凪いでいる。
その日の夜は、長かった。
つまらない、飽きた。そんな感覚はもうない。
代わりに、私の心をナニカに変えていく恐怖だけがあった。
一人の私が言う。
「私だけならまだしも、他人を巻き込んじゃだめだよ!」
なにをいまさら、綺麗事を言っている。
今まで何人の人に手を出して、無駄に希望を持たせて、傷付けてきた?
お前だろ? 高木柊。お前が周りの人を傷付けてきたんだ。
今にもなって善人ぶるな。もう希望を持つな。
彼に、ケイくんにいろんな光をもらったじゃないか。
私はもう、充分に幸福だ。味わって、咀嚼して、飲み込んで。
腹は十二分に満たされた。
お腹いっぱいだ。
これを全て彼に還元する。なぜか死ぬ彼を、絶対助ける事に全部、賭ける。
正直、つばきちゃんの救出は、比較的小規模だ。
ケイくんの死は、不明瞭かつ、なにか裏のあるような、そんな予感がする。
だから、これなら確実に助かるって確信したい。
彼の死の背景が、どれぐらいの規模なのか分からないから。
私の幸福じゃ、まだギャンブルだ。
「だからだめだって! 他人は他人だよ!? その人の人生がある!」
は? だからなに?
私がどん底まで不幸になって、自殺より重い、地獄の人生を歩もうとしてるんだ。
それに少量の人間を加えるぐらい、どうってことないだろ?
世界の人口に比べたら、彼の生存に繋がるなら、小さいことだ。小さすぎる。
なら、巻き込もう。私が終わるなら、変わらない。
彼が助かるなら、変わらない。
何も変わらない。微々たるもの。
「いやだよう、誰か私を止めて!」
だまれ。
頭に響くノイズに命令するたび、私は黒くなる。
ナニカに蝕まれていく。まだ灰色だった私がどんどん色を濃くしていく。
私の心に産まれたナニカは、もう私を変えさせたくてしょうがなかったようだ。
苦しいわけでもなかった。逆にこの、胸の痛みが愛おしい。
飽きない、つまらなくない。飽和するまで、続いてほしい。
頭の中の誰かは言う。
それでも、私の色を変えるのだけはやめてくれ。
私はまだ、このままの私でいたい。
黙れって言ってるだろ。生きる価値もない、足を引っ張るだけのクズが。
誰か、助けて。誰か。
お母さん。お父さん。つばきちゃん。......ケイくん。
うるさい。静かにしろ、私にしがみつくな。
お願い、やめて。あなたは私なんでしょ?
痛みが、ひどくなってきた。
だんだん、息ができなくなって。
言うまでもない。
苦しい。もう、飽きた。
眠りたい。でも、朝が来てしまう。
太陽にはしばらく消えてほしい。眩しいだけの、光で無駄に照らすだけの、ただの能無し。
陽が来なくても、みんな生きられるんだから。
私は、凪いでいる。それは無駄に女らしくなった身体だけで。心は、ただ正反対だ。
ほとんどを経験してきたはずのに、勝手に大人になる身体についていけないなんて。
情けない。
だから、胸の中にうるさいガキがいるんだ。
そういえばと、身体を起こした。ただ、ため息が出る。
部屋の窓の外が少し明るい。来るなと言ってるのにせがんでくる。
仕方ない。
朝になってしまったのなら、行こう。
行く必要のない、夏休みの学校へ。