
第二十話 呪物、回る
裏庭に、木材が積まれていた。秋の朝の湿気はまだ残っている。洗濯物は相変わらず重いまま。昨日と同じ場所に、昨日と同じ顔で
垂れている。動かない。 その横で、メリアが木を選んでいた。積まれた板を一枚ずつ手に
取って、重さを確かめる。曲がりを見る。目を細めて、木目を追う。細い。軽い。均一なもの。条件を満たしたものだけを脇に置いて
いく。「ほんまに羽作るん?」 リナが腕を組んでいた。顔は完全に不安だった。昨日の宣言から
一夜明けて、期待よりも覚悟の色が濃い。「羽根」 メリアは短く言った。「いや同じやろ!羽でも羽根でも!」「少し違う」「どこがや!」「回転するのは羽根」「......なんでそこだけ細かいねん」(回転角度、傾斜七度が最適。そのくらいに削って)
れもんの声が、メリアの耳の奥に届いた。「わかった」「誰と会話しとんねん!」 リナが叫ぶ。メリアは気にしない。選んだ板を作業台の上に並べ、
刃物を取り出した。――
削る。形を整える。細く。少しだけ反るように。均一に。刃が木を
滑る音が、裏庭に静かに響く。削りくずが足元に落ちる。 女将は少し離れた軒下から、静かに見ていた。止めない。ただ、
見ている。時おり視線を洗濯物に向けて、また戻す。「まぁ......好きにしはったらええけど」 呟くように言った。「仕上がったら、ちゃんと乾きますか」「乾く」 メリアは削りながら答えた。迷いがない。「......そうどすか」 女将はそれ以上は言わなかった。 木の羽根が、四枚。削り出す。一枚ずつ、重さと形を揃える。中心に軸を通す穴を空ける。丁寧に。慎重に。組み上がる。「......それ、回るん?」 リナが覗き込んだ。「回る」「回るだけやろ?」「回す」「同じや!」 メリアは答えない。刃物を置いて、今度は細い彫刻刀を
取り出した。羽根の表面に、刻み始める。――
細い線が、びっしりと入っていく。規則的に。一定の間隔で。でも所々で省略されている。削ぎ落とされている。必要な
部分だけを残した、簡略化された式。「......なにそれ」 リナの声が低くなった。一歩、前に出る。覗き込む。また一歩引く。「回路」「びっしりやん!ほんまにびっしりやん!」「丁寧に刻まないと、摩擦で崩れる」「そういう問題じゃなくて!」(簡易式だから、出力不足になるかも)
れもんの声が来た。「改良余地があります」「完成させてから言えや!」 メリアは手を止めない。刻み終わる。四枚すべてに、同じ式が
入った。羽根が朝の光を反射する。刻まれた線が、妙に目立つ。深く、細く、隙間なく。 組み上げる。軸に差し込む。固定する。それは完成した。
――
リナが一歩引いた。「......なんか」 言葉を選んでいる。「こわない?これ」「正常」「いや形が!形が怖いって言っとんねん!」(形は、問題ない)
れもんの声が来た。「問題あるやろ!なんか呪いそうやん!」 メリアは首を傾げた。呪う、という感覚がよくわからない。式は正しく刻まれている。構造に問題はない。手で軸を押す。回る。ゆっくり。きぃ、と音がした。軸が慣れていない。木が
まだ固い。でも、回る。 メリアが手をかざす。魔力を流す。 ぶぉ......
低い音が出た。羽根が、淡く光り始める。刻まれた線が浮かび
上がる。回転が、少しずつ速くなる。 ぶぉぉぉ......
円になる。光が繋がる。輪になる。淡い、青白い輪。「......なにこれ?」 リナが後ずさる。「正常動作」――
風が出た。 弱い。でも、続く。一定のリズムで。止まらない。洗濯物が
揺れた。さっきより長く。布の端が、ゆっくりと泳ぐ。でも......。「......乾いてへん」 リナが呟いた。 メリアは洗濯物を見る。風の流れを見る。布の動き方を見る。(風力が足りない。魔力の供給も安定しない。回路を削りすぎたせいで効率が落ちてる)
れもんの分析が来た。「魔石が要る」 メリアが言った。「まだ強くすんの!?」「今のままでは、乾かすのに三日かかる」「そら困るわ......」 女将が静かに洗濯物を見ながら言った。「魔石というのは?」「動力源です。安定した魔力を供給できる」「高いどすか?」「さあ?」「......そうどすか」 回転は止まらない。一定。同じ速度で。同じ音で。 ぶぉぉぉ......
リナが額に手を当てた。「これ、止められるん?」「止められる」「今止めへんの?」「データを取ってる」「呪物がデータ取っとる!」――
夕方になった。裏庭が薄暗くなる。空が橙から群青へ変わって
いく。秋の日は短い。あっという間に落ちる。 回っている。ぶぉぉぉ......
暗くなるほどに、光が目立つ。淡い青白い輪が、裏庭の石畳に
影を作る。規則的に。一定に。止まらない。 夜になった。完全に暗くなった。灯りが少ない。宿の窓から、
ぼんやりとした明かりが漏れている。その中で、回っている。羽根。光。円。低い音。刻まれた線が、淡く光る。円環のように。途切れない。 路地の向こうから、子どもの泣き声が聞こえた。「止めて!」 リナが叫んだ。「まだ」「子ども泣いとるやん!絶対あれのせいやん!」「因果関係は不明」「明らかやろ!夜に光る呪物が回っとるんやで!?」(改良すればいける。魔石を繋げば、出力は三倍になる見込み)
れもんの声が来た。「三倍見込み」「三倍!?余計怖いわ!」 メリアは羽根を見ていた。回転している。光っている。音を
立てている。確かに形になった。動いている。続いている。 形にはなった。だからこそ。(......少しだけ、怖い)
心の中で、静かに思った。自分が作ったものが、自分の想定
通りに動いている。それなのに、どこかが怖い。理由はわかる。完成ではないからだ。まだ途中だからだ。途中のものが、夜の
裏庭で淡く光りながら回り続けている。それは確かに、少し
怖かった。「......止める」 メリアが言った。 魔力を引く。 ぶぉぉ......ぶぉ......
回転が、ゆっくりと落ちる。光が薄くなる。線が消える。止まった。 裏庭が、静かになった。 リナが大きく息を吐く。「やっと......」「魔石を探す。明日」「もう作るな!とは言えへんけど!せめて昼間に起動して!」「わかりました」 女将が暗い裏庭の縁に立っていた。止まった羽根を見ている。「......きれいどしたよ」 静かに言った。「怖かったけど」 リナが振り返る。「おかんまで!」「こわいものでも、きれいなものはきれいどす」 女将は少し微笑んで、宿の中に戻っていった。裏庭には、
止まった羽根だけが残った。光も音もない。ただの、木の塊。 でも洗濯物は、まだ乾いていない。 第二十話 呪物、回る
裏庭に、木材が積まれていた。秋の朝の湿気はまだ残っている。洗濯物は相変わらず重いまま。昨日と同じ場所に、昨日と同じ顔で
垂れている。動かない。 その横で、メリアが木を選んでいた。積まれた板を一枚ずつ手に
取って、重さを確かめる。曲がりを見る。目を細めて、木目を追う。細い。軽い。均一なもの。条件を満たしたものだけを脇に置いて
いく。「ほんまに羽作るん?」 リナが腕を組んでいた。顔は完全に不安だった。昨日の宣言から
一夜明けて、期待よりも覚悟の色が濃い。「羽根」 メリアは短く言った。「いや同じやろ!羽でも羽根でも!」「少し違う」「どこがや!」「回転するのは羽根」「......なんでそこだけ細かいねん」(回転角度、傾斜七度が最適。そのくらいに削って)
れもんの声が、メリアの耳の奥に届いた。「わかった」「誰と会話しとんねん!」 リナが叫ぶ。メリアは気にしない。選んだ板を作業台の上に並べ、
刃物を取り出した。――
削る。形を整える。細く。少しだけ反るように。均一に。刃が木を
滑る音が、裏庭に静かに響く。削りくずが足元に落ちる。 女将は少し離れた軒下から、静かに見ていた。止めない。ただ、
見ている。時おり視線を洗濯物に向けて、また戻す。「まぁ......好きにしはったらええけど」 呟くように言った。「仕上がったら、ちゃんと乾きますか」「乾く」 メリアは削りながら答えた。迷いがない。「......そうどすか」 女将はそれ以上は言わなかった。 木の羽根が、四枚。削り出す。一枚ずつ、重さと形を揃える。中心に軸を通す穴を空ける。丁寧に。慎重に。組み上がる。「......それ、回るん?」 リナが覗き込んだ。「回る」「回るだけやろ?」「回す」「同じや!」 メリアは答えない。刃物を置いて、今度は細い彫刻刀を
取り出した。羽根の表面に、刻み始める。――
細い線が、びっしりと入っていく。規則的に。一定の間隔で。でも所々で省略されている。削ぎ落とされている。必要な
部分だけを残した、簡略化された式。「......なにそれ」 リナの声が低くなった。一歩、前に出る。覗き込む。また一歩引く。「回路」「びっしりやん!ほんまにびっしりやん!」「丁寧に刻まないと、摩擦で崩れる」「そういう問題じゃなくて!」(簡易式だから、出力不足になるかも)
れもんの声が来た。「改良余地があります」「完成させてから言えや!」 メリアは手を止めない。刻み終わる。四枚すべてに、同じ式が
入った。羽根が朝の光を反射する。刻まれた線が、妙に目立つ。深く、細く、隙間なく。 組み上げる。軸に差し込む。固定する。それは完成した。
――
リナが一歩引いた。「......なんか」 言葉を選んでいる。「こわない?これ」「正常」「いや形が!形が怖いって言っとんねん!」(形は、問題ない)
れもんの声が来た。「問題あるやろ!なんか呪いそうやん!」 メリアは首を傾げた。呪う、という感覚がよくわからない。式は正しく刻まれている。構造に問題はない。手で軸を押す。回る。ゆっくり。きぃ、と音がした。軸が慣れていない。木が
まだ固い。でも、回る。 メリアが手をかざす。魔力を流す。 ぶぉ......
低い音が出た。羽根が、淡く光り始める。刻まれた線が浮かび
上がる。回転が、少しずつ速くなる。 ぶぉぉぉ......
円になる。光が繋がる。輪になる。淡い、青白い輪。「......なにこれ?」 リナが後ずさる。「正常動作」――
風が出た。 弱い。でも、続く。一定のリズムで。止まらない。洗濯物が
揺れた。さっきより長く。布の端が、ゆっくりと泳ぐ。でも......。「......乾いてへん」 リナが呟いた。 メリアは洗濯物を見る。風の流れを見る。布の動き方を見る。(風力が足りない。魔力の供給も安定しない。回路を削りすぎたせいで効率が落ちてる)
れもんの分析が来た。「魔石が要る」 メリアが言った。「まだ強くすんの!?」「今のままでは、乾かすのに三日かかる」「そら困るわ......」 女将が静かに洗濯物を見ながら言った。「魔石というのは?」「動力源です。安定した魔力を供給できる」「高いどすか?」「さあ?」「......そうどすか」 回転は止まらない。一定。同じ速度で。同じ音で。 ぶぉぉぉ......
リナが額に手を当てた。「これ、止められるん?」「止められる」「今止めへんの?」「データを取ってる」「呪物がデータ取っとる!」――
夕方になった。裏庭が薄暗くなる。空が橙から群青へ変わって
いく。秋の日は短い。あっという間に落ちる。 回っている。ぶぉぉぉ......
暗くなるほどに、光が目立つ。淡い青白い輪が、裏庭の石畳に
影を作る。規則的に。一定に。止まらない。 夜になった。完全に暗くなった。灯りが少ない。宿の窓から、
ぼんやりとした明かりが漏れている。その中で、回っている。羽根。光。円。低い音。刻まれた線が、淡く光る。円環のように。途切れない。 路地の向こうから、子どもの泣き声が聞こえた。「止めて!」 リナが叫んだ。「まだ」「子ども泣いとるやん!絶対あれのせいやん!」「因果関係は不明」「明らかやろ!夜に光る呪物が回っとるんやで!?」(改良すればいける。魔石を繋げば、出力は三倍になる見込み)
れもんの声が来た。「三倍見込み」「三倍!?余計怖いわ!」 メリアは羽根を見ていた。回転している。光っている。音を
立てている。確かに形になった。動いている。続いている。 形にはなった。だからこそ。(......少しだけ、怖い)
心の中で、静かに思った。自分が作ったものが、自分の想定
通りに動いている。それなのに、どこかが怖い。理由はわかる。完成ではないからだ。まだ途中だからだ。途中のものが、夜の
裏庭で淡く光りながら回り続けている。それは確かに、少し
怖かった。「......止める」 メリアが言った。 魔力を引く。 ぶぉぉ......ぶぉ......
回転が、ゆっくりと落ちる。光が薄くなる。線が消える。止まった。 裏庭が、静かになった。 リナが大きく息を吐く。「やっと......」「魔石を探す。明日」「もう作るな!とは言えへんけど!せめて昼間に起動して!」「わかりました」 女将が暗い裏庭の縁に立っていた。止まった羽根を見ている。「......きれいどしたよ」 静かに言った。「怖かったけど」 リナが振り返る。「おかんまで!」「こわいものでも、きれいなものはきれいどす」 女将は少し微笑んで、宿の中に戻っていった。裏庭には、
止まった羽根だけが残った。光も音もない。ただの、木の塊。 でも洗濯物は、まだ乾いていない。