17.邪魔
それから、しばらく会話を続けながら登校の道を進んでいく。
その最中、僕は彼女がモテる一つの要因に気づいていた。
端的に言うなら、話すのが上手い。
最近、僕が人と話してなくて感覚が鈍っているのもあるだろうが、彼女の言葉は接待で用いられる黒く染まった言葉よりも明るく澄んでいる。
それだけ彼女が本心を隠すのが上手く、同時にさらりとお世辞を言えるほど手慣れているのだろう。
でなければ卑屈な僕の会話が登校中ずっと保つはずもない。
仮に会話が苦手な人と一対一で話すことになろうと、彼女は黙ることなく話を続けるだろう。
彼女の容姿そのものは若干おっとりとした顔つきで、女神だ天使だと持て囃されていれば言葉の通り解釈することもできる。
その遠い存在を表す『女神・天使』を学校で使われないのは、その学力が起因している。
容姿端麗で頭が良ければ女神のように手が届かない存在と認知されるだろうが、成績もそこまでであれば普通よりも親しみを抱きやすいというのも理解できる。
彼女が故意的に成績を下げているのか、はたまた本当に勉強が苦手なのかは知る由もないが結果的に多くの男性に好かれているのは確かだ。
ただ一つ問題点があるとするなら、彼女が親しくするのは良くて友人まで。
それ以上は行った人がいないのが現状だ。
踏み込まれたくないのか、それともただ単に鬱陶しいだけなのか、恐らくは後者だろうが彼女はしつこく告白された場合のみ冷たく断っている。
彼女からすれば男性の友人はいるにはいるが、女子の友人に比べるとやはり知り合いに近い立ち位置なのだろう。
その立ち位置が、彼女の冷淡さを加速させていた。
けれど、尤もと言える。
自分からしたら友人として普通に関わっているだけなのに相手から好意を持たれていたら鬱陶しく感じるか、或いは申し訳なく感じるのが普通だろう。
男性と関わる=告られる回数と言っても過言ではないのだから。
同じ人に告白されるとこっちとしても精神が削られるため、冷たく言い放っているのだろう。
この予想が事実だとしたところで、共感することなく大変なんだな程度の感想しか浮かばないのは僕の悪いところだ。
僕も御曹司ということで大概だというのに。
しかし、仮に予想が事実なのだとしたら、なんで彼女は人と関わるのだろう。
勿論、完全に人との関係を断てというつもりはないが、藤宮は自分でモテるということを口にしていた。
なら、これからもストーカーのような者たちを作らないために人との関係を多少は避けるか、最低でも関わり方は見直す必要性もあるはず。
彼女がどういった真意で人と関わっているのかは知る由もないが、周囲に親しく関わっておきながら告白されれば冷淡に返し関係を断つというやり口には違和感がある。
ただ人肌を求めているだけなのか、別の狙いがあるのか。
まあ、大して関わりのない僕が彼女について考えたところで詮無きこと。
彼女のことを好む人について考えていたほうがより有意義といえる。
近頃彼女との関わりが生まれたせいか、一部の人間に目をつけられている。
藤宮葵という美少女を好む人間、信者とでも言おうか。
先日、学校登校後に感じた鋭い視線はその者たちによるものだろう。
直接話しかけられたことはなかったわけだが、藤宮が屋上で対峙した彼は手紙で僕を脅しにきていた。
まだ関わって日が経っていないので脅されるような事態はかなり少ないが、今後増えていく可能性も充分にある。
御曹司という肩書がバレた時以上の覚悟は必要かもしれない。
やがて、僕らは校門から続く木々を抜け校舎に足を踏み入れた。
それぞれのクラスの下駄箱に向かおうかと方向を変えた時、隣にちょこちょことついてくる彼女の姿が映った。
「どうかしたか?」
自分の下駄箱の扉に手をかけ、開こうとした状態で止まる。
「前みたいに手紙あるかもしれないし、その調査に」
「なるほど」
ガチャッと開き、彼女にも見えるよう大きく開く。
いつも通り、僕の上履きがポツンと置かれるのみだった。
「これで満足か?」
「うん、何もないね。これでもあるようなら怒りにいかなきゃと思ってたけど、必要なかったみたい」
「そこまでしたら向こうも心折れるだろ、多分」
「あれで折れてくれたら、楽なんだけどね」
「苦労してんだな」
「お互いにね」
「誰のせいだと」
「はいはい。とりあえず準備しよっか」
外履きから上履きに履き替えつつ、言葉を返す。
顔を合わせたくないまで言われたのだ。
精神的に相当なダメージを負っていることだろうし、これでまだ僕に突っかかってきたり彼女に話しかけるようならそれこそ見習いものだ。
「ほら、靴を履いてこい。置いていくぞ」
「はーい」
冷たく告げれば、藤宮はゆったりとした足取りで自身の下駄箱へと向かっていく。
彼女の姿が見えなくなったのを確認して、小さく息をついた。
本心から言えば、手紙がなくて良かった。
彼の精神状態で今手紙を送ってきたということは、半分やぶれかぶれになっている可能性が高い。
彼女が再び注意をしたところで聞き入れず、下手をすればストーカーになることもあるだろう。
そうなってしまえば、僕が動かなければならなくなる。
あまりいらぬ火種を生み出したくない僕としては、別の意味で安心というものだった。
「おまたせ、いこいこ」
隣のクラスの下駄箱から若干駆け足で寄ってくる。
「ああ」
頷けば、彼女は軽い足取りで階段を昇っていく。
続いて僕は重い足取りでゆっくりと昇っていく。
遅かったのか、彼女は足を止めて怪訝そうに眉をひそめた。
気にすることなく彼女を通り過ぎれば、慌てたように隣に駆け寄る。
やがて、一年生のクラスがある五階まで辿り着いた。
「じゃ、また後でね〜」
「できれば来ないでほしいんだけど」
素気なく返すも、軽く手を振りながら自身の教室がある廊下を進んでいく。
思わずため息をつき、自分の席の横にリュックをかける。
中から小説サイズのブックカバーで覆われた一冊の本を取り出し、目を通していく。
その時だった。
「なあ」
机の右から若干反るように立つ男子生徒が声を掛ける。
小さく息をつきながらパタンと本を閉じ見上げれば、つい先日見かけたその顔が目に入った。
藤宮が盛大に振った屋上の彼だ。
「どうかしたか?」
僅かな警戒心を隠しながら問いかける。
そのくぐもった瞳は僕の手元に移り、表情を変えることなく告げた。
「何読んでんだ?」
「小説だ」
できれば、あまり問答は交わしたくない。
藤宮が現場を見たときの説明が面倒だ。
「どんな?」
「内緒だ」
素気なく返す。
「ふーん」
曇った瞳が怪しげに光り、手元の本を一瞥する。
「ちょっと見せてくれよ」
「断る」
ちょっとした事情を含んだ本だ。
おいそれと見せるわけにはいかない。
「なんでだ?」
問いかけながらその視線は僕を射抜く。
「少し大事なものだからな。他人に見せたくはない」
僅かに殺意が込められたその瞳をまっすぐに見返す。
「ふーん......」
再び視線の先が本に移り、次の瞬間手が伸びた。
手は本を掴み、取り上げようと力が込められる。
「見せろよ」
「断る」
グッと片手で本を握り、目を細めて彼を見据える。
鋭い視線を見ると同時に、彼は愉快そうに小さく笑みを浮かべる。
瞬間、手元から一つの感覚が抜け落ちた。
「寄越せよっ」
グシャリ、とブックカバーが裂ける音とともに。