ホーム神煌のアイリス01.『起点』
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01.『起点』

 『運命』は決まっている。掌のリンゴが、地を目指して静かに落ちていくように。そして、この国の運命も同じだ。このままだと内乱は激しさを増し、国は混沌とした時代を迎える。......お婆様は何故中立を宣言したのか。それは、我らの神が判断したことなのか。しかし、今の私には知る術がない。

 ◇◇◇

 人々が祈りを捧げる大聖堂で、私とお婆様は一番後ろの席に腰かけて座っていた。後ろには二人の護衛が毅然として立っている。

「私は近いうちに退きます。その時が来れば、あなたが当主になってくれたら嬉しいわ」

 グラネイア家の現当主であり、祖母でもあるエリスティアが静かに言った。私は天を突くように鋭い天井を見上げ、少しずつ視線を下げていった。正面上部には、グラネイア家が信仰する神である『テレイア』を模したステンドグラスが神々しく輝いている。

「お婆様。あまり勝手なことは仰らない方がよろしいかと」

 周りを見渡すと、チラチラとこの地に住む人たちがこちらの様子を窺っていた。しかし、それが分からないお婆様ではないだろう。

「アイリス。少し外を歩きましょうか」

 私はお婆様の手を取り、腰を支えた。お婆様は「よしなさい」と言ったが、構わず続けた。
 重厚なドアを開けて大聖堂を出た。心地の良い西風が吹き、私の髪をふわりと揺らした。空には雲一つなく、一年中咲いているユリの甘い香りが漂ってくる。

「雨が降りますね。皆に知らせてあげないと」

 雨など降るはずがないと思ったが、この人が言うのなら必ず雨が降る。すぐに、お婆様の声が頭の中に響いた。今頃は、皆のところにも届いていることだろう。

「お婆様、あまり無理をなさらないでください。大規模な『神威』はお身体に障ります」

 お婆様が私の頭を撫で、「ありがとうね」と呟いた。この瞳のせいで、私の頭を撫でるのはお婆様のみであった。

「雨が降り始めるまで少し時間があります。アイリス、これからのお話をしましょう」

 護衛の者を下がらせ、お婆様がゆっくりと、優しい声で語り始めた。

「これからの起こることをしっかりと目に焼き付けておくことです。そして、自分ならどうするかを考えてみてください」

 私は「わかりました」と返事をした。

「運命は決まっています。しかし、分岐します。我らの神も全てを見通しているわけではありません。あなたには後悔しない選択をしてほしいものです。そして――」

 お婆様が私の前にしゃがみ、肩をそっと掴んだ。

「一度立てた誓いは最後までやり遂げなさい。決断は早く、選択は慎重に。分かりますね?」
「......善処します」

 私には疑問があると、すぐさま答えを出そうとする癖がある。きっとそのことを指しているのだろう。

「あなたはとても真面目で迷いもなく、いい子だけれど、それがあなたを追い込まないかが心配だわ」

 お婆様が「よっこらせ」と言いながら立ち上がり、ゆっくりと歩を進めた。私は勢いよく立ち上がり、早足で追いかけた。

 ◇◇◇

 整備が行き届いた広大な土地の中央には巨大なオークの木が佇んでいる。私が生まれるよりずっと前からあるらしいが、詳しいことは分からない。何故なら、まるで幹が生きているように感じて、あまり好きになれないからだ。

「このオークの木は、我が一族の始まりと同時期に植えられたようです。考え事をしていると、自然と足がここを目指しているんです」
「私はこの木が少し不気味に見えます。ですが、お婆様が好きなのであれば、私もそうなりたいです」

 お婆様が巨木の前に座ったため、私も背後を警戒しながら座り込んだ。そして、視界一杯に広がるグラネイア領地を眺めた。

「あなたの次の仕事が終わったらしばらく私に付いてもらいます。この時代を間近で経験することは、必ずあなたの糧になります。いつか当主を目指すことがあれば、大きな資産にもなります」

 当主になったら『テレイア』と『聖約』を結ぶことになる。詳しくはわからないが、私たちの『神の加護』による『神威』とは違うものらしい。

「お婆様、一つお聞きしても宜しいでしょうか」

 お婆様が「どうぞ」と、言った。

「私は、家族に捨てられたも同然です。そんな私が当主になれるのでしょうか。なりたいと......願ってもいいのでしょうか」
「願うのなら、私ができることは全てやりましょう。......娘には悪いですが。なりたいのですか?」

 まだ十歳の私に向けた言葉だとは思えなかった。それに、私を嫌うのは家族だけではない。

「私は......まだ、わかりません。この家のことや国のことを見極めなければ。知らないことが多すぎます」

 少し落ち込んでいると、膝を抱えていた腕に水滴が一粒落ちた。ぽつぽつと雨粒が落ち始め、その勢いが少しずつ増していく。

「あらまぁ。雨が降ってきましたね。そろそろ、行きましょうか」

 お婆様が立ち上がると、今まで落ちていた水滴が途切れた。見上げると、頭上には透明なガラスのような膜が、雨を防いでいた。

「お婆様、私がやります。先ほども言いましたが、ご無理されないでください」

 私も膜を出現させたが、お婆様のものに比べたらひどく無様なものに見えた。

「ふふっ。まだまだ私の方が上手ね」

 ふてくされながら「そうですね」と言い、私たちは帰路に就いた。

◇◇◇

 翌朝、私は仕事の準備をしていた。簡単な仕事だ。イェステル家の長男とヒュンレイ家の長女の婚姻を承認か否認の判断をするだけ。領地からは離れるが、特に難しいこともない。既に二年の経験もあるし、今まで困ったこともなかった。
 
 この時は気付いていなかった。既に『運命』が動きかけていることに。
あとがきパーシバル田中
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神煌のアイリス作者:パーシバル田中
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01.『起点』

 『運命』は決まっている。掌のリンゴが、地を目指して静かに落ちていくように。そして、この国の運命も同じだ。このままだと内乱は激しさを増し、国は混沌とした時代を迎える。......お婆様は何故中立を宣言したのか。それは、我らの神が判断したことなのか。しかし、今の私には知る術がない。

 ◇◇◇

 人々が祈りを捧げる大聖堂で、私とお婆様は一番後ろの席に腰かけて座っていた。後ろには二人の護衛が毅然として立っている。

「私は近いうちに退きます。その時が来れば、あなたが当主になってくれたら嬉しいわ」

 グラネイア家の現当主であり、祖母でもあるエリスティアが静かに言った。私は天を突くように鋭い天井を見上げ、少しずつ視線を下げていった。正面上部には、グラネイア家が信仰する神である『テレイア』を模したステンドグラスが神々しく輝いている。

「お婆様。あまり勝手なことは仰らない方がよろしいかと」

 周りを見渡すと、チラチラとこの地に住む人たちがこちらの様子を窺っていた。しかし、それが分からないお婆様ではないだろう。

「アイリス。少し外を歩きましょうか」

 私はお婆様の手を取り、腰を支えた。お婆様は「よしなさい」と言ったが、構わず続けた。
 重厚なドアを開けて大聖堂を出た。心地の良い西風が吹き、私の髪をふわりと揺らした。空には雲一つなく、一年中咲いているユリの甘い香りが漂ってくる。

「雨が降りますね。皆に知らせてあげないと」

 雨など降るはずがないと思ったが、この人が言うのなら必ず雨が降る。すぐに、お婆様の声が頭の中に響いた。今頃は、皆のところにも届いていることだろう。

「お婆様、あまり無理をなさらないでください。大規模な『神威』はお身体に障ります」

 お婆様が私の頭を撫で、「ありがとうね」と呟いた。この瞳のせいで、私の頭を撫でるのはお婆様のみであった。

「雨が降り始めるまで少し時間があります。アイリス、これからのお話をしましょう」

 護衛の者を下がらせ、お婆様がゆっくりと、優しい声で語り始めた。

「これからの起こることをしっかりと目に焼き付けておくことです。そして、自分ならどうするかを考えてみてください」

 私は「わかりました」と返事をした。

「運命は決まっています。しかし、分岐します。我らの神も全てを見通しているわけではありません。あなたには後悔しない選択をしてほしいものです。そして――」

 お婆様が私の前にしゃがみ、肩をそっと掴んだ。

「一度立てた誓いは最後までやり遂げなさい。決断は早く、選択は慎重に。分かりますね?」
「......善処します」

 私には疑問があると、すぐさま答えを出そうとする癖がある。きっとそのことを指しているのだろう。

「あなたはとても真面目で迷いもなく、いい子だけれど、それがあなたを追い込まないかが心配だわ」

 お婆様が「よっこらせ」と言いながら立ち上がり、ゆっくりと歩を進めた。私は勢いよく立ち上がり、早足で追いかけた。

 ◇◇◇

 整備が行き届いた広大な土地の中央には巨大なオークの木が佇んでいる。私が生まれるよりずっと前からあるらしいが、詳しいことは分からない。何故なら、まるで幹が生きているように感じて、あまり好きになれないからだ。

「このオークの木は、我が一族の始まりと同時期に植えられたようです。考え事をしていると、自然と足がここを目指しているんです」
「私はこの木が少し不気味に見えます。ですが、お婆様が好きなのであれば、私もそうなりたいです」

 お婆様が巨木の前に座ったため、私も背後を警戒しながら座り込んだ。そして、視界一杯に広がるグラネイア領地を眺めた。

「あなたの次の仕事が終わったらしばらく私に付いてもらいます。この時代を間近で経験することは、必ずあなたの糧になります。いつか当主を目指すことがあれば、大きな資産にもなります」

 当主になったら『テレイア』と『聖約』を結ぶことになる。詳しくはわからないが、私たちの『神の加護』による『神威』とは違うものらしい。

「お婆様、一つお聞きしても宜しいでしょうか」

 お婆様が「どうぞ」と、言った。

「私は、家族に捨てられたも同然です。そんな私が当主になれるのでしょうか。なりたいと......願ってもいいのでしょうか」
「願うのなら、私ができることは全てやりましょう。......娘には悪いですが。なりたいのですか?」

 まだ十歳の私に向けた言葉だとは思えなかった。それに、私を嫌うのは家族だけではない。

「私は......まだ、わかりません。この家のことや国のことを見極めなければ。知らないことが多すぎます」

 少し落ち込んでいると、膝を抱えていた腕に水滴が一粒落ちた。ぽつぽつと雨粒が落ち始め、その勢いが少しずつ増していく。

「あらまぁ。雨が降ってきましたね。そろそろ、行きましょうか」

 お婆様が立ち上がると、今まで落ちていた水滴が途切れた。見上げると、頭上には透明なガラスのような膜が、雨を防いでいた。

「お婆様、私がやります。先ほども言いましたが、ご無理されないでください」

 私も膜を出現させたが、お婆様のものに比べたらひどく無様なものに見えた。

「ふふっ。まだまだ私の方が上手ね」

 ふてくされながら「そうですね」と言い、私たちは帰路に就いた。

◇◇◇

 翌朝、私は仕事の準備をしていた。簡単な仕事だ。イェステル家の長男とヒュンレイ家の長女の婚姻を承認か否認の判断をするだけ。領地からは離れるが、特に難しいこともない。既に二年の経験もあるし、今まで困ったこともなかった。
 
 この時は気付いていなかった。既に『運命』が動きかけていることに。
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