02『神威』
朝の日差しが部屋を照らし、窓からは春の柔らかい風が書類をパタパタと揺らしていた。自室のドア付近には、報告書を持ってきた従者が踵を揃えて立っている。私は髪を耳に掛けて報告書を読み進めていると、最後の方に注釈があることに気付いた。
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一つ この度の婚姻は所謂『政略結婚』である
二つ 当人同士はこの婚姻を希望していない
三つ イェステル家は過去に裏切りの過去がある(三界連合:レクマリノス国→三柱連合:セイス国)
四つ 婚姻の承認を阻止すべく、当家へ武力行使に及ぶ可能性あり
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上の二つはよくある話だ。そこら中で政略結婚は行われている。多くの場合、家のためにと受け入れるが、今回は正面から反対しているようだ。
――理由は、お互いに好意がないから......?
そんなことで家にも私にも迷惑をかけないでほしい。当主を説得できなかった時点で、諦めるしかないと私は思う。そもそも、このような話はよく分からない。正当性があれば承認する。なければ否認する。それだけだ。現にこの報告書を読む限りでは、それを否定する根拠は見当たらない。
一番面倒なのは、四つ目だ。私を標的にするのであればいいが、他の人を巻き込むつもりならば対処しなければならない。
裏切りを許すことはできないが、婚姻には関係の無いことだ。
「婚姻の儀はイェステル家で合ってますね? 今から向かいます。先方にお伝えください」
溜息を吐きながら従者に伝えると、颯然と部屋を出て行った。
――話を、聞かないと。
◇◇◇
元々セイス王家が治めていた領地の中に、イェステル家の敷地がある。馬車を降りてから周囲を見渡すと、視界一杯に田畑が広がっていた。流石は『実りの神』の加護下にあっただけのことはある。
「アイリス様、こちらです」
先に降りていた従者がいエステル家の屋敷の前まで案内してくれた。そこには四人が立っており、私の姿を見るなり頭を下げた。岩のような筋肉を見せつけるように布面積が少ない衣服を纏っているのが、当主のドレイクだろう。五十四歳で腕っぷしには自信があるらしい。その隣で、厚化粧の女性が口元を掌で隠すように微笑んでいる。この人は夫人のレイラだ。
「顔を上げてください。あなたが当主のドレイク様ですね」
「......左様にございます。こちらが私の妻、レイラです」
彼女は無言で会釈をした。どうやら歓迎されていないようだ。
「お疲れでしょう。部屋を用意しておりますので、どうぞこちらへ」
ドレイクを先頭に、屋敷の中へと入った。
◇◇◇
案内された部屋には、三人程座れそうな長椅子が向き合って置かれており、間には背の低いテーブルが置かれていた。よくある応接間というところだろうか。「どうぞお座りください」と、ドレイクが言い、私は上座に腰を下ろした。そのすぐ隣に私の従者が立っている。
「早速ですが、お聞きしたいことがいくつかあります。よろしいでしょうか」
正面にはドレイクとレイラが座っていた。ドアの方にはイェステル家の従者が二人整然と立っている。
「勿論でございます。何なりとお尋ねください」
眉間に皺を寄せ、早く話を終わらせろと顔に書かれているようだった。
「今回の婚姻について、レイルさんとシークさんは反対しているようですね。理由をお聞かせください」
隠したつもりなのだろうが、ドレイクがため息を吐いたことを私は見逃さなかった。
「お恥ずかしい話ですよ。恋愛などに現を抜かしおって。将来、家門を背負うとはどういうことかが分かっているのかどうか......」
私もその通りだと思う。
「貴方は、どうされるおつもりですか?」
ドレイクの眉がぴくっと動いた。レイラは何も言わないものの、不満気な顔だ。
「どうもこうも、既に決めたことです。当家にとってもヒュンレイ家の娘を貰うことにメリットがございます。必要でしたらそれも話しましょうか」
話したいのなら話せば良いが、その気が無いのなら時間の無駄だからやめてほしい。
「気を悪くしないでいただきたいのですが、こんな辺鄙な地の小さな家同士の婚姻にわざわざ本家の方がお越しになるとは思いもしませんでした。そもそも、あなた様はまだ十歳では――」
私の隣に立っていた従者が、彼の話を遮るように足音を響かせながら一歩前に出た。「それ以上は、侮辱とみなす」と、一言告げてから元の位置に戻った。
「そんな、侮辱だなんてとんでもない。私どものような力の無い立場の人間が、千年の歴史があるグラネイア家様に噛みつくなんて。考えることさえも許されないでしょう」
ドレイクが大袈裟な動作で肩を上げ、身体を震わせてみせた。
「当家のことは、お構いなく。先にお伝えしておきますが、この婚姻を否認するつもりはありません。私が危惧しているのは、ただ一つ。レイルさんとシークさんがどの程度の抵抗を企てているかのみです」
「流石は次期当主候補様でございます。愚息のことは、お気になさらないでいただきたい。当家で対処可能でございます」
再び、隣の従者が「立場を慎め」と忠告した。私が溜息を吐きながら「良い」と左手を挙げると「御意」と返ってきた。
「私はここにつまらない政治をしに来たわけではありません。伝わっていないようなので分かりやすく言うと、あなた方では対処できません。だから、婚姻の儀を前にわざわざ立ち寄ったのです」
レイラが立ち上がろうとするが、ドレイクが制止した。彼女は鼻息を荒くし、爪が食い込むほど拳を握りしめている。
「し、失礼ながら発言をお許しくださいませ。アイリス様? 少々誤解なさっているように感じますわ。わたくし共は万全を期しておりますわ。レイル君もシークちゃんもとってもいい子たちですの。反抗なんて......するわけがありませんわ!」
この女性はなかなか面白い。本気でレイルとシークを信じきっているようだ。
「貴女の憶測など意味を成しません。これは、決まっていることです。彼らは武力行使に出るでしょう。それをあなた方は対処可能と仰っている。どのように対処なさるのですか?」
ドレイクが「よくぞ聞いてくださいました」と、前置きしてから言葉を続けた。
「アイリス様。我々を甘く見積もりすぎではないでしょうか。これでも先の大戦では戦勝国側の家門でございます。付け加えますと、当代当主である私は腕っぷしで成り上がった身です。愚息とその嫁の未熟な『神威』くらい片手で抑えてみせましょう。それとも、ご高名なあなた様が『神威』を披露してくださるのでしょうか。そのようなことがあれば......はっはっは。近所に自慢できますな」
私は従者に「ドアの前に立っていてください」と命じた。
「そうですか。では、ご自慢されるがいいでしょう」
――――分を弁えよ――――
私が『神威』に乗せて言葉を放つと、目の前に座る男女の顔から血の気が引き、徐々に青ざめていった。やがて二人は泡を吹き、胸を押さえながらその場にバタンと崩れ落ちた。二人は失禁し、ぴくぴくと痙攣している。
「この程度の『神威』でその様ですか......申し訳ありませんが後始末をお願いできますか?」
ドアの前に立っていたイェステル家の従者に話しかけたが、足をガタガタ震わせその場から動けないようだった。
「では、私はこれで失礼します。婚姻の儀は予定通りの時刻に行います。それまでには起こしておいてください」
私は従者を連れ、部屋を後にした。面倒だが、直接会いに行くしかなさそうだ。