14.邪道
翌朝、朝食を作っているとゆったりとした足取りで藤宮が二階の部屋から降りてきた。
身体は健康そのものだというのに、精神的に疲れているのか若干やつれている。
「高杉さん、厳しすぎ」
「お疲れ様」
洗顔を済ませてやることがないのか、椅子に座って食卓にうつ伏せる。
ふう、と吐き出された息には確かに疲労が見えた。
「ねえ、準一級ってどれくらいすごいの」
朝食の良い匂いがするせいか。
藤宮は少しずつ元気を取り戻していく顔を横に向けて問いかけてくる。
「そういえば、言ってなかったな」
フライパンを覗き込みながら僕は口を開いた。
「給仕業界には五段階の階級がある。上から一級、準一級、二級、準二級、三級。それぞれ一つ上の級に挑戦することで資格を得ることができるんだ」
英語検定のようにお金を払ったからといって、三級からいきなり一級に挑戦するのは不可能ということだ。
「一級は大富豪につく超一流で、世界で見ても両手で数えるほどしかいない」
現在、その数人のうち二人を雇っているのが我が父、白鷺冬夜。
僕の幼少時代には高杉さんも雇っていたことを含めれば、計三人は雇っていたことになる。
高杉さんに関しては父さんが準二級時から雇っていたので、少し例外的存在ではある。
「もちろん、一級の資格を得る難易度は高い」
父さんもそうだが、大富豪は命が狙われることがよくある。
一級に限らずだが、給仕をしていく上で金に目がくらまない、更に万が一の場合は主人を守らなければならないのは最低条件。
一級とは理性が強く、武術の道を極めた者達のことを指す。
「準一級は大富豪の息子につく、超一流とまでは言わないものの腕は確かな人達」
昔よく話していた同級生は準一級の執事を雇えたと自慢してきていた。
家族写真に映る高杉さんの姿を見ると背中を丸めていたが。
「二級は大手会社の社長につく一流程度。準二級はその子どもにつく、まあ世話係のような感じだ」
大手社長の息子ともなれば父親が忙しいため家族と接する機会が少なくなる傾向にある。
準二級を合格するためには子どもの扱いの上手さと子どもに対する愛情が必要となる。
「三級はいわば家政婦。できることが限られてくる人たち」
確かに限られてくるが、彼らはそれ以上に何か一つ大きな特技を持っている場合が多い。
例えば掃除が準一級並に早いだとか。
国の料理大会で賞を取っただとか。
武術を得意としているだとか。
確かな個性がそこにある。
逆に言えば、上位の級に匹敵する何かがなければ三級にすら合格できない。
執事、という職業は所謂個人事業で、それだけに特化した会社を経営しているものは少ない。
だからこそ貴重であって、バイトでするような家庭教師とは一線を画す存在となっている。
大富豪に雇ってもらえば、我が家付近の家を買えるぐらいの金は手に入るし、三級だとしても最低限裕福に暮らせる。
「それくらいだな。他に聞きたいことはあるか?」
フライパンの蓋を外し、しっかりと半熟なのを確認する。
皿を用意してからフライ返しで乗せていく。
「あのさ、さっきの説明聞いてて気になることがあるんだよね」
「なんだ?」
「なんで一級執事の人数は言うのに、準一級執事より下の人数は教えてくれないの?」
次に別のフライパンで焼いていたウィンナーを菜箸でつまむ。
三つの皿にそれぞれ三つずつ乗せていく。
勘の鋭い彼女に、呆れと感心の含んだ息がこぼれた。
「目玉焼きは塩こしょうで良かったよな?」
「いいわけないじゃん。目玉焼きと言えば砂糖だよ」
「......邪道」
「なんか言った?」
「いや何でも」
彼女は身を起こし額に手を当てて、はあ、と盛大にため息をついた。
「ちなみに大事なのは黄身との距離だよ。砂糖と黄身は絶妙に合わないからね。黄身から一センチ大きく円を描くようにして白身にかけるんだよ。まずは白身だけ切り取って頂いて、それで最後に黄身を一口で......」
妄想の世界に耽りきったところで藤宮はハッと意識を取り戻す。
「で、何の話だっけ?」
「さあな」
調味料棚から砂糖を取り出し、言われた通り黄身より一センチ外に円を描く。
「私はポン酢をお願いします」
「起きてたのか」
音もなく扉の向こうから高杉さんが姿を現す。
既に仕事用の服に着替えており、今どき珍しく黒スーツを身に着けていた。
娘さんもいるようなので、教育上の観点で露出度の高い服装は好まないのだろう。
残りの二つのうち一つは塩こしょう、もう一つにはポン酢をかける。
「ポン酢なんて、高杉さん珍しいね」
砂糖な上にこだわりの強い君が言うな。
「ポン酢は至高です。あの舌を貫かれるような刺激の強い酸っぱさが最高なのです」
実直な声で告げているその声音に、圧迫感が宿る。
「それ、後の行動に支障でない?」
「眠気覚ましにはちょうど良いのです。後に飲む温かい紅茶が非常に合います」
「それを言うなら――」
続く二人の論争に僕は大きくため息をついた。
果たして、今後僕の日々はどうなっていくのか、そんな憂いを胸に抱きながら。