4.露呈
「ん」
朝学校に行くと、喧騒が耳を劈いた。
校内に足を踏み入れただけで耳に響くほどの騒ぎ声。
呆然とする声、恐怖する声、興奮する声。
校舎の階段を登り、その人混みが視界に入った。
生徒たちが壁に貼られている紙を食いつくように見ている。
人混みをかき分け、その壁に貼られている学校新聞に目を通した。
そこにはデカデカと『校内のストーカー捕まる!!』と書かれていた。
写真はなく、その分内容が事細かに記されている。
小さな文字の文章を視線で追い、人々の興味の対象を探っていく。
昨日未明、小太りの男子高校生がストーカーをし、挙げ句の果てに包丁を持ち出すも返り討ちにあった。
返り討ちにあった男は現在病院で治療を受けている。
気絶していた男の側に録音機が置かれており、昨夜の会話内容が大きな音で流されていた。
その結果、今回の事態が発覚した。
誰が、何のために、どういった方法で犯人を倒したのか。
またどうやって重症まで追い込んだのかは新聞には書かれていない。
「うぇ〜、やばっ」
人混みの中、隣で一人の男子生徒が声を上げる。
「重症とか何やったらそうなるんだよ」
もう一人の生徒が言葉を返した。
「刃物でやり返したとか?」
「いや刃物持ってたのは犯人だろ」
「そこはこう、体術で奪ってグサッと」
「なわけ」
フッと、一人の生徒が鼻で笑い飛ばす。
「でもよお、襲われたとはいえやりすぎじゃね?」
「まあ病院行きだしな。正味警察に逃げればよかったんじゃとかは思う」
軽薄な声だった。
もし、彼が放置された場合どうなっただろうか。
どんな理由であれ、犯人が危害を加えようとしたのは事実。
ここで処罰が下っておけば、今後彼のストーカーの被害に遭う人も少なくなる。
更に言えばこの事件が他のストーカーの抑止力にもなることもあり得る。
それでも重症にする必要はなかったのではないか。
そう問われれば一応頷きはするがあまり賛成はできない。
彼の瞳には明確な殺意があったし、悪い意味で彼の行動力はずば抜けていた。
「......もういいか」
そっと呟いて教室に戻ろうと踵を返したその時。
青みがかった髪が視界の隅に映って足を止めた。
「ん」
その方向に視線を向ければ、不安げに目尻を下げて新聞を見上げる藤宮の姿があった。
周囲の人を確認し、バレないようこっそり足の方向を変える。
「失礼」
謝罪の言葉とともに軽く人混みをかき分け、彼女の隣で足を止めた。
視線の先を新聞に向け、横目で彼女を見る。
「藤宮、おはよう」
「ん」
そっと、藤宮にだけ聞こえるよう小さな声で声をかける。
彼女は存在に気づいたのか、軽く見上げる形で隣に立つ僕を見上げる。
「あ、おはよう」
おとなしめに放たれたその声は、昨日の元気のよさは嘘のように覇気がない。
思考に耽っているような感覚が近く、彼女は言葉を紡ごうとしなかった。
「どうかしたのか?」
他に何か情報はないのかと彼女が見つめているのとはまた別の新聞に目を向ける。
こっちは委員会の定期報告が中心のようだ。
現在求めている情報はないと一度視界を閉ざす。
再び瞼を開いて彼女を横目で見れば、探るように新聞に見入っていた。
「この人が少し――」
隣にいる僕にも聞こえるか聞こえないかの声量。
ぽそりと彼女は呟き、瞼を閉じて一度大きく息を吐いた。
「ううん、なんでもない」
憑き物が落ちたようにその顔には安堵の表情が浮かんでいた。
新聞にデカデカと書かれている文字を見て、ふと彼女の胸中に思考を巡らせる。
僕は被害者ではないため、はっきりとしたことはわからない。
けれど、それでもストーカーとは怖いものなのだと理解はできる。
いつ襲われるかわからない中、警戒心を緩めることなく過ごすというのは困難を極める。
ストーカーというのは誰に相談したら良いのかわからない場合が多い。
或いはこんなこと相談したくない、といった考えか周囲に知られることは少ない。
襲われる不安、相談への葛藤。
藤宮の胸中に何があったのかは不明だが。
様々な想いが渦を巻いていたのは確かで、どれも良いものとは言えない。
「それにしても、昨日は見事な寝落ちだったな。起きる気配もなかったし」
「それは、ごめんね」
軽く放たれた言葉に、彼女は新聞から目を離さず静かに答える。
「結局、昨日話してた依頼って何だったんだ?」
「ん〜」
棘を抜くよう注意しつつ紡いだ声に藤宮は一度深く瞬きをする。
「いや、もう解決したし良いよ。契約はなしでお願い」
心做しか残念そうに吐き出されたため息。
僕は隣にいる彼女をジッと見た。
「それは無理な相談だな」
本来であればここまですることはないが、今回は急ぎだ。
彼女には悪いが利用させてもらうことになる。
「君の依頼は確か『友達になること』だったはずだ」
「そうだね」
こてんと藤宮は小首を傾げる。
「友達の定義はされてないし、そっちの依頼を承諾してしまった以上このまま取引は続行ということになるぞ」
友達、と一括りに言っても様々な関係がある。
友達としての関わり方を藤宮に指定されていない以上、僕は名義上『藤宮の友達』ということになる。
それに、藤宮の契約には期間が設けられていない、かなり曖昧なものだった。
対して僕の給仕兼護衛に関しては三が日までという明確な期限が設けられている。
また仕事内容も追って説明するつもりだが、内容もしっかりとある。
藤宮の先ほどの口ぶりだとストーカーの件を何とかしてほしかったんだろう。
が、それが解決してしまった以上藤宮が僕に関わる必要性はない。
すなわち、藤宮は残りの一ヶ月間半分タダ働きということになる。
「なら契約の変更を――」
「これは『契約』。途中で変更はできない」
言いかけていたその言葉を遮る。
驚いた表情から一転、後悔するように目を細めた。
「僕も少し急ぎなんだ。代わりと言ってはなんだけど、できる限りでどんな望みも叶えるぞ」
流石に今回の契約に関しては一方的に利用するようであまり良い気はしない。
相手が自分に攻撃意識を持っていたならともかく、今回の僕らは互いに利用しようとした対等の関係。
そんな罪悪感の意識が、望みという言葉を放った。
「......意外と手慣れてる? 契約とか」
「これでも御曹司だからな。昔企業相手に練習したことはある」
「ふーん......」
考え耽るように藤宮は喉を鳴らし、視線を下に向ける。
周囲の話し声が耳に入る中、藤宮は小さく頷いた。
「――わかった」
パッと上がったその藍の瞳には、確かな決意が宿っていた。
「なら、ちゃんと約束は守ってよ」
「約束?」
疑問符を浮かべて問いかける。
藤宮はグッと身を乗り出し昨日のような意気揚々とした声で告げた。
「私と友達になること」
彼女に浮かんでいるにこやかな笑み。
だがどこか断れない圧を感じた。
けれどどこか感じる焦燥のせいか、ふっと小さく笑みがこぼれた。
「契約だ」
笑みが入ったことが不満だったのか。
藤宮の視線が細まる。
「今度こそ、屁理屈はなしだよ」
「残念ながら、屁理屈を言った覚えはないな」
軽く返し、くるりと教室に戻ろうと踵を返す。
藤宮も隣に続いた。
「どこ行くの?」
「教室」
「ついてく」
「どうぞご自由に」
素気なく返し、自身の教室を目指して足に力を込める。
ふわりと風が揺れ動き、軽やかな足取りとともに藍色の髪が揺れた。
「ねえ、どうして急にそっけないの? さっきまであれだけ軽口言ってたのに」
「軽口言った覚えはないぞ」
「お堅いイメージの白鷺くんにしては、かなり軽かった気がするけど」
「なんだそれ」
思わず鬱屈とした溜息がこぼれる。
そんなに生真面目に見えるだろうか。
「そりゃ、人前だぞ。友達っていっても関わり方を考えてるんだよ」
「えー」
藤宮は学校の中で見ても超がつくほどの美人。
昨日のストーカーの件を考えるなら、友達というだけで肩身の狭い思いをしそうでならない。
「そんな友達付き合いにケチつける人なんているのかなー」
「昨日から思ってたけど人が良すぎるんだよ、藤宮は。あんまり人に何でもするとか言うなよ」
「流石に相手考えて言ってるよ。白鷺くん、変なこと頼んだら学校生活どうなるかわかってるでしょ」
学校生活どころか人生も終わる気がする。
と、喉元で言葉を抑えつけ自身の教室がある五階に昇り終わる。
自分の教室の目の前に立ったところで、後ろで未だ付いてくるその存在に気づいた。
「藤宮の教室は別だろ。ほら、行って来い」
「わかったよ。そんな冷たくしなくてもいいのに」
素気なく促せば、藤宮は唇を尖らせながらも自身の教室に向かっていく。
先の読めない彼女の行動に思わずため息がこぼれたのだった。