She‐Devil
魔女は、この数年、大忙しでした。
王子のために「シンデレラ」を用意しなければならないのです。
見栄えの良くない娘であろうと構いませんでした。見目など、魔法の力でどうにでもなりましたから。
気立ての良い娘など必要ありません。
もちろん、優しく愚かで騙されやすい娘の方が楽ではありますけど。
依存心の強い、繊細で我儘な娘。気弱で自立心の欠片もない娘。自尊心だけは強く、自身を過剰に評価している娘。そんな娘はごまんといましたから、「人材」に欠くことはありませんでした。
魔女は慈悲深い笑みを湛えて、娘達に近づきます。娘達は警戒心など抱かず、魔女を受け入れました。
「待っていました」とばかりに瞳をきらきらさせているのです。
娘達は大抵「今の自分」に不満を持っていました。そして自分を救ってくれる者をいつだって待ち焦がれていました。
いつか善い魔法使いがやってきて、自分を不幸の枷からはずし、幸せにしてくれる魔法をかけてくれると、娘達は願っているのです。
不幸な私をここから連れ出して......――
窓辺に肘をついて、娘たちは祈っていました。
窓は開け放たれているのに。
魔女は娘に同情してやり、優しく励まし、それからもったいぶらずに魔法をかけて、「みすぼらしい娘」を美しく変身させてやりました。
それは、とても楽な作業でした。飽き飽きするほどに。
「王子に名を問われたら、シンデレラと答えるのですよ。そして時計の針が十二時をさす前に立ち去りなさい。魔法は、そこで解けてしまいますからね。それからさりげなく、そのガラスの靴を階段に置いていくのですよ。それだけが王子の手元に残りますからね」
謎めいた娘を演出するよう、事細かに助言しなければなりません。
魔法の威力を体感した娘は、それだけで魔女の言葉すべてを信用し、言葉通りに行動することを誓い、深々と頭を下げて礼を述べました。
娘達は、いともたやすく魔女のかけた罠に落ちてしまいます。
今の暮らしに不満を抱き、特別な誰かに選んで欲しいと願っていたからです。
自分から何をするでもなく、ただ受動的に生きている娘達は、今の自分は「本当の自分」ではないと思い込み、あるいは思い込みたがっているのです。
だからこそ易々と魔女の仕掛けた罠に自ら飛び込んでいくのです。
魔女は笑顔の下で娘達を蔑んでいました。
「なんと他愛なく、愚かな娘達だろう」
同情心など露ほどもわいてきません。失望だけが魔女の心底に溜まるだけでした。
選んだ娘の前に立ち、魔法をかける刹那、僅かに抱く期待は、いつも虚しく散ってしまいます。それが魔女にはもどかしく、ひどく苛立たしいのです。
どの娘も同じ。同じ反応を示し、同じよう堕落していく。「シンデレラ」でしかありえない娘達。
魔女もまた「待つ」者だったのでしょう。待つだけしかできない娘達は、まるで鏡に映った自分でした。
魔女に魔法をかけられ、王子に囲われたシンデレラ達は、もう、もとの姿の原型もとどめていないでしょう。土をかぶせられたかどうかすら定かではありません。
寝所で弄ばれ、地下牢で嬲られ、シンデレラ達は血の海の中、狂い死にゆくばかりでした。
愚かな娘が、愚かな屍を残すばかりでした。
啜り泣く惨苦の声も、助けてという窮迫した絶叫も、もはや魔女の耳には届きません。
そして今夜も、王子の依頼を受け、魔女は貧しい下町に降り立ちました。
つややかな長い黒髪をフードに隠し、ガラスで作られた細い魔法の杖を持った魔女は、娘の前に姿を見せるのです。ため息をつき、他人を羨んでばかりいる娘の前に。
魔女は優しく微笑みかけます。
「――可哀相な娘さん。さあ、あなたに魔法をかけてあげましょう。あなたが望む、そのとおりに」