11『再戦』
私にはどうして先に進めているのかが分からなかった。レオネスは以前こう言っていた『何事にも意味があるものだ』と。だとしたら、これにも意味があるのだろうか。そんなものがあるとは思えないが......
状況を整理すると、セラティスがエプロンをしながら鍋を豪快に振っている。これは確実に食事の準備をしている。つまり、コック役で間違いないだろう。そして、その様子をまじまじと見つめるレオネスがいる。膝には赤ん坊や動物などの人形が十個並んでいる。あやしている感じはないし、話し掛けてもいない。
――これが、私の知らない領域のままごとか。
楽しいままごとは、諦めよう。私はこのままごとを制してみせる。そして、教えてやるんだ。『ままごとを舐めているんですか?』って。
「ご機嫌よう。皆さんで見学ですか?」
さあ、どう返してくるんだ。あなたの覚悟をお聞かせください。
「む。うまそうな匂いにつられてな」
なるほど。あくまでも役を演じるおつもりですね。ならば――
「その子たちも膝の上では良く見えないのではないですか? 例えば、そう。その逞しい腕に乗せてあげるといいのでは? そして、コックから一口味見をさせていただくのです。大きな口を開けて――」
私が渾身の落ちを披露しようとした瞬間、レオネスが被せてきた。
「あーむと......だな?」
ヒントを与えすぎたか。それに無理矢理話を持って行き過ぎた。これでは言ってくれと頼んでいるようなものではないか。
「アイリス。筋書き通りには行かぬものよ。欲を出せば何も得られぬ」
そんなもの、私に通用するとでも思っていのか。
「濡れ手で粟......とはいかないと。とはいえ、背に腹は代えられませぬ」
私はたまらず声を出して笑った。すると、レオネスも「ふっ」と鼻を鳴らして笑った。それにしても、彼が『しりとり』を知っているとは思わなかった。
「ぬか喜びさせてしまったようだな。何とも――」
レオネスの言葉の途中で、セラティスが膝を擦りながら私たちの間に入った。
「おいおい! 邪魔だぞ! ここをどこだと思ってんだ。キッチンは......戦場だぜー?」
小さなテーブルに皿を乗せ、野菜を模した玩具を盛り始めた。妙に盛り付けが上手いような気がした。もしや、この男は料理が本当に得意......いや、そんなことはないだろう。
「残したら......わかってんだろうーなぁ?」
この男も私を侮っているようだ。
「バチが、当たりますね」
セラティスの背中をポンと叩いた。察するに、彼の『神威』による太鼓と『残したらバチが当たる』を掛けていることに気付くかどうかを試しているのだろう。
「わかってんじゃねーか! なら早く食っちまってくれ」
玩具の料理をお行儀よく食べていると、ふと疑問が頭の中に浮かんだ。
――私は......いい年をした大男二人と、何をしているのだろうか。
◇◇◇
それから数時間、様々なことをした。彼らが持ってきた袋には実に多くの玩具があった。キッチンから始まり、騎士を模した木で作られた人形やチェスなど。セラティスがボールを蹴る度に破裂させ続けたことには、腹を抱えて笑った。
「アイリスよ。なかなか有意義な時間だった」
今は、レオネスが私を寝かしつけている時間だ。セラティスは忙しなく片づけを行っている。彼は今、使用人になりきっている。
「はい。初めてのままごとをしかと心に刻み込みました」
レオネスがすかさず「違うな」と言った。これは彼の口癖なのだろう。チェスの時なんか百回は言っていた。
「赤子はそんなことを言わぬ。本質を――」
私は彼の口を手で覆った。それも騎士の人形を戦場に見立てて遊んだときに百回聞いた。初めはむっとしたが、もう慣れた。
「アイリスは、にこにこしたいです!」
声をできるだけ高く出し、甘えた様子でお願いした。顎を引き、頑張って瞳をうるうるとさせてみた。......なるほど。これはとっても恥ずかしい。もう絶対にやらない。そう心に誓った。
「うむ。良く言った。では我が一族秘伝の戦法を授けよう」
私はできるだけ大きくため息を吐いた。「ふんっ!」と言いながら、レオネスに背を向けると、目の前にはセラティスがいた。......なぜお前が横になっているのだ。
「今、お前って言おうとしただろ! 覚悟は、できてねーとは言わせねーぞ?」
まだ時間はたっぷりある。私の覚悟を見せてあげるとしよう。
「無論です。貴方が頭を垂れる姿を見られると思うと、顔が自然と綻んでしまいます」
私とセラティスはレオネスを置いて演習場へと向かった。
◇◇◇
――きっとできる。私なら。
――いや、違う。私なら絶対に追いつける。答えは分かっているのだから。
太陽が隠れ、辺りが薄暗くなった。セラティスの周りに稲妻がいくつも落ちた。早く開戦の合図をしろ。そう言っているようだった。
「貴方は必ず私の前で頭を垂れることでしょう」
私が宣言すると、セラティスは大げさに笑った。
「いいじゃねーか! ぜひそうしてくれ。できるもんならな!」
軽口を言っていられるのも今のうちだ。最後に立っているのは私だ。
「始めましょう。楽しいリベンジマッチを」
そう言うと、真上から数本の稲妻が落ちてきた。私はそれを見向きもせず半円の膜で逸らした。
「遊んでいる場合ですか?」
私はセラティスに向かって腕を伸ばし、『神威』を放った。
――――身の程を知れ――――
大気がじりじりと悲鳴を上げ、大地が揺れた。セラティスは胸に手を当て、何かを確認しているような仕草をしている。
「おいおい! なんも変わってねーぞ。どうなってんだ!」
セラティスが大声を上げると、紫の稲妻が彼を中心にして放たれた。そのうちの一本が私に向かって奔っている。
――――飛散せよ――――
ギリギリのところで『死の雷』は消滅した。バチ......バチ......と不気味な音を鳴らしながら、セラティスが一歩前に出た。
「お前......本気で俺に勝てるとでも思ってんのか?」
私は一歩後退った。そして、ポタっと汗が落ちた。
「エリスティアのへなちょこな『神威』が効いてるように見えたもんな? 真似すればいいと勘違いしちまってる」
更に近づいてくる。絶対的な力を纏いながら。
「本心ではわかってんだろ? お前は賢いからな」
足を震わせながら後退ると、背中に石壁が当たる感触が伝わった。
「自己暗示しているようだが......お前は、弱い」
壁に背を預けながら、私は地に座り込んだ。
「調子に、乗るなよ?」
彼は腰を折り、私の目の前に顔を近づけた。今までの笑顔は消え、真剣な表情をしている。
「い、良いのですか......そんなに近づいて......」
私は彼の胸に手を当て、精一杯願った。
――――地に伏せよ――――
彼の膝がガタガタと揺れ、片膝を付いた。すると、突然視界が真っ暗になったかと思うと、私の身体が宙に浮いていた。その勢いのまま投げ飛ばされ、地に叩きつけられた。何とか立ち上がり、先ほどの場所を見たが、すでに彼の姿はなかった。
そして、雷鳴と共に彼が私の目の前に現れ、また投げ飛ばされた。
――相性が悪すぎる......
何度かそれを繰り返され、足に力が入らなくなってきた。膜を張ってもすり抜けられたし、空間を固定しようにもどこにいるのかさえ分からない。
――――誓約を課します。この戦闘では、『神威』を......
いや、だめだ。『自己誓約』無しで戦うと決めたではないか。次の手を考えなければ......
――少々荒業だけど、これしかないか......
次の雷鳴の後、私は全方位の空間を固めた。周囲を見渡すと、稲妻の中にセラティスがいた。
――やっと捕らえた。
――――我が御前で『神威』を禁ずる――――
稲妻が消え、空が晴れた。私は捕らえたセラティスを空間ごと投げ飛ばした。これで、あの鬱陶しい投げ攻撃はできないはずだ。
「面白くなってきたじゃねーか! 『神』が黙っちまったぜ!」
セラティスが、ゆっくりと目を閉じた。すかさず私が腕を伸ばし、セラティスの周囲の空間を捻ろうと思ったその時、太鼓が彼の背中の後ろに現れた。
「おいおい! わりーな! できちまった!」
そういうと、目にも止まらぬ速さで私の目の前に現れた。距離を取ろうとしたが、足が絡まって崩れ落ちた。
「万策尽きちまったか? よえーくせに小細工なんてすんなよ。結局お前は何にも分かっちゃいねーんだ。分かった気になってるだけの、おこちゃまだ」
「今、なんて言いましたか? 私が、なんだって? よく聞き取れなかったのですが」
私はゆっくりと立ち上がり、服に着いた砂を払った。
「おぉ! まだやれんのか。お子様に格上げだ!」
誓ったはずだったことを思い出した。私は頭を垂らさせないといけないんだった。
「残念ながら、楽しむ暇はないと思います」
セラティスが太鼓を叩き、大きな稲妻を奔らせたが、私はそれを『飛散』させた。更に二度太鼓を叩いた音がした。頭上と前方から稲妻が奔り、すかさず『収束』させた。土埃が舞い、彼の姿が見えなくなった。その瞬間、細い稲妻が飛んできたような気がした。私は直感に従い、腕を前に出し『神威』を放った。
――――頭を垂れよ――――
目の前には片膝を付いたセラティスがいた。バチバチと雷を鳴らしながら、必死に抵抗をしている。私は彼に空間を押し付け、強制的に頭を下げさせた。......今なら何でも来そうだ......
届かないと思っていた男が私に頭を下げている。こんなに至福なひと時はあるだろうか。いや、ない。
「なかなかやるじゃねーか。見直したぜ」
突然背後から声が聞こえた。後ろを振り向こうとした瞬間、私の意識が途切れた。
◇◇◇
意識が戻ると、後頭部に固い感触があった。いつもの枕と比べて高すぎるような気がする。
目を開けると、そこにはレオネスの顎があった。どういう状況なんだと困惑したが、意識がはっきりしてくるにつれて、理解した。
――また負けたのか。
はっきり見えていた顎が、次第に歪んでいく。やがて目尻から何かが流れた。
「負けることは、悔しかろう」
私は小さく頷いた。
「我もだ」
きっと『統一戦争』の結果のことを言っているのだろう。
「レオネス様のものに比べると、私の敗北など比べ物になりません」
しかし、彼は「同じだ」と返事をした。そんなわけがない。彼らは、国を失ったのだから。
「慰めてくれているのですか?」
レオネスは、鼻を少しならしながら「そうだな」と言った。私は「ありがとうございます」と言い、セラティスはどこに行ったのかを尋ねた。
「既に帰った」
最後のあれは何だったのか聞きたかったが、また今度にすることにした。私はレオネスの膝の上で声を上げて泣き、あることを決意した。