が珍しい世の中だ。だとしたら、あの言葉は無責任だったのかもしれない。そう思うと何ともやるせない気持ちになる。
「そんなことありませんよ。人のためを思うことは簡単に見えて誰にでもできるものではありません。見せかけだけなら別ですが」
私はどうなんだろうと考えたが、今までの人生で『人間』に何かを感じたことがあまりなかったなと気付いた。なんで今日だけこんな気持ちになったんだろう。
そんなことを考えながら外を眺めていると、満月が星空を照らしているのが目に入った。
――そうだ。私は皆を照らす月になろう。なんとなく、この瞳とも似ている気がする。
お婆様を見ると、いつものように優しく包み込んでくれているかのように微笑んだ。私は目を細め、キュッと口角を上げながら微笑みを返した。