5.友達
教室に入って自分の席に鞄を乗せる。
鞄の中から昨日の夜勉強に使った教材を取り出し、机の空いたスペースに置いた。
ずっしりとしたそれらを机の中に放り入れる。
「ねー、白鷺くん」
教材の全てを机の中に放り入れ、鞄も机の横にかけたあたり。
ふと教室の前方の方から先程の声が耳に入る。
視線を向ければ藤宮が軽い足取りで僕の元に向かって来ていた。
それもそれなりの声量で。
「......」
まだ時間も早いため教室には大した人数はいない上に大半は勉強に集中している。
彼らはノートに向かう手を止めチラリと歩みを進める藤宮を見上げた。
一瞬何か言われるのかと嫌な汗が流れる。
が、皆すぐに視線を落としたため不安も払拭された。
「ん? どうかした?」
藤宮は立ち止まっている僕の前で止まって疑問符を浮かべる。
悟られるわけにもいかない。
と、胸の奥で燻っていた不安を小さい息とともに吐き出した。
「いや何でも」
「そう? それにしては眠そうだけど」
「それは元から」
「昨日連絡の後ちゃんと寝た? 夜ふかしは健康の敵だよ」
そう言いながら顔色を窺うように顔を覗き込む。
「ちゃんと寝たから大丈夫だ。そっちは?」
「完璧熟睡コース〜。昨日ほど寝れた日はないかもね」
「ならよかった」
藤宮とのやり取りが終わったのは夜の十時頃。
そこから勉強もしているため実際に寝たのは深夜の一時頃になる。
が、今のところは身体の影響も少なく、藤宮の心配していることは起きそうにない。
「それで、藤宮はどうした。僕に用事か?」
「友達のもとに来るのがそんなに変かな」
「こんな朝からわざわざ隣の教室まで挨拶しにくる人はいない気がするんだよ」
「ここにいるよ?」
「そうなんだけどな」
藤宮は隣の机に腰掛け、声を落として口を開いた。
「まあ今回に関しては用事あるよ。今日の放課後空いてる?」
「空いてるには空いてる」
「何か用事でもあるの?」
「帰る」
「じゃ決定。放課後、校門近くの銅像の前で集合ね」
銅像、という言葉が引っかかり、目を細めた。
「そこは教室じゃないんだな」
「流石に人目があるからね。白鷺くんも変な注目が集まるのは嫌でしょ」
「誰かさんのせいで昨日めちゃくちゃ集まった気がするぞ」
「あれは不可抗力というか。貴方があんなに逃げるから」
不満だと目を細める藤宮の姿は、どこか幼く映る。
「知らない生徒に一日中追いかけられたらそりゃあ誰でも逃げたくなる」
「まあ、その件はごめんとしか言えないかな」
「ほんと、自分の影響力をちゃんと考えてくれよ。これからは特に」
「善処します」
あっけらかんとした言葉に、思わず疑念の視線を向ける。
されど言葉には出さず、ゆっくりと自分の席に座った。
今日の授業に必要な教材を机の中から取り出す。
僕が座ったのを見てか、藤宮は僕の前の席に座り込んだ。
「それで、放課後の中庭だな。その後は決まってるのか?」
「ちょっとお茶でもしながら話し合いでもしようかと」
「昨日は少し中途半端だったしな」
昨日の連絡は藤宮の精神状況を鑑みて短めに終了する予定だった。
結局話したことといえば、これからよろしくだとかその程度。
「道中で学校の人間に見つからないと良いな」
「その時はその時だよ。できる限り迷惑はかからないようにするからさ」
「昨日の時点で言ってほしかったよ。その言葉」
既に終わった話でもあるため過度に口には出さず、ジッと見つめる。
罪悪感の籠もっていない苦笑を浮かべていた。
「まあ話はわかった。それで他に用事は?」
「ん? 用事はそれだけだよ」
「そうか。じゃ、僕は勉強するからまた放課後な」
ペンを片手にノートと教科書を開き、一文目を読み始める。
「え、やだよ」
「え」
予想外の言葉に動き出そうとした手が止まる。
同時に、疑問の言葉がこぼれた。
「なあ藤宮」
「うん何?」
遅れて先程の会話の内容が脳裏に浮かぶ。
不満を払拭するまもなく言葉を紡いだ。
「さっき、迷惑はかからないようにするって言ったよな」
「うん、言ったね」
当然とでも言うように頷く。
更に不安が広がった。
「藤宮が近くにいると僕に被害がきそうなんだ。自分の教室に戻ってくれ」
「きそうってことはまだ来てないんだよね? 実害なくない?」
「今のところは、な」
「そんな人を害虫みたいに」
確かに今の言葉はあくまで僕の仮説。
一概に被害が来ると言って突き放すのでは理由が足りない。
藤宮は呆れたように息をこぼし、若干机に身を乗り出して口を開いた。
「私達は『友達』だって。友達ならそんな邪険に扱うのはどうかと思うんだけどなー」
「それを言うなら友達の僕を邪魔しないでくれ」
長引きそうだなとペンを机の上に転がす。
身を乗り出す彼女とは対象的に背もたれに身体を預けた。
「『友達』の契約を持ち出したのは私だよね。そしてそれを承諾したのは他でもない貴方」
「そうだな」
事実、代案として『友達』の契約を承諾したのは僕なのだから否定する理由はない。
「つまり、『友達』に関しては私の意見の方が優先される。良い?」
「なんて暴論」
「なにか言った?」
「いやなんでも」
どうやら呟きが聞こえたらしく、顔を逸らせば頬辺りに鋭い視線を感じた。
それと同時に、藤宮にどう言ったら諦めてくれるのか、思考が巡った。
だが、結局結論は変わらないことに気づき、苦い味が口の中に広がった。
「......わかった。けど、僕は勉強したいから過度に邪魔するなよ」
「話しかけるのは?」
「それくらいなら全然マシだ」
「逆に何されると思ったの」
訝しむ視線が再度頬に突き刺さる。
居心地の悪さに口が引き攣っていくのを肌で感じた。
「ほら、僕は数学やるから、藤宮もやりたかったら持ってきてやっていいぞ」
「はーい」
ガタリと前の椅子が揺れ気配がなくなったのを確認し、背もたれに思い切り全体重を乗せる。
なれない距離感が脳裏に浮かび上がる。
同時に顔に熱が上ることはなくとも本能が小さく息を吐いた。
「......これから、大丈夫かな」
今後の行き先に、不安の言葉を残した。