
第一話 バルクの店
貿易都市ポルタ=ルクスの街角。 冒険者ギルドから少し外れた通りに、その店はある。看板は、
わずかに傾いていた。釘の打ち直しが甘いのか、それとも
最初からそうだったのか。直そうと思えば直せる程度の歪みだが、
放置されている。 店の中は、さらに雑多だった。剣が並び、短剣が混じり、槍が
立てかけられ、杖が束ねられている。整っているようで、整って
いない。値札はついているが、書き方がまちまちだ。丁寧に
書かれたものもあれば、殴り書きに近いものもある。新品も
あれば、中古もある。磨かれているものもあれば、そうでない
ものもある。 玉石混交。それが、この店の在り方だった。 店主――バルクは、カウンターの奥で腕を組んでいた。客が
来れば応対する。来なければ、そのまま立っている。無理に
売り込むことはしない。必要なものを、必要な分だけ売る。それで回る。そういう店だった。 ⸻
武器立てに、視線が向く。 剣。短剣。槍。杖。いつもと同じ並び。だが、その中に一つ、
異物があった。長杖。細い軸。過剰ではない装飾。先端には、
青い宝玉。光を受けて、静かに輝いている。 妙に、綺麗だった。傷がない。埃もない。この店にある他の
品とは、明らかに空気が違う。 バルクは、眉をひそめた。「......こんなの仕入れたか?」 記憶を辿る。仕入れた覚えは、ない。だが、いつから
あるのかと問われると、それも分からない。昨日、なかったとは
言い切れない。一週間前、あったとも言い切れない。 気づけば、そこにある。そんな存在だった。バルクは、しばらく
その杖を見ていた。だが、やがて視線を外す。「......まあいい」 売れるなら、それでいい。そういう判断だった。 ⸻
扉が開く。鈴が、軽く鳴った。 入ってきたのは、若い男だった。ローブは新しい。だが、
着慣れていない。見習いの魔術師。そういう空気だった。「......杖、探してるんですけど」 少しだけ遠慮がちな声。 バルクは顎で武器立てを示した。「そこだ」 それだけ。余計な説明はしない。客は、ゆっくりと歩み寄る。一本ずつ、手に取る。重さを確かめる。感触を見る。視線が、
移る。 そして止まる。あの長杖で。青い宝玉が、光を受けて揺れる。
客の目が、少しだけ変わる。「......これ、いいな」 ぽつりと呟く。バルクは、何も言わない。ただ、見ている。 ⸻
「これ、いくらですか?」 客が振り返る。 バルクは、少しだけ考えた。値札は、ついていない。そもそも、
仕入れの記憶がない。原価も分からない。だが、このまま置いて
おくのも、気持ちが悪い。「......銀貨一枚」 適当な値段。安くもなく、高くもない。処分としては、妥当。 客は、少しだけ迷った。表情に出る。「......ちょっと高いな」 正直な感想。だが、視線は杖から離れない。見た目は、いい。明らかに、他より整っている。少し考えて。「......これで」 銀貨を差し出す。バルクは、それを受け取った。杖を渡す。客が、手に取る。一瞬だけ。手元が、わずかに沈んだ。「......?」 小さな違和感。「重い......?」 呟く。だが、すぐに首を振る。「......気のせいか」 持ち直す。そのまま、店を出ていった。鈴が、また鳴る。静かに。 ⸻
店内。 バルクは、武器立てを見る。あの杖があった場所。今は、
空いている。少しだけ、隙間ができている。 違和感。だが、その理由は分からない。何が変わったのか。何が減ったのか。うまく言葉にならない。「......まあいい」 同じ言葉を、もう一度。 バルクは、カウンターに戻った。いつも通りに。店は、変わらず
そこにある。看板は、少し傾いたまま。武器は、雑多に並び。値札は、ばらばらで。それでも、回っていく。 その杖が、三日で三回返品されることを。 このときのバルクは、まだ知らなかった。 第一話 バルクの店
貿易都市ポルタ=ルクスの街角。 冒険者ギルドから少し外れた通りに、その店はある。看板は、
わずかに傾いていた。釘の打ち直しが甘いのか、それとも
最初からそうだったのか。直そうと思えば直せる程度の歪みだが、
放置されている。 店の中は、さらに雑多だった。剣が並び、短剣が混じり、槍が
立てかけられ、杖が束ねられている。整っているようで、整って
いない。値札はついているが、書き方がまちまちだ。丁寧に
書かれたものもあれば、殴り書きに近いものもある。新品も
あれば、中古もある。磨かれているものもあれば、そうでない
ものもある。 玉石混交。それが、この店の在り方だった。 店主――バルクは、カウンターの奥で腕を組んでいた。客が
来れば応対する。来なければ、そのまま立っている。無理に
売り込むことはしない。必要なものを、必要な分だけ売る。それで回る。そういう店だった。 ⸻
武器立てに、視線が向く。 剣。短剣。槍。杖。いつもと同じ並び。だが、その中に一つ、
異物があった。長杖。細い軸。過剰ではない装飾。先端には、
青い宝玉。光を受けて、静かに輝いている。 妙に、綺麗だった。傷がない。埃もない。この店にある他の
品とは、明らかに空気が違う。 バルクは、眉をひそめた。「......こんなの仕入れたか?」 記憶を辿る。仕入れた覚えは、ない。だが、いつから
あるのかと問われると、それも分からない。昨日、なかったとは
言い切れない。一週間前、あったとも言い切れない。 気づけば、そこにある。そんな存在だった。バルクは、しばらく
その杖を見ていた。だが、やがて視線を外す。「......まあいい」 売れるなら、それでいい。そういう判断だった。 ⸻
扉が開く。鈴が、軽く鳴った。 入ってきたのは、若い男だった。ローブは新しい。だが、
着慣れていない。見習いの魔術師。そういう空気だった。「......杖、探してるんですけど」 少しだけ遠慮がちな声。 バルクは顎で武器立てを示した。「そこだ」 それだけ。余計な説明はしない。客は、ゆっくりと歩み寄る。一本ずつ、手に取る。重さを確かめる。感触を見る。視線が、
移る。 そして止まる。あの長杖で。青い宝玉が、光を受けて揺れる。
客の目が、少しだけ変わる。「......これ、いいな」 ぽつりと呟く。バルクは、何も言わない。ただ、見ている。 ⸻
「これ、いくらですか?」 客が振り返る。 バルクは、少しだけ考えた。値札は、ついていない。そもそも、
仕入れの記憶がない。原価も分からない。だが、このまま置いて
おくのも、気持ちが悪い。「......銀貨一枚」 適当な値段。安くもなく、高くもない。処分としては、妥当。 客は、少しだけ迷った。表情に出る。「......ちょっと高いな」 正直な感想。だが、視線は杖から離れない。見た目は、いい。明らかに、他より整っている。少し考えて。「......これで」 銀貨を差し出す。バルクは、それを受け取った。杖を渡す。客が、手に取る。一瞬だけ。手元が、わずかに沈んだ。「......?」 小さな違和感。「重い......?」 呟く。だが、すぐに首を振る。「......気のせいか」 持ち直す。そのまま、店を出ていった。鈴が、また鳴る。静かに。 ⸻
店内。 バルクは、武器立てを見る。あの杖があった場所。今は、
空いている。少しだけ、隙間ができている。 違和感。だが、その理由は分からない。何が変わったのか。何が減ったのか。うまく言葉にならない。「......まあいい」 同じ言葉を、もう一度。 バルクは、カウンターに戻った。いつも通りに。店は、変わらず
そこにある。看板は、少し傾いたまま。武器は、雑多に並び。値札は、ばらばらで。それでも、回っていく。 その杖が、三日で三回返品されることを。 このときのバルクは、まだ知らなかった。