16.通学
「じゃ、僕はそろそろ行くか」
首のネクタイを締めながらソファーに座って本を読み耽る二人に声を掛ける。
「お見送りします」
「遠慮しておく」
この近くを通る同じ学校の生徒はいないが、それ以上に近所の人に見送りを見られることに抵抗がある。
藤宮も本を畳み、立ち上がってリボンを整える。
気にすることなくリュックを背負いリビングを出ようとしたその時、後ろから声がかかった。
「ちょっと待って」
少し意外な呼びかけに、振り返って胸元にリボンをつける彼女を見やる。
既に大半の準備は終わっていたのか、先ほどまで呼んでいた小説を鞄に入れて背負い、若干小走りで駆け寄ってきた。
「じゃ、いこいこ」
「待て」
小さくリズムを刻みながら廊下へと足を進めようとする彼女を一度手で制すれば、不思議そうに顔を見上げた。
「どうしたの?」
「一緒に行くつもりなのか?」
「そりゃもちろん」
言葉を返しながらも、彼女は玄関に向けて歩を進め始める。
続く僕の後ろに高杉さんが続いた。
「学校の人間に見られたらまずいだろ」
「はい、私が課した契約は何ですか」
人差し指で僕の鼻先をさし、小さい子どもに問いかけるように紡がれたその言葉に一瞬黙る。
「友だちになる、だ」
「だから登校ぐらい一緒にするよ? 当然じゃん」
そう言い、彼女はローファーに足を通す。
僕も普段履いているローファーに通しつつ、そっと口を開いた。
「絶対面倒になる気がする」
「いやいやとはいえ、それを了承したのはどこの誰ですかー」
瞼を閉じて放たれたその言葉に、口を噤む。
僕だった。
「でしょ? ほら、文句言ってないで一緒に行くよ」
踵までしっかり履き終えた彼女は扉を開き、その冷たい空気を家に流し込む。
凍える空気で身体が一度固まり、藤宮を見てみると怪訝そうに僕を見ていた。
そのいつまでも待つぞというような視線に小さく白い息をこぼし、ポケットに手を突っ込んで足先を外に出した。
「わかったよ。高杉さん、戸締まりは頼んだぞ」
「お任せを」
何を思ったのか幸せそうに淡く微笑む高杉さんに軽く手を振る。
「行ってきます」
「じゃ、行ってきます」
続いて元気そうに藤宮が言葉を紡ぎ、高杉さんは丁寧に腰を折り曲げた。
「行ってらっしゃいませ」
バタン、とその姿は暖かい空気とともに消え失せる。
足の方向を外に向け歩もうとしたその時、僕の先で立ちすくむ彼女の姿が視界に映った。
「どうかしたか?」
問いかければ、んー、と悩ましそうに喉を唸らす。
「ねえ、学校ってどっちだっけ?」
「こっちだ」
左の方を指しながら足を進め始めれば、慌てたように小走りで彼女も隣に並ぶ。
藤宮は小さく息を吐き出し、マフラーに口元を寄せた。
「前一緒に行ったし、てっきり知ってると思ってた」
その言葉に藤宮はピクリと身体を跳ねさせ、若干瞳を細めて僕を見た。
「あれはたまたま駅からの通り道で見かけただけで。流石に家からじゃ道のりとかはわからないよ」
僕が通る道はスーパーなど生活には困らないものの、少し人目につきづらい住宅街に沿った道だ。
彼女が普段使う駅から学校までの道は一瞬通る程度。
それ以外はいつでもスーパーを見に行けるよう普段から遠回りをしている。
「まあ、ともかく見覚えのない道で少し困るよ。白鷺くん迷わないでね」
「流石に半年以上使い続けてる道で迷ってたら、笑いものだけどな」
「笑い事〜?」
眉間にシワを寄せた彼女がグイッと僕の顔を覗き込む。
こっちは本気で心配だったと言いたげだった。
思わず口元を軽い拳で隠してふっと笑えば、藤宮は再度悩ましそうに喉を鳴らした。
「白鷺くんもっと笑顔増やせばいいのに」
顔をもとに戻し、物足りなさそうに片眉を上げる彼女の瞳に目を向ける。
貶すというよりは純粋な興味のようだった。
「愛嬌良くないことが僕の取り柄なんだよ」
「愛嬌が良くないのは認めるんだ」
「そりゃな」
肩をすくめて返せば、先の笑いに釣られたのか彼女もふっと笑った。
「確かに、話しかけたときの貴方は態度悪かったもんね」
懐かしい思い出を語るように言う。
「今もそこまで変わってないだろ」
強いて言うなら昨日一緒に暮らし始めたくらいだ。
「そうかな?」
小首を傾げながらうーんと髪を揺らし、続けて口を開いた。
「前よりは貴方のこと知れたと思うよ」
「そういうのは話し始めてから数ヶ月経ってから言うもんだぞ」
「じゃ、来年の夏あたりに言っちゃおっかな」
現在が十一月なのを踏まえるとなかなか中途半端な時期だ。
「その時はもう僕らの関係は終わっているはずだけどな」
「適当だよ。その時まだ関係あったら言う程度に考えといて」
「まあ、僕もこんな面倒な関係続けたいとは思わないし、大丈夫だろ」
「失礼しちゃうなー」
言いながら、背中を鞄で軽く叩く藤宮の言葉に毒気はない。
藤宮も、この関係が長く続くとは考えていないようでほっと胸の奥で緊張が解けた。
そんな慣れない通学路、僕らは歩んでいった。