竜の血脈02 牝獅子
すさんだ空気を放つ男たちは、全部で十人。戦争があるときは傭兵に、ないときは盗賊稼業で食いつないでいるたぐいだ。
長いあいだ風呂に入っていないに違いない垢染みた顔を下品に歪めて、ゆっくりと近づいてくる。こういうやからが獲物を追い詰めたときのお約束。ここで甲高い悲鳴でもあげて怯えてみせれば姫らしいのだろう。と、カーラインは思ったが、思っただけで悲鳴をあげたりはしない。この状況を冴えた目で観察するのみ。
包囲を狭めてくる男たちの手には剣があった。だが殺すのが目的なら、とっくに剣で斬りつけているはずだ。おそらく身代金目当ての人攫い。さっさと暴力に物を言わせて連れ去ろうとしないあたり、「傷つけるな」とでも命令を受けているのか。
そこまでを一瞥で見て取ると、次はこの場を切り抜ける算段をはじめる。自分とマルティンだけで十人の男たちを相手にするのは無理だ。まして男装をやめてから剣を帯びてはいない。懐に忍ばせてある短剣で倒せるのは一人が限度。逃げようにもすでに退路は断たれている。
さあ、どうする?
背後から襲われないよう墓石を背にしてカーラインは待ちかまえた。
ならず者の男たちのなかでもひときわ立派な悪党面の男が、主人を守ろうと身構える少年を無視して嘲笑うように礼をしてみせた。
「お目にかかれて光栄です。サイン伯の女領主殿」
「おい、そこのむさ苦しいオッサン。領主様に拝謁したいなら、風呂に入ってから出直してきな」
カーラインは、威勢よく挑発しているマルティンの肩に手をおくと、一歩前にでた。
「剣をぬいての挨拶とは礼儀知らずだこと。おまえたちの主人は猟犬のしつけがなってないのね」
と、優雅に微笑んでみせる。
気位が高い貴族の騎士であれば挑発にのって馬脚をあらわすのだろうが、世知辛い戦場を渡り歩く傭兵たちはにやにやと笑うだけだった。
「礼儀ってやつは食えないですからな、俺たち傭兵には無縁なんですよ。こういう物騒な挨拶の方が俺たちの本気をわかってくれるかなぁーと思いましてね」
首領格の男は、無精髭を撫でながら揶揄すると、本題を切り出してきた。
「うちのご主人様は、じゃじゃ馬姫にご執心なんですがね、乗りこなそうにも会ってもくれないと嘆いておいでで」
そこで下卑た笑い声をたてる。こんな独創性に欠ける下品なだけの冗談に仲良くそろって笑える男たちをカーラインは冷え切った目で眺めた。
やはり狙いはそれか。甘いものにたかる蟻のように独身の女領主にむらがる求婚者のひとりが実力行使に出たわけだ。
「あら、どなたかしら? 心当たりがありすぎて一人に絞れないのだけど」
「おやおや、噂通りのつれないおひとだ。主人が聞いたら、どんなに嘆くことやら。――これを見たら思い出してもらえますかね」
そう言って懐から取りだしたのは、獰猛な犬そっくりな顔に似合わない一輪の薔薇。
「これと一緒に言付かってきた愛の詩があるんですがね、やたらと長いうえにむず痒くなる代物なんで、俺の口からはとてもじゃないが言えませんや」
「つーか、覚えられないだけだろ」
と、マルティンがぼそっとつぶやいた。それに心のなかで同意しつつ、カーラインは考えこむ。彼女に求婚する男たちは決まって薔薇を贈ってくる。心当たりが多すぎて一人にしぼれない。
「オレが思いますに、こんな強硬手段に訴えるってことは、しょぼい荘園を譲ってもらえるのがせいぜいの領主の次男坊あたりじゃないですか」
たしかに、次男以下が領地を手に入れるためには領地付きの娘と結婚するしかない。薔薇を贈ってきた求婚者の中で領地を持たない騎士の顔を思い出そうとして眉をひそめた。彼女のなかでは関心のない男の顔はみなまとめて案山子なのだった。
「さーて。寒い中、立ち話するのもこれで打ち止めにしましょうや。お姫さん、うちの主人の招待を受けてくださいますよねぇ」
「お断りよ。と言って、それで引き下がってくれるのかしら」
無頼な男は剣を彼女に向けてかかげてみせ、ニヤリと笑った。
「そいつは無理ですな。できれば手荒なことはしたくないんで、大人しくついてきてくださると嬉しいんですがね」
カーラインはちらりと従者に視線をやると、軽くうなずき返してきた。聡い子だ。彼女が意図することを察して行動してくれるだろう。
「いいでしょう。ただし条件があるわ。おまえたちの目的はわたしだけのはず。従者を無事に帰らせることを誓いなさい」
首謀者を探り当てるための情報は手に入れた。このまま連れ去られたとしても、マルティンが無事に城に帰ることができれば、衛兵隊長のグスタフがすぐに手を打ってくれる。
首領格の男はわざとらしい笑顔で言った。
「うちの主人が招待したいのはお姫さん限定なんで、従者はもとから招待客にはいっておりませんよ」
「その言葉を信じることにします。だが、誓いが破られた時、わたしがか弱い女ではないということをおまえたちは身をもって知るでしょう」
カーラインは心配そうなマルティンに微笑みかけると、汗で湿った手を握りしめ凛と背を伸ばし歩きだした。
差しだした手を無視された男は唇の端をゆがめたが、何も言わなかった。仲間の一人に意味ありげな視線をおくるとマルティンの方を顎で指し示す。
通りざまに視界をかすめたその不審な態度に胸騒ぎを覚え、カーラインは振り返った。
弟のように大切に想っている少年に襲いかかる白刃の閃き。攻撃されることを予想していたのだろう、彼は最初の一打をふせいだ。だが、もう一人の剣が無防備になった彼の腹を切りさいた。それは彼女が短剣を抜いて駆けつける真際、目の前で、少年の細い体が倒れていく。
彼女は膝をおとして、苦しげに荒く息を吐いている少年の青ざめた顔を撫でる。ああ、死んではいない。だが、命を落とすかもしれないほどの深手を負ったことが彼女にはわかっていた。雪のうえに飛びちった深紅の染みがどんどん広がっていく。視界が赤く染まっていく。頭が殴られたように痛む。耳が割れるほど近くで風が泣き叫んでいる。それはおのれの口からほとばしっている叫びだった。
許さない!
すべてを焼きつくす憤怒の炎と化して、マルティンの剣を手に取ると誓いを破った男に向けた。
「――おまえ達のような下種野郎を信じたわたしが馬鹿だった」
無傷で捕らえなくてはならない獲物である自分と違って、マルティンの命は簡単に奪われることを知っていたからこそ、自分の身と引き替えに取り引きをした。だが、そんな彼女を嘲笑うようにこの下劣な奴らは裏切った。
「そんなに怒ると別嬪が台無しだぜ。手加減したから運が良ければ無事に城に帰れるよ。こいつの息がある限り、誓いが破れたわけじゃない、だろ? お姫さん、悪いことは言わない、そんな物騒なもんは捨てちまいな」
彼女は笑った。
「言ったはずだ。わたしがか弱い女ではないということを身をもって知るがいい」
雷光のごとく剣が閃き、血がほとばしった。非力な女が剣で刃向かおうとしているのを面白がっていた顔が歪んでいく。驚愕から断末魔の叫びへと。剣は殺戮の歌を高らかに歌い、舞う。稲妻が夜空に走るがごとく、薙ぎ払い、突きさし、斬りつける。肉を断つ感触。吹き出す血。地面にぼとりと落ちる腕。容赦なく命を奪っていく。彼女はもう怯まない。あの残虐に命を屠っていった戦場が戻ってくる。身を焼く怒りが彼女を冷酷な戦士へと変えてしまった。
無慈悲に剣を振るう返り血で染まった彼女は、子どもを殺され怒り狂う牝獅子。血なまぐさい嵐だった。
「くそ! なんて女だ。無傷で捕らえるなんて無理だ」
「こうなったら傷つけても構わねぇからやっちまうんだ!」
わめく声が遠くから聞こえる。荒れ狂っていた体が限界を訴えていた。疲労が重くのしかかり、息が切れて、足がふらつく。そこを狙われた。
うなじを強打され、彼女の意識は深淵へと堕ちていった。