Sorcery
可哀相な私。......可哀相な......シンデレラ......。
シンデレラは泣き崩れ、床にうずくまって啜り泣いていました。己が身を憐れみ、ひたすら泣き続けました。
「......あなたも同じね」
頭上から声がして、反射的に顔を上げるまで。
明日には、シンデレラは地下牢に移されることが決まっています。場所がどこであれ、シンデレラにとってさほどの違いはありません。
寝台しかないその部屋に置き去りにされ、三日が経っていましたが、シンデレラにはそれすらわかりませんでした。窓はなく、ろうそくの灯りが唯一の光でした。
与えられた絹の衣装は引き裂かれ、血に汚れていました。首や腕につけていた煌びやかな宝石が床に散らばっています。ちぎられ、飛び散った様々な色の高価な宝石は、もはや誰にも褒め称えられることなく、血反吐に塗れ、石ころ同然となっていました。
シンデレラは泣き続けました。打擲され、腫れあがった頬にとめどもなく涙が流れます。
「誰か......誰か助けて。ここから連れ出して。もとの......もとの私に、戻して」
呻くようにそう言っては、さめざめと泣き続けるのです。
そんなシンデレラを、侮蔑したように見下ろす者がいました。
シンデレラという名を与えた、魔女でした。
長い黒髪を床にたらして傲然と立ち、シンデレラを見下ろして言いました。
「懲りないわね、あなた達は。同じ事を繰り返して」
魔女は鼻先で笑いました。嘲った声音を隠しもしません。
「ねえ、本当は知っているのでしょう?」
シンデレラは顔をひっぱられ、眇めた目で魔女を見ました。
私の前に現れて、不思議な魔法の呪文を唱えた魔女。
――この魔女のせいで。
いったい私が何をしたというの?
燃える目で魔女を睨みつける。唾を吐きつけてやりたかったが、唇が震えてそれすらできない。
「おやおや」
くすくすと魔女は笑う。
「恨みがましい顔だけはできるのね」
魔女はシンデレラの薄汚れた金の巻き毛を掬い取りました。金の髪はごわつき、埃にまみれ、美しかった頃の面影すらありません。
「まだ手足もかろうじて動くでしょうに」
「............」
「扉に、鍵などかかっていない。この部屋の前には見張りすらいないと、貴女は知っているでしょうに」
「............」
「ええ、もちろん、城には警護の兵士がいるわ。けれど、もう誰もあなたを見張ってなどいない。そんな価値も、もうないものね」
「............」
シンデレラは唇を噛み、魔女から顔を背けました。
「わたくしのせいだと恨むのは良いけれど。それだけ?」
何もしないの? と、煽ってみせる。
貴女をいま辱めせせら笑っている、このわたくしに? ただ睨みつけて、それで......?
「憐れんでほしいのかしら?」
「......ちがう」
「あら、そう?」
艶然とした魔女の微笑はあまりにも残酷で、シンデレラの目からとめどもなく涙があふれていました。
瞳は濁り、もう何も見えていないようでした。
「悲劇に酔って狂い死んでいくほうが、貴女には楽でしょうね。そうしてさしあげるわ」
魔女はあざ笑いました。あるいは、唆すように。
「そろそろわたくしも飽きてきたわ。......今度こそは違う結果をみられると思ったけれど」
毎度毎度、同じ結末。なんてつまらないのかしら。
魔女はそう言って、シンデレラをじっと見つめました。シンデレラは腹部を抱えて、震えています。そして驚いたことに、魔女の手を振り払ったのです。
思いがけず、それは力づよいものでした。
シンデレラの頬に、もう涙は伝っていませんでした。
魔女は興味深げに、今、ここにいるシンデレラを改めて見つめました。
おそらくはまだ余命があるだろう、金の巻き毛のシンデレラ。魔法で見目を整形せずに済んだ、元から美しい少女だったことを、魔女は思いだしました。
魔女は口角をあげ、皮肉げに笑いました。
「貴女達は、自ら生きたことなどないのでしょうね? 選ばれた者でありたいと願い、救い出してほしいと願い、死に逝く今も、誰かに助け出して欲しいと、ただ泣くしかできない」
「............そんな......」
「貴女の願ったとおりの、道筋ね?」
「ち、違うわ! こんな酷い運命を、私は、願ったりしなかった! あ、あなたが私をこんな所に連れてこなかったら!」
「連れて? おお、いやだ。責任転換だけは達者だこと。舞踏会に行けるよう支度を整えてあげただけよ、わたくしは。舞踏会に行くよう強制した覚えはないわ。行くか行かないか、それを選んだのは貴女達でしょうに」
シンデレラ達に魔法をかけたのは事実でした。
美しく変身させて、「王子様と出会える舞踏会」へ行く手筈も整えてあげた、ただそれだけの「魔法」。
「行かないという選択肢もあったのよ?」
「......っ」
シンデレラは言い返すことが出来ませんでした。
魔女の言うことは屁理屈だと内心で思っていても、たしかに、舞踏会に行くべく、強制的に連れ出されたわけではなかったのです。
――私自身が行きたいと願った。綺麗なドレスを着て、華やかな舞踏会で、思う存分羽を伸ばして遊びたかった。
たったそれだけの、ささやかな願いではないか......――
魔女はあの時こう言ったのです。
「さあ、シンデレラ。あなたの望むようになさい。わたくしはきっかけを与えました。その先はあなたが選ぶのです」
今も、魔女はシンデレラの前に現れて、......また同じ事を口にしました。
あの時とは違う、少し厳しい面持ちと口調で。
「わたくしは貴女に〈きっかけ〉を授けましょう。さあ、愚かなシンデレラ。貴女に魔法をかけてあげます」
言ってから、魔女はシンデレラの長い金の巻き毛をばっさり切り落としました。絹の衣装も同様に短く丈を切ってやりました。
シンデレラの手足に枷はありません。
そして、皮で作られた黒い靴が置かれました。
「......さあ、シンデレラ。後は、貴女の望むようになさい」
魔女は、うずくまったままのシンデレラをその場に残し、立ち去りました。
何度繰り返したかわからない「最後の魔法」の効果を、見ることなく。
――その晩のことでした。
魔女は、王子の夜伽をしていました。シンデレラに厭いた日は、魔女が王子の寝床を温め、なぐさめてあげていたのです。
膝枕をしてやり、猫を撫でるように王子の髪を撫でていた、その時でした。
衛兵が、「シンデレラ」の一人が脱走したと、報せに来ました。
驚いた王子は体を起しました。けれどすぐ魔女に「放っておきなさいな。また新しいシンデレラを連れてきてあげるわ」と宥められ、「それもそうだ」と再び魔女に身を任せました。
小娘一人逃げ出したからといって、何ができるわけでもなかろう。
どうせのたれ死ぬのがオチだ。
魔女は王子の髪を撫でてやりながら、視線を窓の外に流しました。
細い傷痕のような月が雲間に見えました。けれどその月も厚い雲に隠れて見えなくなりました。カタカタと窓が鳴ります。風が強くなってきたようでした。
今宵は闇夜。
逃げ延びることも、あるいはできるかもしれない......。
無駄かもしれない。
けれど、初めて「魔法」の効き目があったことは、間違いありません。
魔女はかすかに笑みました。
何かが、変わるだろうか。あるいは、やっと終わるのだろうか。
魔女は我知らず、震えていました。
生き延びた「生命」がやがてもたらすであろう、その未来を予感して。