剣の乙女13 剣の歌
「......あいかわらず唐突な男ね」
カーラインは呆れて言うと、目をほそめて男をみた。
「それって決闘を申しこんでいるわけ?」
オスヴォルトはにやりと笑う。
「剣でどうだ?」
彼女も微笑した。剣の柄に手をそえて。
「カーライン様」
受けてたつ空気をみてとったお目付役であるグスタフが沈着な態度でいさめる。喧嘩が三度の飯と同じくらい好きな従者のマルティンの目は期待で輝いている。
「グスタフは心配性ね。いくさの前に私闘で怪我をする、そんな愚かなことわたしがするわけないでしょう」
その言葉にグスタフは眉間にしわを寄せて、ため息をつく。
くちびるは微笑みをたたえ、瞳は炎が躍るよう。思いっきり言葉を裏切って、やる気満々だ。
「そうだ、これは私闘じゃない」
応えてオスヴォルトは、その鍛えられた長身で流れるように手を前にし、一礼する。貴婦人を舞踏に誘うように。更けゆく夜の瞳が射抜くように彼女をとらえる。
「お嬢さん、踊っていただけるかな。俺と剣の輪舞を」
カーラインは蕾がほころぶように笑んだ。男にむけて爪のように鋭くのびた細身の剣をぬく。優雅に半円をえがいて。
「音楽はないけれど。さあ、舞踏をはじめましょう」
野次馬が輪になってかこむ中心に、一組の男と女。がさつな野次が、どちらが勝つか賭ける声が、死骸にたかる蝿のように飛びかっている。
その雑音を心から閉めだし、静かなる水面のごとき心でカーラインは剣をかまえ、男を見据えた。目だけでなく全身で男の存在を感じようと、剣が体の一部になっていくほど研ぎ澄ましていく。
剣をだらりとかまえる男は、風雪に削られた岩のように、泰然と、自然にとけこんでいる。なのに猛獣を前にしたようだ。殺気など感じられないというのに。汗がにじんでいく。どこから打ちかかっても跳ね返されるだけだと感じる。
そんな彼女にむかって、オスヴォルトは太い笑みをうかべた。
「俺が勝ったら、その唇をいただこう」
まったくこの男は! 腹が立つより呆れてしまう。
「こういうのは、賭けないと面白くないだろ」
ぬけぬけと言った男に。
「賭けるものによるわね。――わたしが勝ったら、あなたは何を差しだしてくれるのかしら?」
と意地悪く問えば、困ったように眉をしかめて考えこみ、申しでてきた。
「俺の唇を奪ってもかわまんぞ」
「――くだらない冗談を言うその口を引き裂いてあげるわ!」
カーラインは跳躍し、一気に距離を縮めて打ちかかった。スピードにのせて襲いかかった剣は、難なくうけとめられる。下から弧をえがいて跳ね上がってくる剣を受け、バックステップでながす。
瞬時に垂直に振りおろされた剣は、さらに左右からおそいかかり、かと思うと一直線に突いてくる。
変幻自在の、速く、重い剣を防ぐだけで精一杯だ。男とくらべて体格、体力ともに劣っている。長期戦になれば、勝ち目はない。この男に勝負にならないと思われるなんて我慢できない。簡単に負けたりするものか。奥歯をかみしめ、反撃にでる。その一撃を受けとめて、男はうれしそうに笑った。
互いに、高く、低く、左に、右に、斜めに、振り上げ、下ろし、なぎはらい、たたきつけ、突く。その楕円をえがく一振りは花びらのごとく。散る火片。鉄の刃がかわす歌が鳴りひびく。
血を熱くたぎらせる剣戟の音にあわせて、円をえがいて、舞う。
剣を振るいながら前後に左右にステップをふんで、軍衣をひるがえし、踊る。
その輪舞をかなでる音楽は二人のかわす剣の歌のみ。世界にたった二人しかいないように、互いだけを目に映して。はじまりもおわりもない円は永遠につづく。
だが、カーラインの息があがってきていた。馬鹿力の剣をうけつづけた腕がしびれている。柄をにぎる手が汗ですべりそうになるのをこらえ、憎らしいほど余裕をくずさない男を激しく見た。
したたり落ちる汗が目にしみる。たまらず閉じた、その一瞬を相手が見逃すはずもなく、手の甲を打たれ、剣がすべり落ちていく。
負けた。
大股に近づいてくる男を、くちびるをかみしめ見上げる。
おのれの大剣を地面につきさすと、柄に手をおいて彼女を直視する。
「あんた、強いな」
「わたしを負かした男に言われたくないわね」
「勝ち気な女は好きだ」
にらみつけると片笑みをうかべて言う。いやそうに眉をしかめたカーラインを面白そうに見やり、口調をかえた。
「アルベルトのやつと同じ太刀筋だな。彼から習ったのか?」
この男の口から彼の名前が出たことに動揺してしまった自分に彼女は舌打ちしたくなる。
「......いいえ。アルベルトと一緒に守備隊長のグスタフから習ったのよ。彼は剣の師匠をすぐに追い越してしまったわ。彼は天才だった。あなたと互角以上に戦えるのはアルベルトだけだわ」
「その通りだ。剣の歌を楽しめる男はあいつだけだった。なのに先に逝っちまった。もう俺を熱くさせるやつはいないと思っていた。まさかアルベルトとかわした剣の歌を楽しめる女がいるなんてな」
心底うれしそうに男は破顔した。
そして、彼女の目をのぞきこむ。くせのある黒髪が精悍な頬にかかっている。濃紺の瞳にうつる彼女の姿は、おびえてはいないか?
硬く厚みのある親指が、触れるか触れないかのきわどい距離をおいて、口唇をなぞっていく。
「唇をいただくって俺は言ったな」
この男の低くかすれた声に背筋がゾクリとふるえる。
だが、唇から男の手が離れていく。たまらず息をはきだす。剣で打たれて赤くなった手が強引に引きよせられた。燃えるような瞳で見つめたまま、男の唇が落ちていき、押しあてられる。この男が彼女にあたえた痛みを焼きつかせるように。その熱で。挑発的に彼女をとらえる瞳に。熱におかされたようにふるえる彼女が映っている。
カーラインは、立ち去っていく男の背中を涙がにじんだ目でにらんでいた。
あの男の唇の感触がのこる火照る手をにぎりしめて。駆けよってくるグスタフとマルティンの声さえ、届かない。
「あの男、絶対に許さない」
うわごとのように何度もつぶやく。彼女のかたく閉ざしていた扉をこじあけようとする男。手に落とした口づけひとつで。体の芯から熱がうまれる。心臓を斬りつけられたように痛む。その痛みがどこか甘いのは何故なのか。絶対に絶対に。
「許すものか」
何に対して許さないのか。彼女は、その問いに答えることができない。