Cinderella
王族の、それは傲慢な遊びの一つでした。
「シンデレラごっこ」は、時経てもなお、続けられたのです。
魔女の力を借りるまでもありませんでした。
魔女のふりをして、贅沢なドレスや宝石を与えて身支度を整えてやれば、娘達は少しばかり不審に思いながらも、安易に城へついてくるのです。
国を治める王家のゆがみは、そのまま国自体にゆがみになっていました。
シンデレラごっこを始めた王子は、今では国王になっていました。王妃をむかえ、世継も授かりました。
けれど淫蕩な王は、享楽的な舞踏会を開いては、その都度新たなシンデレラを見つけ、己の悦楽の牢獄に娘たちを閉じ込めました。
国王は国政を疎かにし、贅沢三昧の日々を過ごしていました。
あるいはもう、国王は正気を失っていたのかもしれません。
国王を諌める者は誰ひとりとしていませんでした。おそらくはもう国そのものが狂気に吞まれてしまっていたのでしょう。
かつては「王子」の一番そば近くに控えていた黒髪の魔女も、もはや用済みになっていたのです。
房事の相手をすることもなくなり、声がかかることもありません。それでも魔女は王城に身を置いて、......待っていました。
「真夜中、十二時を報せる鐘の音が鳴り止んだら、魔法は解けてしまいますからね」
かつて、幾人ものシンデレラにかけたその言葉。
魔女は時計塔を見上げました。巨大な白い時計。二つの黒い時計の針。時計の針は十二時をさしたまま、止まっています。錆びついた針は動きません。朽ちていくのを待っているようでした。
そして魔女もまた、待っているのです。
魔女は耳を澄ませ、聴こえるはずのない鐘の音を聴いていました。
ずっと鳴り続けて、止むことのない鐘の音。あるいはそれは風が運んでくる、悲鳴か。
魔女は飽かず、待ち続けました。
鐘の音が止むのを、待っているのです。
毎夜、時計塔を見つめて。
その日がくる予感を胸に抱いて。
そして......それは運命的ともいえる、ある夜のことでした。
新月の美しい宵でした。
開かれた舞踏会で国王は格別に美しいシンデレラを見つけました。まだあどけなさの残る、金の巻き毛の美少女でした。
居丈高で、高慢な態度の少女でしたが、国王を前にして臆することなく、優美に礼をとりました。
今まで作りあげてきたどんな「シンデレラ」とも違う。いや、「シンデレラ」などという薄汚い娘ではない。
目を瞠る思いで、国王は娘に名を問いました。
輝くばかりに美しい娘は、どこか懐かしさを感じる笑みを国王に向けました。
慕わしげで、蠱惑的なその声。
「私の名は、シンデレラですわ、陛下」
少女は嫣然と微笑みました。
――生まれた時から、私の名はシンデレラ。陛下に会うために来たのです。
その微笑に、声音に、国王は囚われました。
初めてのことだったのです。胸が高鳴ったのは。このような強い意志を秘めた娘は、今まで一人もいなかったのです。
自らの意思で娘はここにきて、「シンデレラ」を名乗ったのです。
他愛無く、国王は崩れ落ちました。
ほんとうに、たったそれだけ。
国王は少女にひれ伏し、華奢な足先に口づけました。
その夜、国王はシンデレラを離さず、真夜中を過ぎても、当然帰しはしませんでした。もちろん、ベッドから離さず、牢獄に閉じこめることもしませんでした。
国王は壊れ物に触れるようにして、シンデレラを自らの手で寝室に運び、この上なく優しい愛撫を与えました。激しく、シンデレラをかき抱きました。シンデレラも、初心な反応を見せながらも、悩ましげな嬌声をあげて、国王に応えました。
「おお、なんと美しいシンデレラ! そなたは、輝くダイヤモンドのようだ! 灰の中に埋もれさすのは惜しすぎる」
国王の賛辞を、シンデレラは恍惚とした表情で聞き入っていました。
嬉しゅうございますわ。そう答えると、今度は少女から国王へ愛撫を与えました。
その手に、口に、国王を捕らえ、ねぶり、甘噛みをし、国王を翻弄し続けました。シンデレラは国王の精を吸い続けました。絞る取るように、何度も何度も。
国王は、金色の巻き毛に縛られ、愉悦に埋められてゆきました。
三日もあれば、足りました。
国王は、シンデレラの虜となっていたのです。
なんて他愛無いんだろう......――
満月の夜、シンデレラは、寝入っている国王の傍に座っていました。
衰えた肉体が無残なほどでした。若く美しかった「王子」の面影はすっかり消えてしまっています。
何度も激しく抱かれ、少女の体は汗と唾液と精に塗れていました。それらを拭うのも億劫で、素裸のまま、寝台の端に腰をおろしていました。
国王はうつ伏せになっています。精根尽きた様子で、目覚める気配はありません。
なんて醜いのかしら、とシンデレラは歎息します。そして、冷笑が口元をゆがませました。
シンデレラはうすら笑ってしました。
「ダイヤモンドのようですって、わたしは」
そして、国王の寝室に、先ほどまでは居なかった人に話しかけました。
窓辺に、長い黒髪をたらした魔女が立っていました。月を背後にしていましたが、魔女の微笑みがはっきりとシンデレラの瞳に映ります。
老いの陰りは魔女にはなく、けれど年経た深みが穏やかな笑みには含まれているようでした。
魔女は、幼いシンデレラを満足げに見、言いました。
「貴女が最後のシンデレラね? 何か、わたくしに望むことはあって?」
「――いいえ、ないわ」
「シンデレラ。貴女と会えて嬉しいわ。待っていたのですよ、ずっと」
本当にもうずっと永い間、魔女は待っていたのです。
それは、魔女の本心の言葉でした。シンデレラも、それを知っていました。
「貴女はたしかに本物のダイヤモンドね、美しいシンデレラ」
傷をつけることなど、できないでしょう。
「ありがとう。――母も、同じ事を言ったわ。呪いながら、願いながら」
シンデレラは立ち上がりました。
テーブルの上の燭台を片手に、そしてもう片方の手には銀色のナイフを持ち、疲れて寝入っている国王を見下ろしました。
この日を待っていたのです。
永い......永い間。この日がくることを......―――
初めて対面した、狂乱に溺れた父は、正気を知らず、「わたし」を知らず、無残に血を吐くことでしょう。
逃げられない宿命のようだと怯え、嘆きながら、けれど自ら望んだことだったのです。二重三重の罪をかぶり、それでも、決着はこの手でつけたかった。そのために城に来たのです。国王に......父に断罪を与えるために。あるいは、赦しを得るために。
こうしてわたしが罪を被ることが、慈悲でもある。
シンデレラは微笑んで、魔女に言いました。
「ダイヤモンドも、火に焼かれれば、やがては灰になるわ。――最期のシンデレラとして、わたしは灰になり、その灰として、生きていくわ」
数時間後、王城は炎に包まれました。
乾いた風が火の勢いを増させ、わずかな火が大火となり、橙色の光が夜空を焦がしました。月まで赤く燃え、血の色に染まっていくような、凄まじいほどの炎上でした。
魔女は安堵したように、その様を眺めていました。
こうして、シンデレラは灰に戻ったのです。
たった一人のシンデレラ。そして多くの名もなき「シンデレラ」も。
愚かさも、罪も、罰も、そして愛も憎しみも、すべてを紅蓮の炎にかえ、無に帰したのです。
遠く、錆びた軋みが聞こえました。
それは十二時の時を打つ鐘の音でしょうか。
ただ赤い月と魔女だけ、風に吹かれて流れる灰を見、微笑うだけでした。