第2話 見知らぬ地に座り込んで
おかしいだろ。
どうして俺なのだ。別の人でも良かっただろ。
もっと異世界を望んでいる人はいただろ。
偏見かもしれないが、俺が知っている異世界物の主人公は、大抵は現世に満足していなかった人たちだ。
現世のことなんかどうでも良くて、すぐに異世界に馴染んでしまうような人たちだ。
でも俺は違う。
違う。
彼らとは違う。
異世界に行かなくたって、俺は幸せだった。
俺は両親に感謝していたし、真面目に夢を持って仕事をしていたのだ。
俺は現世で既に幸せだったのだ。
そこに宝くじが当たって、幸せが加算されるべきだったのだ。
とはいえ、宝くじも当たらず、事故にも遭わず、急に異世界に転移なんてしていたら少しは話が違ったかもしれない。
でも、俺は事故に遭ったあの瞬間に気づいたのだ。
宝くじなんて当たらなくても、俺は十分に幸せだった。
それを実感できたのだ。
だからこそ、生きたいと思った。
これで終わりにしたくないと思った。
俺は俺の人生の続きを歩みたいと思った。
......だが、それももう終わりだ。
何せ、ここは異世界なんだ。
帰りたくても帰れない、そんな場所なんだ。
せっかく拾った命ももう終わりだ。
知らない世界にぽつんと一人。
恐らく、この世界で俺にできることは無いのだろうな。
元の世界の知識を使って無双するような異世界物を知らないわけじゃない。
でも、俺にはその無双できるような知識が無いのだ。
それにまず、言語がわからない。
何かをするにしても、まずは言語の勉強だ。
だが、やる気になれない。
言語を話せるようになったからと言って、何かが出来るわけでもない。
せめて転生ならな。そんな風に思う。
あの事故で命を落とし、この世界で赤ん坊として生まれていれば、話は少し違っただろう。
育つにつれて言語を覚えられるし、この世界の常識も知ることができる。
それに、転生なら元の世界にも諦めがついただろう。
転生するということは、一度死んでいるのだ。
死んだからしょうがない。
元の世界のことは忘れてこの世界で生きていこう。
そう思えたのではないだろうか。
だが、俺は転移だったのだ。
知らない世界に知らない言語。
この世界の常識すらもわからないまま、俺はここに座ることしかできないのだ。
半ば諦めながらぼんやりと遠くを眺めていると、1本の長い剣を腰に下げた茶髪の少年が走ってきた。
全力疾走という表現が相応しいだろう。
10歳くらいだろうか。
年齢の割にはよく鍛えられた体なのが遠くから見てもわかる。
そんな少年が焦った表情を浮かべながら、こちらに来ているのだ。
そんなに急がなくてもいいだろうに。
俺は逃げも隠れもしない。
ずっとここに座ってるんだ。
急ぐ理由なんて何もないだろう。
俺のところまで来ると、少年は急に俺の手を引っ張りながら、叫びだした。
「......げろっ」
俺の顔は少し明るくなった。
少年は緊迫した表情でもう一度叫んだ。
「早く逃げろっ」
聞き間違いじゃない。彼は俺の知ってる言葉を喋ったのだ。
嬉しかった。
孤独じゃなかった。
俺はこの世界で一人じゃなかったのだ。
それだけで俺の目からは涙が溢れた。
「何をっ、してるんだっ、早く、逃げろっ」
少年の息は上がっていた。
焦った表情をしながら、ぐいぐいと俺の手を引っ張ってくる。
そうだ。逃げるんだ。
日本語を話せる少年が逃げろと言ってるんだ。
何から逃げるのかは分からない。だが、俺は逃げなきゃいけないのだろう。
この少年の善意を無駄にしてはいけない。
俺は、逃げる。
そう決意し、少年の顔を見返すと、少年の顔に焦りはなかった。
絶望。
一言で表すならそうだろう。少年は全てを諦めたような顔をしていた。
俺が気付いた時にはもう遅い。
少年の後ろには白い仮面を着け、黒いコートに身を包んだ男が剣を片手に立っていた。
彼は何かを言いながら少年を押しどけ、俺の方に歩いてくる。
俺の首に白い線が入り、温かいものが噴き出した。