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第4話 生後2か月

 異世界に来たとしても、転生なら諦めがつく。
 そんなことを思っていたのはどこのどいつだろうか。

 実際に転生した身からすれば、たまったもんじゃない。
 転生よりも転移の方がよっぽど良い。
 転移であれば、肉体はそのままだ。
 どこで何をしていようが、俺は俺だったのだ。

 でも、転生は違う。
 変に前世の知識があるだけで、生命体としては全く別物なのだ。
 この身体でどんなに頑張って元の世界に帰ったとしても、きっと家族も友人も、前世の俺としては認めてくれないだろう。
 どんなに願い、努力をしても、親戚のバイク屋で修業をしながら一流整備士を目指していた俺にも、宝くじで5000万円を当てた俺にも、バイク事故で異世界に転移した俺にも、あの日までの俺にはもうなれないのだ。

 俺が出来ることは、新しい身体で新しい人間として生活を送ることだけなのだ。
 ただ、そんな出来ることの少ない俺でも、過去を振り返ることだけは出来てしまうのだ。
 あの時こうすれば良かった、ああすれば良かったという後悔だけはすることが出来る。
 そして何もできない不甲斐なさで押し潰される。
 転生というのはそういう物だ。

 それに赤ん坊という立場である以上、大したこともできない。
 新生児ってのはやはり暇だ。
 若い女性の乳を飲むという行為には、最初はドキドキもしたさ。
 でも、そんなものはすぐに慣れてしまう。
 今となってはただの作業だ。与えられれば乳を吸う。それだけのことだ。 

 外に出ることもなく、変わらないベッドの上で、変わらない景色を眺めるだけ。
 日用品は恐らく何日かに一回配達されるのだろう。
 どこかに何かを買いに行くなんてこともない。
 刺激の全くない生活なのだ。
 出来ることいえば、精々前世を思い出して大泣きすることくらいだ。
 赤ん坊という立場を利用して大泣きするのだ。

 だが、そんな変わらない生活の中でも、最近、一つだけ気になることがある。
 俺が生まれてからもうかれこれ2か月くらい経っただろう。

 しかし、俺はこの身体に生まれてから、一度も男性を見ていないのだ。
 つまり、父であろう男を見ていないのである。

 俺の世話をしてくれるのは母であろう女性だけだ。
 生まれてすぐの俺を逆さにして尻を叩いてきた白髪の老婆は、次の日からはいなくなっていた。
 きっと、助産師か何かだったのだろう。

 生まれてから今まで、母は付きっ切りで俺の世話を1人でしていた。
 俺が泣けばあやすし、頻繁にオムツをチェックして、汚れていれば交換する。
 昼夜問わず、2時間くらい経つ度に、俺に乳を与える。

 そんな彼女を見ていると、少し心が痛むところがある。
 彼女は俺のために身を削って、一人で世話をしてくれているのだ。
 なのに俺は、そんな彼女に甘えて、暇つぶしのように前世を思い出して泣き続けているのだ。
 赤ん坊は泣くのが仕事。そう言い聞かせて甘え、俺はまた大声で泣くのだ。

 俺が泣くと、彼女は急いで俺に駆け寄り、あやすのだ。
 そうしてくれるのが心地よかった。
 辛かったね、頑張ったねと、俺を労ってくれているような気がしたのだ。
 だからこそ、甘え、また泣いてしまうのだ。

 だが、今回は何かが違う。
 俺は絶賛大泣き中だ。にも関わらず、母は来ない。
 いつもならすぐにでも駆け寄ってくれるのだが、今回は来ない。
 様子がおかしい。
 
 すると、ぼさぼさになった長い茶髪を持つ女性が、ゆっくりと歩いてきた。
 俺の母だ。
 呼吸が荒く、足取りがおかしい。
 身体は完全に脱力し、ゾンビのようだ。

 彼女は俺の寝ているベッドまで来ると、俺に覆いかぶさるように四つん這いになり、俺の首に銀色の物を近づけた。

 ......ナイフだ。

 彼女の顔は疲れ切っていた。
 全てを諦めたような顔をしていた。

 赤ん坊の俺は動くことができない。
 逃げられない。
 泣いても無駄だ。この家には母以外の人間はいない。

 しかし、何故彼女はこんなことを?

 いや、俺は育児の経験はないが、うっすらと気付いていた。
 彼女は育児に疲れていた。

 だからと言って......
 嫌だ。やめてくれ。俺はもう死にたくない。
 俺が何をしたって言うんだ。
 俺は赤ん坊として乳を吸って泣いていただけだ。
 そう、ただ泣いていただけだ。
 そうして母にあやしてもらって......

 もしかして、俺のせいなのか?
 いや、俺のせいだな。

 そりゃ、俺が前世の記憶なんて持っていない純真無垢な赤ん坊なら、可哀そうな話だろう。
 一人身の母親の元に生まれ、その母親が育児に疲れ、生後2か月で母親の手によって殺められるのだ。
 100%母親が悪い。悲劇と言っても過言ではないだろう。

 だが、俺には前世の記憶があった。
 育児をイージーモードにすることだってできたはずなのだ。
 全く泣かない、手のかからない子供を演じることだってできたはずだ。
 母が一人で育児をしているのも、父がいないのも知っていた。
 母が育児に疲れているのも、うっすらと気づいていた。
 にも関わらず、俺は泣き叫び続けた。
 彼女に甘え、まるで自分が世界で一番不幸なのだと主張するように泣き続けた。

 これは母が俺を殺すのではない。
 俺の甘えが俺を殺すのだ。

 転生し、別の人間としてだが、再度人生を送るチャンスを手に入れたにも関わらず、俺は活かせなかった。
 俺という人間はいつもこうだ。
 うじうじと現状を受け入れず、終わった後になって、やっと恵まれた環境であったことに気づくのだ。
 
 この死は、そんな俺に対する戒めだ。
 異世界転移と異世界転生。チャンスは二度もあったのだ。
 本来ならバイクの事故で死んでいた。本来なら剣で斬られて死んでいた。
 今回は生後2か月で母親にナイフで殺されるのだ。

 もし、だ。
 もし三度目のチャンスがあるのなら、その時は目の前のことに対して全力で取り組もう。

 都合の良いことを言ってるのは分かってる。
 もう一回、あと一回だけでいい。

 だから、どうか......

 三度目のチャンスを......


 俺にくれ。
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異世界輪廻の終着点作者:かにたべ隊
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第4話 生後2か月

 異世界に来たとしても、転生なら諦めがつく。
 そんなことを思っていたのはどこのどいつだろうか。

 実際に転生した身からすれば、たまったもんじゃない。
 転生よりも転移の方がよっぽど良い。
 転移であれば、肉体はそのままだ。
 どこで何をしていようが、俺は俺だったのだ。

 でも、転生は違う。
 変に前世の知識があるだけで、生命体としては全く別物なのだ。
 この身体でどんなに頑張って元の世界に帰ったとしても、きっと家族も友人も、前世の俺としては認めてくれないだろう。
 どんなに願い、努力をしても、親戚のバイク屋で修業をしながら一流整備士を目指していた俺にも、宝くじで5000万円を当てた俺にも、バイク事故で異世界に転移した俺にも、あの日までの俺にはもうなれないのだ。

 俺が出来ることは、新しい身体で新しい人間として生活を送ることだけなのだ。
 ただ、そんな出来ることの少ない俺でも、過去を振り返ることだけは出来てしまうのだ。
 あの時こうすれば良かった、ああすれば良かったという後悔だけはすることが出来る。
 そして何もできない不甲斐なさで押し潰される。
 転生というのはそういう物だ。

 それに赤ん坊という立場である以上、大したこともできない。
 新生児ってのはやはり暇だ。
 若い女性の乳を飲むという行為には、最初はドキドキもしたさ。
 でも、そんなものはすぐに慣れてしまう。
 今となってはただの作業だ。与えられれば乳を吸う。それだけのことだ。 

 外に出ることもなく、変わらないベッドの上で、変わらない景色を眺めるだけ。
 日用品は恐らく何日かに一回配達されるのだろう。
 どこかに何かを買いに行くなんてこともない。
 刺激の全くない生活なのだ。
 出来ることいえば、精々前世を思い出して大泣きすることくらいだ。
 赤ん坊という立場を利用して大泣きするのだ。

 だが、そんな変わらない生活の中でも、最近、一つだけ気になることがある。
 俺が生まれてからもうかれこれ2か月くらい経っただろう。

 しかし、俺はこの身体に生まれてから、一度も男性を見ていないのだ。
 つまり、父であろう男を見ていないのである。

 俺の世話をしてくれるのは母であろう女性だけだ。
 生まれてすぐの俺を逆さにして尻を叩いてきた白髪の老婆は、次の日からはいなくなっていた。
 きっと、助産師か何かだったのだろう。

 生まれてから今まで、母は付きっ切りで俺の世話を1人でしていた。
 俺が泣けばあやすし、頻繁にオムツをチェックして、汚れていれば交換する。
 昼夜問わず、2時間くらい経つ度に、俺に乳を与える。

 そんな彼女を見ていると、少し心が痛むところがある。
 彼女は俺のために身を削って、一人で世話をしてくれているのだ。
 なのに俺は、そんな彼女に甘えて、暇つぶしのように前世を思い出して泣き続けているのだ。
 赤ん坊は泣くのが仕事。そう言い聞かせて甘え、俺はまた大声で泣くのだ。

 俺が泣くと、彼女は急いで俺に駆け寄り、あやすのだ。
 そうしてくれるのが心地よかった。
 辛かったね、頑張ったねと、俺を労ってくれているような気がしたのだ。
 だからこそ、甘え、また泣いてしまうのだ。

 だが、今回は何かが違う。
 俺は絶賛大泣き中だ。にも関わらず、母は来ない。
 いつもならすぐにでも駆け寄ってくれるのだが、今回は来ない。
 様子がおかしい。
 
 すると、ぼさぼさになった長い茶髪を持つ女性が、ゆっくりと歩いてきた。
 俺の母だ。
 呼吸が荒く、足取りがおかしい。
 身体は完全に脱力し、ゾンビのようだ。

 彼女は俺の寝ているベッドまで来ると、俺に覆いかぶさるように四つん這いになり、俺の首に銀色の物を近づけた。

 ......ナイフだ。

 彼女の顔は疲れ切っていた。
 全てを諦めたような顔をしていた。

 赤ん坊の俺は動くことができない。
 逃げられない。
 泣いても無駄だ。この家には母以外の人間はいない。

 しかし、何故彼女はこんなことを?

 いや、俺は育児の経験はないが、うっすらと気付いていた。
 彼女は育児に疲れていた。

 だからと言って......
 嫌だ。やめてくれ。俺はもう死にたくない。
 俺が何をしたって言うんだ。
 俺は赤ん坊として乳を吸って泣いていただけだ。
 そう、ただ泣いていただけだ。
 そうして母にあやしてもらって......

 もしかして、俺のせいなのか?
 いや、俺のせいだな。

 そりゃ、俺が前世の記憶なんて持っていない純真無垢な赤ん坊なら、可哀そうな話だろう。
 一人身の母親の元に生まれ、その母親が育児に疲れ、生後2か月で母親の手によって殺められるのだ。
 100%母親が悪い。悲劇と言っても過言ではないだろう。

 だが、俺には前世の記憶があった。
 育児をイージーモードにすることだってできたはずなのだ。
 全く泣かない、手のかからない子供を演じることだってできたはずだ。
 母が一人で育児をしているのも、父がいないのも知っていた。
 母が育児に疲れているのも、うっすらと気づいていた。
 にも関わらず、俺は泣き叫び続けた。
 彼女に甘え、まるで自分が世界で一番不幸なのだと主張するように泣き続けた。

 これは母が俺を殺すのではない。
 俺の甘えが俺を殺すのだ。

 転生し、別の人間としてだが、再度人生を送るチャンスを手に入れたにも関わらず、俺は活かせなかった。
 俺という人間はいつもこうだ。
 うじうじと現状を受け入れず、終わった後になって、やっと恵まれた環境であったことに気づくのだ。
 
 この死は、そんな俺に対する戒めだ。
 異世界転移と異世界転生。チャンスは二度もあったのだ。
 本来ならバイクの事故で死んでいた。本来なら剣で斬られて死んでいた。
 今回は生後2か月で母親にナイフで殺されるのだ。

 もし、だ。
 もし三度目のチャンスがあるのなら、その時は目の前のことに対して全力で取り組もう。

 都合の良いことを言ってるのは分かってる。
 もう一回、あと一回だけでいい。

 だから、どうか......

 三度目のチャンスを......


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