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眠りの城04 盤上の主vs駒 前編

「魔法でここから出られないのかよ」 
 マルティンに言われなくても、エルザは何度も試みているのだ。
 織物をはさみで切断するように、夢から強制的に目覚めるという最終手段さえ使えない。
 夢だとわかっているのに。
 そうだろうか。エルザは自分に問い直した。
 魔性が作った白い霧に包まれた檻の中にいるのではないか。
 一旦は、夢の采配者の座を奪って、攻撃を成功させた。
 だが、魔性のまとう血染めの緑衣は、錆色に変色することもなく鮮やかな赤色のままだった。血など元々流れていなかったのだろう。ただ血を流しているように見せているだけ。
 支配力は強化され、針で突く綻びが見つからない。 
 自分の体は粘着した蜘蛛の糸でがんじがらめにされているように感じていた。
「どうしよう、出られない。白い霧の檻の中にいるみたい」
 半泣きになっているエルザの手を握りしめたカーラインは、安心させるように頷いてみせた。 
「エルザ、大丈夫よ。突破口をオスヴォルトが開いてくれるわ」
 
 カーラインはオスヴォルトの背中を見た。結婚してからは優しい夫という面だけを見てきたが、戦場で出会ったこの男は、血が熱くなるような戦いを欲しているところがある。こんな状況だと言うのにどこか楽しんでいそうなのだ。

 「お前はチェスゲームをしたいだけで、婚礼の宴を何度も繰り返させ、その度に俺たち夫婦を辱めたのか。宴にでていた俺の臣下たち、客人、召使はどこに消えた?」 
 オスヴォルトの声には怒りは含まれていないように、穏やかにさえ聞こえた。
 いつの間にか、白と黒の格子状のチェス盤が宙に浮いていた。
 形の良い指がチェスの駒を取ると、アルベルトの顔をした何かは微笑した。
「君たちと遊んでみたくなったのは、さっきの戦いが面白かったからさ。この城にいる人間たちなら、眠っているよ。もちろん君たちもね」 
「やはり眠っているんだな。だが、これはただの夢ではない。俺は魔術の類は胡散臭いと思っていたが、信じるも信じないも関係ない。異常事態が起きているのは確かだ。お前の魔術で、現実のように見せかけた世界に閉じ込められている、と俺は思ったんだが、当たっているか?」
「君が鋭いのは、剣技だけではないんだね」
 魔性は感心したように言った。
「個人の見る夢の底流には人間の種が見る夢があるんだ。だから底流にある夢の地層に接続できたら共有できるんだけどね。ま、それは置いといてだ。言ってもわからないだろうし。ここは俺が蜘蛛の巣のように織り上げた夢、その糸にぐるぐるまきにされている虫が君たちだね」 
 オスヴォルトは、それには答えず、さらに質問を重ねた。 
「お前のやっていることは、何だろうな? まずはカーラインを狙ったな。本物のアルベルトだったら歌わない未練たらしいバラッドで俺と結婚したカーラインを非難した。俺が、お前らしくないと言った時、こう言ったな。私らしいって何だ? この女が欲しいんだ。黄金の炎のような女が、と。そして、アルベルトの顔でカーラインに迫ったが、顔をぶん殴られた。あれは笑えたな。その次に俺を狙った。今度はヨハネスの口調になって、俺とヨハネスしか知らない過去を見せた。なのに、お前はヨハネスが知らないはずの記憶も抉ってきた。だから、お前はヨハネスではない。肉体はアルベルト、ヨハネスみたいな嫌らしい喋り方をする何か別のもの。ヨハネスが死んだ時にアルベルトが居合わせたらしいが、それがそもそもの発端だったと話していただろう。ヨハネスのことを竜の血脈と言ってたな。あいつはドラゴンになりたがっていた。ドラゴンを復活させる為に乙女を儀式に捧げていた。――ドラゴンなのか、お前は?」
 オスヴォルトが言葉で包囲網を狭めていく。これは、剣を使わない戦闘なのだ。正しく問うことができなければ、正しい答えは返ってこない。絞れるだけ絞る。網を絞るように。
 ドラゴンかと問われて、エメラルド色の瞳が夜空に瞬く星のように輝く。薄い唇に笑みを張り付けて、問いに問いで答える。
「――ドラゴンか。ドラゴンって何だろうね?」
「そんなのは知らん。二人も同じ顔がいると混乱するから、これから俺はお前をドラゴンと呼ぶことにする」
 ドラゴンと呼ばれた異形は、体を一瞬震わせた。
「全く乱暴だな。ドラゴンは俺の名前ではないぞ」 
「では、本当の名前を教えろよ。呼んでやるから」
 オスヴォルトは人の悪い笑みを浮かべてみせた。
 ドラゴンは心底嫌そうな顔になったが、ため息をついて。
「その手にのるか。識別するのに名前は必要だから、ドラゴンと呼びたいなら好きにしろ」 
「では、ドラゴン。狙いは俺たち夫婦のようだが、どうして俺たちを狙う?」 
「質問されたからと言って、なんで答えなきゃいけないんだい?」
「おいおい。ゲームをしたがっていたのはお前だろう? 俺とお前がいるから、こうやって言葉を使って、攻めたり防いだりできるんだろうが。楽しくないのか?」 
「面白いねぇ」
 ドラゴンは肩を震わせて笑う。
「さっきの質問だが、その答えは君たちが持っている。私が教えたところで、今の君たちにはわかるまい」 

 とりあえずは、ここまでか。オスヴォルトは宙に浮いているチェス盤から白のナイトの駒を取った。
「アルベルト、次はお前の番だ」
 
 
 オスヴォルトが、ドラゴンと呼ぶことを勝手に決めたところまで、少し遡る。
「ドラッヘンフェルスの伝説って本当だったの。竜の洞窟で、生贄になった乙女が光となってドラゴンを退治したんだって、おばあちゃんが言っていたよ」
「俺が知っているタベストリーで描かれているドラゴンと違うぞ。蛇と蜥蜴が合体して翼が生えてて、炎を吐いているんだろう?」
 
 ドラゴンではない方のアルベルトは、真面目な顔で言った。
「あいつがドラゴンなら、私は鴉アルベルトといったところか」 
「アルベルトだけでいいわよ。それ冗談なの?」
 カーラインは、呆れたように言った。
「冗談ではありません。私は、アルベルトですが、肉体を失った鴉でもあるのです」
「肉体と精神体で分かれているということですか?」
 エルザは会話に割り込んできた。
「精神体って幽霊ってことか」とこれはマルティン。
「感触はちゃんとあるわよ」 
 カーラインは、アルベルトの胸の辺りを触って確かめている。 
 アルベルトは困った顔になった。
「ここは夢のようなものですから、実体があるように感じるんですよ」
 
 殺気を感じて、視線をやると、ナイトの駒が自分に向かって飛んできたので掴み取る。

「アルベルト、次はお前の番だぞ」
 オスヴォルトはさすがに憮然としている。
「ドラゴンだと認めさせたのは、さすがだった」 
 アルベルトから労われたオスヴォルトは、返事代わりに肩を力一杯叩いてから、カーラインに向き直った。 
「変な誤解しないでくれる。感触があるか確認してただけよ!」
「俺は何も言ってないぞ!」 

 
「君が原因で夫婦喧嘩が始まってるぞ」
 ドラゴンが呆れたように言うのを、冷めた目で見る。
「私はお前とは違う。無理矢理、口付けたり、口で涙を吸うような、破廉恥なことはしない」
 アルベルトは肩を大仰にすくめてみせるドラゴンをじっと鴉のように見ている。
「黒い染みのような虚うつろの男が足を踏み外した深淵が見える。お前に肉体を奪われた瞬間、私は鴉となって飛び立った。――そうか、お前が眠らせているのではなかった。私はあの時から眠っている」
「俺にも見えたよ。分霊鴉の目を通して。君が送り出してきた増援部隊。松明の炎をかざして、霧の森を突破しようとしている。ふーん、ここにも魔女ビショップがいるな。可愛い子犬と新米魔女っ子の母親だ、そばかす家族だね。壮年の堅物そうな騎士は、城砦ルークって感じだ。付き従う兵士ポーンたちもいるぞ」
 一瞬で、互いの目を通して、互いの状況を見る。そして、二人は同時に目を閉ざした。接続を遮断する。
「その体は実体ではなく、私と同じ精神体ということがわかった」
 魔力の源泉である霧が沸き出ている深淵で眠っている自分の肉体に、どれだけの魔力が流れ込んでいる? すでに魔性に堕ちているのではないか。
 己の分身の不安と焦りを読み取ったドラゴンは、薄目を開けて、唇を笑みの形にした。
「そうだな、残された時間は少ない」 
「時間とは、人間の概念だ。私達は時間に縛られた存在ではない。過去も今も未来も同じ」 
「そして、人間と同じ時空にいる限り、我らも制約を受ける」 
「未来は、断片しか見えない。運命の女神の織物は、無数の分岐する糸で織られていく。真白の霧に浮かび上がる織物の断片。つながらなければ解かれ、つながれば織られ、運命の織物は出来上がっていくが、時間の制約を受けた我らには、その模様を完全に捉えることはできない」 
 互いの双眸は、緑の炎。時を超えて視る千の目。 
「さて、織り上げられた運命の模様は――」
「眠りの城を盤上にして、我々はゲームをしている」
「俺はゲームをするために君たちをこの牢獄から解放しているな。とはいえ、まだ可能性の一つだ。織り上げられていないぞ」
 アルベルトは、白のナイトを盤上に置いた。チェス盤には白の駒は全て揃っているのに、黒の駒は兵士ポーンしか置かれていない。
「そんな駆け引きは、私に通用しない。こうしてチェス盤を用意しておきながら、配置されているのは黒の兵士ポーンのみ。チェックメイトができないチェスか」
 ドラゴンは身を乗り出してきた。
「そもそもチェスではないのさ。チェスの駒を使うが、使うのは役割ロールだけ。例えば、白の騎士ナイトを取り込んで黒の騎士ナイトにするのはどうだ」
「反転させるわけか。白が黒になれるなら、黒が白にもなれるということ。他の駒にもそのルールは当てはまるのか?」
 アルベルトの問いにドラゴンはすぐには答えなかった。
「......そうだな。変わるかもしれない」
 そして、ドラゴンは指を鳴らし、駒をただの石に変えた。黒と白の石に。 
 石はそれぞれ意志を持つかのように勝手に動き出し、黒石が白石を包囲するように囲んでいく。
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永遠の恋人——薔薇の姫君 夜明けの歌/白鳥の騎士 黄昏の歌作者:松木響子
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「魔法でここから出られないのかよ」 
 マルティンに言われなくても、エルザは何度も試みているのだ。
 織物をはさみで切断するように、夢から強制的に目覚めるという最終手段さえ使えない。
 夢だとわかっているのに。
 そうだろうか。エルザは自分に問い直した。
 魔性が作った白い霧に包まれた檻の中にいるのではないか。
 一旦は、夢の采配者の座を奪って、攻撃を成功させた。
 だが、魔性のまとう血染めの緑衣は、錆色に変色することもなく鮮やかな赤色のままだった。血など元々流れていなかったのだろう。ただ血を流しているように見せているだけ。
 支配力は強化され、針で突く綻びが見つからない。 
 自分の体は粘着した蜘蛛の糸でがんじがらめにされているように感じていた。
「どうしよう、出られない。白い霧の檻の中にいるみたい」
 半泣きになっているエルザの手を握りしめたカーラインは、安心させるように頷いてみせた。 
「エルザ、大丈夫よ。突破口をオスヴォルトが開いてくれるわ」
 
 カーラインはオスヴォルトの背中を見た。結婚してからは優しい夫という面だけを見てきたが、戦場で出会ったこの男は、血が熱くなるような戦いを欲しているところがある。こんな状況だと言うのにどこか楽しんでいそうなのだ。

 「お前はチェスゲームをしたいだけで、婚礼の宴を何度も繰り返させ、その度に俺たち夫婦を辱めたのか。宴にでていた俺の臣下たち、客人、召使はどこに消えた?」 
 オスヴォルトの声には怒りは含まれていないように、穏やかにさえ聞こえた。
 いつの間にか、白と黒の格子状のチェス盤が宙に浮いていた。
 形の良い指がチェスの駒を取ると、アルベルトの顔をした何かは微笑した。
「君たちと遊んでみたくなったのは、さっきの戦いが面白かったからさ。この城にいる人間たちなら、眠っているよ。もちろん君たちもね」 
「やはり眠っているんだな。だが、これはただの夢ではない。俺は魔術の類は胡散臭いと思っていたが、信じるも信じないも関係ない。異常事態が起きているのは確かだ。お前の魔術で、現実のように見せかけた世界に閉じ込められている、と俺は思ったんだが、当たっているか?」
「君が鋭いのは、剣技だけではないんだね」
 魔性は感心したように言った。
「個人の見る夢の底流には人間の種が見る夢があるんだ。だから底流にある夢の地層に接続できたら共有できるんだけどね。ま、それは置いといてだ。言ってもわからないだろうし。ここは俺が蜘蛛の巣のように織り上げた夢、その糸にぐるぐるまきにされている虫が君たちだね」 
 オスヴォルトは、それには答えず、さらに質問を重ねた。 
「お前のやっていることは、何だろうな? まずはカーラインを狙ったな。本物のアルベルトだったら歌わない未練たらしいバラッドで俺と結婚したカーラインを非難した。俺が、お前らしくないと言った時、こう言ったな。私らしいって何だ? この女が欲しいんだ。黄金の炎のような女が、と。そして、アルベルトの顔でカーラインに迫ったが、顔をぶん殴られた。あれは笑えたな。その次に俺を狙った。今度はヨハネスの口調になって、俺とヨハネスしか知らない過去を見せた。なのに、お前はヨハネスが知らないはずの記憶も抉ってきた。だから、お前はヨハネスではない。肉体はアルベルト、ヨハネスみたいな嫌らしい喋り方をする何か別のもの。ヨハネスが死んだ時にアルベルトが居合わせたらしいが、それがそもそもの発端だったと話していただろう。ヨハネスのことを竜の血脈と言ってたな。あいつはドラゴンになりたがっていた。ドラゴンを復活させる為に乙女を儀式に捧げていた。――ドラゴンなのか、お前は?」
 オスヴォルトが言葉で包囲網を狭めていく。これは、剣を使わない戦闘なのだ。正しく問うことができなければ、正しい答えは返ってこない。絞れるだけ絞る。網を絞るように。
 ドラゴンかと問われて、エメラルド色の瞳が夜空に瞬く星のように輝く。薄い唇に笑みを張り付けて、問いに問いで答える。
「――ドラゴンか。ドラゴンって何だろうね?」
「そんなのは知らん。二人も同じ顔がいると混乱するから、これから俺はお前をドラゴンと呼ぶことにする」
 ドラゴンと呼ばれた異形は、体を一瞬震わせた。
「全く乱暴だな。ドラゴンは俺の名前ではないぞ」 
「では、本当の名前を教えろよ。呼んでやるから」
 オスヴォルトは人の悪い笑みを浮かべてみせた。
 ドラゴンは心底嫌そうな顔になったが、ため息をついて。
「その手にのるか。識別するのに名前は必要だから、ドラゴンと呼びたいなら好きにしろ」 
「では、ドラゴン。狙いは俺たち夫婦のようだが、どうして俺たちを狙う?」 
「質問されたからと言って、なんで答えなきゃいけないんだい?」
「おいおい。ゲームをしたがっていたのはお前だろう? 俺とお前がいるから、こうやって言葉を使って、攻めたり防いだりできるんだろうが。楽しくないのか?」 
「面白いねぇ」
 ドラゴンは肩を震わせて笑う。
「さっきの質問だが、その答えは君たちが持っている。私が教えたところで、今の君たちにはわかるまい」 

 とりあえずは、ここまでか。オスヴォルトは宙に浮いているチェス盤から白のナイトの駒を取った。
「アルベルト、次はお前の番だ」
 
 
 オスヴォルトが、ドラゴンと呼ぶことを勝手に決めたところまで、少し遡る。
「ドラッヘンフェルスの伝説って本当だったの。竜の洞窟で、生贄になった乙女が光となってドラゴンを退治したんだって、おばあちゃんが言っていたよ」
「俺が知っているタベストリーで描かれているドラゴンと違うぞ。蛇と蜥蜴が合体して翼が生えてて、炎を吐いているんだろう?」
 
 ドラゴンではない方のアルベルトは、真面目な顔で言った。
「あいつがドラゴンなら、私は鴉アルベルトといったところか」 
「アルベルトだけでいいわよ。それ冗談なの?」
 カーラインは、呆れたように言った。
「冗談ではありません。私は、アルベルトですが、肉体を失った鴉でもあるのです」
「肉体と精神体で分かれているということですか?」
 エルザは会話に割り込んできた。
「精神体って幽霊ってことか」とこれはマルティン。
「感触はちゃんとあるわよ」 
 カーラインは、アルベルトの胸の辺りを触って確かめている。 
 アルベルトは困った顔になった。
「ここは夢のようなものですから、実体があるように感じるんですよ」
 
 殺気を感じて、視線をやると、ナイトの駒が自分に向かって飛んできたので掴み取る。

「アルベルト、次はお前の番だぞ」
 オスヴォルトはさすがに憮然としている。
「ドラゴンだと認めさせたのは、さすがだった」 
 アルベルトから労われたオスヴォルトは、返事代わりに肩を力一杯叩いてから、カーラインに向き直った。 
「変な誤解しないでくれる。感触があるか確認してただけよ!」
「俺は何も言ってないぞ!」 

 
「君が原因で夫婦喧嘩が始まってるぞ」
 ドラゴンが呆れたように言うのを、冷めた目で見る。
「私はお前とは違う。無理矢理、口付けたり、口で涙を吸うような、破廉恥なことはしない」
 アルベルトは肩を大仰にすくめてみせるドラゴンをじっと鴉のように見ている。
「黒い染みのような虚うつろの男が足を踏み外した深淵が見える。お前に肉体を奪われた瞬間、私は鴉となって飛び立った。――そうか、お前が眠らせているのではなかった。私はあの時から眠っている」
「俺にも見えたよ。分霊鴉の目を通して。君が送り出してきた増援部隊。松明の炎をかざして、霧の森を突破しようとしている。ふーん、ここにも魔女ビショップがいるな。可愛い子犬と新米魔女っ子の母親だ、そばかす家族だね。壮年の堅物そうな騎士は、城砦ルークって感じだ。付き従う兵士ポーンたちもいるぞ」
 一瞬で、互いの目を通して、互いの状況を見る。そして、二人は同時に目を閉ざした。接続を遮断する。
「その体は実体ではなく、私と同じ精神体ということがわかった」
 魔力の源泉である霧が沸き出ている深淵で眠っている自分の肉体に、どれだけの魔力が流れ込んでいる? すでに魔性に堕ちているのではないか。
 己の分身の不安と焦りを読み取ったドラゴンは、薄目を開けて、唇を笑みの形にした。
「そうだな、残された時間は少ない」 
「時間とは、人間の概念だ。私達は時間に縛られた存在ではない。過去も今も未来も同じ」 
「そして、人間と同じ時空にいる限り、我らも制約を受ける」 
「未来は、断片しか見えない。運命の女神の織物は、無数の分岐する糸で織られていく。真白の霧に浮かび上がる織物の断片。つながらなければ解かれ、つながれば織られ、運命の織物は出来上がっていくが、時間の制約を受けた我らには、その模様を完全に捉えることはできない」 
 互いの双眸は、緑の炎。時を超えて視る千の目。 
「さて、織り上げられた運命の模様は――」
「眠りの城を盤上にして、我々はゲームをしている」
「俺はゲームをするために君たちをこの牢獄から解放しているな。とはいえ、まだ可能性の一つだ。織り上げられていないぞ」
 アルベルトは、白のナイトを盤上に置いた。チェス盤には白の駒は全て揃っているのに、黒の駒は兵士ポーンしか置かれていない。
「そんな駆け引きは、私に通用しない。こうしてチェス盤を用意しておきながら、配置されているのは黒の兵士ポーンのみ。チェックメイトができないチェスか」
 ドラゴンは身を乗り出してきた。
「そもそもチェスではないのさ。チェスの駒を使うが、使うのは役割ロールだけ。例えば、白の騎士ナイトを取り込んで黒の騎士ナイトにするのはどうだ」
「反転させるわけか。白が黒になれるなら、黒が白にもなれるということ。他の駒にもそのルールは当てはまるのか?」
 アルベルトの問いにドラゴンはすぐには答えなかった。
「......そうだな。変わるかもしれない」
 そして、ドラゴンは指を鳴らし、駒をただの石に変えた。黒と白の石に。 
 石はそれぞれ意志を持つかのように勝手に動き出し、黒石が白石を包囲するように囲んでいく。
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